一章Ⅹ 「光る文字」
「にしてもでこ広いよな、お前」
「いや、あなたのひどい鼻……う、ううん、うん、うん、いや、広いおでこも可愛いものだと思いますよ」
ぼそっと危ない事を平子に言わないで下さいよ、香菜さん。変な咳払いでどうやら聞こえてはいないものの……たまたま助かっただけですからね。
それにしても、あの優しい香菜さんが言い返すとはよっぽど気に障ったのだろう。
でも嫌がり方も可愛い人だ。
「お前、可愛いとか自分で言うなよ」
いや、お前が言うなよ。
『あたしは美女だ!』って言うお前がな。
頼むから今日は大人しくしてくれよ。今からレェミュさん達が協力をお願いした人達が来るんだから。
俺が平子を出したりしまったりコントロール出来れば良かったのだが、平子が事情を知らないで勝手に出てきても困るので、先に呼び出して隠れて貰うことにした。というのも皆で話し合った結果、平子の性格の事もあるので、最初のうちは存在を隠そうとなったのだ。
なので、来る前に香菜さんの家に行って平子に説明していたのだ。上手く説明出来たおかげなのか、珍しく大人しく承諾してくれた。その事には驚いたのだが、来るまでの間がやっぱり騒がしい。
本当にめんどくさい奴。
「いやーそれにしてもいいおでこしてるよなぁ~。よーし、折角だから肉ってでこに書いてやるよ」
「に、肉っ? か、書かないで下さいぃぃ! いやー来ないで! 平介さん、平子さんをしまってくださぁーい! はやくっー!」
「すみません、しまい方が分からないです」
「やああああ!」
平子を消す事が出来なくても止めてやるぐらい、と思ったがダメだった。
すみません、香菜さん。
……そう、あいつ鳩みたいに飛ぶから難しいんですよ。大体羽もないのにどうなってんだよ。反則だろ。
にしても、あいつ……駄目だ。堪えることが出来ない……
「うっし、これで勘弁してやるよ」
「うう、平介さん……笑うなんて酷い。恨みますよ」
「いや、ほんとすみ……ぶぅ!」
「平介さん!」
「す、すmませn。へ、平子それは反側だろ。『光』って」
「え?」
「どうだ『肉』より断然いいだろ。でこが光ってるし『光』のほうが似合うだろ?」
「きゃあああ! 酷い、ひどいっ! 光ってませんし! 女の子にするいたずらじゃありませんよ! 下衆! この下衆フック!」
……ああ、あのお淑やかな天使がなんて汚い言葉を。
糞トドめ。天使の羽をもぎ取って堕天使にしやがって。
「なんだとでこ娘! こんぐらいいいじゃねぇか」
「いったあ! ちょっと! 暴力は止めて下さい」
「うるせぇ! この野郎」
「ちょっと落ち着いてくれ! もうそろそろ来るからさ!」
「なんだ、てめぇもやんのか?」
おーい、待ってくれよ。俺も巻き込むんじゃねぇよ。
人が来るから隠れてくれるって話をしてただろうが。
……って、言ってたら来たし。
あの音は玄関のチャイムだな。
「あ、誰か人が来た! 入れてあげないと……平介さん、代わりにお願い出来ますか。この下衆トドを隠すのとおでこの落書きを消す時間を稼いで欲しいです」
「はぃ「なんだと、てめぇ! 誰が下衆トドだァ? あたしは美女だって言ってんだろうが」
ちょっと香菜さん、更に平子を怒らせたらダメでしょ。
平子に腹が立つのは分かるけどさ。
「藤宮さん、そろそろ俺が出てきますのでそいつをお願いしますよ」
「ええ、お願いします! 後、ちゃんと玄関で時間を稼いで下さいね。って、痛ぁーい! もぉ!」
大丈夫だろうか……
とはいえ、外でレェミュさんやお客さん達を待たせても悪いし。
まぁ、平子も分かってはいたし、流石に身を隠すぐらいはするだろう。
さて、時間稼ぎか……何を話したものか。話によると、四十代前後のおじさん達と一つ年上のお姉さんが来ると聞いてはいるけど。
やっぱり話すなら、ルナの事はよく知らない事と今までのいきさつを軽く話してみるか。
「お邪魔します」
「ど、どうぞ」
ドアを開けると頭を下げてもデカイおじさんが入ってきた。そして、デカイおじさんの同伴者とレェミュさん、同行していた西坂さんが続いて玄関を上がった。
仲間になってくれたっていうのがこの金髪のカッコイイおじさんか。……それと少し厳つい顎鬚メガネのおじさんもだな。
二人共迫力があるな。それに男前だ。
しかし、あのレェミュさんもおっさんトリオに囲まれると縮こまってしまっていじらしいな。それに西坂さんもばっちり同化しちゃってるし。あっちの人の仲間みたいになってるよ。
「クロイツ・ベルデンベアハルトだ。横にいるのはジャスレイ・ファン・ルドルフ。俺の仲間だ。これからはよろしく頼む。……後、うし」
ん?
今何かが通ったような。
猫みたいに素早かったけど何か横切ったのは気のせいか?
「すまない。先に行ってしまったようだ。彼女はユリ「す、すみません。ちょ、ちょっとすぐ戻らないと!」
しまった。
もうひとり女の子がいた事を忘れていた。
弱々しいレェミュさんを見ている場合じゃなかった。……その姿が可愛くて珍しかったものだから……つい、油断してしまった。
「お、いた!」
「きゃあああ!」
香菜さんの叫び声が凄い。
これは……間に合わなかったか……?
「わぁー! 何してるのそれ? おもしろーい! 光ってるのにわざわざ『光』って書いてるし。あははは」
「いやあああ! もう嫌! 光ってません! もぉぉお! 笑わないで下さい!」
おでこを綺麗には出来なかったか……
ちょっと俺も胸が痛い……香菜さんには申し訳ない事をしてしまった。
いや、でもおっさんの影からあんな猫みたいに人が出てくるとは思わないよ。
それからは涙目になって出て行った香菜さんが戻ってくるまでの間、簡単に挨拶を済ませて各々席に着いた。
急に猫みたいに走っていったのが、ユリアナ・フォスターという一つ年上の女の子とレェミュさんに紹介してもらった。
ほんの少しオレンジっぽい茶髪で無造作なショートヘアーが似合っている。見た目は結構ボーイッシュで、女の子にも人気がありそうな可愛い男の子にも見える感じ。
「君が神器もルナの力も使えないという少年だな。悪いが先に二人から話を聞かせてもらっている」
「俺の話の事は構いませんよ。あなた達は俺たちに協力してくれるんですよね? だったら何も問題はありません」
「ああ、君たちと協力してフォルデホルスを倒す。そして、君から神器を受け取りこの戦いから君を遠ざける手伝いもさせて貰うつもりだ」
「ありがとうございます。こんなにも仲間が増えて心強いです」
襲われてから数週間でたった一人だったのが、また新たに三人仲間が増えて今は六人と一匹だ。
こんな簡単に仲間が集まるとはこれもレェミュさんのおかげだろう。
香菜さんから聞いたのだが、俺とレェミュさんの歳は同じらしい。同い年なのに行動力といい、肝っ玉といいとても同い年には思えない。
クールだし、美人なお姉さんって感じ。
「……平介と言ったか。神器を出す為にまずはルナの練習をしていると聞いたのだが、ルナの力を使える兆しは少しでもあるのか?」
体格のいいメガネのおじさんが聞いてきた。……確かジャスレイと言う名前だったか。体格はあるし、目力もあるし、直視されると少し怖い。
クロイツさんも体格良くて迫力あるけど、爽やかで微笑んで話してくれるからジャスレイさんとは違って大丈夫だ。ジャスレイさんは……すぐに慣れるのは難しいかも。
「……えーと、はい。最近初めて斧が出せました。それからは出せたり出せなかったり……連続で出すこともまだ出来ません」
「一応使えるようにはなったが、完全じゃないのか。まぁ、力に気付いてすぐにマスターは出来ないもんだ。だけど、そんなに心配しなくていい。おぎゃあと産まれて、親のハイハイを見なくてもハイハイが出来るようになるのと同じだからな」
そういうもんなのか。
自然に出来るようになるという意味としては分かりやすい。何年も掛からないみたいだが、何カ月かかるのだろう? 赤ちゃんがどれくらいでハイハイが出来るかはよく知らないしな……
まぁそれは置いといて、ジャスレイさん、少し怖い見た目の割には安心する言葉を掛けてくれるのか。
「とは言っても、俺は神器の事は分からないけどな。どうなんだ? クロイツ」
「ああ、神器もおぎゃあでいけるぞ」
「だそうだ、平介。安心していいぞ」
なんだ、おぎゃあで例えるものなのか?
おっさん二人がおぎゃあおぎゃあ言うのは笑いそうになるんだけど……レェミュさん、くすりともしないな……
「ベルデンベアハルトさんはどれくらいで神器が使えるようになったんですか?」
「クロイツで構わない。俺の名前って長いだろ? だから、親しんで貰うのも含めて大体の人にはクロイツと呼んでもらっている」
「分かりました。クロイツさんって呼ばせて貰います」
「ああ、ありがとう。それで神器だけど声が聞こえてから大体一ヶ月ぐらいで出す事が出来たな」
「声……ですか」
俺の場合は襲われてから……いや、平子に絡まれてからか。
「声を聞いた事はないか? 何処からか突然聞こえて、空耳とは違い直接聞いているような、脳で無理やり声として認識させられているような、そんな声だ」
「は、はい。あります。……気持ち悪いあの声ですよね」
ふぅ、気を付けないと。
平子の事は隠さないといけないからな。万が一見つかって、あいつの凶暴さを恐れて仲間を辞められては困る。
ほんとあいつは問題児すぎる。
「それにしても香菜が遅いな。何かあったのか?」
「ええ、ちょっと大事な用がありまして……だけど、そんな時間は掛かりませんよ」
乙女としてはとても大事な用だろう。芸人でもあるまいし。
「そうか、家の用事とでもいったところか。それは仕方ないな」
「あの〜」
弱々しく香菜さんの声が襖の向こうから聞こえた。
しばらくしてもすぐ入ってこないなと思っていたら、そぉっと襖が開いた。
「すみません。遅くなってしまって……」
「いや、かま、うっ! ……か、構わないさ」
香菜さんの顔が真っ赤になっていく。
あの下衆フック……油性マジックを使ったのか……薄ら光って……いや、違う違う。薄ら『光』って文字が残ってんじゃんか。
帰ってきても少し涙目なのが見てて辛い。