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神器トピアスの杖の伝説

 隠し宿の一室でささやかな茶会が開かれていた、テヘペロが駄菓子屋で買ってきたクッキーが木の皿に饗され、据え置きのティーセットに安物の茶葉で煎れた茶が出される。


「たべなさいよ、毒なんて入っていないわよ」

コッキーはさっそくクッキーに手を伸ばしはじめた。


「さてアマリア魔術学院の廃墟に何をしにいったのかしら?」

「ベルさんが学校の跡に何か無いか確認するのに一緒に行っただけです、誰かが後ろから付いてくるのに気がついてベルさんが捲いたのです」

「ふーん、あいつならテオを捲けるわね、まああれが降りてきたのはゲーラの街の中か」

「・・・」


「ねえ、あれが何か聞いているのでしょ?」

「あれってなんですか」

「精霊の椅子に降りてきた強大な存在よ、あれは最上級の大精霊ね」

「・・・」


「それってテレーゼの土地女神メンヤじゃないの?」

コッキーの顔が驚きに変わった。


「わかりやすい娘ね、やっぱりそうだったんだ」

コッキーの顔が赤く染まりそしてテヘペロを睨みつけた、だがそれでもお菓子をつまむのを忘れない。


「そんなにわかりやすいのですか?お子様ですかね・・・」

「アハハ、良く言えば素直よね、でもこのトランペットの出どころから誰でも予想が付くわよ?」


「土地女神メンヤ様って・・神様なのでひゅか?」

「食べながら話さないで」

コッキーはカップを手に取り紅茶で口の中の菓子を流し込んだ、テヘペロはそれに眉をひそめる。


「そうねメンヤは豊穣の女神とよばれ命と創造を司る土地女神よ、同時に死と滅びをも司る、大地母神であると同時に破壊神でもあるわ、他にも多くの貌を持っているけどね、テレーゼの自然の摂理を管理する存在だから人の善悪を超越しているわ、土地女神とはそう言うものなのよ」

「女神様なのに悪いのか正しいのかわからないのですか?」


「嵐で人が死ぬ、地震で人が死んだとして、嵐や地震は悪なのかしら?」

コッキーは頭を横に振った、自然現象に善悪はない人に害を与えるものを災害というだけだ。

「世界の運行を司る神々の末席に連なる一柱と言う説もあるわね、あなたには難しいか」

「精霊王様が一番えらいのですよね?」

「ええ・・・私達が知る限りは精霊王が一番えらいわね」

「もっとえらい神様がいるのですか?」

「わからないわねそれは、でもこの疑問は人の居るところでは言わないほうがいいわよ?面倒臭い事になるからさ、アハ」


テヘペロはまたトランペットを観察するために集中しはじめる、そして突然唸った。

「うーん、どう見てもただの楽器よねー、でも不自然だわ」


「神の器ってラッパの形をしているのです?」

「そうね、定まった形は無いわ、そもそも実在すら曖昧なのよ」

「何か大事が起きる時その中心に存在するのよ、後になってからあれは神器だったのでは?そう疑われるものなの、そしてその時には消えているのよ、まるで役目が終わったからこの世から消えたかのように」

「神様に操られているのですか?」

「そうとも言えるし、神の目的に適した者を助ける為に遣わされるとも言われているのよ、操られるだけの者なら役に立たないし」

「じゃあ私が選ばれたんですか?」

「さあわからないわねー」


テヘペロはトランペットをいつまでも凝視していた、それはいつもの虚無を秘めた瞳が熱い輝きを帯びていた。

「不自然なまでに小さな掠り傷すら無いわね、ほんと今作られたみたい」

「テヘペロさんは学者なのです?」

「ええっ?私は魔術師だけど、パパが法律事務所の経営者でママは語学の家庭教師でいいところの令嬢に教えていたわ、おじさんが魔術師で学者だったのよ・・」

コッキーは驚いた、いつものテヘペロと雰囲気が一瞬だけ大きく変わったからだ、見知らぬ女性が忽然とテヘペロの中から現れたかのような衝撃を受けた。

「何もなければ魔術の研究員か教師になったかもね、それも学者みたいなものか」


「働くのですか?」

「魔術師の才能があるのは500人に一人、女でも結婚して子供を育てたらまた働くことを期待されるわね、それだけ魔術師は貴重で役に立つのよ、私の様に上位魔術師ともなれば貴族と結婚できたかも」

「テヘペロさんはお嬢さまだったんですか?」


「あははは、お嬢さまだったんですか?は無いでしょ失礼ね」

「平民よ、でもパパもママも貴族の庶流の流れ、高い教育が受けられた分だけいろいろ有利ね」

そして余計な事を話したと思ったのか彼女はだまってしまった。





「ねえ貴女は何者なのかしら?」

「私は、ただのコッキーです!!!」


テヘペロは顔を上げるとコッキーの目を覗き込んできた、コッキーに何か変化の兆しがあるのか見定めるかの様に目を覗き込んでくる。

コッキーは耐えきれなく成り目をそらして横を向いてしまった、その時テヘペロが笑ったのを見たような気がした。


「昔話をしてあげるわ、神器じゃないかと言われれてるある物の話よ」


「今から1000年以上も昔の話よ、貴女は知っているかしらロムレス帝国のこと?」

コッキーは顔を横に振った。

「しょうがないわね、その帝国の終わりの頃よ、偉大な精霊宣託師が帝国の滅びを予言したの。

それで精霊を信仰していた人々が迫害されてね、トピアス=ニールと言う指導者が存在が予告されていた遥か東方の精霊の聖地へ教団の本拠地を移す計画を立てたのよ、帝国の滅亡と迫害から逃れる為に東に向かおうとしたのね」


「そんな話を孤児院で聞いた様な気がしますよ」


テヘペロの表情が変わった、聞いた様な気がしますは無いでしょ?と言っているかのようだ。

この事件は聖霊教にとって非常に重要な事件で、聖霊教の孤児院で育てられたコッキーならさんざん聞かされているはずだから。

コッキーは顔が赤くなりまた横を向いてしまった。

「お勉強は苦手なのです」


テヘペロは紅茶のカップに手を伸ばし口を潤すと。

「貴女ほんとそのようね」

コッキーの顔が更に不機嫌に変わった。


「さて、彼がその無謀な計画を思いついたその日の事よ、彼が借りていた古い農家の壁が崩れて木の杖がでてきたの」

「魔術道具ですか?」

「ただの木の棒よ、彼も偉大な精霊術師で魔術道具ならすぐに見破るわ。

でも彼は何かのお告げの様な気がして、その杖を大切にする事にしたらしいわ、そして三月後に彼に賛同する仲間たちと共に大山脈を越えて東に向かう旅にでたのよ。

その杖はね彼が手を離すとかならずある一点を指して倒れたと言われているの、そこが聖地だとトピアスはいつしか信じるようになったわ」


「じゃあ簡単に進めますね」

「何を言っているの?山があろうと湖があろうと砂漠があろうと必ず同じ一点を指すのよ、彼らは何度も大きく迂回したそうね」


「自然の脅威に阻まれたり蛮族に捕まったりしてね、一年近く彷徨い最後に聖地に到達したのよ、ついた時には人数が半分以下になっていたそうよ、この話は物語や劇になっているわ、冒険物としていろいろ脚色されてるけどね」


「その聖地がアルムト=オーダーよ、トピアス一人が森の最奥に到達してさりげなく杖を地面に突き刺したらそのまま抜けなくなったと伝えられているわ」

「今もあるのですか?」

「いいえ、杖から根が出て芽が出て大木になったと言われているわ、トピアスの木の伝説ね」

「不思議な話ですね」

「まあね」



テヘペロはトランペットに触れようか悩んでいる様だ。

「これが神器なのかは状況証拠しかないけど、これが神器なら試すのは愚かね、どうしようかしら?ピッポ達に話すべきか迷うわ・・・魔術師ならば誰でも夢みるの、そんなものにめぐり会えたらって」

テヘペロは諦めて顔を上げて何かを思うようにどこか遠くを見ていた。


「今から少し出かけてくるわ」


テヘペロは立ち上がり自分のベッドに寄り修道女の服を脱ぎ始めた、あいかわらずコッキーの目を気にしない、急ぐように家庭教師風の服に着替える。

そして背嚢の口を開き中に手をのばした、背嚢の内側には小物を入れる袋が幾つも備え付けられていた、その中の一つに収められている小さな魔術道具を二つ選びそれに触れる、そして彼女の口は小さな呟きを紡ぐ様に動く、やがてテヘペロの指先にそれらが僅かな熱を伝えて来た。

彼女は満足げな笑みを浮かべ背嚢をベッドの下深くに押し込んだ。


「しばらくしたら戻るから、おとなしくしていてね」


家庭教師に変わったテヘペロは魔術防御を施された扉を開き出ていく、コッキーの感覚はその魔術防御の僅かな揺らぎを捉えていた。










ゲーラからリネインに向かう馬車の上、後部座席のセリアはふたたび静かになり居眠りを始めていた。

ルディもまた窓から風景を眺めている、やっと静かな時間を得られたアゼルは昨日魔術街で手に入れた小さな本を開く。


ロムレス帝国史(7)


栄華を極めたロムレス帝国時代の中期以降、帝国は内外から大きく揺さぶられ始める、帝国の軍事と経済を支えていた都市国家連合体の市民階層が没落し、大地主達が大きな力を持つようになりつつあった、それは農奴制の始まりを告げる。

だが農奴には国や国土を守る動機づけが無い、軍事は職業軍人と傭兵団などに委ねられて行く。

当初はプロの軍人たちによる軍事体制は機能し一時的に帝国の衰退を防ぐかに見えた、だがやがて世襲化と貴族化が進み形骸化が進んでいく。

帝国は蛮族などを取り込み帝国を維持しようとする、その努力は一定の成果を生み、皮肉な事に末期に帝国を支えようと奮闘したのは彼ら達だった・・・



多くは一般的なロムレス帝国の歴史的な知識が記述されてる、アゼルは歴史に興味が無いわけではないが今はこれには用はなかった。

この本には聖霊教についての記述が多いために買ったのだ、アゼルはページを飛ばす。


弱体化しつつある帝国には東方と北方からの蛮族が絶え間なく侵攻してきた、大陸を東西に分断し南北に走る大山脈の東側から、大陸中央から北方に1000キロ近く突き出したセール半島とその北方の島々から北方の蛮族が侵攻してきたのだ。

その混乱と社会不安が広がる最中、当時最高の精霊宣託師が滅びの予言を受けそれを世に流してしまう。

その混乱状態からロムレス帝国で一部に広がっていた原始精霊教がその風当たりをまともに受ける事になった。


当時、精霊宣託師が教団の指導者だった、まだ現代の様な教義のようなものも確立されておらず。

精霊宣託師の集団による集団指導体制を取っていた、その滅びの予言を降した精霊宣託師はその原始精霊教の有力な指導者だった。


精霊教教団の内部では東方の精霊の聖地の存在が示唆されていた、その聖地に教団の本拠を移す事を考える者が現れる、彼こそがトピアス=ニールで当時の精霊教の若き指導者にして精霊宣託師だった。


彼らは帝国の滅亡の危機と激しくなる迫害から逃れる為に大山脈を越えて東に向かおうとした。


教団内部でも反対する者も多かったが、彼に従った者達が精霊王の聖地アルムト=オーダーにたどり着くまでの物語は聖霊教の重要な教義の核心となっている・・・


アゼルは本を読む手を休め記憶を整理した、ニール神皇国の建国の父イェルハルド=ニールがトピアス=ニールの末裔を名乗ったのも彼の威名にあやかろうとしたと言われている。

ニール神皇国はイェルハルドがトビアスの末裔と公式に認めているが、歴史家はそれに関しては明確な証拠がないとしているのだ。


土地女神メンヤのロムレス帝国時代の予言を知れと言う言葉の意味は未だに見えていない。






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