4.滝川佳貴
「ごめん、ちょっと私、休憩してる」
フリーフォールを降りた後、アズがそう言って離れていった。
その時から何となく予感はしていた。
結ばれる二人に置いてかれる彼女を、どうにかしなきゃと思っていた。
《Case4.ジェットコースター~Another Vision~》
(暗い顔してんなぁ……)
貴也がいなくなってからというもの、茉莉はずっと俯き続けている。
原因はわかっている。
貴也とアズが二人で何かしていると思っているからだ。
色々誤魔化したけど、やっぱ無理があったよなと自分でも思う。
(つーか、あいつら必死か)
今日こそ進展したいと意気込んで
みんなをまとめて予定立てたのオレなのに、と
オレより先に進んでいきそうな二人に小さくため息をついて。
(さっきから全然返事してくんねーし)
どれだけ声をかけても、彼女は下を向きっぱなし。
そこそこ長かった行列に並んだというのに
一言も会話できないまま、いつの間にやら列の先頭。
係のお姉さんが次の人と手で合図をしてくれて
気付いてもらえるよう茉莉の背中を軽く叩く。
「ほら、オレ達の番だよ」
ハッとしたように前を向いて慌てて乗り込む茉莉。
本人は大丈夫だと言い張るもののさっきから上の空だし
とても大丈夫そうには見えないんだけど。
(何とかなんねーかなぁ……)
何とか茉莉の頭から貴也を追い出したくて
「とにかく叫んでみなよ」と声をかける。
茉莉は不思議そうな顔でオレを見てきたけど、どうにか納得した様子で。
(叫ぶことに必死になって少しくらい忘れてくれたらいいんだけど)
乗り物に頼りっきりな自分に悲しくなってくる。
カタカタと音を鳴らしながらレールを進んでいくライド。
そろそろ下るかというところ、隣を見ると泣きそうな顔をしている茉莉がすうと息を吸い込んで。
「先輩達の、ばかあああああああ!!」
周りの叫び声と一緒に聞こえた、茉莉なりの大声。
自分の言ったことをしてくれた嬉しさとその内容に思わず笑った。
「いやー、すごかったね」
急降下の度にオレ達への文句がバンバン出てきて
聞いててめちゃくちゃ面白かった。
(確かにみんな自分勝手だし、自由過ぎだわな)
「いい叫びっぷりだったよ」と言うと、茉莉の頬が少し膨らんだ。
(こういうところが可愛いんだよなあ……)
すっきりしたか聞けば、してないと返ってきてまた笑う。
「もう一回乗る?」
「乗りましょう。もうこの際全部叫んでやります」
「いいねその意気」
ノリノリになってる茉莉に嬉しくなり、すぐに奏多に連絡を入れる。
コールは短かったものの、もしもしというオレの声の被ってきたのはユキの声で。
『こういう時はマナーモードにするのが常識じゃん!!!』
あのユキが何かちょっと泣きそうな声をしていた。
奏多の携帯であることを確認するように問いかけると、奏多が『今の気にしないで』と応答して。
「いやお前ら何してんの」
『何でもないよ、大丈夫。何?』
「ああ、オレたちちょっと何回かジェットコースター乗るかもって」
『はーい、了解でーす』
『ちょっと待って!!勝手に了解すんな!! ちょっとそれ貸し――』
こっちの話も終わらないまま、ブツリと電話が切れた。
どこにいるんだ、あいつら。
「あの、何かあったんですか?」
「ああうん、電話口で何か、ユキが暴れてる」
「……何事ですか」
(いや、オレに聞かれてもわからないんだけど)
ユキのあんな声聞いたことないけど、奏多といるんだし。
奏多が何かするとは思えないし。
茉莉が心配したってしょうがないことだし。
「ま、大丈夫でしょ。ほら、並ぼう」
「どうせなら他のお二人にも電話をしたら良いのではないですか」
ギクッとした。
痛いところを突かれた。
やばい。電話できない理由が思いつかない。
でもこれでかけた電話からもう片方の声が聞こえた日には……。
「あーははは……」
ダメだ。
何も思いつかない。
「うん、じゃあ、してみようかな」
とりあえずポケットにしまった携帯に手を伸ばす。
何とか考えねばと動作がゆっくりになる。
(いや、もしかしたらまだ見つかってないかもしれないし)
もう運にかけるしかなくなりつつある。
今日のオレのダメっぷり、人生最高レベルかも。
「何か隠してますか」
「なーにを隠すんだよ」
「だって――」
携帯が奏でた通知音に、天の助けと画面を見る。
「どうしましたか」
「ん」
しかしそこに映った名前は『加賀貴也』で。
(むしろ崖っぷち!!!)
むせそうになるのを隠しながら
「連絡だね」なんて何の誤魔化しにもならない、当たり前な言葉を返してしまう。
誰か、と聞かれても答えられるわけがなく、アプリを開けばオレの画像。
こんなの送られてもどうすりゃいいんだと頭を抱えたくなる。
しかもこれは、高くて遠いところから撮ったものだ。
(観覧車乗ってんなあいつら……)
勘の良い茉莉のことだ。
こんなの見たら多分すぐ気づく。
言えるわけがない。
「何ですって?」
「なんかねー、まだかかりそうってさ」
貴也に嫌味な連投をしながらそう誤魔化す。
嘘はついてない。
でも茉莉は納得してない様子でこっちを見てきて。
(どうすんだよこの状況……)
貴也はそんなこと知る由もないのはわかっているけれど
送り出したのも自分だってわかってるんだけど
さすがにタイミングが悪すぎるわけで。
つーか早く帰って来いっつーの。
何観覧車とか乗ってんの。
(クソ、緊張してしくじれ)
呪いのような文章を送り終えると『ほっといて!!』と怒りのメッセージが返ってきて笑う。
いい気味だ。
「梓紗先輩と会えたんですか?」
今まで遠回しに聞いてきた茉莉が急に核心をついてきて固まった。
「何でアズ?」
誤魔化すこともできず、ただ聞き返す。
これ、浮気がばれた時の男の典型の返事じゃない?なんて
半ば現実逃避なことを頭に浮かばせながら。
「だって、加賀先輩が探しに行ったのって梓紗先輩ですよね」
「……何で?」
心臓がバクバク言ってる。
もう何を言っても確信を持っている気がする。
その先は、茉莉が傷つく道なのに、茉莉は止まろうとしない。
「加賀先輩は梓紗先輩のこと好きなんですよ」
「そうなんだ」
(なんて、本当は知ってるよ)
隠さなきゃいけないことが嫌になってくる。
茉莉が貴也を好きなことだって知ってるし、今何がどうなってるかもわかってる。
だからこうして、忘れさせたいのに。
傷つけたくなくて、笑わせたくて。
本当は、今一緒にいるオレを見てほしいくらいなのに。
「それで今きっと告白してるんです」
貴也の件を、まだ自分が変えられると信じて話してくる茉莉が
見てられなくて
気付いてほしくて
それは、叶わないのだと。
「みんなで遊んでるのに、ずるいじゃないですか」
「ずるいの?」
それはもう、進んでた。
勾配を登って行くように
ゆっくり、ゆっくり、進みながら。
「だって、二人だけで幸せになるんですよ」
「それの何がダメなの?」
「何って……」
「二人が幸せで何でダメなの?」
止まらなかった。
気付いてほしかった。
もう、その恋はどうしようもないのだと。
だから、もう足掻かないで、これ以上傷つかないでほしかっただけなのに。
それを、止めたかっただけなのに。
「二人が両想いなら、オレらにはどうしようもなくない?」
言ってしまった。
そして、涙目になった茉莉を見て、すぐ後悔した。
「私は、二人の幸せなんて見たくない」
震えた声で、そう言われた。
傷つけることなんてわかりきってたはずなのに。
どうして。
「茉莉!!!」
走り出した茉莉を慌てて追いかける。
でも茉莉は人の間を縫うように行ってしまって
オレにはそれができなくて。
(アホかオレは!!)
わかってたはずなのに。
傷つけないように、傷つかないようにって思ってたはずなのに。
(オレが一番傷つけてんじゃん)
どうにか人の波を避けて先まで行ってみたけれど
もう茉莉の姿はどこにも見えなかった。
(やっべえ、マジでやらかした)
電話出ねえ。
どこにもいねえ。
貴也すげえな、オレ既に絶望感じてるんだけど。
大きくそびえるアトラクション。
それに並ぶ人々。
広い遊園地の敷地。
とてもじゃないけど、見つけられる気がしない。
(もしかして貴也のこと探しに行ったか……?)
思いつくなや否や慌てて貴也に電話をかける。
少しのコールの後、低い声の貴也が出た。
『何?』
「茉莉がいなくなったんだけどさ」
率直に状況を話すと「は?」と、冷たい声が返ってくる。
「行先知らない? お前のとこ連絡きてない?」
『知らないよ。きてない。何で俺にくんの』
「そうだよなあ……」
最初の貴也の反応から何となく察していた。
つーか、よく考えれば連絡しないわな。
だって、連絡した先の空間にアズがいるんだから。
だからあいつ、自分からは電話かけなかったんだ。
二人が一緒にいる現実を知りたくなかったから。
「どした」
『いやちょっと、言っちゃならんこと言った』
話を聞こうとしてくれる貴也に
言えないなりに事情を説明する。
溜息混じりに「ちゃんと謝っとけよ」と言われて、もう自分のかっこ悪さに呆れるしかなかった。
「ああ、そのつもり。悪かったな邪魔して」
『うっさいわ。まあ頑張って』
ぷつんと電話が切れ、また一人、広大な遊園地に取り残される。
(あいつ、アズのことマジで見つけてんだもんな)
そう言われたわけじゃないけど、状況考えたらわかる。
多分、アズだって電話出なかっただろうし
出たって、きっと居場所なんか説明しなかったと思う。
そんな状況で、あいつ見つけてんだもんな。
(オレ、こんなんだから見てもらえねえんじゃねえの)
答えが出る前に走り出してた。
きっと茉莉は貴也に見つけてもらいたいかもしれない。
貴也に迎えに来てほしいかもしれない。
とか、そんなん言い訳で。
(オレは、自分がちゃんと行動して振り向いてもらえないのが怖かっただけだ……)
頑張ってアタックする茉莉を見ておきながらこの有様。
オレは、何もわかっちゃいなかった。
部活も引退した身で、全力で走りながら探す。
息も苦しかったけど
そもそも帰ったんじゃないかと不安だってあったけど
それでも、見つけるしかなかったから。
ちゃんと謝って、自分の力で、茉莉の笑顔を――
「――見つけた……!!」
建物の裏で小さくなっている茉莉を見つけて、思わず声を出す。
そして、茉莉が気付いたと同時に頭を下げた。
「ごめん、本当にごめん!!!」
許されることじゃないけど
傷ついた心を癒すことなんてできないけど
言葉は取り消せないけど
「茉莉の気持ち知ってるのに、酷いこと言った。本当にごめん」
でもせめて、その暗闇から出てきてほしくて
オレのせいだけど
その権利をオレが欲しくて。
これくらいで、許してもらえるわけ、ないかもしれないけど。
「先輩、汗がすごいです」
「あ? ああ、うん、走ったし」
急にそんな言葉をかけられて、思わず普通に返事をしてしまう。
(あれ、オレ今引かれてる……?)
言われてみればこの季節に汗だくで
暑くて上着脱いでるし
何必死こいて探してんのとか思われてる?
つーか、汗とか嫌じゃね……?
「佳貴先輩がそんなに謝ることでは、ないです」
でも、返ってきたのはそんな言葉で。
どう考えたってオレが悪いのに。
茉莉を傷つけたのはオレなのに。
茉莉の声に、怒りなんてどこにもなくて。
「……もう、怒ってない、です。だから、大丈夫です」
「ありがとう」
すごく安心した。
今度はもう、傷つけないと決めた。
今度は、ちゃんと『自分』で行動すると決めた。
「立てる?」
「あ、はい」
手を差し出して茉莉を立たせる。
服についた葉をはたいて茉莉を見たらやっぱり可愛くて
ついいつもの調子で「可愛い」なんて言っちゃって。
そのまま手を握っていると、茉莉が困惑したように声をかけてきた。
「あの、手……」
「離さないよ。また逃げられても困るし」
そう返した。
半分は本音。
もう半分は、せっかく繋げた手を離したくないっていう感情。
「逃げません」
「どうだか」
例え逃げなかったとしても、離したくないに決まってる。
何かに頼ったり何かにすがったり
そういうのもうしたくなかったから、オレなりのアタック。
そのままオレを好きになってくれたらいいんだけどね、とか
振りほどこうとしない茉莉に、嬉しく思いながら。
「まあ、とりあえずジェットコースター、やり直し?」
目的地を伝えて、少しだけ後ろを歩く茉莉の手を引いて歩いていると
茉莉が不思議そうに尋ねてきた。
「あの、先輩は何故そんなに、真面目に受け止めた、ですか」
初めて、オレに意識が向いてくれた気がした。
「オレも片想いしてるから」
伝わらない想いは、結構切なかったりする。
どれだけ好きでも振り向いてもらえないのは、きつかったりする。
わかっていても、足掻きたくなる。
応援したいと思いつつ、振り向いてほしいと思ってしまう。
「やっぱそういう気持ちはさ、わかるもんだよね」
たった1年だけど、俺はそうして茉莉を見てきたから。
貴也を想う茉莉を、ずっと。
「チャラいと思ってましたけど、そうでもないんですね」
――今しかないって、思った。
「オレ、茉莉以外に可愛いとか言わないよ」
「は?」
ここまで言ったら気付いてくれる?
まだ、はっきり伝える勇気はないけど
少しだけでもいいから、オレを意識してくれるならそれだけで。
「バカにされている」
「してないしてない」
「……してる」
「してないって」
今はそれだけで嬉しいから。
「嘘ついたら針千本です」
「いいよ、嘘じゃないから」
いつか、ちゃんと伝えるから
それまでに、ちゃんとオレを見る準備しておいて、なんて
熱くなる手を優しく握りながら、そう思った。
4.滝川佳貴《ジェットコースター~Another Vision~》 END