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決着

 グリンプフィエルの猟犬の召喚から既に一時間近く経とうとしていた、ボルトの郊外に設けられた魔導庁の天幕で魔導庁長官イザク=クラウスは待ち続けていた。


「長官、グスタフ殿が目覚められました」

「わかった!!案内せい!!」


精霊召喚の儀式後に気を失ったグスタフが遂に目を覚ましたのだ、猟犬を支配下に置いたグスタフは猟犬と僅かながら交感状態にある。

どんなに距離が離れようとこの世界に具現化している間は猟犬の状態をある程度まで知る事ができる。


そのグスタフは小さなテントで治療を受けていた、意識が戻ったばかりで今だに敷布の上に()せっている。

そして魔道庁の若い魔術師がグスタフに水を差し出している、その若い魔術師は精霊召喚の儀式に立ち会える幸運を掴み取った新人魔術師のギーだ。


そこにイザクと側近達が魔導庁の役人に案内されてやって来たのだ。


ギーは驚き立ち上がり魔術師の一礼をした後に脇に下がり、医者は起き上がろうとするグスタフを介添(カイゾエ)しようとした。


「皆そのままで良い、ご苦労だったな、召喚の儀式そのものは成功した、我々の観測で予想値に近い精霊力を確認できた」

グスタフは安堵の笑みを浮かべた、召喚で失敗したらエルニア公国での地位を総て失う事になる。


「エルニアの臣として当然の事です」

「グリンプフィエルの猟犬の様子は判るか?」


精霊召喚士は物質界に具現化した精霊を従わせる為に、魂の一部を割き交感状態を作り出す、この時生じた魂の傷は生涯癒える事は無い、それでも精霊召喚士の日常業務で使役する程度の精霊ならばその損傷は極めて僅かな物であった。

しかしグリンプフィエルの猟犬の様な高位の精霊ともなると、10年分の消耗を一回の召喚で負うことになる。

召喚精霊の格が高くなるほど必要な魔力や素材は指数関数的に増大していくのだ、グリンプフィエルの猟犬以上の大物を呼び出す事は理論的には可能だが人には無理だと言われている。


「おおよその状態はわかります、現在目標に向かって移動しているようです」

「猟犬がいる場所がわかるのか?」

「ここから見た方角だけですが」

グスタフはその方角を指し示した。

イザクを始めその場にいた総ての者が何気にその方向を向いた、その視線の先にはバーレムの欝蒼(ウッソウ)とした大森林が広がっていた。


「猟犬が接触したら(ワシ)に報告してくれ、(ワシ)は本営で仕事を片付けてくる」

「了解いたしました」

イザクは本営に戻るべく歩き始め側近達もそれに付き従う、再び医師と魔術士がグスタフの近くに寄り看護を再開しはじめた。


だが本営に帰り着く間もなく後ろからギーがイザク達を追いかけてきた。


「長官お待ち下さい、猟犬が標的と接触したようです!!」

「そうか、戻るぞ!!」

イザクと側近達はグスタフのテントに向かって(キビス)を返した。



グスタフのテントの周囲には既に魔術師達が集まっていたが、そこにイザク達も戻ってきた。

「どの様な状況か?」

「かなり手こずっているとしか言えません」


「アレとまともに戦う事が出来るのか?」

「多人数で猟犬の動きを封じ、水属性の魔法などで攻撃すれば勝機はありますが、それも熟達した戦士と魔術師の連携が必要です」

「では殿下の協力者達と戦っていると言うのか?」

「詳しいことはわかりませんが、徐々に猟犬が消耗しているようです・・・」

「決着が簡単に着かない程の戦いだと?」


召喚精霊は命令を達成するか破壊されるか力を使い果たした時、依代から開放され故郷に帰って行く、今だに感応が切れていないという事は戦闘がまだ継続している事を意味していた。


「戦いが始まってどのくらい経った?」

イザクの質問に対し、ギーは魔法の測時機を眺めながら答える。

「戦いが始まって7分程になります」

そこにグスタフが驚きの声を上げた。


「今、猟犬が大きな損害を受けました!!」









猟犬は再び後ろに下がり大きく距離をとった。

「ルディ、あいつ何かする気だ」

ルディも敵が奥の手を使ってくるだろうと確信していた。


猟犬はルディに向かって何度めかの突進を始めた、加速しそして前転回転し鞭で攻撃するかと思いきや、低く飛び上がり背を丸め、背中の剣に自分自身の速度と体重を乗せ押しつぶし突き刺そうとする。

これでは猟犬の背中の剣列が邪魔で魔剣でブロックする事ができない。

「ルディ!!!」


これは捨て身の戦術だった、決まれば一撃で相手を戦闘不能に落とし入れる事ができる、だが背中の方向は猟犬にとっても死角になる上に回避されると反撃を受けやすい。

ルディは魔剣を車輪の様になった猟犬の横っ腹に叩きつけ、相手の軌道を僅かにずらし、反動を利用して右側に横転しながら紙一重で回避した。

横転して回避途中に視界の隅で何処かに走り去るベルの姿を認めた、また何か思いついたのかも知れないと思ったが、今は再び対峙する敵に意識を集中する。


ルディも疲労が激しく肩で息を切らせ始めていた、そして直感的に決着の時が近いと感じた。

猟犬もまた獲物が疲労から動きと力を鈍らせていると察したが、自分も残された時間が少ない事を自覚していた、だが眼の前の敵を(タオ)さずしてこの世界から消え去るつもりなど無かった。


猟犬は再び大きく距離をとり獲物を観察し始めた、それは獲物に何か違和感を感じたからだ。

そしてその理由にすぐ気がついた、獲物は右利きで剣を構える時は常に右側に剣を構えていた、だが目の前の獲物は左側に剣を構え直していた、視力を奪われた左側に回り込み通りすがりの一撃を加える、それが獲物の意図と予測した、だが躊躇(タメラ)わずに攻撃を決意した。


猟犬はルディに向かって突進を開始、加速後に再び低く飛び上がり、背中で獲物を押しつぶし剣を突き刺す捨て身の戦いを仕掛けた、だがその速度は戦いの始めと較べると大きく劣るものだった。


ルディは猟犬の左側に回避しようとするが、その動きは緩慢だった、猟犬は敵の意図が失敗した事を確信した、その瞬間重い衝撃が猟犬の死角から叩きつけられたのだ。


死角となった猟犬の左側から、長さ3メートル程の太い枯れ枝を抱えたベルが、その速度と力で猟犬を突き飛ばしたのだ、枯れ枝はそれに堪えきれずに砕け散る。


猟犬がこの程度の攻撃で傷を負う事は無い、だがバランスが崩れ右側に横転、そこに跳ね起きたルディが残る力を振り絞り魔剣を猟犬の前足に叩き込んだ、足が砕け不自然に捻じ曲がる。


猟犬は苦痛の叫びを上げた。


それでも体を更に回転させ獲物からの追撃を(カワ)した、だが明らかに形勢は獲物達に有利に傾き始めていた。


「ルディ、もう少しだ」

ベルはルディを案じたが、この召喚精霊は魔法を帯びた武器以外では傷つける事ができない、猟犬に損傷を与える事が出来るのはルディの一振りの魔剣だけだった。

ベルは()れていたがルディを支援する事しかできなかった。


立ち上がる事を許さじと、雄叫びを上げ猟犬の側面に魔剣を叩き込む、猟犬はすでに素早く回避する力を失いつつあった。

魔法金属の皮膚が僅かに歪む、それは炎の精霊力を取り戻し強靭さを取り戻していたが、魔剣の前には無傷とはいかない、だが剣筋が乱れて十分な力が入らない。


ルディの限界もまた近づいていた。


「ルディ!!こんどは僕がその剣で切る!!」

ルディは今更のようにそれに気が付き、苦笑いを浮かべた、ベルに真っ向から戦わせようとは思いつかなかったのだ。

猟犬は大きく傷つき弱っている、だがベルは余力を残し彼女もまた普通では無い、ルディは勝利を確信した、あとは奢らずに止めを刺すだけだと。


「ベル、お前に甘えさせてもらう」

照れた表情でベルがルディに近づいて来た。

「その剣を僕に!!」


その瞬間だった、二人は猟犬から異様な気配を感じた、猟犬に大損傷を与えた時に感じたような、なにか得体の知れない力と同じ力の氾濫、猟犬の体からオレンジ色や赤色の輝きが見る間に消え去り赤暗く暗転していく。

猟犬の片目だけが赤い輝きを残していた、その瞳は人間には理解しがたい異界の知性の光を湛え、ルディはその輝きからなぜか賞賛と嘲笑を感じた。


その力は音無き波動となり拡散していく、やがて力は激しく鳴動(メイドウ)を始めた、そして急速に力が収束し始めた時、二人は本能的に危機を察した。


「ベル!!池に飛び込め!!」

それには『なぜ?』は無かった、二人は残された持てる力で池に向かって走り始めた。



そして世界は白い光に包まれた。



バーレムの森の奥で野営の準備をしていたエルニア軍、ボルトの町の魔術師達とその住民達、彼らは遥か彼方から遠雷(エンライ)の様に鳴り響く轟音(ゴウオン)を聞いた。


夕食を楽しみに野営の準備に勤しむ兵士たちはその手を止めた、ささやかな夕餉を楽しむボルトの町人達も会話を止め耳を澄ます、だが多くの者達は只の遠雷としか思わなかった、そしてそれぞれやるべき事に再び取り掛かり始めた。

もしバーレムが森ではなく大平原ならば、地平線の一角の空が赤く染まるのを目撃できただろう。


何が起きたのか理解したのはグスタフを始めとした魔術師達だけだった。



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