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魔道師の塔

 セザール=バシュレ記念魔術研究所所長のバルタザールは立ったまま、黒檀の重厚な執務机を挟んで黒い豪奢な椅子に腰掛けた黒いローブの男と対面していた。

その部屋の石造りの壁は曲面を描きまるで巨大な円筒形の塔の内側の一室にも見える、部屋の窓はすべて締め切られ魔術道具の薄暗い青い光に照らされていた。

その人物のローブは銀糸で古代文明の神聖文字が(カタド)られ、顔はローブを深くかぶっているためバルタザールからは見えなかった。


部屋の壁にはハイネ評議会の記章や塔を象った記章が飾られていた、壁に上等な本棚などが置かれていたがこれは飾りであろう、その部屋には絵画や美術品などの情感に訴える様な物が欠落していた。

そして執務室の扉の近くに同じく黒いローブの男が二人ほど待していた。


「バルタザールよ、理性を維持シタたまま狂戦士の力をエたものガいる可能性があると言うわけカ」

そのローブの男の声はかさつき聞き取りにくい。


「聖霊拳の上達者が密偵になっている可能性もありますが、その可能性を無視するのは危険だと判断いたしました、聖霊拳の使い手としては不審な点があるようです」

「お前の処ニ使い手がおったな」

「はい、精霊力の使われ方その量に不審な点があると」


「あの研究ヨり7年の年月が経ってイる、あれを知っているのハ我々だけではないからナ」

「実用化された場合、密偵や暗殺に利用されるものと判断します、戦場で兵士とするには理性を持った狂戦士は貴重すぎます」

その豪奢なローブの男は軽く頷いた。


「聖霊拳の使い手で幽界への路を開いた者は限られてイル、殆どは聖霊教会の管理下だ、お前のトコろにいる使い手のような者は珍シい、評議委員のアヤツを使って洗わせろ」

「かしこまりましたセザール様」

そのローブの人物に頭を下げた。

「調査員が明日、明後日には戻ります、調査が進行したら随時報告にまいります」

そしてバルタザールは執務室から去ろうとした、だがそこをセザーレが止める。


「待ツが良い、お前に見せておきたい物がある」


セザールが椅子から立ち上がる、かなりの細身で長身であるにもかかわらず異様な威圧感を発している。

入り口付近に持していた二人のローブの男達は思わず一歩身を引いた、セザールは顔を上げてローブの男達を見やった。


ローブの奥底に青く燃える炎の様な二つの輝きが顕になる、そして部屋の薄暗い光が彼の顔をほんのりと照らし出した、そこには人ならばあるはずの物が、目も鼻も唇もなかったのだ。

目と鼻があるべきところに暗黒の穴が覗き、肌があるべき所には干からびた何かが張り付いている。

それは髑髏にミイラの様な干からびた薄皮を貼り付けただけにしか見えなかった。


二人の男達は塔の主人を見慣れているはずだが、それでも彼らは慣れる事ができなかった、二人は目を逸らさぬように必死に耐えていた。

その黒い穴と化した眼窩の奥で青き炎が燃えさかっている。


そして男たちが震えだした、それは恐怖のせいだけではなかった、セザール自身が凍てつく冷気を纏っていたからに他ならない。

彼が歩きだすと無数の薬品が混じったような刺激臭が部屋に広がり始める。


バルタザールは自らに冷気に対する防護の術をかけているので冷気は平気だった、だがこの威圧感と青い炎の様な視線に晒されると戦慄する、これはいつまでも慣れる事はできなかった。

この男の存在自体が人の本能的な恐怖に訴えるのだ。


男達の吐く息が白く曇った。


「ついてくるがよい」

耳障りなかすれた声で命じて振り返りもせずにセザーレは部屋から出ていく。


一行は魔道師の塔の階段を幾層も下に降りていった、各層はそれぞれ研究区画に割り当てられている様子で幾人かのローブ姿の者達が働いている。

彼らは塔の最下層まで降りて更に地下にまで降りて行く、そこはかつて高貴な囚人の中でも重罪の者を捕らえておく地下の牢獄があった。

王国時代は塔全体が牢獄で今はセザールがハイネ評議会から塔を譲り受け魔導師の塔と名付けていた。


すでに牢獄の大部分が撤去され、厖大な実験器具と薬品棚が持ち込まれ、残された牢獄は実験体を閉じ込める為に利用されている。

セザーレは二階層まで降りると研究所に入った、だが階段は更に下層に向かっていた。


その区画には二人のローブ姿の男が作業をしていたが、セザールを見てあからさまに動揺した態度を表したが静かに頭を下げた。

そのまま一行は研究室の奥に向って進んでいく、そして壁に鋼の鎖で拘束された死んだような大男の前に進んだ。

その2メートルを越える巨人にバルタザールの後ろの二人が息を飲むのを感じた。


「ほう、これはエッベですね」

「野外実験中に逃げたが、偶然なのか回収スル事ができた」

「奴から何かを得られますか?」

「のたれ死んダと思ったが新しい研究にまだ使える、だが新シい問題が生じた、理性を維持したママ精霊力を行使できるかと言う問題ヲ再検討する必要が生まれた、コヤツは自然の狂戦士だまだ役二立つ」

セザールは意識のない大男に一歩近づいた。


「魔術師の素質のアルものは幼少の頃から訓練を積むゆえに精神ノ均衡が保たれる、聖霊拳ノ使い手は鍛錬により精神の均衡が保たれるとされてキた、だが明快な仕組みを解析できたものはイナい。

幽界への門を人工的に拓いた者はコヤツと同様に狂戦士と化し使い物にならななかった、なぜ狂うのかモ原因は突き止められてイない」

セザールはしばらく考え込む様子だった。


「7年前パルディア王国の錬金術師が人工的に幽界への道を拓く可能性を提示した、それは今となっては入り口に過ぎないが人工的に魔術師を作り出せる可能性が大きく開かれた」


「それが幽界への門を拓く例の物質の存在でしたか」


「その男は古代に幽界の高位存在がこの物質界に今より遥かに容易に顕現できた原因を探る研究を支援する過程で見つけタ、私の研究もこれで飛躍的に加速したものだ、だが裏返せバその恩恵を被るのは世界中の研究者も同様ダ、人工的に幽界ヘノ門を開きかつ理性を失わない研究に成功シタ者がいないとは限らない、悔しいことダガそれを無視はしない、死霊術では並ぶものは無いト自負しているが、それ以外において最高だと自惚れるほど愚かデはない」

バルタザールを青い鬼火の様な目が見つめる、魂の底が凍るような戦慄が体を震わせる。


「報告のあった小娘を何としても捕らえルのだ、バルタザールよ」

「かしこまりました、コステロ殿にも協力を求めますか?」


「しばらくは伏せておけ、必要があるならば奴にも協力をもとめる」

「わかりました」

だが内心ではそれは難しいと理解していた、コステロ商会の息のかかった者は彼の研究所にも多いのだ。

逆にコステロ商会にもセザールの密偵が入り込んでいる可能性がある。

セザールとコステロ商会は協力関係にあるが水面下ではお互いに監視しあっていた。


その時鎖に繋がれたエッベが身動ぎし鎖が音を立てた。


「奴を眠らせておけ」

セザールはその研究室の二人のローブの男に命じた。


「次はあの失敗作もミセテやろう、薬物で調教したが戦闘の興奮からか制御できなくなった」

バルタザールは先日のベントレーの闘いで実験的に彼らを戦士として使った事を知っていた、その結果は芳しいものではなかった事も。


彼らの後ろでは研究室の男達がエッベに薬を与える為にあわてて動き出していた。


一行は同じフロアの牢獄のある一角に向かう、その鉄格子の中に革紐で拘束された男が三人ほど閉じ込められていた。

その男たちは呻き声を上げながら芋虫の様に身をよじらせていた。

バルタザールはたしかに彼らから精霊力を感じる事ができたが、だがそれは乱れ混乱し不安定な力だった、彼らが魔術師ならばまともに術など使えないだろう。

彼らの瞳からは理性を感じることができなかった、どこか遥か遠くの世界を見ている様だった。


「役に立たないガ、幽界への門を開いたのは間違いない、殺処分スル事はできぬ、小奴らには貴重ナ物質を使ったのだ、新しい研究に使う前にもういちど理性を維持したまま幽界への門を拓く方法ヲ検証したい」

その鬼火が燃え盛る眼窩がバルタザールの瞳を冷たく射抜く、まるで地獄の底を覗いているような錯覚におちいる。


「ナオのこと例の小娘を捕えル必要がある」

「かしこまりました」


「幽界への門ヲ拓いたならば魔術師とハ我らの思い込みだったカ、聖霊拳の使い手の様ニ肉体的な強化に利用する路を軽視しておっタ、使い物にナラヌ狂戦士を兵士として使う手段に執着していた、原点にもどるベキだ」

バルタザールは彼の主人がいつも以上に饒舌な事に驚いていた。


「さてもどるぞ」

一行は研究室の階段に向う。


バルタザールはその小娘を捕らえる事が一筋縄では行かない事がわかっていた、あのキールと互角以上に闘い彼を追い詰めたのだから。

そのキールはもともとコステロ商会から護衛兼執事としてつけられた男だった、彼を外してあの小娘を捕らえる事ができるのだろうか?そもそも彼らは何者なのかその目的もわからなかった。

だいたい今もハイネにいる保証すらないのだから。


バルタザールは歩きながら思索を深めていく。






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