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ハイネの人々から

 ハイネの新市街の猥雑(ワイザツ)な繁華街も昼間は眠った様に静かだった。

ベルは魔術道具屋『精霊王の息吹』で憐れなリズを気絶させた後、墓荒らしの一味が入って行った店の近くまで来ていた。

入り口のある階段の下は昼間から薄暗い、階段の壁には扇情(センジョウ)的な煽り文句を書き連ねたポスターが何枚も貼ってある。

とても若い娘が一人で降りていけるような場所ではなかった、ベルに危害を加える事ができる者などまず居ないだろうがいろいろ悪目立ちしすぎる。

ついでに僅かにドブの臭いまで漂ってくる。


アウデンリートにもこの様な店が集まった一角があった、そこはとびきり治安の悪い場所で良家の婦女子が近づく場所ではなかった。


「これは家の男共にまかせるしかないわね」


ベルは妙なポーズをとりながらマフィアの女ボスのようなセリフを吐く、これもボルトの旅芸人の演技で覚えたのだろう。


その家の男共のルディとアゼルは今頃セザール=バシュレ記念魔術研究所の見学に行っているはずだ、その後で魔術街で本と地図を買う予定らしい。

ベルはあの聖霊拳の男に顔が知られているので同行しなかった、墓地の様子を見るだけならベル一人でも問題ない。


だがその家の男共がまさかこの世界からいなくなっているとは夢にも思わないだろう。


ベルはこの後で炭鉱北西の墓場を見てから先日の新市街の南の小さな聖霊教会をめざす、教会の近くにある墓場を見てから二人の修道女のファンニとサビーナに挨拶しようと決めていた。


まず周辺に不審な気配が無いか探る、しばらくしてから頭を僅かに横に振って歩き出した。


「昨日からあいつの気配が無い」

ベルは独り言をこぼした。


ふと空を見上げた、快晴の青い空に白い雲が高い、眩しい陽射しが新市街の繁華街を照らしていた。

そのままベルは早足に街から立ち去さって行く、向う先には製鉄所の煙が幾筋も立ち上っていた。








ベルは簡素な造りの木造の聖霊教会の前に立っていた、そこはサビーナとファンニがいる聖霊教会だ、その門のすぐ正面が小さな礼拝堂になっている。

門をくぐるとベルは真新しい木の匂いに包まれる、その礼拝堂では修道女のファンニが祭壇の床を清めていた。


ファンニは仕事に夢中でベルが入って来たことに気づかない。

「こんにちわファンニ」


彼女は驚いて手を休め、誰がやって来たのか頭だけ上げて確認した。

「あら、貴女ね、こんにちわ」

「午後の番なの?」

「そうよ、サビーナは午前の番なの、ねえ探している娘はまだみつからないの?」

「うん」

ファンニは立ち上がり修道女服についた埃を手ではたき落とした。


そこに礼拝堂に誰かが入ってくる物音がする。

「サビーナおかえり、ちょうどいいわ」

ファンニが声をかけた。


「まあ、やっぱりベルちゃんね、前に後ろ姿が見えたからそうじゃないかと思った」

ハキハキしたサビーナは微笑みながら礼拝堂に入ってきた。


「こんにちはサビーナ」

ベルは内心で歳も近いのにちゃん呼びはヤメテと言いたかったが、サビーナに笑顔で挨拶する。

「探している娘はまだみつからないのかしら?」

「うん」

「ルディさんから、せっかく宿屋の場所教えてもらったけど役にたてなくて」


「もし孤児院の子とか誘拐されて困ったら、僕たちに教えてくれたら力になれるよ」


「「えっ!?」」

サビーナとファンニは同時に返す。


「友達を誘拐しようとした連中と関係あるかもしれない、少しでも手がかりが欲しいんだ」


ベル達はピッポ一味が『無銘の魔剣』を盗ませる為にコッキーに何かを仕掛けたと考えているが、『無銘の魔剣』の盗難がからんでなければジンバー商会を真っ先に疑った事だろう。

ハイネの裏社会と関わると噂されるジンバー商会から手掛かりを得られる可能性までは否定できなかった。


サビーナは納得した様にファンニと顔を見合わせた。


「ありがとうね、そんな事が起きないほうが良いけど、その時が来たら相談するかもしれないわ」

「サビーナ、子供が誘拐されたって聞くけど身代金とか要求されたのかな?」

サビーナとファンニはまた顔を見合わせてから首を横に振った。


「貧しい子供や孤児が多いから身代金は取れないわ」

ファンニは悲しみに満ちた微笑みを浮かべた。


ベルは内心でしまったと後悔した、子供の頃から身代金目当ての誘拐に気を付けろと周囲から言われてきたからつい口から出てしまったのだ。

貧しい子供の誘拐は奴隷かもっとまずい目的以外にあり得なかった。


「その子達はみつかっていないんだね?」

「誘拐された子供で見つかった子はいないわ、遺体すら・・・」

応えたファンニもそれにあまり触れたくないようだった。

子供達はすべてテレーゼの外に売られたのだろうか?


その時ふとベルは死霊術の関与に思い至り悪い予感がした、だがそれを二人に言おうとは思わなかった。

「僕はそろそろ行かないと、忙しいところごめんね」

「いいの、お友達がはやく見つかるといいわね」

サビーナは静かに微笑んだ。


ベルは精霊王の祭壇にお祈りしてからコインを一枚賽銭箱に投げ入れた。

「おじゃましました」

「「気をつけてね」」


そして出口で一度だけ振りかえる、サビーナとファンニは小さく手を振っていた、ベルは小さな礼拝堂を後にする。







南西の小門からベルは旧市街に入った、そのままジンバー商会の前の路を目指す。

通りに入るとジンバー商会の北側の小さな宿屋の前を掃除している少女の姿が見えた、彼女はコッキーの引き起こした惨劇を目撃した小間使いのマフダだった。

小さな小間使いの少女はベルに気が付き視線が怪しくなる、宿の中に逃げ込もうとしてるのかもしれない。


その次の瞬間ベルはマフダの目の前に立っていた。


「ひゃあぅ!!」


驚いたマフダは腰を抜かしてかわいい尻もちをつく、(ホウキ)が石畳の上に投げ出される。

「おはようマフダ!!」

「お、お、おはようございますベルさん・・・」

「いい天気だねマフダ」

ベルは投げ出されていた(ホウキ)をひろってマフダに手渡してやった。


「あ、あの娘は捕まりましたか?」

「ううん、まだだけど?」

「あたし目撃者なので口封じに来ないか心配で」


「コッキーはそんな悪い娘じゃないよ」

「あの娘コッキーって名前なんですね」

「知らなかったんだ?いろんな人に事件について聴かれたんでしょ」

「あの時はまだ名前が解らなかったんだと思いますよ」


「ああ、そうか・・・」

マフダが事情調収されていた時点ではコッキーの名前はわかっていなかったのだろう。


「怖い思いをしたみたいだね、僕からも謝るよ」

「怖かったけど、ざまあみろと思ってしまったんですよ、良く無い事だけど」

マフダは顔をそらして路の石畳を見ている。


「ジンバー商会の人が嫌いなの?」

「うん、すごく意地悪だし、エルマをさらったのはきっとアイツラよ」

「エルマって?」

「新市街のお家の近くの娘なの、一ヶ月前から行方不明よ、妹みたいに可愛かったのに」

「新市街に住んでいるんだ」

「ここのお店のご主人と父さんが知り合いだから働かせてもらっているの、こっちの方がいいのよ」


ベルはジンバー商会の敷地に立ち並ぶ倉庫と商館を見上げた、やはり一度中を調べる価値はあるかもしれないと改めて思う。


「ありがとうマフダまたお話を聴かせてね、僕はそろそろ行かないと」

「え、ええ、さようなら」

ベルはマフダに別れを告げそのまま東西にハイネを貫く中央通りに向う。



ベルが去った後マフダは気を取り直して店の前の掃除を続ける。

「私が外にいる時なぜかいろいろおきるのよ」


マフダはため息をついた。


「いいかなそこの君」

そこに若い男性の声が呼びかけてきた、マフダは驚いてその声の方を思わず向く。


「あなたはたしか・・・」

マフダは怯え数歩後ろに下がる。


その声の主は非常に大柄だった、その顔は少年じみた童顔で目が細い、目が閉じているのか開いているのかわからない。


「怖がらないで、ちょっと話を聞きたいだけなんだ、ここでいいからね」


その男はジム=ロジャーだった。







ベルはハイネの野菊亭に一度戻って、ルディ達の帰りを待ってから次の行動を決めようと思っていた。

だがまっすぐ宿に帰るつもりは無い。


中央広場の手前100メートル程のところまで来ると、良い臭いが漂ってくる、ベルはさっそくお目当ての屋台に向かう。

そこは四角いパンの間に細切れにした芋や玉ねぎや挽き肉などに火を通した具を挟んだ料理を売っているあの屋台だ。


「おじさんこんにちわー」

不快げにその屋台の若い店主が眉をひそめながら顔を上げた。


「ああ!?鼻トウガラシ娘じゃないか!!」

「なんだよ!?鼻トウガラシ娘って!!客に向かって言う言葉なの?とにかくそれください」


「へい、まいどありぃ!!」

店主は急に商売人に早変わりして良い笑顔で応じる。


小銭を払いパンを受け取ると、それに食らいつきながら話題をふった。

「何か面白い話ない?」


「ええ!?そうだな、ベントレーでヘンリとアランの馬鹿兄弟が殺されたらしい」

唐突なベルの話の振りに真面目に考えてくれるあたり、この若い店主は根は良い人なのだろう。


「たしか相続争いしてた人たちだよね?」

「そうだ、従兄弟のケイン=ベントレー卿が後を継ぐことになるらしい、これで安定してくれるならラーゼとここの行き来が確かな物になるさ」

「弱肉強食なんだね」

「そうだよな、勝ったほうが正しい、正統性とか手続きとかどこか遠くに旅に出ているぜ」

「それ面白い例えだね」

二人は乾いた笑いを上げる。


「それはそうと気をつけて食えよお嬢ちゃん」


「うっ!!」

ベルの様子が少しおかしくなった。

「鼻が!!鼻にきた~~!!!」


店主はベルを陽気に嘲り笑った。


「うはは、うはは、うははは!!」






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