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ジンバー商会の秘密

「おい、おまえこっちに来い!!」


ジンバー商会の雑貨倉庫の中にいらついたオーバンの怒声が響きわたる。


ジム=ロジャーは朝からその倉庫の手伝いに回され、炭鉱事務所へ納める雑貨類の梱包作業に従事していた。

ジンバー商会は各種雑貨を複数の商人から買い付け、それを袋に必要な配分で詰めてから炭鉱事務所に納品している。

直接炭鉱側で買い付ければ良いと思うがそこは大人の事情らしい、それに炭鉱側としてもめんどうな消費財の取引先が一つにまとまるメリットもあるらしい、だがそれはジムにはどうでも良い事だった。


「おい!!聞こえないのか?」

ヒステリックな声が先程より近くなっている。


ジムはとなりにいた彼の班のまとめ役の男にたずねた。

「オーバンさん機嫌がわるいみたいっすね?」

「あれか?特別班に行きたかったらしいがダメだったようだ」

班長はオーバンを嫌っておりジムの軽口に舌打ちしながら答えた。


「特別班てなんすか?」

「ここには立入禁止の場所があるだろ?そこで働いている奴らの事をそう言っているだけだ、本当の名前など知らんがな」

「何をしているんですかね?」

「知ろうとしない方がいい、ヘタに顔を突っ込むとろくな事にならんぞ?」

「なんとなくわかりました、関わり会いにならないようにしますよ」


「おい!!てめえ無視するな!!」

いきなり後ろから腰を蹴られて思わず前によろめく、思わず後ろを見るとそこには顔を赤くしたオーバンがすぐ後ろに立っていた。

オーバンが後ろからジムに蹴りを入れたのだ、だが貧弱な彼の蹴りでは大したダメージにはならない。


「オーバンさん俺を呼んだっすか?」

「お前だ!!」

周囲には数人の男たちが立ち働いていたが、彼らも手を休めてこちらを見ている。

「あのー名前を呼ばないとわからないっすよね?これだけ人がいますから」

班長は害虫でも見るかの様な目でオーバンを睨んでいたが、彼はオーバンからは見えない位置に立っていた。


「一々逆らうな新入りが!!」

オーバンが再び蹴ってきたのでそれを適当に躱す。

「ところで俺に用があるっすか?」

少し小馬鹿にしたジムの態度にオーバンはさらに煽られかけたが、彼も自分がここに来た理由をやっと思い出したのか少し冷静になる。


「エイベルさんがお前に話がある、ついてこい!!」


そう吐き捨て倉庫の入り口に向って歩き始める。

周囲の人夫達がジムを見る目に僅かながら同情の色があった、彼らに軽く手を振ってジムはオーバンに続く。


ジムはオーバンに連れられ本館の会頭の執務室に向かう、鬱憤(ウップン)を溜めているかのようにオーバンは一言も口を開かない、もっともこの男はいつも不満と怒りを溜めていた、自己評価と周囲からの評価に落差がありすぎるのだ、だが評価を勝ち得る為に努力する気はこの男には無い。


本館二階の執務室の前に到着するとオーバンはドアをノックした。

「オーバンです奴を連れてきました!!」

「入れ」

中から野太く低い声が答えた、ジムには先日聞いたばかりのエイベルの声だとわかる。


扉が開かれると執務室の大きな机の前にエイベルがいた、彼は太った初老の男で灰色の短い頭髪はたいぶ薄い、彼は入り口にいる二人を座ったまま睨めつけた。

オーバンとジムは机の前まで進む、そこでオーバンが何か口を開きかけたが、それを待たずにエイベルが野太い声でジムに話しかけて来た。


「たしかお前はジムだったな」


なにか言いたげなオーバンを一瞥すると、エイベルは直ぐにオーバンから目をそらした。

「ああ、オーバンごくろうだったな下がっていいぞ」

「会頭!?」

まだ何かあるのか?といった顔でオーバンを無感動に見つめる。

オーバンはしばらく何かを言いたげだったが、壮年の執事の男が睨むとオーバンは何か言いたげに執務室から去っていった。


(たしかこの執事はフリッツとか言う名前だっけ?)


なぜエイベルに呼び出されたか聞きたかったが、呼ばれる理由は一つしか思い浮かばない、まずは向こうの出方を伺う事にした。


「お前を呼び出したのは、お前が持ち込んできた例の件に関してだ」

これは予想通りだった、エイベルの目がジムに話して良いと語っていた。


「人を遠くまで投げ飛ばした連中の話しっすか?」

壮年の執事の男がジムを不快げに睨む、ジムの口調が気に食わ無いのだろう。


「まあそれだ、奴らの顔をまともに知っている奴がいない、黒い髪の娘に関しては(ウチ)の者で見た奴が二~三いるが当てにならん」

ジムは魔術街で叩きのめされたオーバンと手下の件を思い出した。


「さて残りの連中だが、青い服を着たチビと、商人の若旦那、もうひとりは魔術師の男だったな?」

たしかに青い服を着た少女と商人の若旦那風の男と魔術師の優男がいた、先日エイベルに売り込んだ時に彼らの容姿まで詳しく説明したか思い出そうとする。


「はい、そんな感じです」

ジムはフリッツの顔色を伺いながら答えた。


「お前には、奴らの捜査に協力してもらう事になった、奴らを直に見た者が他にいないからな」

「エイベルさんは奴らに興味がお有りで?」

「それはお前が気にする事ではない、余計な事を考えるな!!いいな?」

「はい、わかりました」


「青い服を着たちびっ娘ですが、俺のいた輸送隊の護衛を殺った娘ですがご存知ですか?」

「知っている、それはオーバンから聞いている、(ウチ)で運び屋をやっていた娘と同じだ」

フリッツの眉がまた僅かに動く。

「わかりました」


そのとき執務室の扉が叩かれ扉の向こうから声がした。

「ローワンです」

エイベルはすぐに応じた。

「来たか?入ってくれ」


執事が扉を開いた、入って来たのは20代後半から30代前半ほどの痩せた背の高い男で、その身のこなしは軽やかで俊敏だ。

刈揃えた黒い短い髪と黒い目と浅黒い肌の色からラムリア地方の人間にも見えた、どこか愛嬌のある美男にも見えるそんな個性的で精悍な容姿の男だ。

ラムリア地方とはアルムト帝国の遥か西方、大陸を東西に分断する世界の壁とも呼ばれるアンナブルナ大山脈の東側に広がる砂漠と草原が占める広大な地域を指す。

この乾燥地帯と大山脈がエスタニアの大統一を長年に渡り阻み続けてきたと言われるのだ。


「お呼びですかエイベルさん」

「こいつが昨日話した新入りだ」

ローワンは物珍しげにジム=ロジャーを無遠慮に眺める。


「お聞きしたとおりでかいですな・・・ああ、俺がローワン=アトキンソンだ」

「俺はジム=ロジャーです」


「お前はこれからローワンの下に入る、細かいことはローワンの指示に従え、これでお前の待遇も大きく変わるが、それに見合った責任も負うぞ覚悟しておけ」

エイベルはジムに短く指示を与えるとローワンに目線を送る。

それはもう下がって良いと言う合図だ。

フリッツが大量の書類を抱えて控えているのでエイベルもいろいろ多忙なのだろう。


「では私はこれで、ジムついてこい」

ローワンはそう促すと会頭室を退去した。


ジムはおとなしくローワンの後に続くが、注意深く周囲を観察する、二人はジンバー商会の南東の区画に向っていく、そこは普段は立ち入る事のできない場所で、周囲を高い木の塀で囲われ厳重に隔離されていた。

やがて二人の守衛付きの扉の前に到達した、守衛はローワンを見ると黙って扉を開いたがジムを物珍しげに観察していた。

二日程前に迷ってこの扉の近くに来てしまった事があった、その時は厳しく追い返された記憶があった。


「こっちだ、この中は幾つかの部署に分かれている、お前の配属はこっちだ」


その区画の東側には大きな建物が、狭い中庭を挟んで小さめの建物と小さな倉庫がいくつかある、南側には小さな門がジンバー商会の外に通じている、その門の側に守衛の詰め所がありそこにも二人ほど警備の者が詰めていた。

ローワンは大きな建物に入ってすぐに左側に向かう。

「他は何をやっているんです?」

「余計な好奇心は身を滅ぼすぞ?お前は任務に専念する事だけ考えるんだ」

「わかました」


そのときジムの背後から子供の小さな泣き声が聞こえた様な気がした。

ジムは足を止めて振り返り大きな建物の対面にある倉庫を見つめた。


(今のは何ですかね?)


「何をしているジム?行くぞ」

「すみません」

ジムは慌ててローワンを追いかけた。




ジムはその大きな建物の一回の北のハズレの部屋に誘導された、その部屋の扉をローワンが開け放つとその薄暗い狭い部屋の中にすでに先客が数人いた。

彼らはハイネの街の住人らしいありふれた服装をしていた、職人や商家の使用人にしか見えない。

彼らは個性に乏しく印象に残らないだろう。


「こいつがジムだ、ジム=ロジャーだ、しばらくここで働く事になる」

「よろしくっす!!ジム=ロジャーです」

その場に居た者達は微妙な表情でその新人を見ている。


紅一点の若い女が測るような目でジムを舐め回すように見てからこう評した。

「このデカイ坊やが化け物じみた連中の目撃者なの?化け物って話が信じられないけどさ」

その女性は洗濯女の様な白い頭巾をかぶった女性で革製の前掛けをかけている。

髪の色はよくわからないがブラウンで肩で切りそろえられていた。


「そうだ、私はラミラと言う事になっているわ、よろしくね坊や」

本名を言う気は無いのだなとジムは心の隅で思ったまま微笑んだ。


「ラミラさんよろしくっす」


ローワンがジムを振り返る。

「ジムとりあえずそこの三脚椅子に座れ」


ジムはローワンが指した部屋の隅にある三脚丸椅子に座った、ローワンも部屋の奥の小さな事務机の椅子に腰掛ける。

「全員がここにそろうのは久ぶりだ、新入りに言って置くがここは雑用係だ」

誰かが苦笑の笑いを発した。

「決まった仕事は無くてな、何かしなければならない事が起きると俺達に押しつけられるんだ」


ジムはだいたいここの役割を察した、重要だが一時的な仕事に対応する為の部門だと理解できた。

「お前は一時的にここに加わる、出来が良ければずっと働いてもらう事になるかもしれんぞ?」

「宿舎はかわるんですか?」

「別の場所に移ってもらうぞ、この後で係りの者が来る事になっている」

「わかりました」

大人しくジムはローワンに応じる。


そしてローワンが全員を見渡した、その場の全員に緊迫した空気が流れる。


「さて会頭からの命令だが、改めて言うぞ、まず青いワンピースの娘と黒い長い髪の女の調査だ、ハイネにいるなら身柄を確保せよとある、男二人も並では無い可能性が高い」


ジムとしては思ってもいなかった状況だが好都合だ、彼らのこの動きは明らかに仲間達の計画の脅威になる問題だった、だがその情報を内部から手に入れる事ができる、難点は仲間との接触が困難になるかもしれない事だ。

ふとここで成功したらこれを足場に出世できるのでは?そんな考えが頭をかすめ慌ててそれを振り払った。


そして自分は青いワンピースの少女がどこにいるか、黒い髪の娘がどこにいるのか知っている、皮肉な笑みがジムの表情が読み取り難い童顔に浮かぶ。




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