一章Ⅸ 「共闘の対価」
香菜の時もそうだった。互いにルナの力を教え合うことなく、協力し合う話をレェミュは持ちかけた。人のいい香菜はルナの力をお互い教え合う考えを思いつかなかった事もあるが、レェミュからは提案してくる事はなかった。
しばらくレェミュと行動してきた香菜はなんとなくレェミュがルナの力を隠したがる理由に察しがついていた。それは切り札を隠すのではなく、どうしようもない弱点がある事を隠したいんだろう。
信頼関係をあまり築けていないのに弱点を教えてしまっては、仲間と見せかけて襲われたらどうしようもない。いずれ分かるのであれば自分の弱点を隠し、少なくとも弱点がバレて襲われるまでの間、相手の事を探る時間は稼ぎたい。そうやって協力を仰ぐといっても、このやり方で信用たる人物か、彼女なりの計り方なんだろう。
香菜もなんだかんだでレェミュの事を分析している。
彼女の弱点も。
確証はないが、恐らくルナの力では戦えない。回数制限のある神器でしか加護を持つ相手に攻撃が通らない……というのが香菜の見解だ。
「ちょっと待って下さい……先に私の能力を教えますんで」
ポニーテールを揺らしながら、香菜はレェミュとクロイツの間に割って入った。
このままでは気まずくなる。その前に香菜は場を繋ぐ為ルナの力を教えることにした。
「そうだな。君の能力も教えて欲しかったから、まずは君から教えて貰おうか」
そう言ってクロイツは香菜の方へ向き直る。
「分かりました。ーー私のルナの力は『スズメを操る』能力です」
「ただ操るだけかい? そういう動物を操る能力は普通の動物じゃ出来ない事が出来るようになる傾向が多いと聞くんだが」
「はい、私もそうです。スズメの見ている視界を私が見ることが出来る事と、スズメの怪我を治す事、後スズメが触れた箇所の月の加護を少しの間消す事が出来ます」
香菜は包み隠さず答えた。レェミュがルナの力を話そうとしないから、香菜は何か隠している様子に誤解されないよう努め、正直に答えた。
クロイツも香菜の様子を見て、香菜が全てを話しているようには感じていた。
クロイツが「そうか、ありがとう」と返すと、少し目を伏せながら香菜は恐る恐る聞いてみた。
「私の能力を教えたんで協力して頂けないですか? リムリッドさんがルナの力を教えない代わりにお二人の力は聞きませんので」
「えぇ! 僕は教えたのに! つまんないな。……はあ、まぁ別にそれで仲良くしてくれるならいいけどさ」
ユリアナは香菜の提案に間髪入れずに反応する。相変わらず空気を読まないが、よく言えばこの気まずい雰囲気を少しだけ和ましてはくれる。香菜は和まされるのは可笑しいと思うが、ユリアナの発言にそう感じていた。
「いや、それは困る。何か勘違いをしているかもしれないが、ただ信用の為だけに聞いているんじゃない。お互いの弱点を知った上で、敵と戦う時にちゃんとした作戦を練る為に聞いているんだ」
「そうですよね……分かりました」
香菜はもう一度レェミュの様子を見るが、しかしレェミュは赤く鋭い目でクロイツ達を見るだけで答える様子はない。
話の進まない様子を見かねたクロイツは溜息交じりに微笑んで問いかけた。
「まぁ、妥協するなら全ての能力を明かさず、君たちのどちらかが神器の力を教えるのはどうだろう。そうなれば勿論俺たちも能力を少し隠させては貰うが。お互いまだよく知らないもの同士で隠したいことがあるのなら、俺たちも全部手の内を明かすというのは怖いものだ。それは分かってくれるだろう?」
「そ、そうですね」
相変わらずレェミュはだんまりだ。香菜が仕方なく困った顔で答える。
「……リムリッドって子はこの話になってから全然喋ってくれないね。そうなると藤宮さんの神器を教えて貰おうかな」
「え……わ、私ですか……」
「そうだよ」
クロイツが優しく微笑んでも香菜は快く答えようとしない。だけど、香菜はここで黙ってしまっても良くない事は分かっている。
だけど、ここで神器の力は教えたくはないのだ。
……また雰囲気は悪くなる。ここでユリアナは水を差してきそうなものだが、意外と大人しい。現に暇なユリアナはつまんなさそうにしていたが、ゆらりとポニーテールを振りながら嫌がる香菜の様子に気付きじっと見ていた。
香菜が尻尾を振っているようでユリアナの目にはとても可愛らしく写り、その様子にハマっていたからユリアナは大人しかったのだ。
「とはいえ、君に聞いてばかりではフェアではないな。まずは俺の力でも教えておこうか。俺のルナの力は『空間や物質に文様を描く力』だ。文様を描かれた物質は通常よりかかるエネルギーを増やしたり、減らしたり出来る。例えば、銃の弾丸に文様を描けば人に大した傷を与えなかったり、逆にただのボールに描き投げてぶつけたら、鉄球をぶつけられた様な痛みを与えたり出来る。後は月の加護も多少破壊しやすくもなるな」
じっとクロイツの能力を二人は聞いていたが、説明し終えても自分たちの能力を続けて話す素振りはない。
香菜もまた切り札を話すには抵抗があり、クロイツやジャスレイから目を逸していた。
「そして、ジャスレイの能力は『触れたものを体内にしまっておける能力』だ。生き物はしまえないが、物なら触れた所から吸い込むように体の中に入っていき取り込んでしまう。そしていつでもしまった物を体内から取り出すことが出来る。しまう数には限界があり五つまでしまえる」
クロイツは話し終えるとレェミュ達の様子を見る。二人共険しい表情でちゃんと能力を把握する事が出来たかどうか怪しい。分からないのなら実演することを求めてもいいものだが、やはりかなり離れた年上に対して余裕を持ってしっかり聞き出すことは難しいのかもしれない。
「さて、それじゃあそろそろどちらか話して貰えないかな?」
香菜が横目でレェミュを見るが、無表情でクロイツ達を見るレェミュはやはり話そうとはしない。
とはいえ、香菜も神器だけは話す事がどうしても出来ないのだ。
ユリアナは二人の様子を見て可哀想に感じていた。体を鍛えたおじさん二人から、きつい顔で見られるレェミュ達の気持ちはかなり苦しいものだろう。だが、ユリアナがやるせない気持ちで見ていても、クロイツ達の厳しい表情は変わらなかった。
「……話してくれないなら君たちと協力関係を築くのは難しいかな。フォルデホルスを倒すといっても、このまま協力って訳にもいかない。俺たちの判断でやらせて貰う。ただ、フォスターさんとはルナの力を教えて貰えたし、ちゃんと協力して助け合おうと思っている」
そう言うと、ユリアナの方へ向いて右手を差し出す。ユリアナも握手に笑顔で応じ、クロイツの手を握った。
「改めてよろしく頼む」
「ユリアナでいいよ。こちらこそよろしくね。……あ、香菜達もよろしくね。僕は教えてくれなかったとか気にしてないから。なんかあったら頼ってね」
ユリアナが香菜達の方へ向くと、レェミュがじっと強い視線を向けている事に気づいた。
相変わらず冷たい表情のレェミュにユリアナはあの赤い瞳がより不気味に、そして苦手に感じてしまう。
「ちょっと待って、それであなた達が勝手にやられても困る。私たちだけじゃ勝てそうにない敵なの。……だから」
「そうか、少しは信じようとしてくれているみたいだな」
「……まぁ、そんなところね。あなたの言う条件を仕方なく飲むわ」
苦虫を噛み潰したような表情でいつもの表情より更に冷たい顔をしてレェミュは答えた。美人で端正な顔なのに損をしている。もっと上手くすれば交渉事が得意でも可笑しくはない。でも、レェミュは自分に正直な方で不器用なのだろう。
「ーー私のルナの力は『使ったルナを感知する力』よ。使ったルナを起点に遠くからでも感知した辺りの様子を見る事が出来るの」
レェミュの力の説明を聞き、うーんと唸るクロイツ。大体は分かっていても力を使って貰う時の想像をすると、最適な使い方が掴めないのだろう。
「……うーん、それだけじゃどこまで見ることが出来るか分からないな。見えるのはどこまで見えるんだい? 普通の人じゃ見えないものが見えたりするのかい?」
「……」
「……もしかして、教えてくれるのはここまでかな?」
「ええ、ここまでが限界。嫌な事を答えたんだからこれで許してよ」
こんなに言われても申し訳なさそうな顔をレェミュは一つもしない。ここまで歳が一回りも二回りもする相手に物怖じした様子を見せないのは寧ろ立派だ。今回は共闘の交渉に来ている為、気持ち負けしないだけがいいとは言えないが。
だが、クロイツの表情が緩むような動きをみせた。そして何か話す素振りがあったのだが、先に痺れを切らしたユリアナの方が切り出すのが早かった。
「はーい! 喧嘩しなーい。もう、結局敵はいっぱいいるんだし、協力するんでしょ? だったら、仲良くしようよ。ね?」
すこし怒った様子でユリアナはクロイツとレェミュの間に入った。クロイツはユリアナの様子を見て思わず失笑する。
「ああ、分かっているよ。君の心配はいらないさ。元から喧嘩するつもりなんてないからね。だから、改めてお互い協力し合おうじゃないか」
「え? 協力してくれるんですか?」
ずっと隠してばかりいたのに、爽やかに声を掛けられ香菜は一瞬きょとんとしながら答えた。そしてほっとしたのか、いつもの可愛らしい笑顔が香菜に戻る。
「もちろんだ。ちょっと色々聞いてすまなかった。ギクシャクしたかもしれないが敵の方が一枚上手だろうし、そんな敵に勝てる作戦を考える為だったのは分かって欲しい」
「はい、それは私達も分かってはいたつもりです。こちらこそ申し訳ありません」
「そこまで畏まらなくていいよ。では、今日からよろしく頼むよ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
香菜の快い返事にジャスレイも続いて返した。ユリアナがはしゃいで皆に握手して回る間、クロイツはレェミュの様子を見ていた。微笑んで視線を送るクロイツにレェミュは少し照れ、目を合わせられなかった。
「そんなに見ないで欲しい。私だって協力して貰えて嬉しいんだから」
「はは、悪かったね。まぁ、気をつけるからこれからは仲良くやろう」
「……ええ、よろしく」