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ドロシーの子供たち

 その部屋は黒いカーテンが締めきられ昼間なのに夜の様に暗かった、魔術道具の照明でわずかに照らされている、その異様な部屋はリエージュのコステロ商会支店のコステロの私室だった。

その薄暗い灯りの中でドロシーはコステロの着替えをかいがいしくも手伝っていた。


「エルヴィスこれでいい」

コステロは鏡で己の身だしなみを確認した。

「お前のこれでいいはまったく信用できねえ」


だがすでにドロシーは部屋の武器掛けに歩み寄っていた、二本の剣を抱きかかえてコステロの元に戻りそれを差し出した。


その剣は一見平凡だが剣に詳しい者が見れば不思議に思うかもしれない、細身だが両刃の直剣で片手で扱うには重く、両手で使うには短くて軽すぎる中途半端な剣だった。

だが二本組の剣であると知ればその意味が理解できるだろう、それは二刀流で使う為に作られた剣だ。

コステロはそれを彼女から受け取ると左の腰にまとめて差した。


「忘れてた、おまえの欲しがっていたものがそこのバスケットに入っている」

廊下に面した扉の側に置かれたバスケットを指した。


「ありがとう・・・だれかくる」

コステロは扉に視線を移した。

ドロシーは部屋の奥の暗がりに素早く動く、そして赤いボンネットを急いで被る。


「エルヴィスまた」

「ああ、行ってくる」


「ボスお時間です」

間をおかず扉の外から秘書が声をかけてきた、外にはコステロの側近や護衛達の足音が響き木の床が軋む音が聞こえてくる。


コステロは扉を押し開く、秘書の一人がコステロのつば広の黒い帽子を手渡す、コステロはそれを受け取ると、彼女を一瞥してから部屋から出ていった。

それをドロシーは部屋の奥から見送った。

やがて大勢の足音が遠ざかり階段を降りていく音が遠くからつたわってきた。



彼女は黒いレースのベールを降ろし更に深く顔を隠す様にボンネットを動かした、これで彼女の顔も耳も完全に隠されて見えなくなる。

壺の蓋を閉めて抱きかかえ扉に向う、バスケットに壺を無造作に放りこんで、バスケットを片手でぶら下げた。

扉を開くが廊下には誰もいなかった、彼女は俯き加減に廊下の奥に向って歩きだす、奥に進むとその突き当りに平凡な扉があった。


「はいるわ」


彼女がその扉を開くと中は暗闇だ、コステロの私室が薄暗いとは言え灯りがあったが、扉の向こう側はまったくの暗黒だった。

廊下のほのかな灯りが部屋に射し込むがほとんど何も見えない、その部屋にドロシーは平気で踏み込んでいく。

中に入ると後ろ手で扉を閉める、乾いた音とともに扉が閉じて部屋の中は完全な闇に閉ざされた。


「ただいま」


この闇の中にいったい誰がいると言うのだろか?


「ドロシーおかえりなさい」

「おかえりなさいねえちゃん」

幼い子供の声がドロシーを出迎える。


暗闇の中にドロシーの機械的な足音だけが鳴り響く、それに小さな二つの軽い足音が交差した。

「なにこれ」

小さな好奇心に溢れた女の子の声と、バスケットを掴み揺する音がする。

「おみやげ、これはエルマ」

「すてき!!きれいなお人形!!」

暗闇の中で声の主の女の子の姿も人形もまったく見えない。


「おさないで!!」

なにか柔らかいものがぶつかる様な音がすると、女の子が暗闇の中で小さなうめきを上げた。

「ぼくのは?」

「これはヨハン、エルマをいじめない」

「騎士だ!!」

小さな子供達はオモチャに満足したように嬌声を上げた。


「ねえもうないの?」

バスケットがドロシーのドレスと擦れる様な音がする、その直後に床に何かが落ちた様なゴトリと鈍い重い音が響いた。

「つぼがおちた!!」

ヨハンが慌てた様に叫んだ。


「いたずらしない」

ドロシーの感情を感じさせない平坦な声だが、それは僅かに怒リを感じさせた。

子供達は急におとなしくなる。


闇の中をドロシーらしい大きな足音が床の上を移動していく、そして何かに腰掛かける重い音、そして椅子が軋むような音が続く、最期に小さなため息がこぼれた。


だが子供達は直ぐに気を取り直してオモチャで遊び始めた。



「ねえドロシーゲームしよう」

オモチャに飽きたのかヨハンが甘えた様におねだりする。

「ふたりであそんで」

「ドロシーがいい」



「わかったわ、何をするの」

「バックギャモン!!」

漆黒の暗闇の中でエルマが叫ぶ。

「みんなであそべない」

エルマの提案をドロシーは感情のこもらない声で切って捨てた。

「えと、じゃあカードにしましょう」

ヨハンが言い出したのに、いつのまにかエルマが主導権を握っている。

「じゃあポーカーで」

「ねえちゃん強いじゃないか」

ヨハンが抗議の声を上げた、ドロシーはポーカーが得意なのだろう、子供相手にも容赦が無いらしい。

しかし子供にしては難しいゲームを知っている、もし大人がいて観察していたら心と頭がアンバランスな子供たちだと思うはずだ。


「なにをかけるの」

「ドロシー私達からまきあげるつもり?」

暗闇の中でエルマが抗議した。


「かけなしで」


ドロシーが椅子から立ち上がる衣擦れの音と足音が床の上を移動していく、小さな金属の音がして何か引き出しを引いた様な木材が擦れる様な音がした、そして小物をかき回すような金属と陶器がぶつかり合う音が響く。


「あった」


乾いた引き出しを閉める音とともに、ふたたびドロシーの足音が動く、椅子を引く耳障りな音がすると誰かが椅子に腰掛ける重い音がして椅子が軋んだ。


やがて三つの姿の見えない声の主達は漆黒の闇の中でポーカーを遊び始めていた。

自分の鼻の先も見えない漆黒の闇の中で、彼らは相手の顔とテーブルの上の札が見えている。


「またわたしの勝ち」

「何よこの手!!」

無感動にドロシーは何度目かの勝利を宣告した。


「ねえドロシーお腹がすいた」

エルマが甘えた声でおねだりした。

「ハイネにもどってから」


「まだ三日もあるじゃないか?」

ヨハンがすねた様に文句を言った。

「だめ、一月くらいへいき」




そしてどのくらい時間がたったのだろうか、いつの間にか部屋の中は子どもたちの声も絶えて静かになっていた。


「そろそろ私も」


ドロシーが立ち上がったのか再び彼女の足音が移動する、そして着替えを始めた様だ、闇の中で衣擦れの音だけが響く。

しばらくすると何か木の扉が開かれた様な音と共に硬いものが床にぶつかる音がした。


「おやすみなさい」


ドロシーの声から感情を読み取るのは難しい、彼女の声にはどこか眠そうな響きがあった。

そして木の扉か蓋が閉じられる音が暗闇に響き渡たる。


そして部屋はまったくの静寂に包まれた。





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