テレーゼを覆う死の結界
「愛娘殿なんだこれは?」
塔全体が僅かに揺れたがそれは直ぐに収まる。
『これは悪霊共がぶつかったのよ、あれはかなりの大きさだったからのう』
あれとは先ほど漆黒の竜巻から別れた塊の事だろう。
「アマリア様あれはテレーゼで死んだ人々の霊なのですか?」
『そうじゃが総てではない、憎しみや怒りにまみれながら死んで行った者達ほど強く惹かれるのじゃよ、その呪いを増幅してわしにぶつけておる』
「それは様何に惹かれると言うのでしょうか」
『死霊を蓄積している結界に悪霊と化した魂を呼び集めてここに送り込んできおる、そしてあの黒い竜巻に融合していくのじゃよ、ここに呼ばれぬ霊も魂の回帰を乱されておる』
「アマリア様はその呪いでこのようなありさまに?」
『塵もつもるとなんとやらじゃ、数百万の悪霊の呪詛はわしにも難儀なのじゃよ、ここでは物質界よりその影響力は遥かに大きくなる』
ふたたび塔全体が僅かに揺れた、アマリアは言葉を途切れさせた。
『今日はしつこいのう?』
不安げにルディとアゼルも室内を見渡した。
『この程度では大丈夫じゃよ、わし自慢のサンサーラ号はこの程度ではびくともせん』
「ええっ!?サンサーラ号ですか?」
アゼルはまるで船のようなその名前に驚いた。
『これは空を飛べる魔術道具じゃぞ?そしてプレイン境界を越える力がある、まあ渡り石が不足していて狭間の世界から出れぬがの』
「プレイン境界とはなんですか?アマリア様」
『物質界、幽界、霊界、魔界、神界を前文明人はプレインと呼んでいたのじゃ、その境界をプレイン境界と言う、それを越えてこの船は進む事ができる、
ただし物質界から遠ざかる程プレイン境界を乗り越えるのに必要な力が指数関数的に増大するがの』
ルディは貴族階級に属する者として、世界の成り立ちや魔術に関する基本的な教養を教育されてきた、だがアマリアの言っている事をすべて理解できているわけではない。
だがアゼルはそうは行かなかった、他の事ならば好奇心で興奮していただろうが、想像を絶する次元の話ゆえついて行けないのだ、アゼルの顔から血の気が引いて行く。
そんなアゼルをルディが心配げにうかがっていた。
『このハナシはヒヨコにはむずかシいね』
いつの間にかベッドの下に隠れていたカラスが木の人形の足元にいた、それが耳障りな声で叫ぶ。
『なんですか!!すこしムズカシイことシッテルからってエラそうにしないでください』
ヒヨコが不満げにカラスの背でもがいている。
『めんどくさい、どこかにステたい』
カラスが忌々しげにうめいた、それを聞いたヒヨコが小さな羽でカラスを叩く。
『カラスはどうせどこかのオジョウサマでしょ?カクシテもわたしのメはごまかせないのデス!!ワタシのおかあさまだってオヒメさまなのです!!』
『ちょうるいは、みなたまごからウマレタんだ、みなびょうどう』
カラスがドヤ顔でわけのわからない事を言いだした。
『なんじゃろうかこやつらは?』
木の人形は当惑げにカラス達を見下ろしていた。
ルディとアゼルは何か思う所があるのか押し黙ったままだった。
「愛娘殿、こいつらはいったいなんだろうか?」
ルディが顎でカラス達をさししめす。
『現世の人の忘れられた記憶や思いは意識の底に沈み、やがてこの世界に滲み出てくる、それはここで処理され大いなる回帰に還元されていくのじゃが、これほど自我のはっきりした物はめずらしい』
また塔全体が連続して僅かに揺れる。
『妙にしつこい、あの馬鹿者がここの異変に気がついたか?』
「セザールのことですか?」
『はっきるとはわからぬがな』
そのときアゼルが何かに気付いたように懐から魔術布に包まれた黒いダガーを取り出した。
「残り半分を切っています殿下」
「これ以上は長居はできぬか」
『最期に言いたいことがある、この死霊の大集団を解放してやってくれ、それがわしの解放に繋がる、ハイネの東南のドルージュ近辺に死霊の大蓄積場がある。だがテレーゼ全体に施された大魔術結界の制御を行っている術式陣は隠蔽されていてここからではわからん』
「テレーゼ全体ですか!?」
『それが霊魂の大循環を乱しているのじゃ、死霊術に知見のある者ならばテレーゼは妙に死霊が多いと感じるじゃろうて、死霊術が繁栄する理由でも在る』
ルディもアゼルもまた衝撃で言葉も出ない、国全体を覆う結界を造り出し大量死を誘発し偉大なる精霊魔女アマリアを封印し彼女を滅ぼそうとしていると言うのだから。
「なぜ奴はそのような事を?」
『奴に聞けと言いたいが、わしの遺産を手に入れたい、そして恨みと嫉妬ではないかのう?だがそれだけでは無いように思える、あまりにも仕掛けが大きすぎる』
そして今度は塔が断続的に振動を始めた。
『なんじゃ?へんじゃな』
木の人形は部屋の隅に向かい壁際の引き出しを空けて、何か水晶の様な玉を取り出す。
ベッドに寝ている少女から精霊力が放出され、木人形から力が放出されその玉が僅かに光を帯びる。
『奴ら塔に取り付き中に浸透しておるぞ!?数年ぶりじゃな』
「ここは無事なのか?」
『ここは無事だがお主達が帰れなくなるわい』
「このダガーが無くなる前に戻らなければ!!」
『心配するなナサティアに戻る事は可能じゃ、お前たちが通ってきた通路はハイネでわしと縁がある場所とここを繋いだものじゃ』
「あの場所はアマリア様が店を開いていた場所だったのですか?」
『アゼルよその通りじゃ、もう150年近く前の話じゃな、ハイネには直接戻れぬが、現世に帰す事はできる』
「ナサティアのどこに戻れるのでしょうか?」
『ここからだと、そうじゃのハイネに一番近い場所に送り返してやろう、ついてこい』
木の人形は二人を促し階段を降りはじめた、二人の後からカラスもひょこひょことついていく。
研究室に降りた木の人形は壁際の本棚の間に置かれた布が被せられた大きな板の様な物の前に向いって行く。
そして人形が布を取り払うと、大きな鏡のような光沢を放つ金属の板が現れた。
『残りのダガーがあればいけるじゃろう、アゼルよ運良く残ったら大切にしておけよ、いずれ役に立つ時がくる』
「解りましたアマリア様」
『鏡の前に立て、そうじゃ男同士だが一応手を繋いでおけ、その方が確実じゃ』
ルディとアゼルは微妙な顔をしたが言われるままに手を繋ぎ板の前に進む。
ルディはカラス達を見て尋ねる。
「お前たちはどうするのだ?」
『ここからはどにもいけない、でもぼくがいるかぎりふめつ』
『わたしはいつかじぶんであるくのです!!』
アマリアが詠唱を始めた、それと共に触媒の反応する音と臭いが立ち昇る。
アゼルは寝ているにもかかわらず木の人形を介して高度な術式を行使するアマリアの規格外の力に改めて驚かされた。
「エリザベス私から離れないように」
アゼルは肩の上のエリザに語りかける。
厖大な精霊力があふれ金属の板に集中する、やがて鏡が白く光輝き始めた。
『つぎ会えるのを楽しみにしておるぞ、その時は直接相手をしてやろう』
ルディとアゼルはそのまま光の中に溶けて消えていく。
『さて塔の掃除をせねばな、めんどくさいのう』
木の人形は足元にいるカラス達を見下ろした。