異界のスカベンジャー
それは何と表現したら良いのだろうか?
漆黒の球体から細くて長い枯れ枝の様な黒い足が数本垂れ下がるように伸び、その大きな頭を支えている、球体の直径は1メートル以上はあるだろうか、その背丈は人の背の数倍にもなるだろう。
足は折れそうなほど細く、それぞれが複数の関節を持もっていたが同じ形をした足は一本もない、足先は総て槍の穂先の様な鋭利な形をしていた、それがルディ達の警戒心を刺激する。
その頭部とも言える球体には目らしきものは無くただ真円の穴が空いていた。
口と言うにはその穴には牙も歯もなく喉も内蔵も見えなかった、何かの機能を果たして居るようにはとても思えない。
「何だあれは、知っているか?」
ルディはアゼルを振り返り尋ねてきたがアゼルにもその知識は無かった。
「私の知識にはありません殿下」
「アレが攻撃してこないならやりすごしたい」
念の為に魔術による強化と防御を貼り直す事にする。
「ですね、とりあえず剣に魔力を付与します、そして我々に中位の物理防御を仕掛けますよ」
「まかせた」
その黒い球体はクラゲの様に不気味に足を動かしながらゆっくりと移動して来る、時々足を伸ばし路面に落ちている黒いわだかまりを突き刺しては丸い穴に放り込む。
球体に取り込まれた黒い物体はかき消すように消える。
「奴は危険だぞ、道の端に寄ろうついてこい」
ルディは道の左端に寄りアゼルも続く、その不気味な球体は橋の真ん中をゆっくりと移動していく。
橋の幅は非常に広いのでやり過ごせる可能性もある。
だがそいつは徐々に進む向きを変えてルディ達に向って来た。
「向ってくるようだな・・・だが奴の動きは鈍い、左側に引き寄せてから右端に走って一気に通り抜けよう」
「それは名案ですね、我々も少し後ろに下がって奴を橋の左端に引きつけましょう」
アゼルはそれに賛同した。
二人はゆっくりと後退し始めた、その黒い球体も橋の左端に引きつけられていく。
移動しながらも路面の黒いわだかまりを捕食していくのは忘れない。
「いいか、最初は俺が先頭だ、ヤツの横を通過したらお前が先頭に出ろ、おれが殿を務める」
「了解しました、エリザベス絶対に私から離れないように」
「合図を出したら走るぞ!!」
ルディは黒い球体との距離を見極め合図を出した。
「走れ!!」
アゼルはルディの後ろに続いて橋の右端に向って走る、橋の幅はハイネの一番広い大通の四倍以上の広さがあった。
右端まで到達するとそのまま橋の向こう岸に向って走る、アゼルも簡単に黒い球体を迂回できると確信し始めていた。
だがアゼルがルディの前に出た時、その球体の動きに変化が生じる、方向を変えて速度を上げてこちらに向ってきたのだ、無秩序に細い足を蠢かせながらそれは迫る。
「いかん、奴が来る!!」
化け物を監視しながら殿を務めていたルディが警告を発した。
その化け物の速度は人の走る速度よりも早かった、ルディは剣を抜き放ち素早く闘いに備えた。
その黒い球体は接近すると急停止して一本の足の関節をしならせて槍の穂先の様な足先をルディに突き込む、それを剣で軽くいなしたが、敵の間合は足の長さより明らかに広く足が伸びていた。
さらに二本の足が同時に彼に襲いかかった、だが僅かなタイミングの差を見切り、ルディは長剣ですべて叩き切ってのけた。
足の先が千切れ飛んだが、足が戻った時には何事も無かった様に足先が元に戻っている。
「奴の足は伸びる、もう少し距離をとってくれ」
アゼルも球体の怪物の足が見かけより伸びる事を今の戦いで把握していた、そのまま更に距離を保つべく動く。
そしてルディの精霊力の圧力が更に高まるのを感じる。
そこに三方向から怪物の足が彼に襲いかかる、それを総て迅速に受け止め切り飛ばしたが、足が元の位置に戻るとまったくダメージを受けていないのだ。
「手応えはあるのだが、足はだめか?」
「殿下、しばし時間を」
「承知!!」
アゼルは術式の構築を始めた、ルディは後ろのアゼルの精霊力の高まりを感じている、かなりの大技を使おうとしているのだから。
ルディは球体の怪物の攻撃を総て叩き落としアゼルに邪魔が入らないように対処していた。
「いきます『ゲイラヴォルの円陣』!!」
球体の怪物の丸い頭を包囲するように大きな氷の槍が幾つも出現し周囲から突き刺さる、そして表面を凍らせながら球体を破壊していく。
「やったか?」
だが魔術の効果が消えるとともにその球体の怪物は何事も無かった様にそこに立っていた。
まるで幻覚を見ていたかのように。
アゼルは絶望を感じた、他の属性ならば火ならば効果があったのだろうかと?
怪物は連続してルディに攻撃を浴びせ続ける、それをルディは無言で受け止め受け流していった。
アゼルはルディが力を温存し敵の弱みを見つけ反撃の機会を伺っている事をはっきりと感じていた。
かつて何度もこのような窮地に陥りながらそこから状況を覆してきたのだ、ルディは諦めると言うことを知らない男だった。
アゼルも冷静さを取り戻し敵の動きを観察する、このような状況ではそれは自分の役割なのだから。
敵がルディに攻撃を加える度にルディは無駄な力を使わずに最低限の力でいなし弾き返していた。
それでも並の人間ならば耐えられない一撃一撃を総て受け流しているのだ。
アゼルは剣に強化の魔術と水精霊の属性を重ねがけし更に強化した、ルディはともかく並の剣が耐えられる保証はない。
ルディの剛剣は素早くそして緻密だった、剣が風切る音がその尋常ならざる剣威を教えてくれる。
アゼルは敵の動きに何か例えようもない非常に不快な何かを強く感じていた、アゼルはその正体を必死に探る。
そしてアゼルは気が付いてしまった、敵の動きよりほんの僅かだけ敵の影の動きが先行する事を。
先ほど自分の影に感じた違和感の正体も今では理解できる、常識が受け入れがたい理解を拒んでいたのだ。
アゼルはそれが意味する事を、心の深淵から湧き上がる様な恐怖を封じ込めて戦いに専念する。
「殿下、敵の動きより影の動きが僅かに早い」
敵の攻撃を受ける事に専念していたためかルディはそれを見逃していたようだ。
更に加えられた敵の攻撃をいなした直後にルディは叫ぶ。
「たしかに!!影が正体なのか?」
「わかりません」
「では試すぞ!!」
「術を使います」
アゼルはすばやく魔術の術式を組み始める、敵を牽制する為の小技だ。
更に加えられた敵の攻撃をルディが弾いた直後に術を放つ。
「『氷の槍』!!」
氷の槍が黒い球体に突き刺さり、ルディは一気に踏み込み黒い球体の影に剣を叩き込んだ。
だが金属的な音が響き当たり剣が跳ね返される、橋の路面の凄まじい硬度が剣を拒絶したのだ。
「いかん硬すぎる!!」
ルディは一気に飛び退り再び距離を保つ、それでも黒い球体の怪物は痙攣したように震えてしばらく動きを止めたのだ、だが再び敵は動き始めた。
「多少は効いているのか?」
「殿下、考えがあります、時間を造ってください」
「まかせろ!!」
ルディは背中にいるアゼルから再び精霊力の奔流を感じ始めた、その黒い球体もそれを感じるのか距離を詰めようとアゼルに向ってくる。
ルディは距離を詰めて怪物の足をなぎ払う、足が数本切れとんだが次の瞬間には無傷だった、そしてルディを攻撃するために敵は僅かに停止した。
更に怪物の足の攻撃を総て弾きルディは大きく後ろに跳ねて距離をとった。
その間に術式は完成していた。
「『ハリアサの氷壁』!!」
その直後に黒い怪物を取り囲むように大きな氷の壁が出現した、それは数メートル四方の厚さ30センチ程の巨大な氷の箱だった。
ルディは一瞬怪訝な表情を浮かべたが、その次の瞬間には最高の笑みを浮かべていた。
「アゼルよこれはただの氷なのか?」
「ええただの氷です殿下」
アゼルも微笑みながら答える。
「ならばぶち壊せるな?」
ルディは力を一気に解放した、雄叫びを上げ術式で強化された鋼鉄の剣を黒い球体が影を落としている氷の壁に叩き込み氷ごと粉々に粉砕した。
氷が砕け崩れ落ちる音とともに黒い球体の化け物が姿を消し、そして砕けた氷の破片に混じり真っ黒なガラクタが多数出現し音を立てて崩れ落ちる。
やがて氷の壁の術が解けるとともに、意味不明なガラクタだけが後に残った。
二人には言葉が無かった。
黒い食器や茶器や靴や帽子などの身の回りの品、武器や調度品や本、そして人体の一部の様な形の物体、
その総てが漆黒の物質で造られていた。
それらは徐々にタールの様に溶け出して白い路面に吸収されていった、あの硬度の路面に吸収力があるとは信じ難い。
だが二人はその後に溶けずに残った奇妙な何かに目を奪われていた。
それは不格好な鳥のオモチャだった、子供の細工の様に左右のバランスが取れていない、黒い色のせいかカラスに見える、大きさはニワトリ程だろう。
その黒い鳥の背中に黄色い小鳥が乗っていた、白と灰色と黒しか馴染みのなかった二人には鮮烈な色だった。
その小鳥は黄色い不細工な紙細工でヒヨコの様にも見えた、左右不釣り合いな目と適当なくちばしが目を引く。
そして黒い鳥が不格好に羽ばたいた。
「こいつ動くぞ?」
「警戒した方が良いでしょうか?」
そう言い終わる前にその黒い鳥はルディ達が来た方向にトコトコと走り去って行く。
「なんだあれは?いちいちかまってはいられん先に進もう」
「ええ行きましょう」
二人は橋の対岸に向って再び歩み始めた。
「殿下、我々の影も見てください」
「お前があれを見つけた後に俺も気付いた、今は考えるな」
その二人の後ろを先ほどの妖しい鳥達がのこのことついていく。