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トランペットの呼び聲

 朝暗い内からテオ=ブルースは動き出す、見張り役の彼の朝は早い、ハイネでも中層の人々が生活する商店街のあの宿屋を見張る為だ。

細工職人か時計職人のような工具箱を背負った彼は、まず注目を浴びる事はない、そしてひと目見ても直ぐに忘れられてしまう様な平凡な容姿なのだ。

この職種は客先に呼ばれる事もあるので街中を動き回るには都合が良い、移動中も朝市に向う商人の懐を狙って金を稼ぐ事も忘れなかった、彼もまた一流のスリなのだ。


やがて『ハイネの野菊亭』を遠望できる位置までくると、誰かを待ち合わせする風で待機する、本当はもっと近くに行きたかったが危険は犯せない。


宿屋は朝早く旅立つ客の為に日が登る前から営業を開始する、すでに宿屋で働く美しい娘が宿屋の入り口と街路の掃除を始めていた、躍動感にあふれ踊るように働く娘を遠くから見やる、娘は時計の様に毎日同じ時間に現れ同じ様に踊る。

娘の鼻歌が聞こえて来るようだった。


やがて少年が引く薪を積んだ人力荷車がやってくる、少年は娘の指示にしたがい宿の裏手にまわった。

そこに日が昇り朝の光が商店街の家々の屋根を照らし始めた。


「さてそろそろ起きだす頃か?」


やがて娘は軽やかにステップを踏みながら宿の中に戻っていく、宿の食堂が開いたのだろう、宿の裏にある煙突がいつの間にか煙を吐き出し始めていた。

街路には仕事の早い者たちが職場に向うために家から出てくる。

やがて宿からも旅人が次々と旅立ち始める、だがあの三人組はいつまでたっても姿を現さない。


テオは昨日の夕刻に背の高い男と魔術師が宿に帰ったところまで確認している、あの少女も遅れて戻って来たところでここを離れたのだ。

まさかあの後でこの宿から動いたのか?

その可能性に思い至り焦り始めた、宿に近づいて確認したいが危険すぎる、そしてここから離れるのも考え物だ、彼らは宿から出るのが少し遅くなっただけかもしれない。

この役目を出来るのは自分一人しかいない事をこれほど悔やんだ事は無かった。


「ジムをジンバー商会からはずしてこっちの仕事をしてもらうようにたのむか」

テオは思わず呟いた、あの何を考えているのかわからない少年がなかなか出来る事は解っていた。


テオは覚悟を決めて気長に待つことにした、同じ場所にいたのでは怪しまれる為に時々大きく場所を変える。


だが彼らは宿から出てこない、そして待つこと数時間経て昼食の時間が近づいて来たのだ、その頃にはテオは生理現象に悩まされ、そこにきて空腹まで感じ始めた。

奴らが動くとしたら昼食の後だろうと判断しテオは早めに用を済ませる事にした、そして足早にそこを離れたのだ。

まったく間が悪いことにテオが去った直後に三人組が宿から出てきた。



「ねえルディそこは本当に美味しいの?」

黒髪の使用人の少女が商家の旦那風の男に気軽に話しかけた、もし近くで聞いている者がいればその態度に眉を(ヒソ)めた事だろう。

「警備隊に事情徴収された後に入ったのだ、どうしても腹が減ってな、軽く食べるにはちょうどいいぞ、味も美味かった」

「あそこは良かったですね殿下、宿屋は朝と晩の食事に力を入れていますからね、昼は適当なんです」

そこにアゼルが解説を加えた、彼は肩の上の小さな白い猿を無意識に撫でる。


「サラさんおはよ-」

「今日は遅いね、寝坊したんかい?」

彼らは商店街の顔見知りに軽く挨拶を交わしながら中央大通りに向って進んでいく。


一行は直ぐに中央大通にでた、屋台の商人達の売り込みが活況を呈し、近隣の農村から物資を運び込む馬車の往来も激しい、ハイネだけは混乱状態のテレーゼでも別世界の様に繁栄していると言われるが、それを見る限り疑う余地も無いだろう。


「だめだ尾行している奴が見つからない、大通に出てもわからない」

ベルがルディに小声でささやいく。

「そうか・・・俺にもわからん、俺も少しずつ探知のやり方に慣れていくつもりだがな」


「僕は食事の後で新市街の例の魔術道具屋と地下酒場を見てくる」

「魔術道具屋はともかくベルは地下酒場には入れないぞ、あれだ、そのいかがわしい酒場なのだ、それに昼間は開いていないだろうな」

「ふーん、ルディはそういう所にいった事ないの?」


ベルは妙に真面目な顔でルディの顔を覗き込んだ。

「あのな?護衛や監視付きで行けるわけなかろうが!?」

「そう、そうだよね・・・あっ!!もしかして行きたかったの!!?」

「そんな事あるわけないだろ!!」

「アマンダに言いつけてやる」

少しニヤニヤしながらベルがルディの顔を下から覗き込んだ。

「そ、それだけはやめろ!!!」

「お二人共いい加減にしてください、あの方は乙女な所があるのでショックを受けますよ?」


三人は人混みを掻い潜りながら中央大通を中央広場に向って進んで行く。








新市街の炭鉱街の北にあるありふれた倉庫の一つ、その二階が曰く有りげな者たちの宿になっていた。

その隠し宿の一室が今はテヘペロとコッキーの住まいになっている、となりの部屋はピッポが借りていた。


ピッポはテヘペロ達の部屋を訪れテーブルの前に腰掛けていた、テヘペロは自分のベッドの上に寝転がり、コッキーは相変わらず壁を見て背中を向けたままだ、だが起きていて二人の会話に聞き耳を立てているのをテヘペロ達は良くわかっていた。


「テヘペロさんこれで必要な触媒が揃いました」

「よかったわー、あとはどうするの?」

「あちらで残りの物を手に入れて終わりですが、あちらは量が必要でして、もう少し時間がかかります」

「ここは高いから急いでよね?」

テヘペロは右手の親指を下に向けて示す、ここの隠し宿屋の料金の事なのは明らかだった。

苦笑いを浮かべてピッポは少し申し訳無さげに答えた。

「ええ、努力いたします」


「私は部屋で作業をしてからあちらに向かいます、いろいろ仕事がありまして、イヒヒ」

「たのしそうねピッポ」

「ハハッ、特技を活かせるのは久しぶりですから」

ピッポはやがて自分の部屋に戻っていった。



コッキーはベッドの上で壁を向いて二人の会話に聞き耳を立てていたが、何を言っているのかまったく理解できなかった、ただ何か悪巧みをしている事だけはわかる。

彼らがベルに興味を持っている事だけは解っているのだ、早くここから脱出して警告しなければならない、だけどどうやって?


ピッポが部屋から出て行くとテヘペロはベッドの上で手帳を開き見なれない道具で何かを書き込み始めた。

コッキーはもそりと体を捻りテヘペロを見た、だが彼女は作業に没頭しているらしくコッキーに気がつかない。



コッキーはテヘペロが発する不思議な気配がなんとなくわかるようになっていた、こうして二人だけになるとそれがはっきりとわかる。

だがこれが何なのかまでははわからなかった。

ピッポからはそれを感じないのだ、それは彼女が魔術師だからだろうか?

特にテヘペロが魔術を使う度にそれが膨れ上がる様に強くなる、だが魔術師のアゼルからは感じた事はなかった、でも今なら感じる事ができるのだろうか?


「神隠し帰り・・・」


その言葉を再び思い出した、コッキーは頭から布団に潜り込む、そして木のカップを握り潰した感触を思いだす。

自分が何か人では無い何かに変わっていくような気がしてまた恐れを抱いた、そしてこれは奴らには絶対に知られてはならないと。


そこにテヘペロの密やかな笑いを含んだ声がした。

「あんた頭だけ隠してお尻が丸見えよ?」

コッキーが慌てて起き上がり寝間着のお尻の部分を触って確認するのを見て笑う。

「そういう意味じゃないわよ、アハハハ」

コッキーは顔を赤らめるとテヘペロの方を向き直り無言で睨みつける。


今までほとんどテヘペロとまともに話などしたことが無かったが、ふと気分が変わったのか彼女に話しかける。

「文字が書けるんですね?」

「ええ?そりゃあ文字が読み書きできないと魔術師なんて務まらないわよ?あんたは聖霊教会の孤児院生まれだったわね?」

テヘペロはやっとコッキーが反応した事に僅かに安心している様にも見える。

「生まれたわけじゃあありませんよ!!それがどうかしましたか?」

コッキーが少しむくれた様に返した。

「孤児院だと簡単な読み書きを教えるはずよ?働き口に困らないようにね」

「そうですよ少しだけ読んで書けます、ベルさんは読み書きから計算もできました、難しい言葉も知っていましたよ」


「えっ!?そいつあの黒い髪の娘よね?」

コッキーは余計な事をしゃべったと少し後悔した。

読み書きや計算できるような教育を受けられるのは貴族や商人や聖職者、魔術師のような技能職者だけだ。

テヘペロは何か思案を始めた様だ。


「貴女はどこで学んだんですか?」

テヘペロの態度が豹変した。

「余計な事に首を突っ込まないで!!」

テヘペロの語気が荒い、コッキーも流石に触れてはいけない事に触れてしまった事に気がついた。

気不味い沈黙とともにテヘペロの気配が大きくかき乱された。

「そうね、私はとても優秀な生徒だったわ・・・」


『話したくない事ほど本当は誰かに聞いてもらいたいものなのよ?』

コッキーはリネイン聖霊教会の今は亡き老修道女が彼女に語ってくれた事をふと思いだす。

物思いに耽るテヘペロをコッキーはしばらく静かに見つめていた。



「さて、私は調べ物があるので外に出るわ、おとなしくしていないさいな」

テヘペロは窮屈そうな修道女の服に着替え始めた、コッキーの目をまったく気にしない彼女にコッキーは少しいらつく。

準備を終えて荷物を持って部屋から出ていく彼女がドアにふれた瞬間また力の揺らぎを感じた。

ドアは開かれ直ぐに閉じられる、こうなると彼女が階段を降りていく足音すら聞こえなくなる。

コッキーは魔術の知識はないが、アゼルやテヘペロから防御魔術の事を知らされていた。

その魔術の力の揺らぎを今は感じられるようになっていた。



そしてコッキーはまた一人になってしまった。

さっそくコッキーはテヘペロのベッドにかけより残された彼女の荷物を調べる、他人の荷物を調べるなどはしたない事だが今はそんな事を言っては居られなかった。

あまり期待はしていなかったが、着替えや見なれた薬や化粧品らしい雑貨などで何か脱出の手がかりになりそうな物などなかった。


またベッドに腰掛ける、暇になったとたんコッキーは無性に口が寂しくなった。


冷や汗が全身から吹き出す、あのトランペットがまたコッキーを呼んでいるのだ、その衝動が恐ろしかった、背骨の下から這い登ってくる抗らい難い甘美な欲望に総てを任せてしまいたくなる。

薄い背嚢を開けるとその中から金色に輝く小さなトランペットを取り出す。

彼女の舌が無意識に唇を舐め回す、それは幼い美貌の彼女にはあまりにも似つかわしくない仕草だった。


両手でトランペットを高々と掲げそれを見上げるコッキーの貌はすでにそれに魅了されている。

その姿から古き神々に使える巫女が神器を捧げ持つような不思議な神々しさすら感じられた。






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