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Absence-留守番組の一日-








ガタンゴトン…ガタンゴトン…と、電車の稼働音が一定のリズムを刻んでいる。



陸斗は、手に取った缶コーヒーを一気にぐっと飲み干し、ぷはっと息を吐き出した。




「…電車内での缶コーヒーは特別っすね、順司さん。」



「全くだ。風呂上がりの牛乳並に旨い。」



同じく缶コーヒーを飲みながら、順司が言葉を返す。




窓から見える景色は、正に田舎の定番とも言える光景。


一面の水田と長く連なった山である。




「ん…順司さんと二人で旅行するのも半年ぶりっすね。いつも通り、温泉旅行っすか?」



「いや…今回は、神社巡りだ。最近、宝くじの当選率が低くなってきたからな。神頼みをしようかと考えた。」



「神社巡り…。」



陸斗は言葉を繰り返し、ぼうっと外を眺めた。



空は青く澄み渡り、風は微かに水田の稲を揺らす。



いつになく風流な気持ちになって、鼻歌を歌いたくなる朝だった………。














「『陸斗と二人で旅行に行って来る。留守番頼む』…って、また置いてきぼりなんだ…。」



リビングのガラステーブルの上にあるメモを読んで、要はため息混じりに言った。



今朝は妙に静かで、薄々こんなことだろうとは気付いていた。



しかし、次こそは自分も連れて行ってもらえるだろうと思っていただけに、要のショックは相当大きかった。




(私は今回も留守番なんだね…。まあ…嘆いてても仕方ないけど。)



「今日は…要だけなのか?」



「わっ!?」



不意に近くから声をかけられ、驚くあまりに要はドタッと尻餅をついた。




「痛たた…。」



「す、すまない…。大丈夫か?」



謝りながら手を差し伸べてきたのは、漣だった。



申し訳なさそうに眉を下げ、要を見つめている。




「あ、ありがとう…。」



要は漣の手に掴まり、よいしょと腰を上げた。




「本当に…すまない。何度もチャイムを押したのだが…応答が無く、けれど声はするものだから、勝手に入って来てしまった。万が一、強盗などであったら倒した方がいいかと思ったゆえ。」



「こっちこそ…ごめんね。考え事してたから、チャイムの音聞こえなかったんだ。」



「まあ…無事なら構わない。それより…先ほど訊いたが…八代内オーナーと溌は?」



不思議そうに辺りを見回す漣に、これ…と要はメモを見せた。



「………自由な二人だな。」



漣は呆れたような顔をして、素直な感想を述べた。




「昔っからこうなんだよね…、順司さんと陸斗って。」



「昔…?そんなに長く一緒に居るのか?」



「うーん…長くはないんだけど。私がこの事務所に来た時からって言うのが正しかったかな。」



要は左手人差し指をを顎の下に当て、思い出すように言った。




「そういえば…要は何がきっかけで、いつからここで働いているんだ?」



ふと思い立って、漣が尋ねる。




「今から数えて…十ヶ月前になるかな。最初は…ただ、依頼に来ただけだったんだ。だけど…まあ…いろいろあって、ここで働くことにしたんだ。」



「いろいろあって…か。差し支えなければ…聞かせてもらえないか?」



「えっ?」



要は面食らったように目を見開いていたが、やがて…いいよと快く承諾した。




「とりあえず座ろうよ、漣君。立ち話はきついから。」



「ああ…それもそうだよな。」



要に促され、漣はソファにゆっくりと腰掛けた。



彼の右隣に要も座る。




「テレビは消しとくね。」



要はリモコンを使って、テレビの電源をピッ…と切った。




「さて…と。なんだか緊張する…。私がここに来たばかりのことを誰かに話すのは初めてだから。」



(自分は違う意味で少し緊張しているが…。)



漣は要の顔を横目で見つめながら思った。


二人の距離は、髪が触れ合ってしまうぐらいの近さだった。


漣の頬が仄かに赤みを帯びる。




「私が陸斗とオーナーに依頼した物は…オルゴールなんだ。おばあちゃんの形見で、大事にしていたんだけど…盗まれちゃって。」



「盗まれた…?」



「うん…。私の家に泥棒が入って…。なぜかそのオルゴールだけ盗まれちゃったの。お金は全然取られてなかったのに…だよ?」



「それは…奇妙だな。」



漣は両腕を組んで、首を傾げた。




「…だよね?犯人は全く見当もつかなかったし、近所の人の目撃情報も無くて…仕方ないって諦めかけてた。だけど、事件は思わぬところから、解決の糸口が見つかったのだ!」



要は目を輝かせて、ミステリー番組のアナウンサーのように言った。




「思わぬところ…?」



「…そう。あれは…泥棒が入って一週間が経った頃。私のオルゴールがテレビに出ていたの。とある美術館の新しい目玉として!」



「………!」



漣は目をパチパチと瞬いて、驚きを示した。



「…驚いた?私もその番組を見た時は思わず叫んじゃったよ。」



「ああ、それは驚くな。つまり…美術館の関係者が犯人だったということか?」



「うん。今の漣君と同じことを考えた私は、場所がわかってるなら取り返さなくちゃって思ったの。だけど、一人じゃ危険だし不可能に近かった。そんな時、町を歩いてたらたまたまここの看板が目について、それで陸斗とオーナーの二人に依頼したんだよ。」



要は、二人ともあの頃から全く変わってないんだよと苦笑した。




「…なるほど。」



「事務所に入った途端、二人からのナンパ攻撃だよ?こっちは真剣なのに…って頭に来ちゃったから、足蹴を食らわしておいたの。そうしたら…なんか気に入られちゃって。」



「………?」



漣は、話の流れを飲み込めなかったようで、不思議そうな顔をした。




「私にもよくわからないんだ。『依頼料はタダにしてやる。代わりにここで働け。』って一方的にオーナーに言われたんだよ。どうしようかって迷ってたら、『仕事が終わってから答えを聞かせろ。』って補足されたよ。」



「それで…八代内オーナーと溌は、要の依頼をこなし、まんまと要を探し屋に引き込んだのか。…強引なやり口だな。」



「うん、まったくだよ!でも…探し屋になれて良かったなって今では思ってるよ。あっ…オーナーと陸斗には内緒ね。」



要は、右手人差し指を鼻の前に立ていたずらっ子っぽく言った。




「あ、ああ…もちろんだ。二人の…秘密ってことだな。」



漣は照れたようにうつむいて言葉を返した。




「うん!その時の二人の活躍は、また今度話すね。依頼が来たみたいだから。」



要はそう言って、ソファからスッと立ち上がった。



玄関のチャイムが、もう三回も鳴っていたからだ。




「私、出て来るね。」



漣が、ああと頷いたのを確認して、要は玄関へと駆けていく。



そして、ゆっくりとドアを開ける。




「すみません、お待たせして…。ご依頼ですね、中へどうぞ。」



依頼人より先に会話を切り出し、要は応接室へと案内する。




(自分も行くか。)



廊下を歩いていく二人の姿を見ながら、漣も応接室へ急いだ。



要と漣の前の椅子に腰を下ろしたのは、栗色の髪を後頭部でおだんごヘアにした女性だった。



「初めまして。私の名前は有那田 可奈美(ありなた かなみ)。モダンクイーンというファッション会社で、コーディネーターとして働いているんだ。あ、これ…名刺ね。」



依頼人…可奈美は、名刺を差し出しながら気さくに言った。




「モダンクイーンって…あの有名なファッション会社のですか!?」



「まあ、有名といえば有名だね。」



「ファッション会社…か。」



興奮気味な要とは反対に、漣はあまり興味が無いようで名刺もチラッと見ただけだった。




「あっ…私は雪森 要です。それから彼が…」



「鬼怒川 漣。」



漣はぶっきらぼうに挨拶をした。




「へえ…若いのに、凄腕の探し屋なんてやるね、君達。」



「本当はあと二人居るんですけど…、ちょっと旅行に行っちゃってて…すみません。」



「謝らなくていいよ。依頼さえこなしてくれるなら、人数や年なんて関係ないしさ。」



可奈美は、苦笑しながらフォローするように言った。




「それで依頼なんだけど…」



「は、はい。」



「探してほしいのは、今度のファッションショーで使うドレスさ。」



可奈美は、依頼の説明と共に一枚の写真をテーブルの上に置いた。



フリルだらけでピンク色の派手なドレスだった。




「ファッションショー…?失礼ですが、これを着るモデルの名前は?」



「菜花 明日香(なばな あすか)さんだよ。若者向けファッション雑誌ルルモの専属モデル。」



「な、菜花明日香さん!?本当ですか!?」



要は目をキラキラ輝かせて、声を張り上げた。



(ファッション雑誌…。少し残念だが、会話に入れないな。)



そう思った漣は、黙って二人の会話を聞いている。




「本当だよ。ルルモ…読んでるの?」



「はい!毎月欠かさず読んでますよ!それに…菜花明日香さんのファッション、私も参考にしてるんです!」



「そうなんだ。今回の依頼人は、私じゃなくて…明日香さんなんだ。」



可奈美は、にっこり笑って言った。



明日香のファンが目の前に居ることが、自分のことのように嬉しいようだ。




「…探すって、単に無くしただけなのか、盗まれたのか?」



自問自答するように、漣が言った。




「たぶん…盗まれたんだよ。あんな大事にしていたドレスを無くすわけないからさ。」



「盗まれた…って、盗難事件じゃないですか!警察には知らせたんですか?」



要の問いにダメだったよと、可奈美が首を振る。



「ダメだったって…」



「連続傷害事件。ほら、まだ犯人見つかってないだろ?あれの捜査で忙しいって、取り合ってもらえなかった。ま、警察なんて、最初から当てにしてないけどね。」



「それで…ここに依頼しに来たのか。」



漣が確認するように、一人呟いた。




「そう。ここなら絶対に安心だって、とある筋から聞いてね。…そういうわけだから、早速来てもらっていいかな?」



可奈美が訊いて、




「はい、いいですよ。」



「…構わないが。」



要と漣は快くそれを受けた。



それから、可奈美の車で三人はモダンクイーンへと向かったのだった…。








チャリンと音を立て、五円玉は賽銭箱の中へ落ちていった。




「………。」



それを見届け、順司は無言で両手を合わせ祈る。




「順司さん…五円玉じゃ安すぎるんじゃないっすか?」



自分は五十円玉を賽銭箱に投げながら、陸斗が今更の質問をする。




「………。」



「…順司さん?」



「腹…減ったな。」



順司は陸斗の質問には答えず、ぽつりと呟いた。




「…話、聞いてたっすか?」



「ああ…五円玉がなんだ?」



「いや…そうっすね。腹減りましたね。」



陸斗は特に怒る様子も無く、順司と話を合わせる。



自分自身もマイペースなので、怒ったところで全く説得力が無いということを、陸斗はよく理解していたのだった。




「飯にするか。ラーメンとうどん、どっちにするか?」



「二択なんっすか。俺…焼きそばが食べたいんすけど。」



「なら、焼きそばでいいか。」



他愛ない話をぽつぽつとしながら、順司と陸斗は焼きそば屋を探し歩いていくのだった。








ファッション会社、モダンクイーンにて。




「依頼を受けていただいて、本当に感謝しています。」



明日香は、優しげな微笑を浮かべ一礼した。



茶色い髪を高く結い上げ、青いカラーコンタクトを入れた瞳は魅惑的に輝いている。



ファッションモデルというだけあって、要がぼうっと見とれてしまうほど抜群の着こなしである。




「い、いえ!こ、こちらこそ、依頼していただき感謝しています!」



要は緊張しすぎて、体はカチカチに固まり、声は少々裏返ってしまった。




(大丈夫なのか…要?)



漣は心配そうにそんな彼女を見つめている。



「可奈美さんから聞いたかと思いますが、依頼品はドレスです。あなた方も忙しくて大変でしょうが、どうか明後日のショーまでに探して来ていただきたいのです。」



「は、はい!ぜ、全力を尽くして探してみせます!」



「…頑張るのもいいけど、リラックスした方がいいよ。働く前に疲れるからさ。」



可奈美に突っ込まれ、要は恥ずかしそうにうつむいて押し黙った。




「探すのは構わないんだが、大体の心当たりが無ければ…」



「心当たりならあります。」



漣の視線と、姿勢を正し真剣な目つきをした明日香の視線がピタリと合う。




「私の最有力ライバル候補と言われる鹿子 鈴那(かのこ すずな)さんという方が居ます。先月のショーで、彼女と少々トラブルを起こしてしまって…もしかしたら、私のことを恨んでいるかもしれません。」



「トラブル…?」



「…はい。故意ではないとはいえ、彼女の出演するはずだった番組に私が代役として出演してしまったのです。彼女…前日に顔にケガを負ってしまって…。モデルは、顔が命ですからケガをした顔のまま出演することはできなかったのです。」


漣は、腕組みをしてふーむと考え込むように、息を吐いた。




「それが、鹿子の勝手な勘違いなんだよ。明日香さんは関係無いのにさ…”事故を仕組んだ張本人は明日香だ”なんて、吹聴して…いい迷惑だよ!」



可奈美はその時の悔しさを思い出したようで、両手でバンッと激しく机を叩いた。



紙コップの中のスポーツ飲料が、ピチャと音を立て、机に数滴の滴を落とす。




「うーん…それだけで、鹿子さんが盗んだと決めつけるには…」



「鹿子が盗んだに決まってるよ!急に壊し屋を雇ったなんて噂もあるしさ!」



「壊し屋?…って、やっぱり…」



「…あいつらだろうな。」



要と漣は困ったように眉を下げて、顔を見合わせる。




「私も同じモデル仲間を疑いたくないんですけれど…他には心当たりは無いことですし…無くしたとも考えられないので。成功報酬は…二人分で20万円お支払いします。」



「絶対に…成功させてみせます!」



明日香の悲しそうな顔を見て安心させる言葉だが、報酬にもちょっと釣られたというのが本心な要だった。










午後16時02分、ファッション会社セレブティマダムス。



鹿子の部屋には、三人の客人が高級そうなソファーに座っていた。



「…もう一度聞くけどさぁ、あたい達にこんなつまらないことさせる気かい、あんた?」



ソファの右端に座っていたゴスロリ服の女性が口元をひきつらせて尋ねる。




「羅美亜…慎みなさい。これも立派な依頼ですよ。」



左端に座っているメガネをかけた男性が女性をたしなめる。




「どこが立派なんだい、邸津!あたい達は壊し屋なんだよ、壊し屋!それがなんでドレスを捨てるなんて仕事…」



「あら、私の依頼を断るっていうの?こんな大金を用意させといて、今更断われるわけはないわよ?」



顔は笑っているが、依頼人…鹿子鈴那の口調は威圧的だった。




「大金が何だっていう…」



「鹿子様の言う通り。羅美亜…いい歳こいた大人なんだから駄々をこねるのは止めときな。」



「失礼だねぃ、趨都!!いい歳って…あたいはまだ若いよ!」



「若いって…。」



ソファの真ん中に座った女性…趨都は、何と返そうかと、困ったように苦笑いした。




「何だい、その笑みは!あたいは、もう賞味期限切れだとでも言いたいのかい!?」



「ふっ…」



「しれっと笑うな、邸津!!」



邸津は、ごまかすようにこほんと一つ咳払いをした。




「羅美亜…その話はこの際どうでもいいことでしょう。どんな依頼でも、私情は挟まず達成させる…それが僕達のモットーだということを忘れたのですか?」



「忘れちゃいないけどさぁ…」



「選り好みはできませんよ、プロとして。」



羅美亜を諭し終え、邸津は鹿子に視線を戻す。




「失礼しました…依頼人さん。喜んで依頼を受けましょう。」



「ふん…当然よ。この私からの依頼なんだから、有り難く思いなさいよ。」



「なっ…!何様なん…」



「羅美亜。数秒黙っていて下さい。」



厳しい目つきで言われ、羅美亜はムッとした顔で口を閉じる。




「どこに捨てるかはこちらに任せる、と。それでいいんですね?」



「そうよ。明日香が見当も付けられないような場所に捨ててくれればいいわ。」



「では、契約成立ということで。」



そう締めくくると、趨都と邸津は今にも噛みつきそうな顔の羅美亜を連れその場を後にするのだった。



「あー!腹立つよ!!」



外に出た羅美亜は、忌々しげに近くの空き缶を思い切り蹴飛ばした。



カーンと高い音を立て、空き缶はゴミ入れの中に落ちる。




「まあまあ、羅美亜。腹が立っているのは、私も邸津も同じなんだから。」



「そんなこと、信じられやしないよ!あそこまで言われて、あたい達の仕事を安く見られて…。ムカつくったらありゃしない!!」



「仕方ないよ、これが仕事なんだからさ。」



宥めすかす趨都の横で、邸津は無言で眼鏡を拭いていた。




「仕事だからって、許せることと許せないことがあるだろぃ!!邸津…あんたも何とか言ったらどうだい!?」



「…探し屋。」



「はっ?」



「今回の仕事では、探し屋も働くそうです。この間の借りが返せますね。」



脈絡の無い言葉を発した邸津に、どういう意味だいと羅美亜が訊く。




「羅美亜。依頼人の理不尽な対応への怒りは、目前の戦闘に向けてしまうのが最善策なのですよ。…この静かながら激しい怒り…探し屋を消し去りたい気分です。」



「邸津…あんた、見た目通り腹黒いんだねぃ…。」



「見た目通り、は余計ですよ。」



邸津は穏やかな笑顔を羅美亜に向けたが、左手の拳は筋が浮き出るほど固く握られていたのだった。













「ううっ…?」



「どうしたんだ、要?」



セレブリティマダムスの表口から少し離れた噴水裏。



全身をブルッと奮わせた要に、漣が尋ねる。




「いや、なんだか寒気がして…。風邪…かな?」



「大丈夫か?無理はしない方がいい。」



「たぶん大丈夫…だと思う。それはいいんだけど…どうやって潜入しよう?」



要は表口に立っている二人の見張りを見つめたまま訊いた。



見張りの二人は、サングラスをしっかりかけ表口の両端で周りに目を光らせている。




「見張りは二人…。正面突破するか、裏口から不意打ちするか…?」



「裏口って言っても…こう人目が多くちゃバレちゃうよね。はあ…陸斗が居たら良かったのになあ。」



要は、こんな時に旅行してんだから使えないなあと嘆いた。




「溌…?」



「あっ、漣君には話してなかったね…。帰ったら話すよ。私達の特別な力をさ。」



「…ああ。」



「また話反れちゃったね。それでどうしようかな…んっ?」



「…おっ?」



漣と要の二人は、同時に表口の自動ドアに視線を移した。




「あれって…」



「確か…壊し屋とかいう三人じゃなかったか?」



漣が言って、要がたぶんと答えた。




「鹿子鈴那さんの依頼…受けたのかな?」



「…あのビルから出て来たということは、十中八九間違いないだろうな。だが、あからさますぎる。罠かもしれないな…。」



「うーん…じゃあ、後を追いかけて罠なんか張れないような場所で問い詰めてみようか?」



要の提案に、




「それがいいな。」



漣も同意し、二人は壊し屋三人の後をそっと着いて行くのだった。

























「首尾はどうかな、邸津?」



運転席の趨都が訊いて、




「上々です。探し屋は、バイクで僕達の後を付かず離れずの距離で追ってきています。」



後部座席の邸津が後ろを向いたまま答える。



彼の両手には、双眼鏡がしっかりと携えられていた。




「しかし、妙だねぃ…。」



「何が妙なのさ、羅美亜?」



「ペリルラビリンスで会った時は、四人居たはず…。今日は、二人しか居ないよぉ…?」



羅美亜の疑問に、旅行にでも行っているのではないでしょうかと邸津が答える。




「旅行…。本当にそうだとしたら、随分自由な職業なんだろうね、探し屋って。」



「ま、あたい達にとっては好都合なんだけどねぃ。」



羅美亜はそう言って、ニヤリと不敵に笑ったのだった。

































三十分後、人気ひとけの少ない公園にて。




「漣君。気付かれてたみたいだね、私達の尾行…。」



「ああ…。戦うしかないようだな。」



公園の近くに車を止めた壊し屋達の様子を見て、漣と要もバイクから降りた。



そして、砂場を通って壊し屋の前まで歩いた。




「久しぶりだねぃ、探し屋!あの時、あたい達をコケにした借りを返させてもらうよ!」



羅美亜は、ピッと人差し指を突きつけて宣言した。




「そういうことです。今日は…絶好の洗濯日和ですしね。」



「邸津…。それ、主婦っぽいよ。“快晴”って言えばいいじゃないか。」



邸津と趨都の二人は、やや漫才調で言った。




「あの時は急いでただけで、コケにしたわけじゃないんだけど。」



「急いでたら無視していいってもんじゃないよ!覚悟しなっ!!」



言葉と同時に、羅美亜は瞬間的に要の目前に移動した。




「は、早い…!」



「この前のようには行かないよ…豪炎叩!!」



羅美亜は手に持った双鎚を激しく振り下ろす。



その瞬間、




「きゃっ!!」



要の足元の地面から炎の竜巻が吹き出した。



要は驚いて、後ろへ飛び退く。



…靴の先端とズボンの裾が、少々黒く焦げていた。




「要っ!」



「彼女の心配をしている場合ですか?」



その声でハッと我に返り、振り返り身構える。



いつの間にか、邸津は漣の背後に立っていた。




「敵に背後をとらせるなんて、初歩ミスですね。ファーストコイン…氷風!」



邸津は、金色のコインをポケットから取り出し上に投げる。



すると、




「………っ!?」



コインを核とした空間から、凄まじい風と何本ものつららが現れ漣に向かって来る。



技を出す暇も無く顔を覆うしかできなかった漣の服を、つららはあちこち破いていく。




「漣君…!わっ!?」



「あんたの相手は、あたいだっての!」



駆け寄ろうとする要の足元の地面を、羅美亜は双鎚で砕く。



要はよろめき、ドッと地面に倒れた。




「いたた…。」



「とどめだよ!火飛薙!!」



羅美亜は彼女の前の空間を横に薙ぎ払う。



双鎚は、静電気のような火花を散らし、要に直撃…




「降魔ベルセブブ!!」



…しなかった。




「なっ…うあっ!?」



突如、要の周りにブワッと強風が起こる。



羅美亜は後方へと吹き飛ばされ、大木にドッと背中をぶつけた。




「………っう。」



「今のは五月雨払いだ。人間…我に抗おうなどとは、百年早いわ。」



ベルセブブを降魔させた要は、見下ろすような目線から言った。



瞳は青く視線は冷たい。




「我はベルセブブ。愚かなる人間よ…我の名をその胸にとくと刻むがよい。五月雨払い!!」



要は右腕を横に振り払う。



すると、その腕から豪風が起こり、羅美亜に向かって行く。




「うあああっ!?」



「羅美亜!!」




バシッ!



羅美亜にぶつかる直前、趨都は蹴鞠のような玉を風に向かって蹴った。



それは、風の軌道を右に大きく逸らし、羅美亜から遠ざけた。




「…我に対抗できる人間が居たか。」



要に降魔されたベルセブブは、感心するようにホウと息を漏らす。




「…三対二なんてフェアじゃないから手を出さないつもりだったけど、羅美亜を傷つけるなら話は別さ。」



そう言って、趨都は再び鞠を要に向かって蹴る。



要は、スッと右に避けた。




「ふっ…趨都とか言ったか。お前とはまた戦いたいものだ。」



満足げに笑うと、フッと要の体からベルセブブは離れたようだった。



要の瞳は黒色に戻り、彼女本来の性格に戻る。




「あっ…降魔時間、切れちゃったか。」



困ったように苦笑いし、頬をかいて彼女は言った。




「くっ…よくもあたいをこんな目に…!絶対許さ…」



「今日は退くよ、羅美亜。」



体を起こし身構える羅美亜に、趨都が言った。



羅美亜は、えっ…と面くらったように体を退け反らせる。




「待ってくれよ、趨都!あたいはまだ戦え…」



「…そうですね。大将がここまでやられては、あがくのは妥当ではありません。」



「邸津まで…!嫌だからな、あたいは!この悪魔女を倒す…あ、何するんだい!」



邸津と趨都は、わめく羅美亜の右腕をぐいと強引に引っ張り数歩退く。



そして、




「今回はこちらの負け。ドレスは返すよ。また…次の仕事で。」



「羅美亜が回復したら、その時は遠慮なく戦いますので、では。」



ドレスをブランコにかけ、あっさりと去って行ってしまった。



あまりの退きの良さに、要と漣はただただ唖然としてしまった。




「…何だったんだろう、あの人達?」



「さあ…な?とにかく、ドレスは戻って来たのだから問題は無いのだが。」



「うん…そうだね。ドレスが汚れたりしてないか、チェックしてみよう。」



そう言って、ドレスをそっと両手で持った直後、要は大変と叫んだ。




「どうした、要!?」



「…裾が破けてる。ベルセブブの五月雨払いの時かもしれない。」



「なっ…本当か?」



慌てて駆け寄り、漣もドレスの裾に視線を移す。



…要の言葉通り、ドレスの裾はハサミで切ったかのように派手に破れていた。




「これは…誤魔化せないな。」



「どうしよう…?明日香さん…がっかりするよね…。」



「…縫うしかないな。自分がやってみよう。」



「………へっ?縫うって…ドレスを?漣君が!?」



唐突な漣の申し出に、要は素っ頓狂な声を上げた。



「…そんなに意外か?自分が裁縫することが。」



「う、うん…ちょっとね。格闘やってる人って、手とかゴツゴツしてるイメージがあったから。」



「世間一般のイメージではそうらしいが…例外というものもある。…話しすぎたな。今はドレスをくつろうことを優先しよう。」



漣が言って、要もそうだったねと同意する。




「先にモダンクイーンに戻ろうよ。明日香さんに事情を話さないといけないし。」



「ああ。報告…連絡…相談の法則だな。」



「………?何の法則かわかんないけど、そうだね。」



滑ったかと恥ずかしげにうつむく漣を連れて、要はモダンクイーンへと足を速めるのだった。









同日、午後五時五分。




「…こんなものでどうだ?」



漣はドレスを明日香に手渡しながら言った。




「…素晴らしい出来です。これならば、明日のショーで使えます…良かった。」



明日香はドレスを大事そうに抱えながら、微笑みを浮かべていた。




「えっ…明後日じゃなかったんですか?」



「スポンサーから電話があって、急遽明日になったんだよ。君達に言いそびれたから、間に合わないんじゃないかって冷や冷やしたよ…。」



要の質問に可奈美が答える。




「ええ。ズタズタになったドレスを見た時は、びっくりしましたけど…漣さんでしたよね?あなたのおかげで助かりました。本当にありがとう。」



「礼を言われるほどでもない。自分達のせいなのだから、当然のことをしたまでた。」



「自分達…というか、私のせいなんだけどね。ごめん…漣君。」



うなだれた要を見て、明日香が気にしないでくださいとフォローした。




「ドレスが戻ってくれば、それでいいんですから。」



「それにさ…ドレスを盗んだ犯人の鹿子は、食あたりでショーに出れなくなったって。」



可奈美は、いい気味だよと、鼻をフンと鳴らす。




「そうなんですか…。因果応報ってやつですね。」



「まったくだな。」



顔を見合わせる要と漣。



明日香が、そういえば報酬がまだでしたね…と話を切り出す。




「可奈美さん、報酬を。」



「はい、二人で二十万。きっちり渡したから。」



給料袋に入った報酬が、要の手に渡される。



要の瞳がキラキラと輝いた。




「まいどありがとうございます!また何かあればよろしくお願いします。」



「では…自分達は帰るか。」



可奈美と明日香の見送りを受けながら、漣達二人はモダンクイーンを後にするのだった。



















同日午後七時二十分、刻の事務所。




「うぃっす…今、帰ったぞ。」



「ん…飯は?」



順司と陸斗が帰って来た。




「オーナー、陸斗!おかえり。」



「…帰ってきたか。」



リビングでテレビを見ていた要と漣が言葉を返す。




「…ただいま。飯作ってないの?」



「ふらっと旅行行って帰って来た人のご飯なんて無いよ!まったく…もう。」



「じゃ、ちょうど良かった。」



何がちょうど良かったのよと腰に両手を当てて訊く要の前で、陸斗はごそごそとバックから何かを取り出した。



要がよく見てみると、それは焼き鳥のようだった。




「これ…買ってきたから。腹減ってるなら食べれば?」



「そうそう。今日はごちそうだ。俺も刺身を買って来たからな。」



陸斗が焼き鳥を出したのを見て、順司もビニール袋から刺身を取り出す。



「…ご馳走?」



「要にとっては、ってこった。なあ、要…」



「焼き鳥に刺身!ご飯炊いてるから、早く食べよう!!」



順司の言葉を最後まで聞かずに、要は笑顔を浮かべて台所へ走っていった。




「…早えな、要。」



「………。」



陸斗は冷めた瞳でテーブルに刺身と焼き鳥を置いていたが、漣は呆れたような困ったような笑みを浮かべていたのだった。






















-続く-

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