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孤児院強盗誘拐事件

 ハイネの野菊亭の食堂に降りた三人は遅めの朝食をとる、今も宿から数人の旅人達が出ていこうとしている。

「ベル、日替わり定食を頼まなかったな?」

ルディはベルの憮然とした顔をおもしろ半分で眺めている、ベルはたちまちふくれ面になった。

「なんとなく定食に付いているパスタが食べたく無い気分なんだ」


「めずらしいですね、好き嫌いの無い貴女が」

アゼルはテーブルの下にいるエリザに野菜を落としながら、興味なさげに会話に加わっていた。


「これもここ10年程で広がった食べ物だな」

ルディは感慨深げに皿の上のパスタを眺めている。

「宮廷では出なかった?そういえば昔は無かったよね、あまり品のいい食べ物ではないね」

ベルのパスタを見る目は厳しい。


パスタは大陸の西方から入って来た食材で伝わったのは200年ほど前になるらしいが、広がりだしたのはここ20年程の事らしい。


「さて私はベルサーレ嬢が手に入れた触媒の分析と、一昨日手に入れた本を読みますので」

「僕たちは地図を買ってアマリアの店があったあたりを確認して来る、ベルはあれを鞭にする材料を手に入れるつもりか?」


「うん、あと他に服が欲しいな目立たない服がいい、このドレスもそろそろ直したいし」

ベルの小間使いのドレスは酷使のせいで短い間にあちこち傷が付きほつれている。


「猟犬の尾の持ち出しは控えてくださいね」

「うんわかっている」

「これからの事を考えると精霊変性物質の武器は役に立つからな」

ルディは苦渋の表情を浮かべながら苦笑いをしていた。

「だよね」

やがて会話は途切れ三人は食事に集中しはじめる。



黙々と豚肉の野菜炒めを食べていたベルはそれを完食し、満足気に口の周りを舌で舐め回してから顔を上げた。

その仕草が妖しい色気を醸し出していたのでルディは僅かに驚き眉を動かす。

「妙齢のご令嬢のすることですか?」

ベルはアゼルの苦情をスルーして言葉を紡ぐ、それはとても小さく低い声だった。


「ねえアゼル、カルメラからの通信は無いの?」

「連絡が不定期になると返信があってから、もう二日ほどありません」


「精霊通信をこちらに回せない様な事が起きているようだな、ベルは心配か?」

「心配なのは当たり前でしょ・・・」

グラビエにはクラスタ家の一族家臣が隠れ住んでいる、エステーべも同じくグラビエに逃れているはずだ。

ハイネからグラビエまでは遠く離れている、そこで変事が起きてもここに伝わるには時間がかかるだろう。

グラビエの自由開拓村は要塞化されているが大軍相手にそう長くは持たない、篭城戦は援軍が来ることを前提にしてやるものだ。



「なあクエスタ家はグラビエでどのくらいの領地を支配しているんだ?」

ルディはベルの瞳をまっすぐに見つめた。


ベルは答えるべきか迷ったが決意を固めた。


「僕が知る限り自由開拓村が七で人口は3000人ぐらいらしい、エステーべの村が四かな、あと小さな集落がいくつもあるって」

「若旦那様、やはり足りませんね」

クラスタとエステーべの家臣500名とその家族を養うには隠し領地は小さすぎるのだ。

「だが隠し領地としては馬鹿にできないぞ、いろいろとやってくれたものだな、そのおかげで露頭に迷わないわけだが」

ルディはエルニア公国の公子の顔になっていた。


「30年に一度の検地で申請する気だったのでは?それまでは無税になりますからね」

エルニアはこの制度で開拓を奨励してきた経緯があった、アゼルはそれを指摘したのだ。

ついでに検地の前に開拓が停滞し検地後に開拓が一気に進むエルニア独自の現象が起きる。


「あそこはクライルズ王国との緩衝中立地域なのだ外交問題になるわ」

ルディは呆れながら吐き捨てた。

「あそこはテレーゼからの難民しかいないんだ、難民が勝手に中立地域に村を作った事になっているんだ、誰が支援したかは別として・・・父さん達が言っていた」

ルディとアゼルは顔を見合わせた。




しばらくの間ルディは深く考え込んでいた、この様になるとお調子者のベルもその思考を邪魔をしようとはしない。

「何をしているのかだが、例えばアウデンリートの奇襲か?」

ルディはいろいろな可能性を検討し一つの可能性に行き当たっていた。


「そんな事できるの?」

「ベルよクラスタやエステーべがなぜ見つからずにグラビエに退避できたか、お前ならわかっているのだろ?」

「うん、バーレムの森に深く入ってそこから南に進んでグラビエに出たと思う・・・大公家狩猟場管理の家柄だからあそこはクラスタの庭の様なものだよ」

もしクライルズ王国に向かう街道沿いに南下していたらかならず発見されただろう。


「ならば逆にグラビエからボルト付近まで森の中を北上しアウデンリートに向かえば奇襲可能だ」

「できるけど城を落とすのは無理だよ、エステーべと足してもせいぜい500人を越えるくらいしか兵がいない」

「俺が脱出できたのだ、まだ手札が残されてる可能性がある、アマンダがいるのだからな」


「なるほどアマンダ様なら城の内部に詳しいですね」

「それだと変だよ、ルディを旗印にしないとダメでしょ?この前アマンダが来た時にそれを話してグラビエに帰るように説得していないとおかしい」

ルディとアゼルはベルの意見に驚いていた、戦術的ではなく政治的な判断ができているのだ、やはり馬鹿ではなかったのだなと心の底で安心した。

「大義名分が無い、城を制圧できてもその後が無い、たしかにベルの言う通りだ・・・」


「今はいろいろ考えてもしょうがない、僕たちのやることやるしかないよ」

「何が起きているにしろ、近々向こうから連絡があると思います、最悪アマンダ様がこちらに来る事になるでしょう」

アゼルはそう締めくくった。


そこにセシリアが食器を片付けるために三人のテーブルにやってくる。

「アゼルさん達なにをヒソヒソ話しあっているのかなっ?」

「はは、セシリアさんとセリアさん、どちらが魅力的かと思ってな」

ルディが能天気な態度でセシリアの相手をする。

「冗談が好きね?ねえルディさんって私達のどちらが気になる?」

セシリアがうふっと小さく笑う、細身だが豊かな胸と腰を強調するような姿勢をとった、自分がどう見えるか普段から研究しているのは確かだろう、ベルの瞳がどこか呆れた様な色を浮かべている。


(二人共ほとんど同じじゃないか)


「ベル、そろそろ準備をしようか?」

アゼルが料金をセシリアに手渡す、セシリアはどこか恥ずかしげにコインを受け取った。

「ちょうどですアゼルさんっ」


ルディに促されて三人は階段を逃げるように上がって行った。









ハイネの新市街の南の端に木造りの新しいが質素な聖霊教会があった、その慎ましい礼拝堂の尖塔をテレーゼの明るい陽射しが優しく照らしていた。

だがその素朴な教会は朝から大きな騒ぎになっていた、教会に近い新市街の住民達が教会に集まっている。


「ファンニ様おちついてください」

床に泣き崩れる修道女を慰める様に恰幅の良い初老の男が落ち着かせようとしていた、この男は近所の顔役の男でそこそこ人望のある人物だった。

そこに一人の修道女が礼拝堂に入ってくる。

「サビーナ様お戻りですか」

「子供達は少し落ち着きました、でもかなり怯えていますわ」

そのサビーナの顔もこわばり青白い。


そこに一人の若者が飛び込んできた。

「警備隊に通報したが奴らあまりやる気が感じられない」

その場の人々はその予感があったのだろう、怒りと半ば諦めた様な空気が漂う。


ファンニの号泣がまた酷くなる。

「孤児院の窓を破り、部屋の子供を根こそぎ連れ出すとはな、誰も気づかなかったとは信じられん」

顔役の男が呆れた様にこぼした。

「サビーナ様、昨夜物が壊れる音や子供達の悲鳴は聞こえなかったと?」

「まったく聞こえませんでした」

サビーナは顔を横に振る、泣き崩れていたファンニも頷いた。


「まさか魔術師が絡んでいるのではないかのう?」

そこで近くに住む老人が意見を述べた、この男は昔は役人をしていたが気の迷いから身を持ち崩してテレーゼに逃げてきたらしい。

最近まで商家で慎ましく会計士をやっていた男だった、文字の読み書きや計算ができるこの街のインテリだった。

すでに諦めに似た空気がその場に広がり始めていた、新市街の子供の誘拐が頻発しているが犯人は捕まった事がない、魔術師を使える様な人身売買組織ともなると住民の力が及ぶところではなかった。


「済まないな俺は仕事にいかないと、かなり遅刻しちまった、仕事が終わったらまた手伝いに来る」

職人らしき壮年の男が申し訳なさそうに礼拝堂から去っていく、仕事があるのにこの時間まで手掛かりを探してくれていた男だった。

そしてそれをきっかけに人々がしだいに去り始める、彼ら彼女達も苦しい生活を支える為に必死に生きているのだ。


後に残ったのはファンニとサビーナと孤児院の世話役の初老の老女二人だけとなった、老女達は身寄りの無い未亡人で聖霊教会で孤児の世話をしながら生計を立てていた。

その老女達も沈痛な表情で暗く沈んでいる。


「私達が気がついていればあの子達も」

「いいえ無法者が相手です、貴方達こそ殺されてしまったかもしれません、ご自分を責めないで・・」


そこに少年が飛び込んできた。

「週番の司祭様はセナ村に出かけていてすぐには戻れないそうです」

二人の修道女は絶望的な気分になった、今は自分達だけで対応しなければならない。


サビーナは小走りに礼拝堂から出ていこうとした、ファンニを振り返る。

「もうすこし遠くまで出かけて手掛かりを探してきます、ファンニをお願いします」


ファンニが頭をもたげて礼拝堂から出ていこうとするサビーナを呼び止めた。

「サビーナ待って!!魔術師の仕業なら魔術師を頼ったらどうかしら?」

「ファンニ?私達には魔術師を雇う余裕はないわ?」

「覚えているかしら?あの長い髪の女の娘と若旦那様と若い魔術師の御方よ」

「ああっ!!そうだわあの人達が泊まっている宿の住所のメモがあったわね」

ファンニはそれに頷いた。


「あの娘たしか友達の娘を探していたわね、何か知っているかも知れない、それにもう私達だけでは無理かも」

二人は聖霊教会の事務所に駆け込んで行く。






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