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テヘペロの小さな罠

 テヘペロが去ったあとコッキーはいそいそとティーセットの後片付けを始めた。

窓から射し込む光がまた傾いて、壁をオレンジ色に染め始める。


「ふう、また夜が来ます」


ふとため息をこぼす、囚われてから三回目の夜を迎えようとしていた。

コッキーは窓の側に寄る、その窓は鉄格子が嵌め込まれ外からも中からも簡単には出入りできないようになっていた、そこから新市街の歓楽街の屋根が遠くに見えた、その向こう側から黒い煙が幾筋も空に昇っている。

鉄の格子を掴もうと手をのばしてみる、だが何か見えない柔らかい壁に阻まれたように手が届かない、今まで何度も試したが防護魔術の力場が彼女を拒絶した。

もしトランペットが吹ける時ならどうだろうか?

そう思いながらベッドに戻りまた腰掛ける。


「そろそろラッパが寂しがるころですか?」


テーブルの上にそのまま置かれていたトランペットを期待を込めて見る、ふとそんな予感がしたからだ。

その瞬間コッキーの体がピクリと震える。


「ああ!?またラッパが呼んでますよ、体が熱くなってきました!!」

ベッドから腰を浮かせてテーブルの上のトランペットを掴む、そして惚れ惚れと蕩けた顔でそれを見つめる。

「本当に掠り傷一つありませんよね」

トランペットを愛おしそうに掲げる、今にもトランペットを舐め回しかねない勢いだった。


「練習するのです!!・・・れんしゅう?」


彼女がマウスピースに口付けするとふたたび魂の欠片が吸い込まれるような僅かな虚脱感を感じた、そして何か(ヒル)蛞蝓(ナメクジ)のような何かが喉を降って行く。

それが体に染み込み背中の真ん中で上下に別れた、それは尾骨に降りそして頭に昇る、彼女の全身が痙攣し震えてベッドから腰が浮き上がる。


「ああ、この子はわたしわたしはこの子なのです!!」


コッキーの瞳の底に黄金の光が灯り、なんとも例えようのないどこか非人間的な微笑みを浮かべトランペットに空気を送り込む。

先ほどトランペットが吹ける時に防御魔術を試そうと考えた事などもはや頭の中には残っていない。

また観客の居ないコッキーの独奏会が始まる。


だが本当に観客はいないのだろうか?テヘペロのベッドの下の背嚢の中で二つの小さな魔術道具が微かな光を放ち始めていた。



それから一体なん曲演奏したのだろうか、曲によりその音の性質に差が有ることはわかって来た、だがそれが何をもたらすのかは未だに良くわからない。

いつまでも彼女の演奏会は終わらなかった、だがふと演奏を止めなければと感じた、よく解らないがそう感じたのだ。

あの熱い力が引き足元に吸い込まれる様に彼女から去っていく、名残惜しげにトランペットから口を離した。


「そういえば熱いのはいつも下から湧き上がってくるのですよ」


コッキーは扉を見つめた誰かが扉の向う側にいる。


すぐに扉のノブが動き始め扉が開きピッポがひょこりと姿を現した。

彼はまるで仕立て屋の様な服を着ていた、それはお伽噺に出てくる小人の仕立て屋を思わせる。


ピッポはコッキーの訝しげな態度を無視して部屋の中を見渡した。

「テヘペロさんは居ないようですな」

「さっき出ていきました・・・」

ピッポは少し悩んだようだった。


懐から手紙の様な紙を取り出すとテヘペロのベッドの上に置いた。

「どうせ下らない内容です、テヘペロさんのベッドの上に置いておきますよ、ヒヒ、誰からの手紙か彼女に聞かれたら死霊のダンスのオットーさんからと伝えてください」

ピッポはそのまま部屋から出ていってしまった。


「死霊のダンスってなんです?」

コッキーは首を傾げた。


だがベッドに無造作に置かれた手紙が気になった、何か役に立つ情報が有るかもしれない、音を立てずにそっとテヘペロのベッドに忍び寄る。

誰も居ない部屋で見ている者も居ないはずなのに、三文芝居の盗賊の様な怪しくも無意味なこそ泥の様な仕草だった。


その手紙を手に取る、だが何か硬紙で挟み込まれ封をされていた、これでは封を切らずに中を見る事はできない。


『親愛なるテヘペロ=パンナコッタ様 ~ オットー=バラークより』


コッキーはそれを読むと何か感じる物があったのだろう。


「どこがいいのですか?あんな人」


テヘペロの少しだらしないお腹とお尻を思い浮かべ、コッキーはふたたび手紙をベッドの上に適当に放り投げた。


そして手にしたトランペットをまた見つめた、今はそれに魂を別けた分身の様な不思議な共感を感じているのだ。

「自分で吹きたい時に吹きたいのですよ」


試しに吹いてみたがまったく音はしなかった、だがあの感覚を再現できれば音がするのでは?コッキーはそう思い立つ。



ふと何かができると答えた。



コッキーは思わず部屋の中を見渡す、だが自分以外それに答える者などいるはずも無い。

あの湧き上がる熱い力を思い浮かべ様としたが何も起きない、何度も繰り返すが結果は同じだった。

落胆しベッドに戻って腰掛けた、そのまま倒れ込んで布団にくるまるった。


窓の外はすでに暗くなっていた、ハイネに来て四日目が終わろうとしている。










ゲーラハイネ街道を馬車は順調に西に進んでいく、日も傾きしだいにあたりは薄暗くなっていた。


「アゼルよあの丘を越えるとハイネの街が見えるはずだ」

窓の外を眺めていたルディがアゼルに声をかけた。

物思いに浸っていたアゼルは頭をもたげる、ふと気づくといつのまにか馬車の中も夕日に照らされてオレンジ色に染まっていた。


「ここまで来ましたか」


四人であの丘を越え上から夕日に映えるハイネの街を見下ろしたのはほんの数日前の出来事だ、あの奇矯(キキョウ)な幽界帰りの青いワンピースの少女がトランペットの演奏会を開いたのもこの丘の上だった。

アゼルがトランペットの謎を突き止める間もなく少女はルディガーの魔剣とともに姿を消してしまった。

あの少女の事が気になるが今の所その行方を突き止めるすべはない。


「宿に帰りしだいこれからの方針をさだめようか」

「若旦那さま、今までは何をすべきか曖昧でしたがそれが定まりましたからね」


「セリア嬢もう街が近いぞ?」

後ろの座席のセリアは気持ちよさげに寝入っていた、ルディは後ろの座席に乗り出すように話しかけたが起きそうも無い。

その時丘を昇る馬車の振動が激しくなり、眠ったままのセリアも揺さぶられ頭を木の背もたれに派手にぶつける。


「あっ、いたたぁ!!」


セリアが悲鳴を上げて目を覚ました。


「起きたかな?ここからハイネの街が見えるぞ」


馬車に文句を言おうとしていたセリアも車窓から外を見る、丘から見下ろす眼下に城壁にかこまれた旧市街と雑然とした新市街が、傾きかけた陽の光にオレンジ色に照らしだされていた。

城壁の内側には石造りの大きな建物が幾つも重なり、街の北側に聳える巨大な城と四本の尖塔が一際威容を誇っている。


「わぁ、久しぶりだけど、いつ見ても凄いわよねっ」


馬車は丘を降りはじめた、降るにつれ窓からは新市街の貧しさが否応なしに見えてくる、無秩序に作られた町並みはひとたび火災が起きれば大惨事を招くだろう。

ハイネの旧市街の東側は灯りも少なくまもなく暗闇に沈んでいく、馬車はその旧市街の東門近くに設けられた停車場に滑り込んでいった。


馬車の乗客達は次々と降り立ち、東門に向って急ぎ足で向かう、この時間では早く宿を確保しなくてはならないからだ。

「セリアさんの家はどこですか?」

三人はゆっくりと東門に向って歩いていた、三人はすでに今夜の宿が定まっているのでそう慌てる必要はない。


「私の家は東南区のアパートよ?そこに両親とセシリアが住んでいるわ、そうね住所を教えるわね」

「いやそのですね」

アゼルは困惑するセリアと付き合う気は欠片ほどもない。

彼女は懐から薄い木の板を束ねたものを取り出した、いったい何事かとルディとアゼルは注目する。

その木の板にはセリアの住所とセリアの自己紹介のメッセージが書かれていた。

引き気味のアゼルにその板を押し付けた。


「これは良いアイデアかもしれんぞ、貴重な羊皮紙や紙に一々書くのも大変だ、初めからこれに書いておけば済む、それに安いしそれなりに丈夫そうだ」

ルディはアゼルの手の中の小さな板をながめながら感心していた。


「私が考えたのよ、はやく結婚相手を見つけないといけないし」

「なるほど大変ですね」

アゼルの反応には少し呆れた響きが有ったが彼女は気づいただろうか?


「おっと私はここまで、またねアゼルさんルディさん、そっちにすぐ行くから!!」

東門をくぐってすぐにセリアと別れた、彼女は中央通りの南側の路地に消えていく。




「殿下、お昼にあの宿を出たのに長い旅をしてきたような気分です」

「俺もそうだ」

二人は『ハイネの野菊亭』のある商店街へ入って行く、そこは今日の最後の売り込みをする商人たちの掛け声と客の喧騒で騒がしい。

そして宿の入り口をくぐると店主がカウンターから出迎えてくれた。


「おかえりー、お二人さん」

「おう!」

酒場から客の笑い声と注文の叫びと酒と料理の臭いと妖しげな煙がカウンターに押し寄せてくる。

「少し前にお嬢ちゃんが帰ってきたよ」

「おお、そうかありがとう」


二人は階段を昇って行く。

「では報告会と会議ですね」

「しかしベルも驚くだろうな」


ベルは部屋でテーブルに伏して寝ていたが、部屋に二人が入って来たと同時に目を覚まし起き上がった。

「良かった、二人ともどこにいたの?」








部屋の小さなテーブルのベルの対面にアぜルが座り、ルディはベッドの上に腰掛けていた、二人は狭間の世界に引き込まれ、精霊魔女アマリアに出会った事などその総てをベルに話聞かせた。

ベルの顔は驚きから呆れに変わり最後には悟りを開いたような顔にかわっていた。


「それでゲーラから馬車で帰ってきたんだ・・・アマリアが小さい女の娘だったなんてね」

「ベルよ我々が学園通りの魔術道具屋で会った老婦人が本当の姿だと俺は思う」



「僕からもいろいろ話があるんだ」


「それは食事の後にしないか?酒場が閉まる前に食事にしよう、実は朝飯の後何も食べておらんのだ」

「僕もお腹が空いた」

「ええ店が閉まる前に食事にしましょうか、ベルサーレ嬢のお話はその後で」


三人は遅い夕食を取る為に酒場に降りて行った。






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