コッキーの不思議な大道芸
ベルは見知らぬ街をぶらついていた、でも自分がどこに行こうとしているのかわからなかった、懐かしい様な見知らぬ町並みがどこまでも続いている、やがて大道芸人が客を呼び込む声が聞こえてきた。
「不思議な不思議なペンタビア大魔術の時間なのです」
だがそのよく通る美声にどこか聞き覚えがあった。
「コッキー!?」
ベルは声の主を探して走りはじめた、だが思い通りに前に進まなない手足にまったく力が入らない。
やがて前の方に人だかりが見えてきた、なんとかそこにもぐり込み前に出る。
そこには青いワンピースを着た美少女が、コバルドブルーに花柄を金糸であしらった派手なローブを纏い、その彼女がかぶる魔術師のつば広帽子にも同じ花柄の意匠が施され、帽子のトンガリは奇怪な形に複雑に折れ曲がっていた。
その少女に見覚えがあった間違いなくコッキーだ。
ベルは彼女の花柄の意匠をどこかで見た事があったが思い出せない。
「さて、大魔術のお手伝いを募集しますのです、ではそこの破魔の聖女様にお願いします」
群衆から大歓声が巻き起こる。
するとどこに居たのか大柄な女性が進み出てきた、炎の様な燃え立つような赤毛に強い意志を感じさせるエメラルドグリーンの瞳と形の良い頭、その見事な均整の取れた肉体は最小限の黒地の布で覆われているだけだ。
無駄の無い鍛え抜かれた、それでいて美しい四肢と雪の様な白い肌が見る者の目を射抜く、まさしく彼女は破魔の聖女そのものだった。
破魔の聖女らしからぬ処を述べるなら、胸が大きすぎる事、美しい肉体を幾つかの銀の宝飾品で飾りたてそこに嵌め込まれた赤い玉石が白い肌に一段と映えている事だろう。
「え!?アマンダ!?」
彼女はまさしくアマンダ=エステーべその人だった。
ベルはアマンダの裸を昔見た事があったがそれはプライベートな場での事、彼女は人前でこのような姿を晒すような女性ではない。
周囲の群衆は全裸に近い彼女を自然に受け入れている、ベルは自分の頭がオカシイのかと不安になった。
そこに後ろから快活に笑う若々しい声がする。
「まあ、アマンダちゃんずいぶんといろいろ立派になって綺麗になったわね、うふふふ」
ベルは聞き慣れたその甘い声に驚く。
そこにいたのはアナベル=デラ=クエスタ夫人、ブラスの妻にしてベルサーレの母で、ベルに似た黒い長髪と優しい眼差しに飴色の瞳の愛嬌のある美貌の女性だった。
その甘くしっとりとした美声とその可憐な容姿はとても34歳には見えなかった、ベルと並ぶと姉妹として通用するほど若々しい。
そのアナベルはベルの横にすっと並んだ、ベルは母親にとなりに立たれたくないのだ、狩猟感謝祭で姉妹に間違えられた記憶が蘇る。
「母さん!!いやお母様なぜここにいる、いらっしゃるのですか!?」
「あら肩苦しくならなくてもいいのよ?たまたま通りがかっただけよ?」
「ふーんそうなんだ」
何故かベルはそれで納得してしまっていた。
「さあ聖女様、このラッパを持っていてください!!」
アマンダは真面目な顔でうなずくとコッキーからトランペットを右手で受け取ったが、持ったままぶらりと腕を下げてしまった。
「聖女様もっと高く持ち上げてください!!」
少しコッキーはイラついた様に眉を八の字にすると、アマンダの右手をつかんで持ち上げた、アマンダはトランペットを胸の高さで保持した。
「皆様、これからこのラッパをくぐりますよー、ラッパくぐりの大魔術なのです!!」
群衆から再び大歓声が上がった。
ベルにはコッキーが何を言っているのか理解できない。
「あらまあ、手品ってすごいわねー」
となりのアナベルが呑気に喜んでいる。
「母さん!?あれ種も仕掛けも無理でしょ?」
「さあ皆様、ラッパの口には小さな穴が空いております、ここをくぐるのです!!」
「聖女様みんなに見せて上げてください」
コッキーは背伸びして小さな声でアマンダにつぶやいたが、なぜかベルには良く聞こえていた。
アマンダは沈黙したままうなずくと、背伸びして右手をいっぱいに上に伸ばしてトランペットを掲げる、そして観客に見える様にゆっくりと回転しはじめた。
(うわわ、アマンダ見えそう!!)
アマンダの背中には布がまったく存在しなかった、美麗な彼女の尻が丸出しになっていた。
ベルは思わずアマンダに駆け寄ろうとしたが、隣のアナベルが腕を伸ばしてベルの肩を掴んで動きを止めた、その力は信じられない程の剛力でまったく動けない。
逆にベルからは精霊力が失われ筋肉もふにゃふにゃになっていた。
「ベル!!おとなしくしていなさい、あなたにもまた弟か妹が増えるのよ?クラスタの長女の自覚を持ってもらわないと」
(ええっ!?赤ちゃんがいるの?)
その疑問を問う間もなくコッキーが奇妙な踊りを踊り始めた、どこからとも無く打楽器の情熱的でいて異教的な激しいリズムが聞こえて来る、どこで演奏しているのかその姿はベルからは見えない。
そして彼女の口から人の言葉とは思えない奇怪な呪文か未知の外国語の様な言葉が激しい勢いで飛び出してきた。
ベルの背中から不快な汗が吹き出す、異様で例えようのない不安がベルの心を浸して行く、いつのまにか打楽器のリズムとコッキーの呪文の様な言葉以外の音が途絶えていた。
それはデタラメな言葉の羅列に聞こえるが、ベルの直感はこれは意味のある言葉だと告げている。
コッキーはいよいよ狂った様に手足を縦横無尽に動かし始めた、それは正気な人の動きとは思えない、だがその動きの中にも法則性があるような気がしたのだ、その意味を読み取ろうとした瞬間ベルは吐き気と頭痛に襲われた。
コッキーの踊りは更に激しさを増し混沌を極め体と頭も激しく振動させはじめた。
コッキーの手足は関節を無視して柔らかい鞭の様にねじり曲がり波の様にうねり始め、そして体も首も頭も柔らかくうねりたわみ荒ぶる。
そして彼女の体が上に引き伸ばされて行く、すぐに彼女の身長は3メールを越えて引き伸ばされ、かわりに彼女の体はどんどん細くなって行った。
どこまでも引き伸ばされ、やがて手足が融合し一本の鞭の様に激しくうねりながら、更に容赦無く引き伸ばされていった。
既に青いワンピースやコバルドブルーの魔術師のローブや下着が脱げ落ちて石畳の上に撒き散らされ、長さはすでに数十メートルを越えて、空中で輪を描きうねりながら空を舞いだした、この時には彼女の体の太さはベルの手首程に細くなっていた。
べルはこれと似たような事を以前に見たことが有る、そんな既視感に襲われていた、だがそれが何だったのか、いつだったのか思い出すことができない。
「うわわぁー」
耐えきれなくなったベルがついに叫ぶ、腰を抜かして地面に座り込んだ。
それをもう一人のベルが上から見下ろしていた、狂気の大道芸を遠くから見ているもう一人の自分を感じていた。
「あらあらあの娘パスタみたい、すごく腰が強そうね、うふふ」
隣のアナベルが茶会で世間話をする時の様な調子で、ふんわりとした甘い声で化け物と化した少女をそう評した。
「母さん、あれを見てなんとも思わないの?」
「体が柔らかいわねー羨ましいわ、みんなとても喜んでいるわね」
ベルが群衆を見ると急に音がよみがえる、あたりは再び観客の大歓声に包まれていた。
その間にもコッキーだったパスタは更にうねりながら引き伸ばされて、マリベルが言ったとおりパスタ程の太さになっていた。
広場にはコッキーが着ていた青いワンピースとローブと帽子と下着が散らばり、その上空に細いパスタの様な物体が無数の輪を描きながら回転していた。
ベルは突然背中から強い力で押さえつけられ、そのまま地面にうつ伏せにさせられた。
「うわっ!!なんだ!?」
『さて、みなさま準備が整いました、ラッパを注目!!』
上空から声がする、パスタが喋っているのだろうか?それ以外考えられない。
そしてあの異教的な打楽器のリズムもいつの間にか消えている。
誇らしげにアマンダは片手をトランペットと共に天高く掲げた、その姿は聖霊教会の髭の破魔の聖人のポーズにそっくりだった。
そのアマンダの片足の下の邪鬼がいるべき場所に、なぜか黒い小間使のドレスと黒い長い髪の少女の姿がある。
「あれは僕じゃないか!?」
ベルは背中を凄まじい力で押さえつけられ体が動かない、なんとかアマンダを見ようと首を回した。
だがこの位置からでは見えてはいけない何かが見えてしまう、だがなぜか光輝く霧か靄の様な物体が視界を塞ぎアマンダの顔すら良く見えない、ベルは眩しくて思わず顔を背ける。
(いったい何が起きているんだ?)
『この穴の向こうには幸せの国があるのです、お母さんお父さんコッキーは今から参ります!!』
空を舞うパスタが突然光り輝き始める、そして光のパスタはうねりながらトランペットのマウスピースの小さな穴に向って飛んでいく、そしてつるりと穴から中に入って行った。
その速度はしだいに加速しあっと言う間にトランペットに総て吸い込まれてしまったのだ。
やがてトランペットの口から声がした。
『準備完了なのです、聖女様今こそ精霊力を高めてラッパをおもいっきり吹いてください!!』
それは奇妙な金属を震わせた様な声だった、アマンダは黙ったまま大きく頷くと口にマウスピースを当てた。
その直後アマンダはその精霊力を解放した、ベルは迸る凄まじい精霊力を感じる。
そしてアマンダは全力で息を吹き込んだ、アマンダの足に力が入りベルをさらに圧迫する。
だがトランペットは音を発しない、アマンダは更に力を込めた、顔が真っ赤になり体も赤みを帯び始める。
その姿には奇妙な扇情的なまでの色気があった。
「アマンダ!!苦しいやめて!!」
ベルがあえいだその時、光の爆発が起きた。
トランペットの口から轟音と共に光の粒子が吹き出した、その光は円錐形に広がりながら空に駆け登っていった。
その轟音は周囲の家屋の窓を揺るがし、やがて周囲に光の粒子が降り注ぐ。
群衆は大歓声を上げた。
ベルの背中が妙に冷たい、上を見上げるとそこには破魔の聖女の大理石の彫像があった、それはアマンダに生き写しだった。
(みなさんさよならなのです、ベルさんさよならです)
どこからかコッキーの声が聞こえた様な気がした、そこでベルは意識を失った。
「おーい、ベル起きろ朝飯だぞ!!」
ドアの向こうからルディの声が聞こえてくる。
ベルが薄目をあけると、窓から朝の陽射しが差し込んでいる、かなり日も高くなっているようだ。
カーテンの穴から射し込む陽射しが顔にかかっていた。
「寝すぎたかな?すごく変な夢を見た様な気がする」
ふと腹に重さを感じた、足元の方に目を向けるとそこにはエリザが丸まって休んでいる。
「いつのまに入っていたんだ?」
ベルはエリザをどかすとベッドから起き上がった。
「ルディ、すぐ行く少しまってて」