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玉虫の瀟洒な扉

 ルディにはその小さな足音がカラス達だとすぐに判った、しかし彼らはどうやってあのカタツムリの酸の攻撃から逃れたのだろか?

「無事だったのか?」

その言葉はそっけなく彼らの無事をあまり喜んでいるようには聞こえなかった。

「まあよかったのでは?」

アゼルの態度もどこか冷たい。


『なんかフタリともつめタいヨね』

カラスが少しすねた様に呟く。

ルディはそこで改めて語気を強めた。

「あのカタツムリを連れてきたのはお前達だな?」


『こいつがチかくでみたいとイったかラ』

カラスが羽で背中にいる黄色いヒヨコを指した。

『さんせいシタくせに、ワタシノせいにしないでくだサい』

黄色いヒヨコは怒って羽をバタつかせた。


「彼らは仲が悪いようですね?」

「我々の邪魔をするなら置いていくぞ?」


『こいつをちゃんとカンシするからつれテッてよ』

カラスがルディに懇願した。

『なんですカ!?ちいさいからってコドモあつかいしないでください、おなじトシにウマレタのにオネエサンぶるなデス』

黄色いヒヨコは更にいかり羽をバタつかせた、絵筆で適当に描いた様なヒヨコの顔が怒り顔に変化していた。

『ボクのほうがひとつオネエサンだよ』

二羽はにらみ合い子供のように言い争いを始めた、それはいつ果てるとも知れなかった。


『あっ!!いつのまにかルディさんとアゼルさんがいってしまいましタ!!』

二羽が争っている間にルディとアゼルは縦穴を降りていってしまったようだ。






階段の遥か先は縦穴の暗闇にまぎれて見えない、上を仰ぎ見ると青白く輝く天井が丸い空のように見える、井戸の底から空を見上げればこうなるのだろうか?

穴の底からは何かの風のような唸り声が聞こえてくる、無数の人の唸り声の様にも感じられた。

ルディは先に進むほど足元が暗くなりしだいに慎重に歩を進める様になっていた。


「殿下これを、照明用の魔法道具です」

アゼルが金属製の白く輝く太陽を形どったペンダントを手渡してきた。

「これは前にも見た事がある、ありがたい」

さっそく首から下げると前方が魔法道具の光りで照らされる。


そして後ろでアゼルが魔術を唱え始めた。

「『セイレンの涙の輝き』」

アゼルの周囲がほのかに青白く輝き始めた。


薄暗く成り始めた階段がこれで再び明るく照らしだされる。

再び二人の足音だけが地の底の唸り声を背景に響き渡る。


ふとルディは階段の壁の一部が他と違う事に気が付く、細い線で正方形が壁に描かれている。

大きさは50センチ四方程だろうか、その窓の様な枠を良く見ると隙間なく密着するように石板がはめ込まれているようだった。

だが取っ手も何も無く簡単に開けられそうにない。

ルディは慎重にその正方形の部分を叩いた、重い反響音がするこれで分厚い石材がはめ込まれている事が想像できた、そして軽く押したぐらいでは微動だにしない。


「殿下そこは何かのドアでしょうか?」

「わからん、だが無理にこじ開けてやぶ蛇になってはたまらんな」

「進みましょう、後ろを警戒する必要がありますが」

「警戒を頼む」

「解りました」


再び二人は慎重に下り始めた、先ほどより嵐の様な音はまた大きくなっていた。

ルディはすぐ先の壁に、先ほどと同じ細い線で描かれた様な正方形の石板が埋め込まれているのを見つけた。

「すぐ先にまた同じ様な物があるぞ?」

近くによりその壁を触って見る。


その時、指先に僅かにヌメった冷たい感触を感じた。

驚いて指を見ると黒い液体が僅かに指先に付いていた、石板の僅かな隙間から黒い液体が滲み出ていてそれに触れてしまったのだ。

慌てて商人風の服の裾で指先を拭った、痺れるように指先の感覚が失われている。

「くそっ!!」

その瞬間ルディの意識が暗転した、そして奈落に落ちるような感覚に襲われ意識が消えていく。

遠くからアゼルの声が呼んだ様な気がした。












エルニア風の調度の豪華な一室に一人の若い女性がソファでくつろいでいた、その女性は幼い男の子を抱いている。

その女性は燃えるような赤毛の美しい女性で、男の子を見る深い青い瞳は優しく落ち着いていた。

その隣で赤毛の幼い女の子が仰向けで大胆な姿勢で寝息を立てている、発育が良いのか大柄で少し太っていたが非常に美しい顔立ちだ。


「ノエリア、僕のお母様は本当はどのような方だったのですか?」

「ルディガー殿下、テレサ様は素敵なお方でした嘘ではありません、私達は昔からの親友だったのです」

「母上がどうして亡くなったか誰も話してくれないんだ!?」

「申し訳ありません殿下、今はお伝え致しかねます、いずれお話しする時がきますがそれは今ではありません」

乳母のノエリアは申し訳なさそうに幼いルディガーに詫びたのだ。

「これだけは信じてくださいませ、テレサ様は恥ずべき所があるお方ではありません、それだけは信じてさし上げてください」







遠くからアゼルの声が呼んでいる。



「殿下!!殿下!!」

ルディの意識が戻り目を開けると、呼びかけるアゼルの顔が目の前にある、アゼルは魔術により全身が発光しているので眩しい。

「殿下目を覚ましましたか!?」

ルディはなんとか身を起こして立ち上がった、そして体についた埃を払う。

「大丈夫だアゼル、あの粘液に触れたとたん意識を失った」

周囲を見るとあの窓から数メートルほど階段の上の方に移動させられていた。


「大丈夫ですか?」

「ああ、もう動けるようだ、少し昔の夢を見た、ノエリアの夢だ」

「ノエリア様の夢ですか・・・」

ノエリアはエルニア豪族のエステーべの当主エリセオの正妻でルディガー公子の乳母にあたる、そしてアマンダとカルメラの母親だった。

彼女は数年前にこの世を去っていた。

そしてルディガーの母親テレサはエステーべ家の当主エリセオと、クラスタ家の当主ブラスとは従兄弟の関係で、アゼルの遠縁に当たる。


テレサは貴族では無いが、クラスタ家と魔術師を排出するメーシー家の血を引く女性として城勤めに入り、周囲の人々から彼女はどこかの貴族か大商人にでも嫁ぐだろうと思われていた。

だがそこで現大公セイクリッドのお手つきになりルディガー公子を生んだ。


「殿下歩けますか?」

「大丈夫だ心配させたな」

ルディは思わず上を確認した、青白く輝く丸い天井が先ほどより随分小さくなっていた、かなり縦穴を降りたはずだが未だに底は見えない、そして嵐の様な音はいよいよ大きくなっている。


二人は再び階段を降り始めた。

「この壁にはさわるなよ」

ルディは壁を確認しながら黒い液体が僅かに滲み出た壁の前を慎重に通り過ぎる、それにアゼルも続いた。


暫く進むと小さな足音が後ろから追いついて来た、ルディはまたかと思い振り返ると、そこには予想通りにオモチャの二羽の鳥がひょこひょこと後ろから歩いて来くる。


『おイてイクなんてヒドいよ』

カラスが羽をバタつかせて抗議する。

ルディとアゼルは二羽を一瞥するとすぐに向き直り無言で階段を降り始めた。

『かわいいワタシをおいていくな、なのデス』

カラスの上でヒヨコが騒ぎ立てた、ルディとアゼルは軽く肩をすくめた。


しばらくその奇妙な一行は進み続けた、あのオモチャの鳥達も静かになっていた。

壁の奇妙な正方形の板は等間隔で設置され、それを幾つも通り過ぎていく。

先頭を進んでいたルディは何か奇妙な違和感を感じた、それは僅かな目眩(メマイ)の様な感覚だった。

しばらく歩き続けたが直ぐに変異に気がつく、いつの間にか階段を昇始めていたのだから。


「おい!?いつの間にか階段を登っているぞ!?」

「あっ!?たしかに!!」

ルディは慌てて上を見たがあるはずの青白く輝く天井が消えて漆黒の暗黒があるだけだった。

「殿下、下を見てください!!」

アゼルの声から彼の動揺と混乱を感じる事ができた。


ルディが慌てて下を見ると遥か下方に青白く輝く丸い光が見える、二人はあそこから縦穴を降りてきたのではなかったのか?

二人は暫くの間まったく動くことができなかった、そして嵐の様な騒音は先ほどより更に近くで吠えたけていた。


それは突然始まる、石がずれながら動くような轟音が幾つも同時に縦穴のなかで鳴り響き始めた。

ルディは先ほどの石の蓋を思い浮かべ嫌な予感を感じていた、あの扉が開いたのではないかと?

その騒音の中でアゼルが叫んだ。

「殿下、身体強化の魔術を自分に行使しました!!」


ルディは穴の下を監視していたが、そこで信じがたい光景を見た。

遥か下から幾筋もの黒い液体が、階段の縁から溢れ落ちるかのようにこちらに向って伸び上がってくる。

それは黒い雨の様にただし上に向って加速しながら昇っていく。


「アゼル上に向って走れ!!」

ルディは階段を駆け上がる、もちろんそれは青白い天井とは反対側の方向だ。

その黒い液体は階段が屋根になってくれるおかげで直撃はしない、だが階段の裏側にこびりついた黒い液体が生きている様に階段の裏側から這い上がってくる。


「あれを踏むな!!いそげ」


身体強化されたアゼルはルディに追従できていた、それだけ上級魔術師の身体強化術は強力だが効果時間が短い欠点がある、そしてルディはまだその力の一部しか解放していない、最悪の場合はアゼルを抱きかかえてでも走るつもりだった。


二人は小さな水たまりになって蠕く黒い液体を飛び越えながら階段を駆け上がって行く、そして二人の後をカラスとヒヨコが言い争いをしながら追いかける。

彼らが液体を飛び越える度に液体は上に伸び上がった。

幸いにも階段のその先にはあの壁の正方形の板はなかったようだ。


縦穴の内側を何度廻っただろうか、やがて階段の終わりが見えてきた、その終わりの地点に踊りばのような小さな床がありそこに扉らしき物が見えた。

だがルディは黒い液体の水たまりが天井にへばりついているのを見た、おまけに小さな黒い液体がそこに集合しつつあった。


「まもなく術が切れます!!」

「アゼルあとすこしだ!!いそげ」


ルディは階段を昇りきりドアに到達して思わずドアに体当たりをする、だがドアはびくともしない。

「なんだこれは?錠もノブも無いのか?」

そこにカラスとヒヨコが騒々しく駆け込んできた。


『うシろうシろ』

『くろいのがくるのデス』

ルディとアゼルが階段の下を見ると愕然とした、階段を黒い液体が最上階に向って流れ昇ってくるのだから。


「ドアの前に集まってください」

アゼルはそう叫ぶと詠唱を開始した。

階段を登る黒い液体と同時に天井に粘りついていた黒い液体も、這い寄るようにルディ達のいる方に向ってくる。



「『ハリアサの氷盾』!!」

氷の箱が現れ二人と二羽をその中に閉じ込めた、氷の箱の壁側には氷の壁はない、アゼルは緻密な制御で氷壁の形を調整したのだ。


そこに黒い液体が殺到し氷の壁に阻まれてぶつかり止まった。


「術が消える前にドアを!!」


そのドアは緑色に輝く金属の枠に一見木製の様に見えるが木目が無く、金属でも石でも無い未知の材質でできていた。

そのドアの真ん中にダイヤ型の緑色の金属の板がはめ込まれている、その真中に小さな親指程の大きさのくぼみがあった。


その時氷の壁がきしむ、思わずルディが振り返ると、黒い液体は氷の壁面に沿って広がり外が完全に見えなくなっている、そして氷の壁と石材の隙間に黒い液体が徐々に染み込み、氷には小さな亀裂が入っていた。


「殿下、このくぼみですがこの甲虫の形によく似ています!!」


『騒がしいの、やっと来たか』

玉虫がふたたび話始めた。


愛娘(マナムスメ)殿、ドアを空けてくれ!!」

『慌てるでない、よく聞けよ・・』

だがルディは愛娘(マナムスメ)が語り終える前にアゼルの胸の玉虫をつまむと、ダイヤ型の緑色の金属のくぼみに玉虫をはめ込んでしまった。


『コラー!!儂がみずからとびこもうと思ったのに・・』

扉にはめ込まれた玉虫が苦情を述べた、その瞬間ドアが向こう側に開き、ルディとアゼルと二羽の招かざる客が飛び込むとドアは静かに閉まって行く。

直ぐにドアに何かがぶつかるような音がしたがドアはゆるぎもしなかった。


彼らは短い通路に立っていた、目の前には更に扉がある、通路は扉の上にある花のような形の照明に黄色い光りで照らされていた。

第二の扉はあの玉虫の様に緑色に綺羅びやかに輝く瀟洒な扉だった。

愛娘(マナムスメ)様、殿下がご迷惑をおかけしましたか?」

『迷惑では無いがのう、せっかく玉虫で鍵穴に飛び込んでドアを空けたかったじゃが』

だがその声は玉虫からの声ではなかった、どこからともなく声がする。


『はて何か余計な物がいるのう?』

ルディとアゼルは二羽の鳥を眺めやった。


『まあ良い中に入れ』

玉虫の様に輝く瀟洒な扉が静かに開き始めた。







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