一章Ⅴ 「襲われた理由」
ここは何処だ。
畳の臭い。そして暖かくて気持ちの良い布団が身体を覆っている。
そして、目を覚まして何より不思議に思うのは見慣れない光景だ。
どうして俺はここにいる。
そして何故黒髪の美少女が目の前で、鼻息がかかるくらいの距離で俺を見ている?
「あら、目が覚めましたか?」
とても素敵な笑顔で俺に微笑む。
俺はこの人の友達か何かか? 他人に向けるような笑顔にしては最高だ。
俺は初めましてなんだけど……
というか、近っ! 近すぎる! 近すぎて恥ずかしい。
咄嗟に顔を背けたがまだどうやら寝ぼけているのか、変な方向に顔を向けてしまったようだ。
美少女の次は真っ白い壁。
目の前に映る光景に頭が追いついてこない。
壁際に寝ているのだろうか? だが、よく見ると白に近い綺麗な肌色が真っ白い壁から覗いて見える。
なんて綺麗な肌色何だろう。
こんなの間近で見たことがない。
段々と目が覚め、頭も働き、目もちゃんと見えてきた。……なんて柔らかそう何だろう。
ん? 柔らかい?
「おわああああ!」
布団から一気に転がって脱出し、白い壁から逃げ出す。
というか……
胸だったのか!
でっか!
あれは上から下まで床に付いていなかっただろうか……いや流石に俺はそこまで見ていないぞ! 谷間とか分からなかったし。
俺は見ていない。俺は見ていないんだ。
大丈夫か? 怒っていないか?
俺はこれから殺されないだろうな?
「思ったより元気ですね。でもまだ安静にしたほうが良いですよ」
おっし、セーフ!
だろう……
気付いていないようだ。
どうやら、俺のほうが一枚上手だったらしい。
もう少し気付くのが遅かったら、今さっき折角目を覚ましたのに、今度は目を覚ますことが出来なかったかもしれない。
とはいえ、目の前の美少女はなんとなくだが、優しくて人を殺すような事はしないかもしれない。
サービスは良さそうだ。
「お、目を覚ましたようだな」
とてもガタイの良い男が襖を開け、俺がいる部屋に入ってくる。
もちろん今は平静だ。
平成生まれだけに。
平成生まれの平介だ。
いや、落ち着け。訳の分からないことを言っている場合じゃない。
この男に気付かれてはならない。こんな男にこの美少女に見惚れてしまったことがバレると瞬殺されるだろう。
……いや、そんなことよりこの二人は一体誰だ?
「あの……どうして俺はここに」
「憶えていませんか? 潰れたショッピングモールの中で倒れていたんですけど」
そうだ……確か逃げて、潰れたショッピングモールの中にに入ったんだ。それから……
「私達は遅れてしまったんですが、襲われていたみたいで……倒れているあなたを見て、助けるために私の家に運んだんです」
「私の……いえ……?」
「ええ、気になさらないで下さい」
「ってぇ、ええ! 女の子の家にいるの? 俺!」
「そうですよ」
とても素敵な笑顔で微笑んでくれる。なんだ? この人は天使なのか?
「と言っても、君は病院で検査されたらまずい身体なんだ。君のルナウイルスに抵抗を持った身体が知れると、その異常な回復力に目をつけられ、実験体にされるかもしれない」
なんだこのお兄さんは?
突然現れて意味の分からない事を。
ルナウイルス?
なんだそれ?
「そう、私達はルナウイルスの話もあって、私の家にあなたを連れてきたの。あなたが殺されないために」
いきなり目を覚ませば、天使に出会い、死への注意勧告を告げられる。
何が起こっているかさっぱり分からない。
二人は俺の今後の事を話すと言って、布団の上で楽な体勢で聞くかと聞かれたが、身体も大して痛まなかったので、助けてくれた恩人に不格好な態度で話を聞くのも失礼だと思い、居間に案内して貰った。
後、どれだけ寝ていたか疑問に思っていたので居間に案内される前に聞くと、どうやら丸二日眠っていたらしい。
その間学校にはさっきの男が俺のフリをして仮病を使っていたが、親には連絡が出来ず、早く連絡するように言われた。心配する親に友達の家に泊まっていて携帯が壊れてしまったから連絡する事が出来なかったと説明したものの、学校に連絡した親は仮病で学校を休んでいた事をすでに知っており、ひどく怒られた。
帰ってもまた怒られるだろう。
そして、学校に行っても怒られるかもしれない。もう少しだけ家に帰りたくないかも。
それもこれも訳の分からないウイルスのせいだと言う。
何を言っているんだ? 俺はまだ夢でも見ているのか?
夢だと思いたい。
「良かった。元気になったみたいね」
だけど、今の一声で現実だと思った。
その声を聞いて。
まただ。
目の前に赤髪の少女がいた。
「まずは座りましょうか」
案内してくれた黒髪の少女は敷いてある座布団に座るよう促すと、俺の隣に座る。そして向かい側に赤髪の少女が座っていて、最後に俺の対角線上に背の高い男が座る。
「では、改めて自己紹介を。私は藤宮香菜と申します。あなたと同じ『剣』の神器を持っています」
黒髪ポニーテールの美少女は藤宮香菜と名乗った。
スタイルも良くて、胸も大きく、非の打ち所がない女性だが、そのお淑やかで物腰柔らかい澄んだ声で最後に訳の分からない事を言う。
あんな事が無ければ、不思議ちゃんのように思えてしまう。
神器……ねぇ。
「そして、こちらの男性は私の剣の先生で……」
「西坂奏だ」
この西坂って人は座っていても大きいのが分かる。だけどごついと言うより、バランス良く鍛えているという感じでなんかかっこいい。
「先生も神器を持っていますよ。『弓』の神器です」
そして、ちらりと藤宮さんは赤髪の女の子を見た。
ちょっとした間が空いて赤髪の少女が口を開いた。
「私の名前はレェミュ・リムリッド。私も神器を使える。持っているのは『槍』だ」
やっと、不思議な出会いをした美少女の名前を知ることが出来た。
こうやって真正面で見ると可愛い。うん。ほんと可愛い。
小さな顔で控えめな感じで口を小さく動かして喋る。口調は堅苦しいがちょっとした仕草が可愛い。
それでいて不思議な感じを身に纏う。
ミステリアスな感じ。
多分、髪も眼も赤いからだろう。見慣れたものじゃない。
「それでは最後に斧江さんにも自己紹介をしてもらえますか」
そういえば、俺も自己紹介してなかったんだっけ。
ん? 今、俺の名前を呼んだか?
「なんで、俺の名前を知っているんですか?」
「すみません。家の人や学校の人に連絡が出来ないかと、少しだけ持ち物を回収して見させてもらいました」
「そうか。でも仕方ない事ですしね。納得しました」
また頭を下げる香菜さん。
ちょっと過剰に頭を上下する姿が少し可愛い。
さて、自己紹介か……何も話すことがないんだけど。
「えぇ……斧江平介です。今の状況が全然訳分からないっす。『神器』? ってのは出せないですが、『剣』を持っているらしいです」
まぁ、こんなもんか。
この場の雰囲気に合わせた自己紹介になったんじゃないだろうか?
と、思ったけど誰も笑いもせず、皆無表情に近い。リアクションもない。
なんか、恥ずかしくなってきた。
無理に合わせなきゃ良かったな。
「では、自己紹介も終わったことですし、襲われた斧江さんの為にもその訳をまず説明したいと思います。ル」
香菜さんが続いて説明しようとした喋り出しに、玄関のチャイムが被るように鳴った。
西坂さんが玄関に向かうと、微かに女の子の声で「先生」と聞こえた。少し言い合いになっていた気もするが、やがて聞こえなくなった。
西坂さんが戻ってこない事を察するに外へ出て行ったんだろう。
教え子でも来たんだろうか?
「えーと、先生が帰ってこないのでもう説明を始めますね。まずはルナウイルスの事を話します。事の発端はウイルスのせいです。
「さっき言っていたウイルスですが、一体どういう事です? 襲われた理由に全然結びつかないんですけど」
「まぁ、そうですよね。でも、こう言ったらどうでしょうか? 『超能力を得られるウイルス』だと」
「へ? なんの冗談ですかそれ?」
つい、突拍子もないので笑いが溢れる。失笑ものだ。
「まぁ、可笑しく思うのも無理も無いでしょう。だけど、超能力やウイルスを狙っている訳じゃないです。斧江さんが狙われている理由はルナウイルスから超能力を得たことではなく、超能力を得た者から希に所持する事が出来る『神器』を授かったからです」
「何度も言っていたやつですか? 大体何なんですか、神器ってやつは」
「『神器』は強力な力を使えるようになります。そして、ルナウイルスの根源たる『月床石を抑えるものでもあります」
月床石? なんだよ、もう。次から次へと。
そんなもの見たことないんだけど。とにかく石だろ。
石?
「月床石はルナウイルスを撒き散らし、ウイルスに感染したものは植物状態になってしまい、寿命が尽きるまで死にません」
「げ」
「ルナウイルスは人類を植物状態にさせますが、植物状態になっても人間が生きる為に必要な栄養を勝手に補完します。そのため、人間を寝たままの生きた死体にさせます」
「て、それじゃあ神器を持っている俺も動かないゾンビにでもなるってのか!」
「いえ、私たちはルナウイルスに抵抗を持つので、動けなくなることはありません。むしろ、栄養を補完する仕組みを有益に使う事が出来ます。そもそも栄養を生み出すのではなく、ウイルスが栄養となるものを取り込んで、その取り込んだものにウイルスは成り代わってウイルス自身をわざと人に吸収させています。そして、ウイルス同士で連鎖させ、人に栄養として吸収され、人の細胞に成り代わっていく。そうやって人を侵します。その成り代わる物はどんな物質にも変化出来ると言われ、抗体を持つ私達は逆にその性質を使い、超能力として使うことが出来るんです」
「じゃあ、どんどん広がっていくんじゃ……」
「いえ、人から人への感染はなく、あくまでも月床石に近い人間だけです。ルナウイルスは月床石から離れると、生きる力を失い死滅します。ですが、私達が取り込んだウイルスは抗体がある為、人に害のないものに変化し、共存するように感染し死滅しません。そして、ウイルスの根源たる月床石を沈めることが出来るのは『神器』です。神器も元々はルナウイルスで出来ています。ただ、私達の持つ抗体が作用し、月床石のものとは違う性質のウイルスになっています。だから違う性質のもつルナウイルスである神器が必要なのです。ただ、月床石を沈めるには一つだけでは出来ず、六つの神器を揃えないといけません」
「いや、十二本ある」
久しぶりにレェミュさんが小さく口を開いた。
「やっぱり……」
なんだこの神妙な空気は……
ここまでちゃんと付いて行けてないのに、二人だけ分かって勝手に気まずくなって……余計に置いてけぼりじゃないか
「そうなの。十二本は確認出来たけど、石は一つしかない」
「それは確かなの?」
「えぇ。私のルナを感知する能力で確認した。月床石そのものに途轍もない量のルナがいる。そんな物はこの世の何処にもない。だから間違いない」
「そう、それなら納得出来ます。だからそうやって、その能力で私達を見つけたんですね。ようやく分かりました」
「察する通りね」
そうか、だから一番最初に俺を助けに来れたのか。
でも、なんでだろう?
あんなボロボロになって命まで懸けて……
「話が逸れました。話を戻しますが、月床石は今まで六つの神器でウイルスを抑える事が出来ましたが、今回は十二本集めないと抑える事が出来ないかもしれません」
「今回?」
「ええ、今回で三回目です。月床石が落ちてきたのは」
「落ちてくるって何処から?」
「月から」
「え?」
「月床石はあの赤い月から落ちてきたものなの。だから月床石も赤いんです」
信じ難いような話だが、ここは流そう。真面目な顔して言っているし。
未だに言われた事全てが嘘のようだ。とはいえ、疑ってばかりだと俺は狙われているし、信じない訳にもいかない。だからと言って、鵜呑みにしてはいけないと思うけども。
「だけど、仮に全部集めれば人がウイルスにやられる事は無くなるんでしょう? だったら協力し合った方がいいでしょ。なのに何で俺は狙われたんですか? 可笑しいでしょ?」
「そうですね。斧江さんの言う通りです」
そう言うと何故か香菜さんは俺をじっと見る。
少し恐い。
綺麗な人と目が合ってドキドキするんじゃなくて、とても恐ろしい事を言われる気がしてドキドキしているんだと思う。
多分。
「不老不死」
そのまま、普通に話していたらまた冗談だろうと疑っていた。
だけど、言葉の重み。香菜さんの表情。二人が漂わせる空気。
やっぱり全部本当の事なんだろう。
「月床石はルナウイルスを無限に増殖させ続けます。例え神器で抑えたとしても人への感染を防ぐだけなのです。それと月床石を抑えるには神器を揃えるだけではありません。石を誰かが取り込んで初めて封印する事が出来るんです」
一旦一呼吸を取る。香菜さんに真面目な表情で見つめられまた怖くなってきた。ちらっとレェミュさんの方へ目を移すと、同じような表情をしていた。
嫌な雰囲気だ。
「そして、不老不死を得る事が出来る」
なんか実感のない話だが、不老不死を得るために血眼になって俺を襲ってくるのは有りうる事だとは思う。
とんだ迷惑な話だが。
なぜ俺が巻き込まれなくちゃいけないんだ。
「何にでも変化できる性質と無限に増殖する性質。それが不老不死の仕組みです。神器でウイルスの拡散を抑えられた月床石は体に取り込まれると、体に影響のないルナウイルスを増やし続け、ウイルスは体の組織に浸食し始めます。ウイルスが人の体にすり替わると、老いる事もなくベストな状態を保つように体を構築するようになります。これは今広がっているルナウイルスとは違うものだから不老不死になると言われています」
原理は良く分からないし、直接目で見てないから分からないけど、斧で思いっきり斬られたのに無傷だった。香菜さんの話は無傷だった事の説明がつく気がする。
多分一瞬だけとても固い物質になって、かつ衝撃を吸収出来るモノに体が変化した、だから無傷だったのかもしれない。
そういう事か……
ん? あぁ、誰かと思ったら、戻ってきたみたいだ。
「あ、先生。お帰りなさい。用事は終わったようですね」
西坂さんが戻ってきたけど、少し疲れた様子だ。何を話していたんだろうか……
「……えぇ、どこまで話しま、えーと、そうそう。それからルナウイルスは無機物や有機物……鉄や紙、エネルギーを生み出したりと、超能力が使えるようになるのは、ルナウイルスが変化しているからだと、ルナウイルスの変化が見える能力者達の推測であり、皆の共通の認識として広まりました。そして、月床石を手に入れることによりルナウイルスをより高度に操れるかもしれないという憶測の声も出てきました。不老不死だけではなく、ウイルスの更なる力を求めあなたを襲った。それが彼らの狙いです」
そして、前のめりに胸を机に乗せてくる。
違った。身を乗り出して話してくる。
出会った時からそうだが、この人は少し距離感が近い。
「そこでですが、あなたが特に不老不死に興味がないのなら、神器を私達に譲って貰えませんか? と言いますか、襲った人たちの狙いはあなたの神器です。神器さえ持っていなければ狙われることもないですし、危険な目に遭わなくて済みます。どうでしょうか? 無理強いはしませんが」
「そうですね。俺も渡せるなら、渡してしまいたいですが、その神器ってものの出し方が分からないんです。そもそも、本当に俺が神器を持っているんですか?」
「それは……ねぇ。持っている……って事でいいんですよね?」
ええ! なんですか、そのリアクション。困ってレェミュさんに助けを求めるし。
もしかして、実は間違ってましたとか? それなら、襲われた事は水に流してもいいんだけど。
「ええ、そうよ。あの襲ってきたグラファって男は神器やルナが見える能力を持っている。だから、あなたは見つかり襲われた」
そうか、やっぱり持っているのか。
もしかしたらと淡い期待をして、なんかの間違いだったらと思ったけど、ダメか。
「よし。じゃあ、一度やってみましょうか。成功したらそれで終わりですし」
「分かりました。……で、どうしたらいいんでしょう?」
「そうですね……もうすでに剣を手に持っているイメージをしてみて下さい。『今、俺は剣を握っている!』っていうイメージです」
「分かりました」
うーん。イメージねぇ。
良く分からないけど、やってみるか。
剣を握っている。
剣を握っている。
剣を握っている。
剣を握っている!
剣をぉお、握ってぇえ……いるぅぅう!
「う~ん、ダメですね。他に何かないですか?」
「それなら、もっと剣の細かいイメージをしてみて。剣の刃先とか、刀身とか、柄の部分はどうなっているのか。自由にイメージしてみて」
「分かりました」
よし、レェミュさんの案でやってみよう。
どういう風にしようかな。
日本刀がイメージしやすいから、それでいってみようか。
刃先は鋭く、背の部分に刃はない。そして、鍔は丸く、柄は滑りにくい作りで……
お、なんかいけそうか……
手から何かが。
「おぉ! 頑張ってください。薄っすら出てきましたよ」
「はい……!」
「いい感じだ。そのまま集中、集中」西坂さんも応援してくれている。
「……ん? なんか変な気が」レェミュさんが何か呟く。いや、集中しないと。
「出て、来ぉおーーい!」
身体から何かを絞り出して、手から何かが出て来た感覚を感じた。
ど、どうだ?
「……どうやら失敗みたいですね」
西坂さんの声を聞いて目を開けると、見たこともないモノ? がいた。
「な、なんだこれ?」
「トドみたい……」
「どちらかと言うとジュゴンと言うのかしら?」
レェミュさんと香菜さんが続けて俺の手の平にいる剣じゃない謎の物質の感想を述べた。
というか生き物っぽい。
「お前ら……好き放題言うじゃねぇか……」
「ん?」
「トドでもジュゴンでもねえ! あたしは美女だ!」