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策謀の公都

 エルニア公国の公都アウデンリートその中心に(ソビ)え立つ大公家の居城、その城もルディガー公子の叛乱事件と逃亡から混乱を極めていたが、日が明けて少し落ち着きを取り戻しつつあった。


その居城の北西の一角が大公妃の後宮に割り当てられていた、長年に渡り改築と拡張を繰り返してきた居城の中でそこはもっとも新しい。


その後宮の女主人であるテオドーラ大公妃の私室で息子のルーベルト公子と共に対面する人物がいた。

ルーベルト公子は第二子だが正妃のテオドーラの子であるため第一継承権を持っている。

ちなみにルディガーの生母はエルニアの魔術師を父に、クエスタ一族の女性を母に生まれた、そして現大公のセイクリッドが公子時代にお手付きとなり、ルディガーを生みしばらくして亡くなっている。


テオドーラ大公妃は30代後半の堂々とした美女で、薄い金髪と緑色の瞳の持ち主で平服の略装を(マト)っている、隣に座るルーベルト公子はテオドーラ大公妃によく似た薄い金髪の持ち主だが、目だけは大公の瞳と同じブラウンだった、公子もまた非公式の接客用の略装を纏っていた。


訪問客は北の隣国アラティア王国の大使で名をローマン=アプト男爵、貴族ではないが優秀な外交官で一代限りの男爵位を叙爵される程の男だった。

そしてアラティア王国はテオドーラの生国でもある、そして現アラティア国王は彼女の兄にあたる。

大公妃の謁見室を使用しないという事は私的な雑談と言う事になるが、じばし建前は無視されるものだ。


「いえいえ、この度のルディガー殿の謀反により、エルニアの改革が進むと宰相殿は考えておられるようですが、それだけでは弱すぎると愚考いたします」

「この問題が落ち着くまではカミラ姫とルーベルトとの婚約などお披露目する暇はないでしょうに?」

「いいえ、それによりルーベルト様の大公家の後継者としての立場を明確に示せます」

「むしろできるだけ早くカミラとの婚姻を公にせよと?」

「はい、より強固な我が国との繋がりを示すべきです、我が国との同盟関係の強化こそ双方に大きな利益をもたらします、またカミラ様はアラティア王家の遠縁の名家から王家に養女に入られたお方、血が近すぎる心配もございません」


テオドーラはアラティア国王の妹で、アラティア国王には二人の姫がいるがルーベルト公子と血が近い、すでに近親姻の弊害が世に知られ始めていた。

政略結婚の弾が無い場合など、王家に近い名門の姫を王家の養女にするといった手段がとられる事もある。


だが宰相のギスランはアラティアの影響力が大きく成りすぎる事を警戒しており、南のクライルズ王国との政略結婚を考えていると噂も流れていた。

テオドーラ大公妃はなんとしても生国のアラティアを背景に影響力を強めたかった。


「しかし宰相殿がなかなか首を縦にふりません」

「宰相よりあの人を私が説得いたしましょう、貴方は誰が大公か忘れているのではありませんか?」

「たしかに、大公殿下こそがエルニアの統治者で在らせます」


その場には微妙な嘲りにも似た空気が漂った、絶えず責任を他人になすりつけ、当事者の立場から逃げ続けてきた男は、結局の処は他者からの軽蔑しか得られなかったのだ。

それが更にセイクリッド大公を意固地にさせている。

そのセイクリッドをなんとか焚き付けてこの婚姻話を進めたい、それがテオドーラ大公妃の策である。

『あの人が内心ギスランを疎ましく思っているのは解っています、そこを刺激してやりましょう』

テオドーラはセイクリッドの性格を良く理解していた。


その場で沈黙を守っているルーベルト公子はどこか居たたまれない苦しげな表情をしていたが、大公妃も大使も気がつかなかった、いや気がついていたとしても気にも停めなかっただろう。


「ところでルディガー殿下の行方はどうなっておりますか?」

「バーレムの森に逃げたとか、それを城内から手引きした者がいると聞き及びますが、詳しいことは妾も知りません」

「私共も不十分な情報しか得ていません、大公妃様ならばと思いましたが」

「軍が今だに追跡しているそうですが逃げ切れるとは思いません、切札があると聞き及びますし」

「切札とは召喚精霊の事ではありますまいか?」

「詳しいことは知りませんわ」

テオドーラはエルニアの切札が召喚精霊で有ることを知っていたが生国の大使と言えどわざわざ説明する気は無かった。


「精霊と言えば、例の精霊宣託についてそろそろ詳しく教えていただきませんでしょうか?これは我が主君も興味を持たれています」

「随分と有名になっておりますね、ですが事情が有り明かせぬ」

「兄上にも明かせないと、それほどまでの宣託なのでしょうか?」

「それも言えぬ」


(あれは永遠に表には出せません、妾が墓にもっていきます、聖霊宣託とは面倒なものよ)







グリンプフィエルの猟犬が激闘の果てに自爆したとの報告を受け、ボルト郊外に設営されている魔導庁の天幕は衝撃に打ちのめされていた。


「イザク殿、もしや先程の遠雷のような音がそれか?」

宰相名代のヨーナスが魔導庁長官のイザクに疑問をぶつけた。

「おそらくは・・・」


魔術師達はグリンプフィエルの猟犬が敗北寸前まで追い詰められた事が信じられない様で、いかなる状況で猟犬が追いつめられたか議論を始めていた。

強力な魔術師がいたのだ、強力な魔導具があったなどと議論に熱中しはじめている。


だがイザクやヨーナスにとって、猟犬が自爆してしまった為にルディガーが生死不明になっている事の方が遥かに重大な問題だった。

「何を騒いでおる!!静かにせんか!!」

議論に白熱する魔術師達を叱咤し黙らせた。


「まず宰相殿に連絡が必要だ、伝令を出すがヨーナス殿も公都に戻って報告を頼みたい」

「わかった儂は引き上げるぞ」


イザクは魔導庁の天幕に派遣されているイルニア軍の連絡将校に向き直る。

「ルディガー殿下の生死の確認を軍に要請する事になりそうだ」

「イザク様、グリンプフィエルの猟犬が自爆した位置など正確にわかりますか?」

「グスタフが間もなくここに来る、捜索すべきおおよその地域を絞り込めるはずだ」


「ギーよ召喚精霊がここを出発してから戦闘が始まるまでの時間、戦闘開始から自爆するまでの時間に関する資料を提出しろ」

グリンプフィエルの猟犬の自爆を天幕に報告したのは魔術師のギーだった、また彼は測時機で時間を記録する役割を担っていた。

「畏まりました」

「方角と距離が解ればおおよその場所は絞れるはずだ」


そこに顔色の悪いグスタフが本営に姿を表した、そこにいた者は皆、グスタフが僅かな時間で随分と老けたと感じた。







イルニア公国宰相ギスラン=ルマニクは大公の執務室で、ルディガー公子の反逆事件に対応していた。

時刻は深夜をまわろうとしていたが今だ終わる事が無い。


反逆事件の全貌はまだ公式には明らかにされてはいないが、ルディガー公子が兵を集め、セイクリッド大公を暗殺し、その混乱状態を利用し城を制圧しようとしていた事に成っているが、結論から言うとギスランによるでっち上げだ、だがまったく根や葉が無いわけではない。


ルディガー公子が城からまんまと逃亡に成功したのは、例のクエスタが推挙したエステーべ一族の侍女が逃亡を支援したからだと判明している、それも大公家の限られた人物のみに明かされていたはずの非常用の脱出路を使っていた。

ルディガー公子は大公からその脱出路を教えられていなかった、何者かが彼に脱出路を教えたのだ。


ギスランはそこである人物に思い至った、それは先代大公のデギオン=イスタリア=アウデンリートその人だった、帝国が崩壊した混乱の時代、少年時代から父を支えエルニア公国を独立させた偉大な大公だった。

長らくエルニアを統治していたが、そのデキオンがルディガーに脱出路の機密を伝えていた可能性に思い至った。


「デキオン様がお亡くなりになったのは殿下が8才の時だったな、もしくはエステーべかクエスタの者に漏らしていた可能性もあるか、ルディガー殿下の生母が知っていてそこから漏れた可能性も無視できぬか」

皮肉な事にルディガー公子の反逆事件をでっち上げた事で、宰相の敵対勢力が身近に深く根を張っていた事が明らかになりつつあった。


すでにクエスタやエステーべ一族は姿をくらましているらしい、彼らが事前に準備をしていなければ有り得ない対応の速さだ、こちらから仕掛けなくともいずれは向こうから本当に仕掛けてきたのではないか?

秘密の通路から逆に武装兵を送り込まれていたらどうなっていただろうか?

クエスタとエステーべ一族ならば、最大600程度の兵を集められる、今まで城の奥に敵が突然現れる可能性に気が付かなかったのだ、ギスランはこの事実を知り愕然(ガクゼン)とした。



ギスラン=ルマニクは法務庁長官の資料室を訪れる事にした、エルニアの豪族の血縁関係などをもう一度把握する為だ。


実はこのエルニア公国で最も重要な役所は、宰相府でも軍務庁でも財務庁でも無く、いわんや魔導庁でもなかった、法務庁こそが最重要機関だった。


エルニアは400年前の大陸全土に及ぶ大混乱期に西方からの移民がバーレム大森林を勝手に開拓した土地だった。

この当時は大陸東部はほとんど人の手が入っていない無地主状態で、エルニアでは300家ほどの有力者に土地が集約されて行った、当時のエルニアは土地争いと相続争いの血みどろの混沌が支配する、弱肉強食の自由と暴力が支配する大地だった。


やがてセクサルド帝国の勢力がエルニアに及びはじめ、200年前に帝国がアウデンリート公爵を創爵しイスタリア家をエルニアの支配者として封じた。

ここからアウデンリート公爵領が始まったが、エルニアは色々特殊な事情を抱えていた。

エルニアの土地の所有権は100家近い豪族達に有り、公爵家は彼らと封建契約により主従関係を結び、彼らの既得権の保護の替わりに納税と軍役の義務を課していた。


クエスタ家が爵位を失っても財産を失わなかったのは領地の所有権がもともと豪族達に有るためだ。

現在は70家程に減っているが、公爵家は帝国に仲介する形で騎士爵を彼らに与え、豪族達は帝国貴族の端に名を連ねる事ができる様になった。


そしてアウデンリート公爵の支配は当初から意外にも歓迎されていた、豪族達はいい加減に領地争いや一族同士で争う事に嫌気が指しており、安定と調停者を求める気分になっていた。

エルニア大公家の権威は公正な裁判にかかっていると言われるほどに、その領地問題や相続問題を裁き調停する法務庁は公国で一番重要な機関と見做されている。

エルニアが法や規則に非常に煩いと周辺諸国から言われる原因でもある。


法務庁には過去の裁判の記録が総て保存されている、それらの判例を暗記するのは法務庁の役人の最初の仕事と言われる、更に豪族達の領地の権利や、婚姻や一族や家族関係の情報など緻密な記録が保存されていた。


エルニア大公家は直轄(チョッカツ)領が少なく経済的にも軍事的にも弱体と言われるが、ギスランはいずれはこれを打開したかった。


そしてエルニアの豪族達は自分達こそがエルニアを開拓したと自負している、一歩間違えると内乱の火の手が吹き上がるだろう、その時にルディガーはその旗印になる可能性が極めて高かった。

そして周辺諸国はエルニア大公家が強くなる事を望んでいない、イルニア兵の精強さは有名でその苛烈で激しい気風は恐れられている。

ギスランは外部から介入される前に危険人物を抹殺したかった、なればこそルディガーを生かして国外に逃がす訳にはいかなかったのだ。


血みどろの自由と暴力が支配する混沌の大地、それがエルニアの本来の姿だった。



ギスランが法務庁の資料室に向かっていた時、そこにボルトからの火急の伝令が到着した、それはグリンプフィエルの猟犬の自爆とルディガーの生死不明を伝える急報だった。



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