一章Ⅲ 「狂気じみた美女」
レティとグラファの前に突如現れたのは金髪のグラマーな美女だった。不意を打たれたグラファは致命傷を一瞬で負ってしまった。
今は傷が回復し、何も無い様子にしているが、完全に警戒している。
加護の守りがグラファは硬い方ではないが、それでもすぐに傷を負うような弱さではない。
グラファはすでに金髪美女の持つあまり見慣れない両刃剣を見て、神器を持っている事に気づいていた。
「叔父さん。あれ何? 神器?」
「ああ、その通りだ。おかしい……『剣』の神器が二つなんて」
「さっきの少年。あれも『剣』の神器だよね」
「そうだ。……もしや、エミとミッチストンが相手しているという赤髪の女も神器……いや、俺の眼で直接見ないと何とも言えんかーーくっ!」
油断してぼんやりと見ているフリをしていた金髪美女は、話している隙を見て一気に間合いを詰めてきた。金髪美女を警戒している二人は振り回す剣を受けて防御しようとせず、間合いを取りながら避け、さっきより十分に距離を取った。
「なんだ? さっきからごちゃごちゃ言っているようだが、油断すると死ぬぞ?」
「叔父さん。こいつヤバイよ。ゆっくり話しをさせてくれない。こっちも仕掛けるよ」
そう言うとレティはモーニングスターを何もない所から出現させ、金髪美女へ目掛け鉄球を投げつける。距離もあるため、簡単に避けはされたが投げたほうとはあらぬ方向へ動き出し、金髪美女目掛け鉄球は追いかけ続けた。
「おいおい、どこまで伸びんだよ。鬱陶しい!」
鉄球は追いかけ続け、グラファはそれに合わせ斧で金髪美女を切りつける。それでも金髪美女はかすりもせず躱し続けた。ただ、防戦一方の金髪美女は持っている剣を一度も振ることが出来ないでいた。
「っ! 三人相手しているみたいだな」
レティが鉄球とグラファの攻撃の合間に鉄の籠手のようなものを纏い、金髪美女に殴りかかる。
「そうか、お前が『鎧』の神器だな。面白い戦い方するじゃねぇか」
そう言って拳を躱すと金髪美女は自らの髪を千切り、一瞬で髪を斧に変化させる。
「な、何!」
咄嗟に出てきた斧で切られそうになり、鎧を纏った手で守ろうとしたが、間に合わず鎧を瞬時に具現化させて防いだ。
鎧はレティを守るとその一瞬だけでもう何処にもない。
レティは予想外の攻撃を嫌がり、一旦落ち着くため距離を取る。攻めあぐねていたグラファも一呼吸置いた。
「やっぱ『鎧』の神器持ちは簡単に決まんなくて面倒だな」
金髪美女は斧を自分の足元に落とし、ずんと音を立てる。千切れた髪の先をクルクルと弄りながら、二人の様子を伺っている。
グラファ達は赤髪の少女と金髪美女が加護や神器を使っている事に、このまま交戦すべきか撤退すべきか思案しながら、戦いに身構えていた。
人数的には勝っている。まだ、お互い神器の力も使っている訳でもない。
だけど、イレギュラーな事が起きている。
『剣』の神器が二本。
そして『槍』の神器が二本目かもしれない。神器は通常六種類の一本づつしかないのに……
そうなると、二人の女性と共闘している神器持ちがいるかもしれない……グラファは要らぬ深読みをしてかなり慎重になっていた。
隙を伺っていた金髪美女は斧を落とした衝撃で砕けた床の破片を拾い、何か仕掛けようとした。
あまり動きがなかったが、また戦いに動きが出始めた。それは金髪美女が先に仕掛けたのではなく、逆に仕掛けられた。
「おっと、美女はっけ~ん♪」
突如、金髪美女は斬りかかられた。
だが、なんとか不意を打たれ切られながらも加護で防ぎ、すぐに剣で切り返していた。
「ち、新手か!」
敵は避け、もう一度斬りかかる。
金髪美女の適応が早く、斬りかかられても切り返し、敵を押し返していた。
敵は金髪美女の手数の多さに負け、距離を取った。その隙にグラファが死角から襲い、レティが遠くから鉄球を投げつける。
金髪美女は流石に反撃する事は出来ず、一旦かなり距離を取り鉄球が簡単に飛んでこないところまで逃げた。
乱暴で滅茶苦茶な金髪美女だが、流石に状況を整理しようと、辺りを見回した。そこには見慣れない武器を持った男がいた。
その男は鎌を持ちニヤニヤしている。
「お前なんでここにいるんだ!」
「美女いるところに我はありってね」
「ミッチ、死ね」
「エミは大丈夫なのか!」
「ミッチ、死ね」
「大丈夫ですって。あの神器は卑怯だから」
「ミッチ、死ね」
「思った通り優勢に戦ってましたよ」
「ミッチ、死ね」
「レティ。人の喋っている合間に、俺へ殺意を放つのは止めてくれないかな」
「うるさい。女の尻ばっかり追うのは止めろ」
「違うぞ、レティ……俺が追っているのはおっぱいだ」
「ミッチ、殺す」
レティはミッチストンへの殺意が頂点に達し、禍々しい感情を放っている。
「待て、敵がいるのに仲間割れしている暇なんてないぞ」
「うるさい。いつも傍に私という美女がいるのに、他の女ばっかり追いかける。ちゃんと働け」
「なんてことを言うんだ。レティはつるぺたなお胸なのに、美女なんて思う訳ないだろう?」
「死ね。美女=巨乳じゃない」
「うわっ、あっぶねぇ!」
金髪美女が痺れを切らしミッチストンに襲い掛かった。ミッチストンは反応良く避け、何度も斬りかかられたが当たることなく、十分に金髪美女から離れた。
「ち、今ので死ねば良かったのに」
レティはまた毒づいている。
「なんだ。ちゃんとあたしの事覚えていたのかよ。てっきり忘れてたかと思っていたのに」
「忘れるわけないでしょ? こんな美女を目の前にして」
ミッチストンはふんと鼻で笑いながら言うが、相変わらずレティはミッチストンの言葉に腹を立て睨んでいる。
「ありがとよ。だけどなぁ、あたしを褒めようが、仲間割れしようが、あたしを殺そうとしようが、てめぇら全員ぶちのめすから泣き言なんて言うなよ」
「おぉ……綺麗な顔をしているのになんて汚い言葉を。はぁあ……だけど、汚い言葉さえ美しく聞こえる」
恍惚な表情を浮かべミッチストンは金髪美女を見つめる。だが、金髪美女は剣を構え動き始めているのに、ミッチストンはぼさっとしたままだ。
「ミッチ、相変わらず見る目ない。耳もおかしい」
「何を言う。あれはGはあるぞ。そして、一字一句聞き逃さないぞ」
「お前ら! ぐだぐだ言ってないで、俺を助けろ!」
二人はグラファと金髪美女を忘れているのか、口ばかり動かしている。その隙に金髪美女はグラファを襲う。
「おらおら! まずはてめえからあの世に送ってやるよ!」
「……さてとあの世に行く前に叔父さんを助けるか。美女を痛めつけるのは心が痛むけど、大人しくしてくれないのが悪いから」
「ミッチ遅い。早く仕事しろ」
つい、手を休めてしまったレティはグラファに悪く思い、すぐ援護した。ミッチストンが喋っている間に鉄球を操り注意する。ようやくミッチストンも鉄球の動きに合わせ、金髪美女に襲いかかった。金髪美女は三人を相手し防戦一方。グラファは金髪美女が苦戦しているのを見ると体勢を立て直す為、一旦下がりレティとミッチストンの動きに合わせるよう努めた。
三人は金髪美女を押しているのだが、決め手を欠く。金髪美女の動きがいいのは確かだが、それでもここまで神器の力を使っている様子のない金髪美女を相手に、上手く防がれ続けグラファはある疑問を抱き始めた。
「ミッチストン! お前手を抜いているだろ!」
「叔父さん! 何て事言うんです! 全力で捕まえにいってますよ」
「馬鹿野郎! だから女一人に押されているんだろう!」
「叔父さん。ミッチから殺したほうが上手くいくかも」
レティの殺意は段々とミッチストンに向き始めているのだろうか、常に言葉が毒々しい。
「レティふざけるのはいい加減にしろ」
「ミッチ。貴方のほうがふざけてる。ちゃんと働け」
金髪美女はミッチストンが手を抜いている事には気付いていた。グラファは再生能力を生かし、わざと隙があるように見せ反撃の機会を窺っているが、金髪美女はグラファの狙いにも気付いていた。だから金髪美女はモーニングスターを自由にさせない為、レティが動きにくくなるように立ち回り、三人相手に攻撃を受けさえしなかった。
レティはモーニングスターを操りながら金髪美女を相手にし続け、少しづつ疲弊を感じていた。だが、レティには奥の手がある。
こんなに苦戦するなら使ってもいいだろう……
しかしその力は危険な力で、レティは使うか少し躊躇っていた。
「もう嫌。神器使う。いいよね?」
鎧を突如出現させ、身に纏うレティ。顔に赤い回路のような文様が三本浮かんできた。
「待て! レティ!」
遠くからグラファが叫びながら、金髪美女に向かっていき囮を努めた。ミッチストンは慌ててレティに近寄り、神器の能力の使用を制した。
「レティ、お前の神器はダメだ」
「どうして? このままじゃこっちがやられるかもしれない」
「神器の能力は初めて使うんだろう? で、制御出来るか分からないんだろ? ならダメだ」
レティは首を振る事も出来ず、ただ少しだけ黙ってしまった。
「……兄様が助けてくれる。暴れるような事があればそうするはず。大丈夫」
「その後はどうなるんだ? アシュー様がお前の相手をしてたら俺たちの事を放っておく事になるだろう? カルメリアやラジェンダじゃ、神器を使ったお前を止められないぞ」
「だけど……」
人影。
ミッチストンは何かに気付いた。
「ーーしまっ! レティ、早く鉄球を投げろ!」
グラファはまだ気付いていない。金髪美女から致命傷を避けるのに必死で防戦一方だ。
レティも急いだが、間に合いそうにない。
「くっそ! エミ! 何してんだ!」
グラファは死角から襲われ胸を槍で貫かれた。
激しく血が吹き出し、金髪美女の髪が赤く染まる……
鮮血に染まる髪より美しい赤髪が静かに舞った。