第三話 砂嵐
衣料店に入ると、かなりの数の服や布が陳列されていた。この気候で繊維産業は成り立たないから、たぶん輸入品だろう。こんなに多くの衣服を見たのはいつ以来だろうか。
商品の中の一つが私の目に留まった。
そこには黄色い砂漠用迷彩の防塵服があった。
大きな金属製のファスナーが生地の開口部をすきまなく繋ぎ合わせて、全身を砂塵から守る造りになっていた。
「わあ。丈夫そうで良いなあ。」
《これって良いやつなの?ポケットの位置以外今のと変わんないでしょ》
ラーツェは無駄遣いはするなとでも言いたげだ。
「今着てるのはかなり傷んでるし。裾とかぼろぼろだよ」
《じゃあ買い換えたいだけって事ね?》
「いや、あーそうかも・・・そうだね。」
《それならあっちの方が収納多くて良いんじゃないの?》
そういってラーツェが示したのは機械整備用の作業着。至るところに収納が施されているようだ。
「あれは防塵服じゃないでしょ。防塵じゃないと繊維に砂が入ってすぐだめになるから・・・」
かつて海底だったというこの地。
その特殊な砂塵に曝された布地はまたたく間に摩耗し、擦りきれ、ぼろぼろになってしまうのだ。
《そうなんだ。じゃあその防塵服でいっか。》
「そうだね。
すいません、これ買います」
『25000ティールになります。』
ティールは通貨の単位。一九五八年まで流通していた日本円の、名前が変わったものだ。ほぼ全世界で流通している。
「食糧って買ったっけ?」
《一番最初に買ったよ。必需品の補充はもうできてる。》
昨日の戦利品のお陰で、かなり安く済ませられた。しかも今回は、SESが高く売れるから間違いなく黒字だ。
「じゃあ後は船に戻るだけか。」
《・・・待って》
「どうした、敵襲か?」
《気候が変わった。》
「ハァ?何言って─────
ビュウ と、風が轟いた。
島民の喋り声が消え、風の音だけが響く。
建物の幌が大きくはためいて、乗っていた砂がこぼれ落ちる。
《これは・・・》
「・・・マズいな」
途端に、大きな風切り音は絶え間ない嵐の音へと変わり、巻き上げられた砂塵が街道に流れ込んだ。
《砂・・・らし・・・!?・・・わ・・・通・・が・・!・》さっそく通信機のレシーバーにデータが届かなくなってきた。サーバーからの距離は僅か十五メートル。雨と違って不透明な砂は、電波を遮り視界を奪う。
「ッぐ、何も見えない」
どっちを向いても同じ景色。自分がどっちを向いているのかすら分からなくなってきた。
この街の地図は、当然持ってない。
咄嗟に通信機の位置情報をオンにする。でも、反応なし。
方位磁石を起動する。これは何とか使うことができた。
(砂の帯磁が強くなくて助かった。とにかく、船を目指そう)
建物の壁沿いに進む。
時折ミシミシと嫌な音がするが、恐怖に構っている暇などない。
(welc・・・wel・・arh、湾のゲートか?)
看板には砂が積もっていた。
殆どわからないが、湾のゲートまで来たらしい。
ここまでは建物があったから良かったが、湾内には遮蔽物がない。ふき飛ばされないように気を付けなくては。
「ラーツェ、サーチライト点灯!」
《了・・い!・・チ・・イト点灯!》
辛うじて見えた。
細い光を頼りに進む。
「甲板に着いた。ラーツェ、ハッチ開けて」
《ハ・・チ解・・ー!》
「よし、船内に入った。SES起動、急速潜航して。」
《だめ、吸気口が砂で塞がりかけてる!圧搾空気のタンクも石がぶつかって穴が開いちゃったし・・・》
「まずい、空気がないとSESは使えないのに」
砂の下から空気を送ると、砂が液体のようになる。そして、サバースシステムはそれを利用した装置だ。
だから大量の空気がなければ、船は身動きがとれない。
《このままだと潜航は無理そう》
「仕方ない、艇内の空気を使って。潜るだけなら出来るはずだから。」
《そしたらテセイアはどうするの?》
「私はエアロックに行くから大丈夫。早く!」
《りょーかーい、急速潜航!》
エアロックは船殻のすぐ側にあるので、ズゴゴゴ・・・という砂の動く音が聞こえる。
《潜航完了。大丈夫だった?》
「余裕だよ。エアロックの中だし。でも、服はぼろぼろだ。内側に砂が入ったっぽい。」
《マジかー。新しいの買っといて良かったね。おっと、艇内環境チェック完了、気圧〇・〇八》
「あー、やっぱギリギリだな」
《砂嵐が止むまではここで待機するしか無さそうだねー》
「だよねー・・・」