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悪夢の中の燃え盛る城塞

 テヘペロは隠し宿の一室の扉に静かに手を触れた、防護結界が即座に彼女を認識すると道を開ける。

そして扉をゆっくり押し開くと部屋の中は灯りもなく真っ暗だった。

「あら暗いわね、ねているの?」

彼女は小さな声でささやいた。


それに返事はなかった、暗がりに目が慣れて来るとコッキーはベッドの上で布団にくるまっているようだ、テヘペロは自分のベッドに近寄りそばにある棚の上の小さなランプに魔術道具で火を灯した。


ランプの光りでコッキーを照らすと、布団でぐるぐる巻になってコッキーは寝ていた。

コッキーがふてくされるとわけのわからない眠り方をする、その事がテヘペロにも解かるようようになっていた。


ベッドの下から背嚢をひっぱり出してベッドの上に置く。

その時コッキーが寝言を呟きながら寝返りをうった、少し驚いてコッキーの方を確かめた。

まだ寝ているのを確認すると背嚢の口を開きその中を調べ始めた、お目当ての二つの小さな魔術道具を探しだす。


「これは・・」

それをつかんだテヘペロは思わず息を呑んだ。


一つは起動後に一定時間内に強い精霊力に晒されるとその強さを色彩として記録するだけの極めて単純な道具だった、だが使い方によっては非常に役に立つ事がある。

その魔術道具はかなりの強さの精霊力に晒された事を虹色の淡い輝きとして記録していた。


もう一つは起動後に一定時間内の周囲の音を記録する魔術道具だ、こちらは先程の道具より数倍値の張る高価な道具だが、以前テヘペロに血迷った老魔術師からお得な値段で譲り受けた物だ。

こちらは夜が明けたら他の場所で再生する必要がある。


「この精霊力は神器の力なのかしら?」

小さくささやくように呟いた。


テヘペロは動揺していた、これが本当に神器であった場合彼女たちの計画に深刻な障害になる可能性がある。

そしてこれが神器ならばこの世界を動かす大変革の渦の中心に存在するであろう神の器なのだ。

その行く末を見極めたいと言う強い願望が彼女の中に生まれ始めていた。


自分の生がただ無意味な無名の放浪の女魔術師で終わるものではなく、何か意味がある何者かに変わりたいそんな根源的な渇望だった。

仲間にこの発見を明かそうかと思ったが、どう動いても高位存在の手の平で踊らされてる様に思えてならなかった。


「もっとはっきりしたらでいいわよね?」

言い訳じみた理由をつけて、確たる証拠を得てから仲間に相談する事に決めたのだ。


そして小さなランプを持ったまコッキーに近づく。

「やっぱり精霊力はこの娘からは感じないわ」



気を取り直したテヘペロはテーブルの上の大きなランプに火を移した、部屋が温かいオレンジ色に照らされた。

そして家庭教師風の服を手早く脱いで着替え始めた、彼女はいったい今までどこで何をしていたのだろうか?


「あら?何かしらこれ?」

ベッドの足元近くに布団カバーに隠れるように手紙が埋もれていた、着替えを途中で止めて手紙を確認する事にした。

「なになに?『親愛なるテヘペロ=パンナコッタ様 ~ オットー=バラークより』はあ?誰よこいつ!?」


「それはピッポさんが持ってきたのです、その人は『死霊のダンス』の人だそうです」

コッキーがいきなり話かけてきたせいでテヘペロは驚き豊かな体を僅かに震わせた。


「貴女起きてたの?」

「眩しくて目が醒めたのです」

「そうか『死霊のダンス』ね、そういえばそんな奴がいたかもね」


「今何時でしょうか?」

「だいたい9時ぐらいかしら?」

「そうですか・・・」


「テーブルの上に食事があるわよ、ピッポが持ってきたみたいね、食べたら?」

テヘペロの背後からコッキーがテーブルの椅子に座った音が届いた。


「あーあー読みたくないわねーでも中身は確認しないと」

彼女はいやいや手紙の封を切り始める、そしてしばらく手紙を読んでいたようだったがやがて。


「読むんじゃなかったわ、こいつの顔も覚えてないわよ?もう」

テヘペロは手紙を側の小さな棚に投げおくと小さなランプの火を消して棚の上に戻した。


「何が書いてあったのですか?」

「あはは、恋文よ?」

「そんな気がしましたよ、お返事は書かないのですか?」

「書きたく無いけど、当たり障りの無いこと書いて穏便に断っておくかな、今はあまり敵を増やしたくないし」


コッキーはテーブルの上の食事をガツガツと食べ始めた、テヘペロはそのコッキーの前で着ているものを脱ぎ捨て寝間着を身につける。

彼女のそれは少々派手で薄地だった、それを見たコッキーの表情が歪んだがテヘペロにはそれは見えない。


「いつまで私を閉じ込めるんですか?」

「そうねーそろそろ自由にしてあげようかな?」

「あなた達は何を企んでいるのです?」

「何も企んで居ないと言っても信じるわけないわね、でも言えないわ」

「あなた達の思い通りにはなりませんよ?」

それは妙に自信ありげな態度だった、それがテヘペロを不安させるが彼女は平常を装う。


「ねえ貴女、着替えはあるの?」

「なぜですか?」

「明日の朝、魔術でまとめて浄化してあげるわ、汚れた物は袋にまとめて入れておいてね」


「わかりました、ありがとです・・・」

コッキーの着替えは一着分しか無くそろそろ不快に感じ始めていた、彼女は正直助かったと言った顔をしていた。

薄暗い照明の中コッキーからは着替え中のテへペロの背中しか見えなかった、テヘペロの口元が僅かに微笑んだのを知らない。


「それは浄化の魔術なのです?」

「水精霊の術は使えないから無属性の浄化を使うのよ、触媒代がかかるから一週間分をまとめてやるのよ」

「よくわかりませんが、たいへんなのですね?」

「お金の問題だけどね」


テヘペロは最後に薄地のナイトローブを纏った、それが彼女の肢体を引き立てる、だが残念ながらここには小さなコッキーしかいない。



「ねえ、貴女のご両親はどんな方だったのかしら?」

「なぜそんな事を聞くんですか!?」

「そうねえ、あなた普通の平民にしては線が細いと言うか綺麗だし」

「き綺麗!?え、お父さんもお母さんも普通の人です!!!変な事言わないでください!!」

そのコッキーの言葉は奇妙に強く感情的だった。


「あら、余計な事を言ったかしら?ごめんなさいね」


(この娘は感情がすぐ表にでるのよ、でもなにか有るのかしら?神器が認めると言う事は何かがあるはずよね、誰でも良いと言う訳もないわよね?)



「私はもう寝るわよ?貴女は眠れるかしら」

「寝るのはいくらでもねむれるのです」

「ほんと羨ましいわね、ではおやすみ」


テヘペロがテーブルの上の大きなランプを消すと、部屋は再び夜の帳に閉ざされた。





コッキーはいくらでも寝れると言ったものの、すぐには寝付けなかった、夕方から2~3時間ほど寝ていたのだから。

暗闇に目が慣れてきたのだろう、寝返りをうつと隣のベッドのテヘペロの姿が見える。

そのテヘペロの周囲が極僅かに明るくなっていた。


(なんでしょうか?他の人も同じなのですか?この人が魔術師だからですか?)


続けざまに異常な事が自分の身に起きている、それは少しずつ酷くなっているのだ、コッキーは目を強く閉じると布団に潜り込んだ、そしていつのまにか意識を失っていた。









『コッキー』


遠くから懐かしい声が彼女を呼ぶ。


(おかあさんどこにいるのですか?)


『コッキー』


(どこですか?おかあさんどこにいるのですか?)


『もうあなたといるのよ』


その何もない暗闇の中にコッキーにとても似た美しい女性の姿が浮かぶ、髪の色は同じ薄い金髪で腰までの長髪だった。


(あえましたよ、もうどこにも行かないでください)


『いっしょに・・テレーゼから逃げるのよ、ここにいては・・・いけない』


(そうします、良い子にしますから一人にしないでください!!)


『テレーゼからにげるの・・・お金・・』


(でも、お父さんはどこですか?)


コッキーに似た美しい女性は首を横に振った。




突然風景が一転し背景が炎の海に包まれた、その炎はリネインの大火を思い出させた。


(いや!?イヤァァァァ)

コッキーは恐怖のあまり叫んだ。


母の後ろで燃えているのは、リネインのあの悪夢のような大火の炎では無かった、岩の台地の上の雄大な城塞が炎に包まれている。

夜空を背景に炎が城郭をなめ尽くして行く、その炎は周囲の湖の湖面を赤々と照らし出していた。

それは落城する城塞の最後の姿だろうか?


(あのお城はなんですか?)


『ここから・・・にげなさい』


『テレーゼからにげるの・・・』


(はい、いっしょににげましょう、お母さん)


だがコッキーに似た美しい女性の足が突然泥に埋まる、抜け出そうともがくが抜け出せない。

いつのまにか足元が沼になっていた、コッキーが助けようと近寄ろうとしたが、コッキーの足も泥に取られて動けなくなってしまった。


(何ですかこれ!?)


そして何かがざわめきながら二人に近づいて来る、コッキーは迫りくる無数の気配を感じていた。


(この感じは!?)


やがてそれは無数の人影と変わり、それが闇の向こうから染み出すように近づいてくる。


(お母さん!?)


だが先程まで泥の中でもがいていた母は動きを止め俯きかげんに佇むだけだった。


その無数の人影は燃え盛る城の炎に照らされて次第に姿が明らかになって行く、彼らは死に人の集団だった、刃物で切り捨てられ血塗れの者、槍で突かれ傷口から臓物がはみ出た者、爛れ崩れた者、やせ衰えて骨と皮と化した者、焼け崩れ人の姿も定かで無い者、そんな無数の死者達が押し包むように無言で近づいて来る。


(イヤァァァ!!!)


コッキーは後ろに尻もちをついた、泥に両手がうまる。

そして右手の指先が泥の中の何か硬い物に触れた、思わずそれを掴み取り泥の中から引き上げる。

それは泥にまみれた彼女の小さなトランペットだった。


(なんでこんな処にあるのですか!?)


泥はたちまち滑り落ちて行く、そして傷一つ無い美しい金属の輝きを放ち始めた。

すでに無数の亡者の動きは止まっていた、彼女は迷いなくトランペットに口付けた。






コッキーは揺さぶられそこで目を醒ました。

「ねえ、酷くうなされていたわよ?」

暗闇の中コッキーの目の前にテヘペロの顔があった。


(あなた達のせいなのです!!)


「汗を酷くかいているわね、着替えたら?」

「着替えはもうありません」

「じゃあタオル貸してあげる」


汗でベタつく寝間着を脱ぎ捨て上半身裸になった、そしてテヘペロが投げてよこした大きなタオルで汗を拭いながら先程の悪夢を思い出していた。

「どこのお城でしょうか?」


「なあに?私は寝るからね?」

「何でもありませんですよ」

「そう・・・」

テヘペロはさっさとベッドに入ってしまった。


コッキーは汗で濡れた寝間着をあきらめて大きなタオルを体に巻いて寝ることにした。



あのまま起きなかったら夢の中でラッパを吹けたのだろうか?

布団にもぐり込みながらそう自問していた。






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