2.加賀貴也
三年間、ずっと好きだった女の子がいる。
多分一番仲が良くて、きっとただの友達だと思われてる。
それでもあきらめきれなくて
それでも彼女と一緒にいたいと思っていたのに
気付くと彼女はいなくなっていた。
《Case2.観覧車~Another Vision~》
「加賀先輩! 次は何乗りたいとかありますか?」
フリーフォールから降りた時、茉莉ちゃんに話しかけられた。
渡されたマップを見ながら考えて
ちらりと見た時は確かにいて、三谷と楽しそうに話していた。
「アズ喉とか乾いてない?」
「大丈夫だよー」
いつものことだった。
だけど何か、嫉妬した。
遊園地で話す二人が、いつもと違うように見えて。
「先輩? どうしました?」
「え? いや別に。どうも――」
「アズは乗りたいのある?」
「三谷は?」
――まるで恋人同士。
マップが頭に入ってこなくて
視界の端に二人が映ってもやもやして
聞こえる声が耳障りに感じて
すごい嫌だったから少し離れた。
そしたら、いなくなってた。
「ねえ、梓紗は?」
「ああ、何か少し休憩するってどっか行ったよ」
「は?」
ゴーカートに移動した時だった。
いつからいなかったのかもわからなかった。
「え、アズ具合悪いの?」
三谷がすぐに反応した。
それでまた心が乱れた。
「んー、そこまでは言ってなかったけど。貴也見に行く?」
「や、いい」
ヨシキに聞かれて、反射的に断った。
見に行きたいのに。
気になるのに。
どうしたんだって、心配してるのに。
「じゃあ俺見てこようか」
また三谷だ。
実は隠れて付き合ってるんじゃないかと思えてくる。
すげー不安になる。
そうじゃなくても、あいつは三谷を好きかもしれない。
三谷モテるし、気も配れるし、内面も大人だし、優しいし。
「ねえ、いいの? 俺が行っても」
俺がうじうじしてたら、三谷がけしかけるように言ってきた。
本当は行きたいんじゃないの?って言われたみたいで、すっごく悔しかった。
何か、見透かされてる気がして。
三谷が行ったほうが梓紗も喜ぶんじゃない?って返しそうになって。
(……いや、そういうことじゃないでしょ)
もしかしたら三谷と何かあったのかもしれないし
それに、俺が心配してるのは事実なんだ。
せめて、友達としてでも、力になりたいし。
何よりやっぱり、一緒にいたい。
「俺が行く」
「おう、頑張れ」
素直に吐いたらぽんと背中を押された。
振り向いたら、ヨシキも親指を立てて応援してくれていた。
何だよ、あいつら俺の気持ち知ってたのかよ。
(どうしようもないな、俺)
勝手に嫉妬して、勝手に拗ねて、勝手に心配して。
ごめんと謝って、列を抜けた。
どこから離れたのかもどこへ行ったのかもわからない。
一言告げて離れている以上、電話して探すのも変な気がして
とにかく走って梓紗を探した。
近くのアトラクションを回ってみたけど姿は見えない。
既に何か乗ってたらわかんないけど、そんなに早く乗れない、と思いたい。
「マジで、どこ!!」
思わず声に出してしゃがむ。
(そろそろ汗かきそう、つか息切れそう……)
走って探したことに気付かれたら、変に思われる気がする。
何でそんなに必死なのとか言われるかもしれない。
(もう戻ってんのかなぁ……)
そもそもあいつは何でいなくなったんだよ。
具合悪いわけじゃなさそうって、どういうこと?
つーか俺、遊園地で何してんの。
(ああーもう頭が全然整理できない!)
一回落ち着こうと立ち上がる。
飲み物でも買おうと自販機を探していると、ベンチに座る梓紗を見つけた。
しかも、知らない男二人に話しかけられてて。
「――彼女に何か用?」
考えるより先に声が出てた。
この後どうするかなんて何も計画してなくて
それを隠そうとしてか、返事を待たずに反射的に言葉が続く。
「それ俺のツレなんだけど」
幸いなことに、男達は納得いかない感じながらもどっか行ってくれて
さて本題と梓紗を見据える。
でも当の梓紗はぎこちなく視線を逸らしてきて。
そんで、何でいるのかなんて尋ねてきた。
「お前こそ、何でいないの」
精一杯の返事だった。
本当はもっと聞きたいこともあった。
言いたいこともあった。
でも踏み込めなくて、いつもみたいな軽口も叩けなくて。
誤魔化すようにわざとらしいため息をついて、梓紗の隣に座った。
「ツレとか、今どき言わなくない?」
梓紗に突っ込まれる。
俺だってちょっと思う。
でも咄嗟に出てきた言葉なんだから俺が選んだわけじゃない。
なんて、言えるわけもなく。
「俺は言うの」
「ヤンキーみたい」
「それは偏見」
何か変な空気。
梓紗がおかしいのか、俺がおかしいのか。
いなくなった理由も教えてくれなくて
体調を心配しても中途半端な返事しかこなくて。
何か隠してるのかも、なんて。
(……やなヤツだな俺)
「いつまでここにいる気?」
何となく質問を投げかけてみたら、何故かと返ってきた。
「金もったいないじゃん。お前フリーフォールしか乗ってない」
適当な理由を並べてみて、ふと思う。
せっかくの遊園地で、フリーパス買ってフリーフォール一回だけ、とか
あんまり普通の状況じゃない気がする。
離れた理由もわからない。
ここに座ってる理由もわからない。
具合も悪くないと言う。
乗れないものだってないって、昨日言ってた。
もしかして、みんなでいるのが嫌なだけ?
何かあった?
俺には言えない何かが。
――もし本当にそうなら。
「よし、何か乗るよ! ほら立って!」
ただ何にも乗りたくないだけなら、梓紗はきっと言うから。
嫌なら嫌だと言ってくれるから。
説明してくれないのなら、仕方ないし。
とりあえずせっかくの遊園地、梓紗だって楽しまないと。
「何かって何乗るの」
梓紗を見れば少し笑っていて
正直、少し安心した。
「んー……すぐ乗れそうだったのはあれかな」
そう言って奥にある観覧車を指す。
さっき通りかかった時、ほとんど人がいなかった。
どうせなら早く乗れたほうがいいかと思ったんだけど
何故か返事はなかった。
『観覧車』だから?
「嫌なら他のにするけど、あと大体混んでたよ」
「大丈夫、観覧車でいい」
梓紗は頭を横に振ってから頷く。
「うし、じゃあ行こう!」
俺の言葉で梓紗がようやく立ち上がる。
そして、梓紗の手を引けなかった自分に気付いて。
「立って」って言いながら、「行こう」って言いながら。
(三谷なら、どうしてたんだろう)
さっきまでの二人を思い出す。
三谷は応援してくれたけど
梓紗はやっぱり、三谷のことが好きなのかな。
聞きたいまま、聞けないまま。
観覧車に向かう間の時間。
触れそうで触れられない指先が
もどかしくて悔しかった。
「本当に早く乗れたね」
「みんな夜に乗るんじゃない?」
ほとんど並ばずに乗れて驚く梓紗に
適当なことを言いながらゴンドラへと乗り込む。
上るにつれてゴンドラは小さく揺れる。
梓紗の楽しそうな声が聞こえて安心する。
「これさ、ヨシキとか見えるかな」
「それは無理じゃない?」
思ってたより見渡せる景色にそう言うと
梓紗が冷静につっこんできて。
探してみるものの確かにわかりづらく、俺の視力では難しそう。
でもせっかくの観覧車だ。
どうせなら悪戯したい。
写真送って「君は監視下に置かれている」とか言ってやりたい。
(――そうだ、携帯なら)
スマホの機能を思い出した俺は、いそいそと携帯を取り出して立ち上がる。
「何してるの?」
「ズーム機能あるじゃん。これでヨシキ達見えないかなって」
「どんだけ見たいの」って吹き出すような声が聞こえた。
梓紗が笑う度、嬉しくなる。
もっと笑ってほしくなる。
「あ、いた!」
思ったよりもはっきり見えたその姿に思わず感動した。
梓紗にも見てほしくて、画面を指しながら梓紗を手招きする。
「ほら見て」
梓紗が立ち上がるとゴンドラが小さく揺れて。
ふらついた梓紗が触れそうな距離に落ち着いてドキリとした。
思わず支えようと伸ばしかけた手を、すっと戻して。
「大丈夫?」
「うん、平気」
いつもと変わらない梓紗は画面を覗く。
いつもよりも近い距離に、俺はドキドキしているのに。
(意気地なし……)
頭に浮かんだ単語に、我ながら呆れる。
梓紗を見てみれば画面に映るヨシキに笑みを浮かべていて
みんなが嫌なわけじゃないのがわかって、ほっとした。
「撮って送ってやろ~っと」
ヨシキの姿を撮って、携帯を戻し連絡先を開く。
「何て送るの」
「見えてるぞ~って」
「ふっ、何それ」
梓紗の優しい声を聴きながら送ったメッセージ。
それにはすぐに返事がきた。
『お前もう進展したの?』
ぎょっとした。
確かにここは観覧車で。
そこに二人で乗ってるだろうことは明白で。
そう考えれば、そう捉えることもできるわけで。
(そこまで考えてなかったんだけど……)
そして続けざまにもう一言。
『それともそこで進展予定?』
(ほっとけ!)
声に出すわけにいかなくて、心で大きく突っ込む。
勘弁してほしい。
そういうつもり、なかったのに。
「ねえ、三谷とユキちゃんいないんだけど」
梓紗が三谷のこと言ってるのは聞こえたけど
正直それどころじゃなくて適当な返事をする。
理由を説明しようと必死に打ったり消したりしてると煽るようにヨシキが連投してくる。
『そういえばその観覧車の頂上でキスしたカップルは幸せになるんだって』
もう言い訳も理由もせず、思いのまま返事するしかなかった。
『ほっといて!!』
告白とか、考えてもみなかった。
友達でもいいからずっと一緒にいられたらとは思ってたけど
恋人としてなら、きっともっと嬉しいと思う。
でも、きっと梓紗は――
「何? 返事きたの?」
ギクリとした。
「うんまあ、そう」
曖昧な返事に梓紗が不思議そうな反応を見せる。
「どうかしたの?」
「どうもしてない」
自分の気持ちの整理もつかないで
どう説明しろというんだ。
(なんてこと言うんだあのチャラ男は……)
既読のついた画面を閉じても
頭の中を言葉が埋め尽くす。
(進展とか、キスとか……)
ずっと、好きだった。
毎日話して、遊んで、一緒にいて
本当にそんな時間が続けばいいと思ってた。
例え、学校が離れても……。
梓紗は、どう思ってるんだろう。
そういえば、何で観覧車乗ってくれたんだろう。
梓紗は気にならなかったのかな。
信頼は、されてるんだと思うんだけど。
いつの間にか座っていた梓紗を見る。
俺の視線には気付いてないみたいで
ずっと外の景色を見てて。
その景色が頂上に近いことに気付いて、また考えて。
《そういえばその観覧車の頂上でキスしたカップルは幸せになるんだって》
先程の画面がちらつく。
そんなこと言われたって、梓紗は、だって。
「――あのさ、梓紗って三谷のこと好きなの?」
気付いたら声が出てた。
我ながら考えなしだなと思う。
脈絡も何もない。
……まあ、いつものことなんだけど。
「へ?」
固まった梓紗の表情が、段々と何か言いたげに変わっていく。
呆れてるようでもない、否定するようでもない、何かを突かれた表情。
だから、図星かと思って、胸が痛んだ。
「どうなの」
急かすように返事を求める。
正直、焦ってる。
友達で良いなんて思ってたはずなのに
いざ本人の反応を前にしたら、誰かに奪われるのは嫌だと思ってる自分がいて。
「どう……普通……?」
「普通って何」
「何って言われても」
焦りが隠せなくて、早く答えが欲しくて。
「加賀、どうしたの……?」
困惑した様子の梓紗と目が合って
赤い顔で、少しだけ震えた声が悔しくて。
(俺には言えないんだ? そんなに三谷が好き?)
何か、止まらなくなった。
「俺、実は……」
梓紗が――
想いを伝えようとした途端、高らかな音が鳴った。
まるで邪魔をするように。
まるで言わせないように。
「な、何?」
梓紗が驚いたように音の正体を探る。
俺の携帯の音だった。
「ごめん俺。ヨシキから」
イラつく感情を隠しながら、相手の名前が表示された携帯を取る。
「何?」
『茉莉がいなくなったんだけどさ』
「は?」
――そんなことで、と言いそうになった。
『行先知らない? お前のとこ連絡きてない?』
「知らないよ。きてない。何で俺にくんの」
ヨシキが「そうだよなあ」と情けない声を出す。
「どした」
『いやちょっと、言っちゃならんこと言った』
「で何で俺? 関係なくね?」
『いやうん悪い。オレが全面的に悪い』
「……本当どしたお前」
様子がおかしいヨシキに溜息をつく。
ちゃんと謝るよう伝えるとそのつもりだと返ってきた。
俺としては邪魔されたことに文句を言いたいくらいなんだけど
背中を押してもらった義理もあるので、大人しく流すことにした。
「どうしたの?」
「何か茉莉ちゃんがいなくなったって」
「え!?」
内容を聞いた梓紗が焦り出す。
それはもう、頭の中が茉莉ちゃんでいっぱいになったみたいに。
何度大丈夫と言っても聞かなくて
すぐにでも探さなきゃと言いたげで。
ここ、観覧車の中なんだけど。
「落ち着いて」
そう言ったらしゅんとして。
「でも……」
「ヨシキに任せれば大丈夫だから」
「でも滝川と揉めたんでしょ?」
「あいつだって馬鹿じゃないよ」
納得しきれない様子の梓紗が「うん」と言う。
外を見れば、下りに入っていて。
何だか冷静になって。
「頂上過ぎたね」
「え? あ、うん、そうだね」
このまま、変わらないまま。
いつもと同じようにまた。
それは、もう嫌だった。
三谷にも奪われたくない。
既に三谷が好きだっていうなら、俺に振り向かせたい。
俺を見てほしい。
進展とかじゃ、なくて。
「何?」
じっと見ていたら、梓紗に気付かれた。
もう、誰にも邪魔されたくなかった。
「……そっちいっていい?」
梓紗はぎこちなく返事をしながら少しずれる。
狭いゴンドラの中の席は、くっつくくらいに近くて。
梓紗の顔は見えなくて。
「……あのさ、俺ら最初クラス一緒だったじゃん」
「うん、席近かったよね」
全部、あの時から始まってた。
三年間、ずっと。
想いが募る。
「それから結構よく話すようになってさ」
「うん……」
隣を見たら梓紗が俯いてて
伝えたくて、伝わってほしくて
小さく握る梓紗の手に触れる。
「俺、あれからずっと梓紗のこと好きなんだ」
隠れた梓紗の様子を窺うようにして
できるなら、隣にいてほしいと
想いを伝わるように言葉を選んで。
「だから、俺と付き合って」
俺を見る梓紗の目は、潤んでて。
「ダメ?」
不安で、思わず零れた。
でも、梓紗は首を振って否定をしてくれた。
嬉しかった。
「よかった」
安心して、手を強く握る。
ぽたり、と梓紗の目から涙が零れて。
梓紗は自分で頬に触れて、驚いた顔をしたと思ったら、笑った。
「あはは、ごめん我慢できなかったみたい」
「我慢しなくていいのに」
「だって、何か恥ずかしいじゃん」
照れるように笑う梓紗の涙を拭う。
「もしかして嫌だった?」
やっぱり三谷が好きだった?
問いかけた俺に、梓紗が慌てて否定する。
その顔が可愛くて、愛しくて。
「その、嬉し、く、て――」
梓紗の言葉の途中で触れた。
俺も嬉しくて。
顔を真っ赤にした梓紗を見て実感する。
きっと、俺だけが想ってるわけじゃない。
だから、安心した。
「もう一周しようか」
うんと微笑む梓紗と二人。
観覧車はもう一周。
今度はちゃんと、楽しんで。
「俺達の家ってどっち?」
「あっちじゃない?」
繋がる手は離さないまま、隣に並んで座ったまま
それでもいつもと変わらない空気が嬉しくて
廻る廻る観覧車。
2.加賀貴也《観覧車~Another Vision~》 END