第五話 奇妙な磁場
朝起きてまずしたのは、周辺状況のチェック。
観測にはパッシヴソナーを使った。時間はかかるけど、安全だ。
「なんかある?」
《いや、変わったものは何も。民間船だけね》
民間船は船殻の形状が違うので、戦闘艦とは出す音が違う。彼らの船殻は、安価と量産性を追求した丸底だ。
画面上には、それしかない。
「船を音源に指定して、再計測してみて」
《うーん、振動が弱すぎて何も出てこないと思うけど・・・ほらね》
画面上の情報は先程と変わらない。都市を包むフロート群の輪郭が少し精細になった程度だ。
「よし。大丈夫。」
《え?何か探してたわけじゃないの》
「何も無いかどうか、探してたよ。」
《なにそれ。遠征にでも行くような物言いだけど》
「一昨日の嵐の夜、見つけたんだ。コンパスを使ったとき、一瞬だけど磁場を観測してた。」
《初耳。なんで言わなかったの》
「磁場の発生場所が私だったとして、もし発生源が盗聴機だったらまずいでしょ。だから気づいてないふりをしてた。」
《なるほどー、それでパッシヴソナーを使ったんだ》
「そう、もし情報を送っているなら、受けとる側は動いてなきゃいけない。逆探知されたら位置がばれるからね。」
《で、それを言ったってことは盗聴機はなかったのね。発生源は別の場所?》
「たぶんね。沖の方だと思う。磁場があるってことは金属でできた機械のはず。タンクやエンジンがあってもおかしくない。」
《ここに来たときには何も出てこなかったけど、埋まってるのかな。もしそうだったら、どうやって探すの?》
「もう一ヶ所で磁場を観測できれば、場所はすぐにわかるよ。埋まってるといっても、手で掘り出せる程度のはず。」
「だから、ね?行ってみようよ。」
《わかった、右舷ポッド開放。
電池残量確認[九八%]。いつでもいいよ》
「搭乗完了。こっちもオーケー」
《よーし、投下!》
開いたポッドから落とされたモービルは、核戦争前から普及していた乗り物、すなわち自動車と変わらないその姿を露にした。
アクセルペダルを踏むと、搭載された四つの車輪が砂地をしっかりとつかみ、滑ることなく移動を始めた。
《どこまで行くの?》
「二〇分くらい沖へ走ってみて、そこで磁場を観測してみる。万が一を考えて通信は封鎖するよ。」
《おけ。気を付けてね》
モービルはただの電気自動車だ。孤立化したラーツェをつれていくのは危険すぎる。
同じ景色を横目に見ながら、二〇分がすぎた。
二度目の観測は・・・、端的に言うと無意味だった。観測しようと思っていた場所は陥没し、溶けた砂が散乱していた。
はじめはがっかりした。タンクもエンジンもないと思ったから。
(隕石衝突痕だ。衝突で電磁波が発生したのか)
発生源はここだったのだ。
どうせならと思って、クレーターの中心を見ようとした。双眼鏡を使おうと腰に手を伸ばしたとき、辺り一面に金属片が散らばっているのに気付いた。
双眼鏡を取り落としそうになりながらクレーターの中心を見てみると、焼け焦げて真っ黒になった円筒があった。
ほぼ間違いなく人工衛星だ。なぜだかしらないけど、低速を維持したまま重力に引かれたんだろう。修理を受けられなくなった宇宙機にはよくあることだし。
特殊なネジに悪戦苦闘しながら外板を外すと、無事な燃料タンクが二本あった。
圧搾空気用ではなく、一液式燃料用だが、問題ない。
重要なのは、宇宙用の燃料タンクは内圧に対して強いということだ。底面を見ると、『内圧一二〇まで』と書かれていた。
(やった!これで直せる)
バルブを開いて中のロケット燃料を『めっちゃ慎重に』捨てると、一目散に逃げた。もしロケット燃料に火が点いたら、すさまじい爆風は私を炭にしてしまうから。
モービルに戻ってきてから、周囲の偵察をした。朝観測をしてからすでに一時間が過ぎている。状況が変わっていてもおかしくない時間だ。
思った通り、小さいが戦闘艦を見つけた。当然シーウィード級の情報は伝わっているはずだから・・・私達の艇のところにたどり着くのも時間の問題だ。
彼らを阻止しなくては。