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ベルの囚われ人

 動揺する店主エミルの前にベルは更に進み出る。


「こんにちわ?」


我に還ったエミルが慌てて答えた。

「あ、あ、君か!?・・・いらっしゃいませ」


エミルが先程キールに会っていなければ、そもそもテヘペロに関わっていなければここまで動揺する事などなかっただろう。

ベルはエミルの反応に不審を感じた、そして部屋の臭いを嗅ぐようにして鼻をしかめ、何か考え込んでいるようだ。


「ねえ、この前の二人は来てた?」

「ふたりですか?」

ベルはしまったと言った素振りで舌をだした。

「あっ!!えー若旦那様と、魔術師のアゼルさんですわっ」


『しまった、やば、てへっ!!』

そんな可愛らしい仕草だが、それがとても嘘くさくてエミルにはとても不穏な物に感じられる。


「お二人は来ていませんよ・・・」

「そうなんだ・・・どこにいるんだ?」

ベルの呟きと小さな舌打ちにエミルがびっくっと震える。


「そう、この前買ったあの潰れた金属の塊についてもっと知りたいの」

エミルの顔色が更に悪くなった。


「といいますと?」

「あれはどこから出てきたのかしら?」

「実は得意先から譲っていただいた物なのです、ですが古代遺跡から出てきた余り物としか聞いていません、何かございましたか?」

「うん、友達が魅入られた様になって、変な呪いでもかかっているのかしら、うっとりと見ているのよあの娘」

少し怯えた様な不安げな顔をした。


「まさか呪いなんて」

「だから何かあるのかなって、夜になるとギチギチ音がしたり、声が聞こえてくるのよ、こわいわ!!」

「・・・」


「あの、そのお得先を聞かせていただけませんか?そこに聞きに行きますので」

「いえ、おやめ下さい!!お得意先にご迷惑をかけますので、私の方からさりげなく聞いてみますよ、何かわかりましたらこちらからお嬢さまにお知らせします」

ベルの瞳が翳ろうそれは一瞬の事だ。


「まあ、お嬢さまだなんて、私ただの小間使ですのに!!」

ベルは胸の前で手を合わせて恥ずかしがった、エミルにはその少女の仕草や言葉が芝居じみていてそれが恐ろしかった。


「でも、そこまでエミルさんにお手間をかけさせるわけにはまいりませんわ」

「えとですね、お嬢さまの若旦那様はエルニアの魔術道具や骨董を扱われているお方ではないですか?今後のお付き合いもあるので是非お力に」

「でも勝手に若旦那様の宿を貴方にお教えする事はできません、旦那様に相談してからまた来ますのでその時にでも」

「おお!!よかった、ああ、ぜひお力になりたいと言う意味です」

「ではお邪魔しましたわ」


「あっ、そうだわ大切な事忘れてた、いそがしすぎるのよ」

ベルは帰りかけて扉の前で立ち止まった、エミルはまだ何かあるのかとびくついた。


「なんでしょう?」

「先ほどこのお店から執事の様な感じの素敵なオジサマが出てきませんでしたか?」

「いえ、その」

「まあ、やっぱりそうでしたのね?」

「それがどうか?」

「すてきな御方で大旦那様そっくりでした、どなたかご存知ですか?」

ベルが戦ったあの聖霊拳の男がエミルの店の近くから街に出てきた処は見ていたが、はっきりとここから出て来た確証はない、試しに探りをいれて見ただけだが大当たりだ。

あの男がベルの手掛かりを探しているならここに来るのもありえない話では無かった。


「先程の取引先の執事の方です」

ベルは顔を伏せ一瞬不敵な笑いを浮かべる。


「お名前はなんて言う方かしら?名前だけでもいいのです」

「お得意様は明かせませんが名前だけなら、その御方はキールと言うお名前です」

エミルは得意先を教えなければ名前ぐらい良いと思ったのだ。


「ありがとうエミルさん、今度こそお邪魔しますわ」

ベルは最後に店内を見渡してからエミルに会釈した、そして颯爽と身をひるがえし扉に向かう。

その動きは力強く素早かった、扉を押し開きその隙間から彼女はするりと出ていった、涼やかにドアベルが鳴り扉はゆっくりと閉じていく。



エミルはふたたびカウンターの椅子に疲れたように座り込む。

だがすぐに何か思い立った様に立ち上がり、壁にかけてあったローブをひったくると外に飛び出した。

ドアベルの音が乱れ鳴り響く。


エミルが魔術街を左右に見渡すと、雑踏の中を北に進むあの娘の後ろ姿が確認できた、いくぶんかエミルは安心するとローブを急いで纏った、やがて娘は学園通りを左折していく。


エミルは慌てて店内に戻ると入り口の扉にかんぬきをかけ、カウンターに飛び込む、そして執務室の壁にぶら下げてあった鍵の束をひったくると裏口から裏通りに飛び出し慌てて鍵をかけた。

無理に心を落ち着かせるとゆっくりと裏通りを北に向かう。

学園通りに出ると恐る恐る左右を見渡した、すると学園通りを東に向かうあの娘の後ろ姿が見えた。


エミルは裏道に数歩戻ると魔術の詠唱を始めた。

「よしおちつくんだ『マダイアン風塵のベール』」


エミルの姿は徐々にかすみながら消えて行く、しばらくすると足音だけが動き始める。

その足音は学園街を東に向かって進む、音だけがベルの後ろ姿を追って行く。






ベルは大聖霊教会の大礼拝殿の門の前で一度立ち止まり、そのまま聖霊教会の敷地に入り大礼拝殿の東側に向かって進む、その先は小さな礼拝堂と大司教府の建物がある地区だ。

ベルは芝生に囲まれた小さな林の間を迷わず進んで行った、樹々を照らす傾きかけた日差しは黄昏がもう近いことを告げている。


エミルは魔術で姿を隠しながらベルの後を追跡していたが、彼女が聖霊教会に入り大礼拝殿の東側に向かうと知ると、徐々にあせり始めた、あの潰れた金属の塊が出てきた地下遺跡は大司教府の建物の地下にあるのだから。


「いったいどこに向かうつもりなんだ?何か知っているのか?」


小さな声で思わず呟いた、それはいくぶん引きつり気味だった、彼女はそんなエミルの不安もよそに小さな礼拝堂に足早に向っていく。


だがその瞬間に姿を見失った、決して目をそらしていたわけではない、彼女が礼拝堂を囲む木立の中に踏み込んだ瞬間その姿を見失ってしまった。


「しまった!?」


慌てて礼拝堂に進むがあの黒い小間使いのドレス姿が見当たらない。


礼拝堂の中にいるかも知れないと入り口から中を覗く、だがそこには女神メンヤの像があるだけだ、そして女神メンヤのホルンが目にとまった。

当初はあの潰れた金属の塊との関連を疑った者もいたらしいが、魔術道具としての要素も骨董的な価値も無いとみなされて払い下げられた。

たしかピストン付きの金管楽器は古代には存在せず新しい時代のものと結論が出ていたはずだ。


エミルはつい魔術師らしい思いにふけってしまったが、気を取り直しあの少女を探さなくてはならないい。


エミルが他を探そうと礼拝堂から出ようと向きを変えた、その目の前にあの少女が腕を組み仁王立ちしていた。


「うわぁぁぁっ!!!」


エミルは腰を抜かし地面に座り込み、そのまま後ろに下がると礼拝堂のメンヤ像の足元まで下がる。

だがその姿は普通の人間には見えないだろう。


「足音が聞こえていたよ?エミルさん」


ベルは足音ではなく聖霊教会に入る少し前から不審な動きをするエミルを捉えていた、エミルは目にこそ見えないが生ける者が放つ光る影としてベルに補足されていたのだ。

エミルの行使した術ではベルの目を偽るには力不足なのだ、新市街の市場の近くでベルと戦ったテヘペロは上位の無属性隠蔽魔術でベルから逃れる事に成功している。


未だ術が解けていないエミルの姿は人には見えない、はたから見るとベルは一人言を言う挙動不審者に見えるだろう。


「なぜ俺がわかるんだ?」

「足音が聞こえたのよ」

まだ床を這いずるような音だけが聞こえるが何も見えない、だがベルの瞳の動きからエミルを捉えている事がわかる。


「動かないで!!酷いことしなきゃならなくなるの、術を解除していただけないかしら?」

ベルは先程からクネクネした不自然な嫌らしい口ぶりを変えていない、まだかなりの余裕があるようだ。

すぐに礼拝堂の床の上で腰を抜かしたエミルが姿を表した。


「うーん面倒だ、もういいか」

ベルの口調が突然変わる。


「僕をこそこそ追いかけてきた理由は?もしかしてセザーレ=バシュレ記念魔術研究所のキールさんの命令なの?」

「なぜ!?知っているんだ!!!」

エミルの顔色が更に青くなっていく。

ベルは当てずっぽうで試しに言って見ただけだがそれが的中した。


「お得意先ってやっぱそこなんだ?」

「君は何を知っているんだ!?」

「何を知っていると思うの?」

エミルは沈黙した。

ベルはたいした事を知って居るわけではない、どちらかと言うと知りたい事が多すぎる。


「僕がどこに帰るか調べる様に命令されていたんだ?」

エミルに顔を寄せて睨みつけ僅かに力を解放する、彼は怯えた様に小さく頷いた。


ベルは悩んでいる様だ。

「ねえ、コッキーが逮捕されたか知っている?」

エミルは顔を横に振った、だがこれでコッキーの殺人事件をエミルが知っていた事を明かしてしまった、知らなければ『あの娘が何かしたのか?』と反応しても良いはずだ、そして知っているならばベルが来店した時に何かしら反応があってもおかしくない。

ベルのエミルへの不信感がいよいよ増していく。


「僕が買った呪いの塊について聞かせて欲しいんだけど」

「俺は詳しい事は本当に知らないんだ」

「じゃあ今からエミルさんのお店に帰ろうか、調べたい事があるから、逃げる事も戦うことも無駄だよ?」

「いや、たのむ止めてくれ!!」

「やっぱり知っているんだね?ここで話して」


この娘に店を荒らされてはたまらない、店には余り知られたくない事が諸々とあるのだ。

エミルはテヘペロに教えた程度の事なら今更秘密にするまでもないのでは?そんな心理になっていた。

その少しぐらいが破滅を招く事もある、そこから目先を繕うためにどんどん深みにはまって行くのだ。


結局エミルはあの潰れた金属の塊が大司教府の地下の遺跡から出てきた経緯をベルに明かしてしまった、あのテヘペロにすでに話したのだから今更変わらない、そう自分に言い訳をしていた。


「地下遺跡はどうなっているか知ってる?」

「それは知らないんだ、五年も前の話だからな」


ベルはなんとなくこの礼拝堂に来れば何かしら反応が引き出せるかもと期待はしていた、だが予想を遥かに上回る収穫が手に入り満足していた。


一瞬口を封じるべきか?とベルの中の悪魔がささやく、だがしばらくは游がせて情報を仕入れる方が良いと思い直した。

エミルは信用できないがベルの吹き込んだ小さな嘘が向こうに伝わる事も期待する。

あとはルディとアゼルに合流するだけだ。


「いろいろありがとうエミルさん、何かわからない事があったらおしえてね、もしキールさんに何か聞かれたら『よろしく』って言っていたと伝えて」

ベルは女神像を一瞥すると外に駆け出したそれはまるで風の様に。


エミルは力なく礼拝堂の床にすわり込んだまま動かなかった。






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