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Luna/Blood  作者: 十立 章
一章 血統者の目覚め
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一章I 「最後の剣」

 いつものように港に向かう。これが俺の日課だ。

 ここはいつも静かで、船が港に沢山並んで止まっている。だけど、俺は船を見に来ているわけじゃない。

 飛行機だ。

 住んでいる家の近くから歩いて来れる距離で、暇を見つけてはこの近所の港に来ている。この港から見える飛行機は空港が近いのもあるし、大きな建物が殆どないからすごく写真に収めやすい。

 そう、今日も飛行機を取りに来たんだ……だけど。


 赤い髪、赤い眼をした綺麗な女の子がこっちに向かってくる。怖い表情でカツカツと音を鳴らして足早に近づいてきた。


 静かで平和が一番なんだが、穏やかな様子じゃない。

 俺……何かしたっけ?

 昨日はいなかったし、ここじゃ見慣れない顔だ。


「海に沈めていたらいいものを……サルベージするなんて。混乱を招くつもりか、それとも混乱を利用しようと……」


 ぼそぼそと何か呟いていたけど、英語? よく分からなかった。

 写真を撮られたかなんかで怒っていたのかと思ったがどうやら違うらしい。

 だけど、カメラで撮って映えるぐらい美人な外国人だった。

 怒ってるようだし、専門外だから撮るつもりはないけども。


「なんだあのデカイ石」

 つい口に出てしまうほど、港に着くと遠くても明らかに分かる大きな石が浮かんでいた。……というか岩みたいな物がクレーン船によって引き揚げられていた。

 近づいてよく見ると、少し亀裂のとこだろうか。赤く光る部分がある。

 あれはルビーか何かになるのだろうか? ああやって引っ張り揚げて作るとしたら、高くなるのは分かる気がする。

 原石を見つけ、拾い上げ、磨いて売り捌く。金持ちの商売だな。


 ん?


 あれ? 何だ……

 気持ち悪い……


 今、一瞬ふらっとした。なんだ……おかしい。


 どくどくと何か巡るような……心臓を打つ脈動を全身で感じる。あのデカくて、神秘的な石のせい……そんな訳ないか。

 収まってきたけど、少し熱い。


 ……それにしても、あのデカくて少し赤い石はなんか不思議な感じがする。所々赤く輝いているから神秘的に感じるのだろうか。

 飛行機じゃないけど、カメラに収めておいてもよさそうだ。


「あのカメラの少年、少し様子がおかしくなかったか?」

「はい、少し注意が必要ですね」

「だったら、早くこの石を持って帰るぞ。エミ、準備しておけ」

「はい、かしこまりました」


 今日は外国人によく会うみたいだ。クレーン船を見上げ、携帯で何かを話しながら作業をしている大きな外国人がいる。いつもはこんなに人に出会うことはないし、外国人だって見ない。港口に行けば人は沢山いるけど、一体ここで何をしているんだろう。


 見て分かるのはこの石を持って帰ろうとしているぐらいだが、わざわざここでしているのは少し変だ。

 と言っても、関わっても何か分かるわけでもないし、英語で喋られたら会話にもならないだろう。

 余計な詮索すら出来ないと思うけど、どうせ聞いたって不思議に「ふーん」となって終わりだ。なんかまだ気持ち悪い感じは残っているし、飛行機が撮れたら今日はすぐ帰るとしよう。




 学校の日になると流石に昨日のような気持ち悪さは治った。騒がしくても問題ない。治って良かったものの、そう……何故か学校に来るとなんだか騒がしい。昨日の事ではない事は分かるが、そもそもニュースになっている訳でもない。この騒ぎを友達に聞くとどうやら転校生が来るらしい。


 連想してしまう。


 昨日の赤い髪の外国人。


 見た感じはそんなに歳の離れた感じはしなかった。怒ってはいたけども、なんとなく気になってしまう。

 朝礼時間になり、先生が入って来ると朝礼の前にいつもと違う挨拶から始まった。どうやら転校生はうちのクラスに入ってくるらしい。


「では、転校生を紹介する。入りなさい」


 教室に入ってきた転校生はすごく緊張しているのが分かるぐらい不安な表情をしていた。

 顔をよく見ると、美人と言うより可愛い感じの容姿だ。整っているし、男にモテるだろう。髪は短く、ボブカットがよく似合う。


 黒髪のボブカット。


「武富千春といいます。……よろしくお願いします」


 赤い髪の外国人では無かった。期待していたのか? いや、強烈なインパクトがあったから、ふっと意識して結び付けてしまったんだろう。

 転校生は自己紹介を終えると一番後ろの席に座るよう先生に指示を受けている。教室から一旦外に出て、用意していた机と椅子を後ろの席に並べ座った。


 勿論俺の横ではない。


 というか俺の席はど真ん中だ。


 昨日も今日も、美人な外国人や可愛い転校生に縁がないようだ。それにしても女の子の事を考える日が続くのは、飛行機好きの俺からしたら珍しい。

 いつもと違う……のか。




「どうだ。あの少年の様子は」


 アシューは調べさせていたエミに問う。

 アシューはフォルデホルス家の当主であり、一族の悲願である月床石の力を手に入れる為、一族を束ね準備していた。

 幸運にも一族やメイドを含め、五人が神器の力に目覚めており、あと一つ神器の力を手に入れれば、月床石の力を手に入れられるところまできていた。

 最後の詰めを一族が拠点とする洋館の広いリビングで皆が集まり、作戦を練っていた。


「はい、アシュー様の言う通り少年の様子を監視していましたが、ルナの能力……ましてや神器に気付いた様子はありません」

 桃髪のメイドがアシューに答えを返した。


「なら、好機は今だな。明日、少年を上手くおびき寄せ神器を奪うとしよう。私は万が一に備え後方から戦況を観察し、指揮を執る。エミ、グラファ、ミッチストン、レティで少年から神器を奪うぞ」

「俺ら四人でやるんですね。相変わらず容赦しないですねぇ。カルメリアとラジェンダはお留守番させるんですか?」


 アシューの他にカルメリアやラジェンダがミッチストンを見る。いつも緊張感ある場でも軽いノリで話すので、妹のカルメリアは今日も溜息をついていた。


「いや、私と一緒に後方にいてもらう」

「うっは、俺たち総出で何も知らない少年を襲っちゃうわけですね。怖い怖い」

「ミッチストン、あまり神器を甘く見るな。我々フォルデホルス家が悲願を達成出来なかった事を忘れたのではあるまいな」

「……はい、仰る通りです。返り討ちに遭わないよう気を付けますよ」


 冷静というよりは冷徹さを身にまとうアシューの瞳にさすがのミッチストンも危険を感じた。

 前回、前々回と二回も戦いを続けてきた先祖たちから、成し得なかったことを聞かされ続けてきたのはミッチストンだけではない。一族の教えを今改めてミッチストンは思い出していた。


「皆も相手が何も知らないとはいえ、気を引き締めてあたれ。少年が窮地に陥れば、我々の知らない神器の能力が目覚め、命の危険に晒されるほどの逆襲に遭うかもしれない。くれぐれも気を抜かぬように」


「「「はっ」」」


「では明日、我がフォルデホルス家の悲願を叶えるとしよう」




 しつこいこいつらをどうしたらいいものか、早く家に帰してくれないものだろうか。


「そろそろ幽霊部員を止めにしないか? お前の実力なら練習なんて必要ないし……というかお前の力が必要なんだ! いい加減顔を出してくれよ」

「いや、ロクに練習してない奴の力を借りるのはどうなんだよ。恥ずかしくないのかよ」

「いや、お前が上手すぎるから仕方ないだろう? 先輩達に頼まれているんだ。そこを何とか! な?」


 バスケ部共々情けない。こうして事あるごとに中学時代の俺を知る健斗がこうやって頼みに来る。中学からの好みで最初は入部してしまったが、正直バスケは飽きてしまったんだ。どうせやるならのんびり自由にやりたい。部活でバスケはもういいんだよ。


「な、そんなことよりな、剣道部に入ろうぜ! あの転校生がウチを覗きに来たんだ。お前もあの子に興味あるだろう? 可愛いし。入ってくれないか?」

「いや、誘うなら入ってからにしろよ。部員が少ないからって下手な声のかけ方は止めてくれ。それに転校生の事は別に何とも思ってないからな」

「固いこと言わずに頼むぜ」

「転校生がお前を待っているぞ」


 どうやら人の話を聞く耳をこいつらは持っていないらしい。どうやって逃げたらいいものか……お、いいところに助っ人が来たではないか。


「おーい、昌彦。今から帰るのか? 一緒に帰ろうぜ」

「平介か? おう、分かった」


 よし、こっちに来た。後は……


「隆、あのな。実は昌彦が転校生に興味があるらしい。それにこの前、剣道に少し興味があると言っていたんだ。どうだ? 部員が少なくて困っているなら、あいつを誘ってみるのは」


「……そうだな。スポーツが出来るお前が来てくれるなら申し分ないのだが、今度の団体戦には欠員が出て人数が足らなくなってしまったからな。止むを得ないか」


 よし、上手くいったな。すまぬな、昌彦よ。


 さて、あとは健斗か……


「昌彦がこの前、健斗に憧れているって言っててな。バスケが上手くてカッコイイって言ってたんだ。それにお前、イケメンだし」


「なんだ、昌彦はホモなのか」


「いや、違う。落ち着いて俺の話を聞いてくれ。昌彦もモテたいんだってよ。あの転校生だけでいいからってな。だから、バスケが上手かったら自分もモテるんじゃないだろうか、そう思ったらしい。だから、お前が昌彦を誘ってやってくれないか」


「雑魚はいらねぇ」


 どうやら、こいつは屑らしい。人に頼むくせに人からの頼まれ事は突き放して断るみたいだ。

 まぁしかし、今のは全部俺がでっち上げた話だが。

 さて……どうしようか。ここはもう力づくでいくしかないだろう……ブランクはあるんだが、果たして勝ち目はあるだろうか。


「おい、健斗」


「なんだ? って、おわっ!」


 健斗の目の前でいきなり両手を叩いて驚かしてやった。と、同時に猛ダッシュ。教室を出ていく直後に健斗は俺が逃げたことに気付いたようだった。


「おい! 待て! 逃げるな」


 下駄箱までが勝負。今日は下駄箱のロッカーに荷物を置いていくのは無理だろう。靴を取って帰るまでに捕まらないようにしなければ。

 勝算はありそうだ。距離が縮まらない。

 中距離走を鍛える必要はないから、バスケ部に入って以来スピードは上がってないみたいだ。となると、下駄箱からいかに早く靴を取り出せるか。


 さあ、ここだ。


 錠を開け、靴を手に取る。くそっ! もう目の前にいる。履けそうにない!

 ーーだったら、もう諦めるか。


「よっしゃ! 捕まえた!」

 鍵を閉め、脱ぎかけた上靴をしっかり履きなおす。そして、健斗の手が俺の腕に触れた。


「くっそ、待て!」


 ーー間一髪。


 手を払い除け、捕まる前に上靴のまま走った。

 靴を持って、鞄を背負っているのはハンデになったが、校門までは捕まらず、健斗はそれ以上追うことはしなかった。


「よし! 逃げ切れた」


 割と部活に出なくても、体育だけで動けるには動けるみたいだ。でも、明日も来るかもしれないな。どうしたんもんか。

 そんな面倒な事を考えながら乗り込んだ電車が自宅の最寄り駅に着く。それなりの答えが出てから大して頭を使うようなことを考えず、家に向かっていたのに、別の事を考える必要が出来た。


 ーーなんか変だ。


 つけられているのか。


 さっき電車の中でちらりと見たような顔だ。それになんとなく、二人ぐらいいる。素人の俺でも分かるぐらい前と振り向けば後ろにもいる。


 前に大男。後ろに桃髪の女。


 前の男は時々歩くスピードを遅くしたり、交差点など道が分かれたら、片方の道を塞ぐように歩く。三方向に分かれてもその先に別の人間が居たりしていつも一本道のように自由に進めない。

 三人はいるのか……

 警察を呼ぶか……段々と人気がない所へ誘導されている気がする。目の前に大きな建物があるが、あそこは確か潰れたショッピングモールで人はいなくても、入る事は出来たはず。

 あそこはよく知っている。潰れたショッピングモールに逃げられれば撒けるかもしれない。

 ……いや、やっぱり警察を呼んだほうがいいな。

 携帯を見えないように取り出してみるか……


「ーーっ!」


 斧?


 まともに顔面にくらった!

 のか……? そんな気がするんだが……

 というか、ここは何処だ。なんで道のど真ん中で寝ているんだ?


「エミ、気をつけろ。どうやら月の加護はあるらしい」

「分かりました。神器が出てくるかもしれないのでグラファ様も気をつけて下さい」

「ああ、俺の神器の力を纏った斧をまともに受けて、平気だからな。何か無意識にしている事があるんだろう」


 なんか喋っているが構ってられない。

 早く逃げないと! 携帯は……


「あ……くそっ!」


 取り出そうとした携帯は道に落ちてしまい、気付くと同時に矢で射貫かれた。


 ーー今度は俺を狙うだろう。


 襲う敵の行動が頭を過ぎった瞬間、走り出していた。

 恐怖で足が竦まなくて良かった。何も良くはないけど。

 それにしても痛くない。

 ーー何か背中に当たっている気がするが、矢か? 痛みがない。弾き返しているのか?


 さっきの斧といい、矢といい。痛みがない。俺の体が固くなっているのか?

 いや……今はどうだっていい。携帯を失ったんだ。どうにかして逃げないと。今殺されようとしているんだ。斧や矢を当てられて無傷。ありえない状況に感覚が狂っているのか、やけに今は落ち着いている自分がいる。いきなり無茶苦茶の状況に頭が追いついていないだけかもしれない。

 不思議なぐらい冷静でこの状況に落ち着いていられるのが、自分にとっては救いだ。よく分からないが、傷を負わないからだろう。なんの特性なのか知らないが、奴らは傷を負わない体質について関係していると思う。


 だから、襲われた。


 でもあまりにも理不尽じゃないか? 何の説明もなしに。いや、こんな事に頭を使っている場合じゃない。どうやって逃げ切るか……まずはあの潰れたショッピングモールへ逃げ込もう。


「エミ、追いかけながら少しづつ矢を当てていけ。その内に月の加護も無くなるだろう」

「はい、かしこまりました」

「後は、レティとミッチストンが上手く先回りしてくれるだろう。俺たちはじっくりと追い込めばいい。……これじゃ、アシューの出番なく終わりそうだな」

「ええ、上手くいっていますしね。では、もう少し距離を詰めて加護を削ってきます」

「ああ、頼んだ」


 ーー少し休めただろうか。

 潰れたショッピングモールの中に逃げた後は上手く振り切ることが出来た。追っかけてきたのは大男と女だから、速さや体力的にも、そして地の利があったから、なんとか姿を隠すことが出来た。

 それにしてもどうしたらいいんだ。

 潰れる前からこの中の事は知っているとはいえ、向こうは何人かいるし捕まるのも時間の問題だろう。まずは公衆電話を見つけて警察を呼んで助けてもらおう。


 ……だけど、それで助かるのか?


 なんか、神器とか加護とか言っていたけど、普通の人間なのか? 訳の分からない事を言っていたが、俺も俺で斧で切られたり、矢を当てられたりしているのに、無傷だ。その事を知っている様子だった。

 一体何が起きているんだ。俺も……あいつらも……普通じゃないだろう。そんな相手を警察がどうにか出来るのだろうか……


「はーい、みーつけたぁ!」


 うわぁ! っべぇ!


 今度は鎌か! また、切られたけど、勝手に弾けて地面に刺さった。

 怪我は……ないな。


 くっそ、逃げないと。ああ、くそ。見つかるのが早すぎる。電話すら出来なかった。また、振り切らないといけないのか。


「ほらほら、ちゃんと逃げなよ。もうあんま加護を使えなくなるんだろうし、そろそろ殺されるよ」

 巻き毛の男が鎌を持って物騒な事を言って追いかけてくる。さっきの奴らより速い。くそ、逃げ切れるのか……今日は散々走ってばっかなのに。


 鎌を捨てたのか、手ぶらになった分少しスピードがあがった。ちょっとだけ距離が開きつつあったが、もうこれ以上離せない。縮まったり、離れたりを繰り返す。こんなに派手に足音を立てていてはいずれ他の敵に気付かれる。ここは俺たちしかいないから周りは静かだし、床は音が鳴りやすいし、足音がよく響く。


 本当にまずい。

 このままじゃ……


 くっそ! 前にも来やがった! 見つかってしまった。……この一本道じゃ簡単に避けきれない。ーーけど、相手の動きに合わせて上手くかわすしか……


 ああ! どうにでもなりやがれ!


 ……

 あれ?

 あの赤い髪は……

 目の前から走ってきた赤髪の少女はそのまま俺の横を過ぎ去って行った。

 今度は怒った顔じゃない。真剣な……必死な、覚悟を決めたような顔だった。


「逃げて!」

 茶髪男の鎌を槍で受け止めて、赤髪の少女は叫んだ。


 その槍を持つ手は微かに、震えているような気がした。

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