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A start-きっかけの事件-











「要ー、夕飯は?」



「腹減った…。」



「今、できますから!ちょっと待ってて下さいよ…。」



日曜日の夕方。



ソファと椅子にだらりと座った順司と陸斗に、要が言葉を返す。



右手にはおたま、左手には火傷防止のミトンをはめている。



料理中の要をチラと見て、陸斗はそういえば…と切り出す。




「あー?なんだ、陸斗。」



「要がこの事務所に来てから、もう十ヶ月も経ったんすよね…。」



「ああ…そういや、そんくらい経ったな。おてんばのガキと思ってたが…すっかり馴染んじまいやがってよ。」



順司は、ハハッと苦笑していた。




「ちょっと…私の話で何を笑っているんですか!」



台所から要のツッコミが飛んで来たが、順司と陸斗は二人で盛り上がっている。




「依頼品は、ばあさんの形見のオルゴールだったよな。」



「そうっしたね。しっかし…順司さん、一体依頼料はいくらくらいと考えんすか?まだ、要返しきてれてないってことは、相当…」



「初めて来た時かあ…。」



二人の雑談を聞きながら、要も懐かしそうに目を細めるのだった…。













十ヶ月前。




「どうしよう…?」



雪森 要は、今にも泣きそうな顔で床に座り込んでいた。




(机の引き出しも…タンスの中も…ベッドの下も…全部探した。だけど…無いんだ、やっぱり。)



「はあ…。」



深いため息が自然と漏れてくる。



と、その時。




「要…こんなに部屋を散らかしちゃって!…まだ探していたのね、おばあちゃんのオルゴール。」



不意にドアが開き、彼女の母親が入ってきた。




「お母さん…。」



「…無くなっちゃった物は仕方ないのよ。逆に言えば、オルゴールだけで済んだのは良かった方よ。」



「だけど…あれは、おばあちゃんの形見で私の宝物…」



「要!…泥棒が入ったのは、もう一週間も前よ。もし部屋にあるなら…とっくに見つかってるわ。諦めなさい。」



悲しそうに眉を下げている要に冷たく言い放つと、母親は部屋から出て行った。




「諦めが肝心なのかな…はあ。」



一人残された要はポツリと呟き、せめてもの気分転換に…と、テレビの電源を点ける。



テレビでは、女性アナウンサーがあるニュースを放送していた。




『…ご覧の通り、萌芽美術館は例年に無い賑わいを見せております。』



萌芽美術館に新しい展示品が並べられて、大人気だというものだった。



画面には、その名前の通り、萌芽のような形の屋根をした美術館と大勢の客が映っている。




「萌芽美術館に新しい展示…か。一体何…」



『その新しい展示品ですが、かなりの年代物のオルゴールだとか。館長さんにインタビューしてみましょう。館長の古谷さーん!』



要の質問に答えたかのようなタイミングで、アナウンサーが言った。




『はい、何ですか?』



『このオルゴール…三億円の価値があるとお聞きしましたが、どこで見つけられたんですか?』



「………あー!あのオルゴール…まさか…!?」



アナウンサーが手にしているオルゴールを指差して、要は思わず叫んでしまった。



それは、小さなオレンジ色の屋根の家の中で二人の少女が手を繋ぎ合っているというものだった。



館長がネジを回すと、アメージンググレイスがゆっくりと流れ始める。




(間違いない…おばあちゃんのオルゴールだ!でも、なんで美術館に…?)



『…うなんですよ。質屋で安く売られているのを買い取って、学者に調べてもらったというわけです。』



要の気持ちを全く知る由もない館長は、得意げにコメントしていた。




「質屋…?それも安く売られていた?」



要はテレビを消し、すくっと立ち上がる。



そして、




「…ふざけないでよ!!」



ドカッと音がほど思い切り、ビニールのサンドバッグを蹴り飛ばしたのだった…。



アナウンサーが手にしているオルゴールを指差して、要は思わず叫んでしまった。



それは、小さなオレンジ色の屋根の家の中で二人の少女が手を繋ぎ合っているというものだった。



館長がネジを回すと、アメージンググレイスがゆっくりと流れ始める。




(間違いない…おばあちゃんのオルゴールだ!でも、なんで美術館に…?)



『…うなんですよ。質屋で安く売られているのを買い取って、学者に調べてもらったというわけです。』



要の気持ちを全く知る由もない館長は、得意げにコメントしていた。




「質屋…?それも安く売られていた?」



要はテレビを消し、すくっと立ち上がる。



そして、




「…ふざけないでよ!!」



ドカッと音がするほど思い切り、ビニールのサンドバッグを蹴り飛ばしたのだった…。













同日、午後三時。



とある建物の前に要は立っていた。




(ここが…“刻の事務所”か。)



ふらふら街を歩いていたら見つけた看板に書かれていた住所。


それが“刻の事務所”…日本に一つしかない探し屋の事務所だった。



こぢんまりとした事務所で、ドアの上に名前が書かれている以外は、目立った宣伝はされていない。




(なんか廃れてるなあ…。そもそも…なんで、“刻の事務所”なんだろう?“探し屋の事務所”でいいじゃんか。)



様々な想いを抱きつつも、要はチャイムを押した。



ピンポーンという単調なリズムが響く。



………返事も物音も聞こえない。




(留守…なのかな?)



要は首を傾げつつ、すみませーんと声をかけた。



………やはり、返事は無い。



ドアをそっと触ってみると、鍵はかかっていないようでキイ…と軋む音がした。




(不用心だなあ…なんだか不安になってきたんだけど。)



そんな想いを胸の内にしまいながら、要はゆっくりとドアを開けた。



すると、




「若くて美しいレイディ。ようこそ、刻-とき-の事務所へ。」



「き…きゃあああ!?」



目の前に、青年の顔があり要は思わずへたり込んだ。




「人の顔見て…いきなり悲鳴上げることは無えだろ。」



青年は、クセ毛だらけの緑色の髪をかきながら、呆れたように言った。


瞳は、透き通った茶色だ。




「あ…えっ…ご、ごめんなさい。」



「………ま、別にいいけど。ほら、手出しな。」



要は、ありがとうと礼を言いながら青年の手に掴まって立ち上がった。




「陸斗ー!依頼人…女の子だったか?」



青年は陸斗という名前らしい。



彼は、事務所の奥から聞こえた声に、そうっすよーと答えながら、要を応接室へと案内した。




応接室の椅子にちょこんと座った要は、キョロキョロと部屋を見回していた。



シャンデリアに、ふかふかの社長イス…檜の香りがする本棚に、ピカピカの床…。


事務所というより、カフェに近い装飾である。




要の前のソファには、先ほどの青年とタバコを口にくわえた男性が座っていた。




「ほう…依頼人はかわいいお嬢ちゃんか。仕事が終わったら、美味しいコーヒーでも一杯飲みに行くかい?」



開口一番、陸斗の隣に座っていた男性はナンパ口調で言った。



ボサボサの黒髪と紫色の瞳が特徴的で、口調の割には若く見えた。


恐らく、三十代前後であろう。




「えっ…まだ依頼内容すら話してないんですけど…」



「ん…順司さんと行くのに気が乗らないなら、俺とイタリアンレストランでも行く?」



悪乗りしているのか本気なのか、陸斗もにこっと笑って誘いかけた。



要は、二人の軽薄な態度にムッとする。




「私…あなた達みたいなナンパ男、大嫌いなんです!真面目に聞いて下さい!!」



ガバッと立ち上がり、二人に向かって右足を振り上げる要。




「うおっと。」



順司というらしい男性は、パシッ…と左手で器用に蹴りを受け止めた。




「…気に入ったぜ、嬢ちゃん。」



「きゃっ!?」



急に足から手を離され、要は順司に倒れかかる。




「依頼料はタダにしてやる。そん代わり…この事務所で働きな。」



順司は、要の体を引き寄せてそう耳打ちした。




「えっ…!?」



「ま、それが嫌なら、現金でも俺は構わないがな。」



イスに無理矢理座り直させられ、要はぽかんとしていた。




「………?順司さん、何を話したんすか?」



「なあに…依頼料の相談をしただけだ。」



「ふうん…俺に秘密にするほど、高額の依頼料なんすね。」



陸斗は怪訝そうな顔をしていたが、それ以上は順司に追及しなかった。




「…さて、本題に入るとすっか。嬢ちゃん…依頼内容を話してみな。」



「あっ…は、はい!」



ぼうっとしていた要は、順司の一言で我に返り、話し始めた。




「探してほしいものは…おばあちゃんのオルゴールなんです。正確に言うと…取り返してほしいものは、なんですけど。」



「…俺達、探偵でも警察でも無えんだけど。」



「うっ…で、でも!プロの探し屋なんですよね…?だったら、美術館からオルゴールを取り返すぐらい簡単なんじゃ…」



「だから、取り返すのは俺達の仕事じゃないって言ってんの。場所がわかるなら、自分で取り返せばいいじゃんか。」



必死な要と反対に、陸斗の態度はかなり投げやりだった。


あくまでも、“探しものを見つける”という仕事しかしたくないようである。




「…ちょいと待ちな、嬢ちゃん。美術館から取り返す…それはどういう意味だ?館長に取り上げられちまったのか?」



順司はタバコを灰皿に突っ込みながら、眉を潜めて尋ねる。




「盗まれちゃったんですよ!犯人の姿は見てないし、私のものだっていう証明もできないけど…テレビに出てたんです…。おばあちゃんがプレゼントしてくれたものにそっくりなオルゴールが、萌芽美術館の新しい展示品として…。」



「萌芽美術館ねえ…。…そういうことなら、探しものじゃなくても依頼として受けてやるよ。」



「へっ?」



美術館の名前を聞いて、急に了解した陸斗の態度に要は拍子抜けしてしまった。




「なんで急に…?」



「…実は、二日前にも萌芽美術館で探しものをする依頼を受けてな。ついで…で良けりゃ受けてやるって、陸斗はそう言いたいんだろう。」



順司が代弁して答えた。



「ついでって…」



「嫌なら、断る。自分で取り返せばいいだろ。」



「わ…わかりましたよ!ついででも何でも構わないから、オルゴールを取り返して下さい!」



要が承知したことを見届け、陸斗はニヤッとほくそ笑んだ。












同日二十一時、萌芽美術館裏口前。



空は灰色の雲に覆われ、フクロウの鳴き声だけが響いている。



美術館から漏れる光に照らされ、茂みに三人の人物の姿を確認できる。




「…なんで、依頼人のあんたまで付いてくるんだよ?」



「あなた達二人ともやる気なさげで心配だからです!今更だけど、自分で行った方が早いと思ったし…。」



「まあ、いいじゃねえか、陸斗。人数は多いに越したことは無えよ。」



陸斗、要、順司の三人である。




「ん…まあ、順司さんがそう言うなら構わないっすけど。」



「自分の身を自分で守れる自信があるだろうから、付いてきたんだろうからな。」



そう言って、不適な笑みを浮かべる順司。



要は、見下されているような気持ちになって、ムッと口を尖らせた。




「もちろんですよ。私のことは守ってもらわなくていいですから!」



「…ふうん、度胸だけはあるみてえだな、あんた。」



「“だけ”は余計ですよ!…それはともかく、どうやって潜入する気ですか?手薄とはいえ、警備員がしっかり見張ってるのに…。」



要の質問に、正面突破するに決まってんだろと陸斗が返す。




「正面突破って…本気なんですか!?」



「ん…もちろん。早速始めていいっすか、順司さん?」



「おう…いつでもいいぜ、陸斗。」



順司の同意を受けた陸斗は、ポケットから小さな砂時計を一つ取り出す。



そして、




「時の守護者マテリエルよ…我に力を貸さんことを!」



呪文のように呟いて、砂時計をクルッとひっくり返す。



その瞬間、辺りの騒音がピタリと止み、裏口ドアに立っている警備員も人形のように身動きしなくなった。




「こ、これは、一体…?」



要は左手を口に当て、信じられないというように目を丸くしていた。




「時間を止めたんだよ…三分間だけな。ぼやっとしてないで、潜入するぜ。」



「いや、そんな…まさか!だって、漫画じゃあるまいし、人間がそんなことできるわけ…」



「三分間だって言ったろ?質問は後から受けるから、早くしろよ!」



「あ、ちょっと…押さないでよー!」



陸斗は要の訴えを無視し、無理矢理彼女の手を引いて走り出した。



中の電気はまだ点いているとはいえ、外は真っ暗だ。



夜の美術館は、なんともいえないほど異様な空気を醸し出している。



閉館時間ちょうどであるため、中には客や警備員の姿は見えなかった。




「明るいけど…彫像とかは目が光ってて不気味だよね…。」



要は口元をひきつらせながら、ぽつりと呟いた。




「ん…別に。」



「そんなこたぁ、二の次だぜ、嬢ちゃん。それより…お前さんの大事なオルゴールとやらを探さねえと。」



陸斗と順司は依頼されたことにしか興味が無いようで、淡々と言葉を返す。




「うう…見かけはそうでもないけど、さすがプロの探し屋…。動じてないし、堂々としてるよ…。」



「あんたこそ何をそんなに怖がってんだよ?彫像は動いたりしねえし、真っ暗ってわけでもねえのに。」



「わかってますけど…時間止めて正面突破してる非現実的な状況があるので、有り得ないことでも普通に起こりそうで。」



「非現実的?…どこがだよ?」



「…だから!今、言ったじゃないですかって…あっ!」



突っ込みを入れようとした要の瞳に、何かが映った。




「ん?どうしたよ、嬢ちゃん?」



「あれ…私のオルゴールです!」



「………ほう。あれか。」



タバコの煙をスパーと吐きながら、順司も要が指差す方向に視線を写す。



四角いガラスのショーケースの中に、二人の少女が手を繋ぎ合ったオルゴールが入れられていた。



下には赤いクッションのようなものが敷かれ、ケースには小さな鍵穴がついている。


…貴重な展示品だけあって、とても丁重に扱われていることが一目で分かる。




「…って、こんな時に何やってるんですか!第一、こういう場所は禁煙ですよ!!」



「さすがにオルゴールは、灰皿にはならねえよな…。」



「な…何、変なこと言ってるんですか!!…とにかく、早くオルゴールを取り出さないと!」



あらかたのツッコミを終え、要はショーケースにタッと駆け寄る。



そして、力任せにケースのドアを引っ張る。




「うーん!やあっ!とりゃ!…ダメかあ。」



「あんたこそ何やってんだよ…。」



陸斗が冷めた瞳を向け呆れ気味に言った。




「鍵が無いから仕方ないじゃないですか!早くしないと三分経っちゃうし…。」



「鍵ならここにあるぞ。俺と陸斗が探してた物もな。」



「えっ…」



「あっ…」



順司の右手に携えられた鍵と“探しもの”を見つめ、要と陸斗は目を丸くしていた。



「な…なんで八代内さんが鍵を…?ここ、セキュリティ抜群でそんなに簡単に持って来れるわけないのに!それに、保管場所だってわからないんじゃ…」



「読心術って知ってっか、お嬢ちゃん?」



「ど、読心術…?それくらい、知ってますよ!」



順司の唐突な質問に、やや混乱気味に要は答える。




「つまり…そういうこった。説明は後回しだ。」



「何が“つまり”なんですか!気になるじゃないですか…。」



「…わかんねえ奴だな、あんた。説明してる時間は無えって言っただろうが。」



順司はやや投げやりに言葉を返し、オルゴールが入ったガラスケースに歩み寄る。



そして、カチャカチャと鍵穴を鍵でいじり始めた。




「順司さん…手に持ってるのは本当に“あれ”なんっすか?」



陸斗が順司に近づき、彼が携えた物に視線を向けて尋ねる。




「ああ…まず間違いないだろうよ。金庫から取って来たからな。」



「金庫から…?会話に入らなかったほんの二十秒ほどで、ですか!?」



「金庫の在処さえわかりゃ、あとは開けるだけ…それだけの時間があれば十分だ。…っと、開いたぜ、お嬢ちゃん。」



カチャリ…と、鍵の開く音が要の耳にも聞こえてきた。



順司は、開いたガラスケースの中からオルゴールを取り出し、要に手渡す。




「ほらよ、お嬢ちゃんの大事なもんだろ?」



「あ…ありがとうございます!」



「それから…“こいつ”は陸斗が持っててくれ。」



続いて、順司は陸斗に二人の“探しもの”を渡す。




「ん…預っときま…」



「そこまでだ、こそ泥達め!」



陸斗の返事を遮り、三人以外の誰かが言った。

振り返った要達の目に映ったのは、二人のガードマン…美術館裏口に立っていた者達だった。



明かりはあるというのに、雰囲気を出すためか、手に携えた懐中電灯の光を三人に向けている。




「手を上げて大人しくしていろ!さもなければ…」



「ま…待って下さい!これはその…私は…自分のオルゴールを返してもらいに来ただけなんです!」



要は両手を前に出して左右に振りながら訴えるが、ガードマンは聞く気はないようだ。




「話は署の警察官が聞いてくれるだろう!いいから大人しく…」



「な、何事ですか、これは!」



「あ…館長!」



館長と呼ばれた男性は、表口のドアから駆け足で入って来た。



「館長…泥棒です!我々の警備のスキをついて、あの三人がオルゴールを!」



「な、何ですと…!?」



警備員の報告に、館長は一大事といわないばかりに目を丸くして驚いた。




「おうおう…親玉のお出ましってわけか。」



「だ、だから、禁煙ですってば!!」



二本目のタバコの煙を吐きながらニヤリと笑う順司に、要が大声で注意する。




「そのオルゴールを返しなさい!さもなければ…痛い目に合いますよ!」



「…このデータは、要らねえの?」



「そ…それも返しなさい!!警備員…小癪な彼らに目にもの見せてやりなさい!!」



陸斗がピラッと見せた紙を見て、館長は逆上したようにわめいた。




「了解しました、館長!!」



「覚悟しろ!!」



命令を受け、二人の警備員が警棒を振り上げてワッ…と三人に襲いかかる。




「はあっ!!」



二人の警備員の内、一人は陸斗に向かっていった。



細長い警棒が陸斗の頭に直撃…




「ふうん…一般人にしちゃ、なかなかやるじゃん。」



「なっ…!?」



…しなかった。



陸斗が懐から出した木の棒に、弾き返されたのである。



警棒は床に落ち、カランカランという乾いた音を立てた。




「弾いただと…!?」



「…でも、速さが足りねえな。とうっ!」



「があっ!!」



陸斗の強烈な一撃が、警備員の鳩尾を突く。



警備員はフラフラと三歩ほどよろめくと、そのままドッと床に倒れた。




「…つまんねえの。」



「わっ!?」



「おっと!」



陸斗の呟きとほぼ同時に、要と順司が驚いたような声を上げた。



二人が直前まで立っていた場所の真中の床を、もう一人の警備員の警棒が叩いていたのだ。




「あ、危ないじゃないですか!警備員が一般市民に暴力振るっていいと…」



「こそ泥は一般市民ではない!!」



「やっ!?」



要の訴えを最後まで聞かずに、ベテランの警備員は警棒を激しくもう一度振り下ろす。



足元を打たれ、要はドテッと床に尻餅をついた。




「痛たっ…。」



「女性を傷つけたくはないが…観念しな、お嬢ちゃん!」



勝ち誇った顔をした警備員が警棒を振り下ろしたその時。



パーンと銃声が響いた。




「うあっ!?」



直後に、警備員は左足を押さえて座り込んだ。



膝の部分に、丸く焦げたような跡がついている。




「や、八代内さん!?」



「嬢ちゃんは嬢ちゃんでも、その子は依頼人だからな。手は出させねえぜ。」



順司は硝煙を上げる銃の銃口を天井に向け、ふっとその煙を吹く。




「き、君達…わかっているのか!不法侵入に…盗難…銃刀法違反ですぞ!」



館長は完全に腰が引けていたが、精一杯の大声で三人に言った。



陸斗は、面倒くさそうに顔だけそちらに向ける。




「…だから、何だよ?」



「わ、私が通報すれば…君達は一生牢屋の中ですぞ!わ、わかったら、大人しく手を上げて…」



「あんたこそわかってんのかよ?俺がこのデータを持ってる限り、あんたも牢屋行きだってこと。なんたって…この美術館は盗品で成り立ってる証拠なんだからな。」



「うぐっ…!」



痛い所を突かれたというように、館長は押し黙る。




「今の話…本当なんですか?」



「おう、本当だ。俺と陸斗は、他の依頼人からその証拠を探すよう頼まれていたからな。しかも…だ。その依頼人は、警察関係者だぜ?」



要と順司の会話を聞き、見る見る内に館長の顔が青くなっていく。




「き、君達!取引しようじゃないか!君達のことは見逃そう…代わりに、そのデータを置いていってくれないだろうか?わ、悪くはない条件だろう?」



「ん…順司さん次第で。」



陸斗の視線が順司に移る。



順司の視線も陸斗に移り、二人の視線がピタリと合った。




(今だ…!)



館長は、隙ありとばかりに展示品の中から手裏剣を取り出し、ヒュヒュッと投げつける。




「あ…八代内さん!溌さん!危ない!!」



「うおっと…!」



「んっ…!?」



間一髪。



要の叫びで館長の行動に気付いた二人は、ひょいとそれぞれ左右に手裏剣を避けた。




「やってくれんじゃねえか…。」



「交渉決裂だな…こりゃ。」



チャッ…ジャキ…。




「ひっ…!」



銃を構えた順司と、棒を胸の前に構えた陸斗を見て、館長は後ずさる。




「たああっ!」



「はっ!!」



「ひあああっ!?」



銃声と鈍い叩音、そして館長の悲鳴が響き…やがてそれはすぐに消えた。












翌日、午前九時三十分、刻の事務所応接室にて。




「一日ぶりだな、お嬢ちゃん。」



順司は、ブラックコーヒーをすすりながら話しかけた。




「そうですね…八代内さん、溌さん。」



膝に両手を置いて、要は二人の名を呼ぶ。



陸斗は特に興味が無いのか、ソファによたれかかって雑誌を読んでいた。




「それで…どうするか決めたのか、お嬢ちゃん?」



「お嬢ちゃんは止めて下さいよ!私には…要って名前があるんですから。」



「それがお嬢ちゃんの答えってわけだな。…刻の事務所にようこそ、要。歓迎するぜ。」



要の返答に、順司は満足げにニッと笑って言った。




「…今回の報酬は、じゃじゃ馬娘っと。」



誰にも聞こえないような小さな小さな声で陸斗が呟いた。










-続く-

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