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リェージュからの旅立ち

 リエージュのベンブロープ公爵の屋外晩餐会から開けた翌日の朝、リエージュの精霊教会前には公爵一族と街の顔役達と精霊教会の一同が集いテレーゼ巡見使団の壮行の儀式が行われていた。

この後で巡見使団の一行はアルムトの総本教会から派遣されてきた送迎団の馬車に分乗し、アルムト帝国の帝都ノイデンブルクを目指す、到着まで約7日程の行程となる。


急げば5日で走破できる距離だが、途中の都市で歓待を受けるためゆっくりとした旅となる。

儀式も終わりベンブロープ公爵一家と精霊教会の大司教と修道女長に見送られながら、巡見使団の一行は馬車に乗り込み始めた。


聖女アウラと巡見使団長のガリレオ大司教は豪奢な大型の四頭立ての白い馬車に乗りこんだ、送迎団長のサンダリオ司祭は先頭の馬車で指揮をとると知ったアウラは心の底から安心した、思わず笑みがこぼれる。


続いて馬車の後部座席に世話役の侍女が二人乗り込んだ、アウラは信頼する侍女のファナの姿をそこに認めて微笑んだ。

侍女が控える後部座席は世話役専用の空間で、壁で仕切られ後部座席からは前の座席が見えない構造になっていた、アウラはさっそく後ろの木製の壁にある小さな扉をノックする、やがて扉が開きファナが顔を出す。


「アウラ様いかがなさいましたか?」

そのファナの顔には『またイタズラですか?』と書いてあるようだ。


「うふふ、確認しただけよファナ」

「アウラ様、大司教様、御用がありましたら気楽に呼び出しくださいませ、飲み物や軽い食べ物など用意いたしております、またお薬なども完備しております」

ちなみにこの隊列にもちゃんと医師がいる、彼は巡見使団の一員としてアウラ達と長い旅をしてきた。


「ありがとう、楽しみにしているわ」

「ほほほ、それは楽しみですな」

ガリレオもどことなく楽しそうだった。

「では御用がありましたらお呼びつけください」

ファナは一礼すると扉を閉めた。


アウラの側の車窓からは護衛の騎士たちが騎乗して隊列を組み待機している姿が見えた、アウラは軽く手を振ると騎士たちは表情をゆるめ騎士の礼をとる。



やがて号令が発せられると馬車の車列が動き始める、アウラ達が乗る馬車は隊列の中央を進む、車列の数は総勢12両にも及ぶ壮大なものだった。

長い隊列がリエージュの南門に向かう大通りに出ると、護衛の騎士達が隊列の左右を固め南門に向って進みはじめた。


大通りには朝早い市民たちが巡見使団と聖女アウラを見送ろうと街頭に繰り出していた。

歓声に包まれながら車列はゆっくりと大通りを進んで行く、アウラと大司教は窓越しに街頭の人々に手を振るとそれに応えるように歓声がまた沸き起こった。


やがて南門を通過し郊外に出ると見送りの民衆の数も減り始め、車列は次第に速度を上げていく。


アウラはしばしガリレオ司教ととりとめもなく歓談していたが、いつのまにか車窓から景色を眺めていた、南テレーゼの風景は明るくそして美しい。

リエージュの近郊も何度も戦場になった事があると聞く、だがこうして見てもその爪痕は見えなかった。


アウラは昨晩の屋外晩餐会を思い出していた、篝火の炎に照らしだされた戦い、巨大な不浄の河が暗黒の穴に吸い込まれていく幻覚を思い出す、あれは幻だが妙に生々しかった、あの巨大な不浄の河とあの暗黒の穴に何の意味があるのだうか?


昔から幻覚を見たりこの世の物とは思えない世界を見る事があった、人には見えない物が見える不思議な経験を何度も繰り返してきた。


心残りだが幻覚を理由に予定を崩す事などアウラの一存でできる事ではなかった、そしてテレーゼに残った処で何をすべきなのかもわからないのだから。

それでも後ろ髪を引かれる様な思いだけが残ってしまう、結局いつも逃げてるような、そんな罪悪感が彼女の心を騒がせた。









「エルヴィス、聖女は行ったのね」


そっけない感情に乏しい声が窓の近くにいる男の影に語りかける、その男はカーテンの隙間から外を覗いていたがカーテンを閉めると、部屋の壁際にいる赤い古風なドレスと赤いボンネットを深く被った女性を振り返りもせずに答えた。


「そうだ、俺達も出るぞ」


その室の中は分厚い黒いカーテンが締めきられ、朝なのに夜の様に薄暗かった、魔術道具の照明が赤味がかった黄色い光で室内をほのかに照らしている。

部屋の中は派手で少々悪趣味な調度品で埋め尽くされていたが、それらが鈍く暗い照明の光を反射していた、その女性は金製の獅子の置物を弄んでいたがベールを下ろしボンネットを深く被りなおす。


「ドロシー準備しておけ」


「じゃあハイネで」

ドロシーは振り返りもせずに扉を開き、俯き加減に廊下の左奥に向って進んだ、その奥の突き当りにあの平凡な扉があった。



「あけるわよ」


彼女がその扉を開くと中は暗黒の闇だ、廊下のわずかな灯りが部屋に射し込むがやはり何も見えない、その部屋にドロシーは平然と踏み込んでいく。

中に入ると後ろ手で扉を閉めると、これで部屋の中は完全な闇に閉ざされる。


「二人とも帰る準備をする、ここに残して置くものはそのままで」

「お人形持って帰りたい」

「ぼくは騎士を持って帰る」


「そのくらいならいい、はやく箱に入りなさい」

子供達がバタバタを動く音がする、やがて箱の蓋を閉める様な音がする。

「ちゃんとクッションを入れる、ハンドルを回すのをわすれない」

やがて金属的な小さな音が二つ聞こえる。

「ネーチャン退屈だよ」

「眠りなさい、その気になれば一年ぐらいへいき」


しばらく少し大きな足音がせわしなく動いていたが、木の箱を揺するような大きな音がした。


「これでよし」


そしてハンドベルの音が闇を引き裂く様に騒がしく響き渡る。


すぐに木の蓋が閉まる音がして、しばらくするとまた金属的な小さな音が聞こえた。


「みんなもうしゃべらない」

「はーい」

「ネーチャンわかってるって」


やがて廊下の彼方から数人分の足音が近づいて来る。








リエージュの北門から3台の馬車が北に向って進んでいく、車列を護衛するのはエリオットが率いるサンティ傭兵団の精鋭の騎兵達だ。

明後日の昼過ぎにハイネに到着する予定だ。


その最後尾の大型馬車は荷物専用なのか窓一つ無い黒塗りの異様な馬車だった、その馬車の中はまったく光が差さず数多くの荷物が積込まれていた。


その馬車の中に密やかな声がする。


「ねーちゃん、僕の上に荷物が乗ってるぞ!?」

「だから?」



「ヨハン、エルマをみならってねなさい」

「ドロシー私は寝ていないわ?」

「外は危険、しっかりと蓋を閉めて寝ていなさい」


「ねーちゃんは薬があるからいいな、外に出れるんだもん」

「日にあたると痒くなる、眼鏡も鼻が痒くなる」

「私も眼鏡欲しい」

「いいから二人ともねなさい」



しばらくすると微かな寝息が聞こえ始めた。






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