3.野村茉莉
「私、加賀先輩のこと本気ですから」
憧れの先輩に、嫌なことを言った。
だって、負けたくなかった。
奪られたくなかった。
でも、私があんなこと言ったから、バチが当たったんだ。
私は、勝てない……。
《Case3.ジェットコースター》
「何か落ち込んでる?」
突然視界に佳貴先輩が入って来て驚いた。
どうやら私は暗い顔をしていたらしい。
「落ち込んでないです」
ふいと逸らせば「そう?」と首を傾げて
「次はジェットコースター乗ろうぜ~」と後ろに声を掛ける。
(そんな場合ではないというのに……)
早く加賀先輩の居場所を探さないと。
加賀先輩は、きっと、梓紗先輩のことが好きだから
奪われてしまう。このままだと。
でもどこに。どうしたら。
「いいいいいいいやだ!!あたし乗らない!!」
思考を遮るように大きな声が聞こえた。
ユキ先輩だ。
「何で? フリーフォールは乗ってたじゃん」
「前に落ちるのと下に落ちるのは違う!!」
どうやらジェットコースターに乗るのが嫌らしい。
盛大に首を振って拒んでいる。
「絶対無理!! あたし待ってるからみんなで乗って来てよ!」
「だったら――」
「じゃあ俺も一緒に待とうか?」
私が一緒に、と言おうとしたのに
横から三谷先輩が出てきた。
「い、いいよ、三谷も乗りなよ」
「気にしなくていいよ。俺もジェットコースター苦手だからさ」
「う、嘘だ!」
「あー、聞いたことあるある超あるある」
三谷先輩に協力するように、佳貴先輩が棒読みで参戦する。
それで何となく察した。
三谷先輩、ユキ先輩のことが好きなんだな。
大人気の三谷先輩のハートを奪うなんて、ユキ先輩中々やりますね。
「だから二人で他の乗って来なよ。暇でしょ」
「て、てかアズと貴也どこ行ったの!? 二人と合流しようよ!!」
ずきんとした。
そう。お二人は一体どこへ行ったというのか。
二人だけでいなくなってしまった。
私が変なことを言ったせいで。
「アズなら具合悪いってどっかで休憩中。貴也はどっか行った」
「探そう!?」
「いやー、何か探し物があるって連絡きたからさあ」
嘘だ。
本当は梓紗先輩と一緒にいるんだ。
きっと二人でデートしてるんだ。
「でもせっかくみんなで来たのですし、合流したほうが、いいのでは」
私が口を挟むと、ユキ先輩が今度は縦に首を振る。
「そうそう!! せっかくみんなで来たんだし!!」
邪魔をする私は、悪い子でしょうか。
でもそれでも、私は、加賀先輩を奪われたくない。
そうして結託する私たちに、三谷先輩が疑問を投げかけてくる。
「でも二人がバラバラにいるなら合流のしようがなくない?」
「お二人が一緒にいる可能性も……」
「別々に離れてったのに?」
私の意見を佳貴先輩が否定する。
嘘だ。絶対一緒にいる。
何で、隠すんですか、二人とも。
それとも、本当に知らない……?
「貴也は多分その内戻ってくるでしょ」
「何探してるかは知らないけどさ」
きっとそれは梓紗先輩のことだ。
そうか、お二人は梓紗先輩を探してることに気付いてないんだ。
加賀先輩は、誤魔化してまで梓紗先輩を追って……。
三谷先輩と佳貴先輩は、探し物を見つけたら加賀先輩が戻ってくると信じてるのだろう。
でもきっと二人は戻ってこない。
きっと二人はもう、付き合ってしまうのだ。
何かしらのめくるめくラブロマンスが繰り広げられて
二人はラブラブになって帰るのだ。
そして私は一人取り残されて。
天罰を食らって傷ついて終わるのだ。
「茉莉もジェットコースター嫌い?」
俯いていると、また佳貴先輩が顔を覗き込んできた。
「いえ別に」
「じゃあオレ達だけでも乗っちゃおう」
「え、でも」
「もういないよ二人とも」
「え!?」
顔を上げて見回すと、三谷先輩もユキ先輩もいなくなっていた。
「せ、せっかく、みんなで来たのに」
「うんでもせっかく来たんだから乗れるもの乗らないと」
一理ある。
こんな遊園地、次はいつ来れるかわからない。
でもそういう場合ではないのです佳貴先輩。
このままだと私は取り残されてしまいます。
「嫌なこともさ、大きい声出したらすっきりしたりするしさ」
ハッとした。
もしかして佳貴先輩は、私を気にかけてくれているのだろうか。
「あの、嫌なことは、特にないです」
「そう? ならいいけど」
私がずっと暗い顔をしていたから、心配してくれてたのかもしれない。
「ほら並ぶよ」と列まで案内してくれる佳貴先輩。
いつもと同じようで、いつもよりも優しい先輩。
心配をかけてしまうのは申し訳ないと思うけれども
それはもう、どう解決したらいいのか
私にもよくわからない。
(それに、大きい声と言われても……)
昔から、声が小さくて、不気味と言われてきた私に、そんなことができようか。
(――だから)
だからそんな私にも普通に声をかけてくれた加賀先輩が好きで
みんなに紹介してくれた加賀先輩が好きで
例え憧れの梓紗先輩にだって、奪われたくなんかなかった。
それでフリーフォールを降りた時に、声をかけた。
宣戦布告をした。
邪魔をしてほしくなかった。
身を引いてほしかった。
だから――
「ほら、オレ達の番だよ」
気付くと列の一番前にいて、係の人が笑顔で私たちを出迎えていた。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫、です。すみません」
もしかして何度か話しかけてくれていたのだろうか。
全然気づかなかった。
ガチャンときつく閉まる安全バー。
プルルルと発車の合図がして、ゆっくり前に進んでいくジェットコースター。
「とにかく叫んでみなよ」と佳貴先輩。
(叫ぶ……)
大きな声ではなく、叫ぶ。
どさくさに紛れて、今の気持ちを言えということだろうか。
その間にもゆっくりと崖は近づいてくる。
二人の顔が浮かぶ。
二人がイチャイチャしてるところが浮かぶ。
邪魔をしたいのに、何もできない。
むしろみんなに邪魔をされる。
(みんな自分勝手です……)
ガクン、と、車体が下を向く。
そして、勢いよく下っていく瞬間。
「先輩達の、ばかあああああああ!!」
みんなの絶叫に飲まれるように、想いを口に出した。
下る度に、叫び声がするたびに、文句を言った。
隣からは、爆笑する声が聞こえた。
「いやー、すごかったね」
笑いながらジェットコースターを降りる先輩。
「何がですか」と聞けば「茉莉が」と返ってくる。
「いい叫びっぷりだったよ」
けらけらと楽しそうに笑う。
こっちは全然面白くなんてないのに。
「すっきりした?」
「しません」
「あはは!!まじか!!」
あれだけ叫んだのにと言いたげに、また笑う。
「もう一回乗る?」
「乗りましょう。もうこの際全部叫んでやります」
「いいねその意気」
邪魔もできない。探しにも行けない。勝ち目もない。
このむしゃくしゃした気持ちを何とかするには
何かにぶつけるしかない気がしたから。
「あ、もしもし? 奏多?」
私の返事を聞くな否や、すぐに三谷先輩に連絡をする佳貴先輩。
こういう手回しの早さはさすがだと思う。
三谷先輩もすぐにOKしてくれたみたいだった。
でもそんな電話の向こうは何か騒がしい様子だ。
何だろう。
スマホから漏れるくらいの音。
大きな……声?
「あの、何かあったんですか?」
電話を切った佳貴先輩に尋ねると、あっけらかんとした顔。
「ああうん、電話口で何か、ユキが暴れてる」
「……何事ですか」
「ま、大丈夫でしょ」と流す佳貴先輩。
あのユキ先輩が暴れるって相当だと思うんだけど……。
それでも佳貴先輩は気にならないのか、また列に並ぼうと歩き出す。
そうだ。
電話。
「どうせなら他のお二人にも電話をしたら良いのではないですか」
ぴくっと、一瞬佳貴先輩の体が固まった気がした。
「あーははは……。うん、じゃあ、してみようかな」
……怪しい。
何度か報告がきていたとか……?
いや、やっぱり、実は全部知っている……?
「何か隠してますか」
「なーにを隠すんだよ」
軽い言い回しで笑顔を向けられる。
絶対怪しい。
「だって――」
その時、佳貴先輩の携帯が鳴った。
「どうしましたか」
「ん、連絡だね」
「誰です?」
「んーとねえ」
すぐに答えを出さないことで、何となく察した。
画面見れば誰かくらいすぐ言えるのに。
先輩は誰かも言わずにただ文字を打ち続ける。
絶対加賀先輩だ。
「何ですって?」
「なんかねー、まだかかりそうってさ」
絶対違う気がする。
きっと梓紗先輩とどっかにいて、報告を受けてるんだ。
それでその進展を聞いて、佳貴先輩も楽しんでるんだ。
「梓紗先輩と会えたんですか?」
「何でアズ?」
「だって、加賀先輩が探しに行ったのって梓紗先輩ですよね」
「……何で?」
佳貴先輩が全くこっちを見ない。
明らかに顔を背けている。
絶対何か隠してる。
やっぱり、本当は知ってるんだ。
「加賀先輩は梓紗先輩のこと好きなんですよ」
「そうなんだ」
「だから今きっと告白してるんです」
「ふーん」
反応の薄い佳貴先輩に、どうにか説得してもらおうと言い訳を並べる。
「みんなで遊んでるのに、ずるいじゃないですか」
せっかくみんなでいるのだから、と。
少しくらい、周りのことを、と。
そんなの、今やるべきじゃない、と。
本当はそんな理由じゃないのに。
「ずるいの?」
急に佳貴先輩の瞳がこちらを向いた。
「だって、二人だけで幸せになるんですよ」
私のいないところで、勝手に進展するんですよ。
私のいないところで、幸せになるんですよ。
私を忘れて、二人は結ばれるんですよ。
そんなの許せない。
「それの何がダメなの?」
――グサリ。
本当に音がした。
胸が痛んだ。
「何って……」
「二人が幸せで何でダメなの?」
グサリ。
グサリ。
「二人が両想いなら、オレらにはどうしようもなくない?」
グサリ。
「……だって、嫌です。私は」
わかってた。頭では。
お互いが想い合っているなら、結ばれたほうがいいって。
加賀先輩の幸せを願うなら、それがいいって。
二人が幸せであることが、一番あるべき形だって。
でも好きだから、諦めたくないから
勝手って言われても、私が幸せにしたかった。
加賀先輩が不幸になったって、私がその後幸せにしたかった。
「私は、二人の幸せなんて見たくない」
私は良い子じゃない。
悪い子だ。
良い子じゃないから、きっと選ばれなかったんだ。
梓紗先輩は、優しいから。良い人だから。
だから加賀先輩は――
「茉莉!!!」
走り出してた。
涙が止まらなかった。
苦しかった。
悲しかった。
みんな嫌いだ。
(大嫌いです……)
転げ落ちていく。
それこそ、ジェットコースターみたく。
(余計なこと、言わなきゃよかった)
自分が一番嫌だ。
好きになってもらえない自分も
意地悪なことをした自分も
こうして逃げ出している自分も
何もかも、全部。
建物の裏の植木の隅で膝を抱える。
(いなくなってしまいたい)
そう思っているのに遊園地から出ることもできない。
どこかで、まだどこかで、加賀先輩がきっと来てくれると。
探したよって言いながら、来てくれると。
(そんなわけはないのに)
わかってるのに。
嘘だ。何もわかってない。
もう嫌だ。
何もわからない。
「――見つけた……!!」
声がして、驚いて顔を上げた。
「ごめん、本当にごめん!!!」
「佳貴、先輩……」
佳貴先輩だった。
頭を下げて、私にごめんと何度も謝る。
「茉莉の気持ち知ってるのに、酷いこと言った」
「――!!」
「本当にごめん」
下から見える佳貴先輩の顔は本当に申し訳なさそうで
とても誠実に謝ってくれている気がした。
(わかっていたけど、人はやはり、見かけによらない……)
少し失礼なことを思い浮かべながら、佳貴先輩の顔をじっと見る。
「先輩、汗がすごいです」
「あ? ああ、うん、走ったし」
(私も走ったけど、そんな汗かいてない……)
きっと、必死に探してくれたんだろう。
先輩がそんなに思い詰めることではないのに。
元はと言えば、全部私が悪いのに。
「佳貴先輩がそんなに謝ることでは、ないです」
「謝るよ。だって傷つけたし、自分が言われたらムカつく」
真面目な顔をしている。
とてもとても、真面目な顔。
佳貴先輩のこんな顔、私は見たことがなかった。
「……もう、怒ってない、です。だから、大丈夫です」
「ありがとう」
安心したように笑う。
本当に自分を責めてたことが伝わってくる。
そんなに責めなくたって、いいのに。
「立てる?」
「あ、はい」
手を差し出されて、思わずその手を掴む。
ぐっと引っ張られて立ち上がらされ、葉のついた服をはたかれて。
「うん、可愛い」
「はあ……」
(急にいつもと同じになった)
先程のは幻想だったのかと思うくらい。
また軽い笑顔と声。
「あの、手……」
「離さないよ。また逃げられても困るし」
「逃げません」
「どうだか」
少しだけ強引に、どこかに向かって歩き出す先輩。
「あの、どこ行くんです。みんなは、どうしたんですか」
「まだ集まってないよ」
「ならばどこに」
「まあ、とりあえずジェットコースター、やり直し?」
握られた手を引かれたまま、少しだけ後ろを歩きながら
思い出した真面目な顔。
(あんな顔をされては、振りほどくこともできない……)
そんなに必死になることではないでしょうに。
他の先輩方だって、私ごときいないくらいでそこまで責めたりはしないと思う。
だからこそ思う、シンプルな疑問。
「あの、先輩は何故そんなに、真面目に受け止めた、ですか」
普通なら「めんどくせえ女」とか一蹴しているところ、だと思う。
当然のことを言っただけなのに急に泣き出して
勝手に走り去っていくのだから。
でも、佳貴先輩は握る手を強くしながら答えを言った。
「オレも片想いしてるから」
何故だか、少しだけ震えている気がした。
「やっぱそういう気持ちはさ、わかるもんだよね」
前を歩く先輩が、どんな顔をしているかはわからない。
ただ、その声から愛しさが伝わってくる。
その人を、とても、大切に想ってることを。
「チャラいと思ってましたけど、そうでもないんですね」
「オレ、茉莉以外に可愛いとか言わないよ」
「――は?」
意味がわからなくて、変な声が出た。
どういうことだというのだ。
チャラくはないということ?
なら何で可愛いとか言う。
何で私だけ?
好きな人は?
……どういうこと?
「バカにされている」
「してないしてない」
「……してる」
「してないって」
なんだろう、頭が沸騰しそうだ。
先輩がわけわからないことを言うからだ。
顔が熱い。手も熱い。今冬なのに。
てるてる坊主って体にも効くんだっけ。
今、すごく晴れてる。常夏の島みたい。
(真面目な顔と、優しい声と……)
まるで急降下。
それこそジェットコースター。
目が回るくらいのスピードで。
「嘘ついたら針千本です」
「いいよ、嘘じゃないから」
そんなこと言う先輩の声はさっきと同じで
心臓の音だけが、ただうるさくこだました。
3.野村茉莉《ジェットコースター》 END