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Onself-自分という壁-








「ていやっ!」



「うわっ!」



ドンッという音を立てて、投げ飛ばされた側は床に叩きつけられる。




「痛ってー…鬼怒川さん、新人なんだから手加減して下さいよ…。」



「自分の中に手加減という文字は無い。新人だからって…甘ったれるんじゃねえ。」



鬼怒川と呼ばれた青年は、すごむような調子で言った。




「そんな…」



「わかったら、もう一本行くぞ?お前の根性、親父に代わって俺が叩き直し…」



ガラッ!



彼の言葉を遮るかのように、道場の入り口の扉が開いた。




「た、大変です、鬼怒川さん!おばさんから電話で…。あなたのお母さんが…!」



「母さんが…?まさか!」



どこ行くんですかと尋ねる後輩達を残し、青年は道場から駆け出していったのだった…。









「…おい、要。もう何時間観てるんだ、それ。」



半ば呆れ果てたような口調で、順司が要に尋ねる。




「まだ二時間しか観てませんよ、オーナー。それにこれからがいいところなんです!」



要は食い入るようにテレビを観ながら、言葉を返した。



テレビに映っていたのは、黒帯を締めた二十代の女性が格闘技のレクチャーをする映像だった。



テレビ周辺には、DVDケースが三枚散らかっており、一枚だけ中身が入っていなかった。



…恐らく、それが彼女が現在観ているDVDなのだろう。




「新しいレンタルビデオ店も罪作りなもんだぜ…。」



陸斗は小さくぼやいた。



彼はソファーに座ってティラミスを食べてながら、事の成り行きを傍観していた。




「二時間観てりゃ十分だろ…。俺ぁ、三時から『宝くじに当たる人の秘訣』を見てえんだが。」



「宝くじなんかより、こっちの方が大事です!なるほど…あそこはかがんで、次に裏拳を使うんだ…。」



「俺にとったら、宝くじの方が大事なんだが…。」



「我慢して下さい!私はどうしても今日中に全部観て覚えたいんです!」



要は一度言い出したら聞かない。



順司は諦めて、はあと深いため息をついた。




「…ふう、ご馳走様。舞春堂のケーキは、まあまあってところかな。」



ケーキを食べ終え、陸斗は満足気に言った。


心無しか、顔がほころんでいるようだった。




「………んっ?三時からオーナーの観たいテレビあるんですよね?…今、何時ですか?」



何か思い出したかのように、要が順司に訊く。




「あ?何時も何も…もう二時五十九分…」



「…二時五十九分!?もう始まっちゃうじゃないですか!」



要は大声で言うと、わたわたとDVDを取り出し、丁寧にケースに戻した。



そして、入力切替をして、チャンネルを代えた。




「おっ?『宝くじに当たる人の秘訣』見させてくれるか?」



順司は期待の眼差しを、画面に向けていた。




「違う気がするけどな…」



陸斗が呟いた時。




壁に飾ってある鳩時計が三時を知らせた。



………始まった番組は順司の期待を裏切るものだった。




『三時になりました。突撃街角レポートのお時間です!今日は…格闘技の名門!鬼怒川道場を訪れました!』



女性レポーターが元気良く言って、体育館のような場所が映し出される。




「………。」



テンションの高い要とは反対に、順司は悲しそうに眉を下げた。



口にくわえたタバコが、ぽろっとテーブルに落ちる。




「…やっぱりな。順司さん…今度、宝くじ関連のDVDを俺が借りてくるっすから。…元気出して下さいっす。」



陸斗が同情するような瞳を向け、順司に言った。




『早速、鬼怒川師範を訪ねてみましょう。すみませーん!』



女性レポーターは、道場内に入り、近くに居た青年に声をかけた。




『えっ、これもしかして…“街角突撃レポート”ですか?弱ったな…』



『そうです。鬼怒川師範はいらっしゃいますか?ぜひ、話を伺いたいのですが…。』



『それが…先日腰を痛めてしまって、休養中なんです。』



青年は罰が悪そうに小声で言った。




「え…そうだったんだ…。残念だな。」



要はガッカリしたようにハアと息を吐いた。




『では…今は誰が指導を行っているんですか?』



『はい…鬼怒川師範の息子さんが指導をしてくれるんですが…今日はちょっと。すみませんが、取材はまた今度にしていただけませんか?』



青年が言って、レポーターは仕方ないですねと素直に引き下がった。




『残念ながら、師範も指導者の方もご不在でした。仕方がありませんので、少し早いですが、天気予報を…』



ピッとリモコンでテレビが消された。



「あーあ…久々に鬼怒川流格闘術が見れると思ったのに。息子さん…なんで居ないのよ!」



ガラッ!



要が嘆くのと同時に、事務所の入り口のドアが開いた。




「…探し屋が居るっていう事務所は、ここだよな?」



ドアを開けた人物は、開口一番訊いた。



長い黒髪を肩の位置で一つにまとめ、背は高く細い体格の、男性には魅力的に移る容姿だった。


左目の下に、小さな泣きぼくろがある。



「えっ…そうですけど。」



「早急に探してほしい物がある。期限は無いけれど…なるべく早く、だ。」



「えっと…とにかく座って話をしませんか?私達も詳しく聞かないことには、仕事をできないので。」



要に促され、依頼人は失礼しますと応接室に向かった。



陸斗と順司も顔を見合わせて、とりあえず応接室に移動した。




「…ふうん、なかなかきれいな事務所だな。インテリアも凝ってる…。」



「見る目あるじゃねえか、お嬢ちゃん。」



順司は嬉しそうに微笑んだ。




「…お嬢ちゃん?」



「美しいレイディ、依頼は速やかにお果たしいたしますよ。その代わりといっては何ですが…その後、映画でも…」



「レイディ…?」



依頼人は怒っているように、眉をつり上げた。


左手の拳は、テーブルの下で固く握られている。




「こら、二人共!依頼人をナンパするなっていつも言ってるじゃない!」



「そこまで怒るなよ、要。挨拶みてえなもんだろ。」



叱りつける要に、陸斗は全く悪びれずに返した。




「ああ…悪ぃ悪ぃ。美人を見かけると…つい、な。」



「もう…本当に止めて下さいよね。いきなりナンパされて、嫌って女性も少なくないんですから。」



順司は、今度からは気をつけると平謝りした。




「………。」



「あ…すみません、依頼人さん。二人共、悪気は無いんで…」



「…自分は男だ。間違えんなよ!」



依頼人は強い口調で言って、バンッと机を叩き立ち上がった。



要も陸斗も順司も、目を丸くして驚いていた。




「どいつもこいつも…見た目が女っぽいからって馬鹿にしやがって…。親父の方が気合いが入るなんて言う奴も居るし…。親父が何だよ!自分だってな…好きでこんな顔に生まれたんじゃねえ!」



「…馬鹿にはしてねえんだけど。」



憤る依頼人に陸斗が小さく返した。



「だったら、どういう意味で言ったんだよ!?」



「あ、あの!ごめんなさい、依頼人さん!陸斗もオーナーも悪気があったわけじゃないんです!私が謝りますから、許して下さい!」



「な…なんで、あんたが謝るんだよ…?」



深々と頭を下げて謝る要を見て、依頼人は面くらったような顔をした。




「…ちょっとした勘違いだぜ?そこまで怒ることねえだろ…。」



「陸斗っ!」



「へいへい…俺が悪かったって。もうしねえよ。」



軽く頭を下げて、仕方ないとばかりに陸斗も謝る。




「悪ぃ悪ぃ…俺も陸斗もナンパ症なもんでな。要の言う通り…悪気はねえんだわ。気を取り直して自己紹介といこうや。」



順司はふうとタバコの煙を吐きながら言った。




「俺ぁ、八代内 順司。この事務所のオーナーだ。」



「…溌 陸斗。」



「雪森 要です。」



順司、陸斗、要の順番で自己紹介をした。




「自分は鬼怒川 漣(きどかわ さざなみ)。」



漣というらしい依頼人は、ぶっきらぼうに言った。




「鬼怒川って…もしかして、鬼怒川道場の鬼怒川 竜冴きどかわりゅうご師範の息子さん!?」



興奮しているのか、要は身を乗り出すようにして早口に尋ねた。




「まあな。あんた…知ってるのか?」



「もちろんです!鬼怒川師範は、私の憧れなんですから!その息子さんなんだ…。」



「ああ。だからといって、自分は親父の名声に甘える気はねえ。自分はいつか、親父を超える格闘術の師範になってやる!」




「…おーい、盛り上がってるとこ悪いけど、漣だっけ?急いでるんじゃなかったのかよ?」



陸斗に言われ、漣はハッとしたように、居住まいを正す。




「やべっ…危うく忘れるとこだった。急いで探してほしいものは、クロストメティアという名前の花だ。」



「…はい?」



要が困ったように首を傾げる。




「クロストメティア…?聞いたことない名前なんですけど。」



「クロストメティア。高原に咲く紫色の小さな花で、ある病気の治療薬に使う花だな。身内が病気なのか?」



順司の問いに、漣は悲しげにうなだれた。




「自分の母さん…元々病気がちなんだが…最近、また倒れちまったんだ。それで投薬しようにも、その病気に使う薬は、保存がきかないんだ。だから、病人が出る度に新しく作らないといけないってわけだ。」



「そう…なんだね。わかった…依頼受けるよ。オーナーも陸斗も異論は無いよね?」



要が確認するように聞いて、




「ま、いいんじゃねえの?」



「断る理由は無えわな。」



陸斗も順司も同意した。



「受けるのは構わねえんだけど…」



「“けど”何なの、陸斗?」



「クロストメティアは高原にあるんだよな?外国ならともかく、日本に…それもこの辺にあるのかよ?」



「………どうなんだろう?」



要が答えを求めるような眼差しで順司を見たが、順司もさあと首をひねるだけだった。




「確かに高原はこの辺りには無い。」



「えっ…」



「だが、珍しい花を集めている収集家が居ると聞いたことがある。そいつと上手く交渉できれば…一本ぐらいは手に入るだろう。」



漣の提案に、なるほどど要は手を打った。




「収集家?どこに居るんだよ、そいつ。」



「…この辺りに居るとしかわからねえんだよ。だから、あんた達に助けを求めた。」



「…ふうん。これで大体のことは把握したな。収集家を探せばいいんだよな?」



確認するように陸斗が聞いて、漣がこくっと頷く。





「うっし。善は急げ、だ。行くぜ、要、陸斗。」



順司は誘いかけるように言ったかと思うと、二人の返事を待たずに外へ出て行く。




「ん…了解っす。」



続いて、陸斗も事務所から出て行く。




「待ってよ、オーナー!陸斗!…あ、鬼怒川さんは、事務所で待ってて…」



「自分も行く。」



要が言葉を言い終わらない内に、仏頂面の漣が言った。




「えっ!?だけど…危ないかもしれないですよ!その収集家って人がいい人とも限らないし…。」



「…自分は鬼怒川流格闘術の黒帯を持っている。付いていっても、足手まといにはならないはずだ。それに…母さんのために、自分も何かしたいんだ。」



「鬼怒川さん…。わかりました。無理はしないで下さいね。何かあったら、私達が守りますから!」




「…守る必要は無えんだけど。それから…」



漣はそこで一度言葉を止めた。




「何ですか?」



「“漣”でいい。敬語も必要無い。自分はまだ17だ。恐らく、あんたと同い年ぐらい…」



「17歳なんですか!?意外…いえ、驚きました。私は16なので、一つ下ですね。」



要は一人納得したように、うんうんと頷いていた。




「あ…また敬語使っちゃった…ごめんなさ…いや、ごめん。漣君がいいって言うなら、これからはそう呼ぶね。私のことも“要”でいいよ。」



「要…な。改めてよろしく。」



照れたように、うつむいて頬をかく漣を見て、要はクスッと笑った。



それから二人は、順司達の後を急いで追ったのだった。










珍しい花の収集家は、話を皆まで聞かず、首を横に振った。



三十代前半ぐらいの黒髪の女性だった。



彼女の家は、色とりどりの花で埋め尽くされていた。


いずれも、めったに見ることができない非常に珍しい花であった。



花壇にも、栽培中の花のつるが見受けられた。




「人の命を助けるためなんです!一本だけ…」



懇願するように要は言ったが、収集家はダメですと返すだけであった。




「クロストメティアは、高原に咲く花の中でも最も珍しい花なのです。ある特定の高原にしか咲かず、一年に十本咲くかどうかわからないほどなのです。その中の貴重な一本を手放すことはできません。」



「だけど…!」



「…どうしてもと言うならば、取引をしましょう。」



「取引?」



要が尋ねて、そうですと収集家が答える。



陸斗と順司は、話がややこしくなると厄介ということで、外で待機していた。



漣は、要の隣に座ってじっと押し黙っていた。


ケンカっ早い自分は、話し合いには向かないと自覚していたからである。




「…ペリルラビリンスという場所がありますよね?そこには、クロストメティアの価値に匹敵するほど貴重な花があるのです。それと交換ならば…一本だけ差し上げても構いません。」



「本当ですか!?」



「はい。取ってきていただきたいのは、ハピカという漆黒の花です。茎の長さは三十センチほどで、花の真ん中には白い小さな玉が付いています。別名“死神の花”ともいいます。」



「死神の花って…取ってきて大丈夫なのか?」



漣が自問自答するように小声で言った。



「漆黒の花であることから、その別名が付いたにすぎません。問題は無いでしょう。ただ…」



「ただ…何ですか?」



「私も実際に見たことはありません。人伝に聞いただけですので、生えている正確な場所がわからないのです。そういうわけですので、あなた方が得意な探しものとして探していただこうというわけです。」



収集家は、にこりと笑って話を締めくくった。






「で…話はついたのか?」



収集家の家から出た二人を見て、順司が訊いた。




「うん…取引しようだって。ペリルラビリンスに咲く“ハピカ”…“死神の花”と。」



「死神の花、か。うさんくせえな…。」



要の報告を受けての、陸斗の呟き。




「疑ってみたところで何も出ない。とにかく、ペリルラビリンスに行ってみるとするか。」



順司が言って、




「そうですね。」



「…了解っす。」



「自分も行くからな。」



要、陸斗、漣の三人も同意して、彼らはペリルラビリンスに向かった。








同日、ペリルラビリンス西側入り口にて。




「な…何、これ!?」



要は思わず大声を出してしまった。




「…滅茶苦茶だな。」



「暴力団でも入ったのかよ…?」



順司と陸斗は、唖然としていた。




「花なんか咲いてるのか?」



漣は、ペリルラビリンスのことは何も気にせず、ハピカの心配をしていた。



彼らが見たペリルラビリンスは、過去に見たものと大きく異なっていた。



壁だらけの狭い路地だったそこは、地震で崩壊したかのように瓦礫と人間の山だった。



壁はボロボロに崩れ、無傷な人間は誰一人として居なかった。


かろうじて死者は出ていないようだが、動くことは儘ならないようだった。




「一体、誰がこんなことを…?」



「おや、まだ生き残りが居たんだ…?」



要の声に答えるように、瓦礫と人の山の後ろから三人の人間が現れた。




「あたい達の包囲をかいくぐって無事でいるなんて…なかなかやるねぇ、あんた達。」



無造作にはねた紫髪を持つ女性が言った。


瞳は緑色で、歳は二十代後半から三十代前半ほど。



ゴスロリ調のドレスとブーツが印象的だ。




羅実亜らみあ…、彼らは今し方ここに来たように見えますよ。僕達“壊し屋”の包囲をかいくぐったわけではありません。」



「そうかい、邸津ていつ?残念だねぇ…骨のある奴と戦えると思ったのにさぁ。」



邸津と呼ばれた人物は、白くさらさらの短い髪を持つ黒縁メガネをかけた青年。


歳は十代後半…要達と同じくらいに見える。




「彼ら…刻の事務所の連中だな。油断は禁物だ。」



「強いんだろうねぇ?せっかくなら、あたい達を楽しませてくれないと戦い甲斐が無いさぁ。ねえ、趨都すうと?」



趨都と呼ばれた人物は、赤く長い髪を持つ女性。


黒いジャケットにカーゴパンツ。


一見すると男性に見えるが、全体的に丸みを帯びていることから、女性とわかる。




「時には危険な依頼もこなしてきたとの風評がある。…あなどれない相手だ。」


趨都は冷静に考察して言った。



「趨都がそう言うんなら、少しは戦い甲斐がありそうだねぃ。早速、コロシアムタイムを…って、何やってんだい…あんた達!」



羅美亜は思わず、怒鳴りかけてしまった。


探し屋の面々は、話を全く聞いている気配は無く、キョロキョロと辺りを見回していたからである。




「漆黒の花…漆黒の花…っと。これか…?」



陸斗が近くで見つけた黒い花を摘み取って訊いて、




「うーん…たぶん、それじゃないの?他に花なんて見当たらないし。」



要がそれに答える。




「人の話は最後まで…」



「意外と簡単に見つかるものなんだな。もっと時間がかかると思ったのだが…驚きだ。」



羅美亜の話をスルーし、漣が拍子抜けしたような調子で言った。




「もうここに用は無いな。帰るぜ、陸斗、要、それから…依頼人。」



「呼びすてでいい。依頼人という言い方は抽象的すぎて何かしっくり来ない。」



「…ちょいとあんた達。わざとあたい達のこと無視してないかい?」



羅美亜が控えめかつ、静かな怒りを含んだ調子で言った。



邸津と趨都は、探し屋のほのぼのした調子に言葉も出ない様子だった。




「んー…おまえら、何か用?」



「普通、こういう時は、『罪も無い人や建物を壊しやがって…。俺達探し屋が成敗してやる!』とか言うもんじゃないのかい!?なんで、ゆったり談笑して帰ろうとしてんのさ!?」



あー、そういうもんなんだと、陸斗はやる気無さげに返した。




「無視したわけじゃないんですけど…。私達、急いでいるから…またの機会じゃダメですか?」



要はひどく申し訳無さそうに、眉を下げて訊いた。




「だーかーら!そうじゃなくてさぁ…!!」



「…羅美亜。彼らには何を言っても無駄のようですよ。闘志や正義感というものを全く感じられませんから。」



邸津が探し屋の心理を読んだように言った。



それに答えるように、




「俺達は、ただの探し屋。別に正義の味方になりたいわけじゃねえし。…むしろ、そっちの方が正義だろ。」



陸斗が言った。




「あ、あたい達が正義…?」



「…確かに陸斗の言う通りだな。ペリルラビリンスを壊したことは、ここいらの住民にとっちゃあ有難いことのはずだ。」



「うんうん。私達も余計な戦いしなくてよかったし、ハピカも見つけやすくなったし!有難う、正義の壊し屋さん達!」



「あたい達が正義の味方………。」



要や順司の言葉を受けて、羅美亜の顔は照れたように真っ赤になった。



『正義の壊し屋バンザーイ!』



『やあ、あなたが壊し屋の看板娘の羅美亜さんですね?僕とデートでもいかがですか…?』



羅美亜の頭の中では、壊し屋が多くの人に感謝されている情景が浮かんでいた。




「……亜、羅美亜!」



「はっ…!?な、なんだい、邸津。」



「…彼らが逃げてしまいますよ。」



しかし、邸津に呼びかけられ、羅美亜は空想から現実へと引き戻された。



ふと見ると、探し屋の面々は、もう数十メートルも先を歩いていた。




「なっ…あたしをぽうっとさせて、逃げるなんて…!なんて、ズルい奴らだい!戦わないのかい、腰抜けー!」



「ん…賑やけえな。」



羅美亜の叫びを背中に受けながら、両耳を塞いだ陸斗が言った。




「急いでいるからって、無視しちゃって良かったのかな…?ものすごく怒ってるみたいだけど。」



「もし、本気で戦いたかったなら、後ろからでも攻撃してくるだろうよ。」



「…オーナー。さりげなく怖いこと言わないで下さいよ。」



「ははっ。まあ…細かいことは気にするな。」



嘆き口調で言う要に、順司は豪快な笑いで答えた。




「趨都…邸津。なんで、あいつらを追いかけないんだい!?あたいは今日ほど酷い屈辱を受けたのは初めてだよ!!すぐにでもあいつらを…」



「羅美亜。今日は止めておこう。雨が降りそうだからね。」



「雨?…ああ、そうだったねい。ちっ…命拾いしたねぃ、探し屋。だけど、次は必ず…!」



趨都に諭され、羅美亜は仕方なく身を引いたのだった…。









「これは…まさしく、死神の花…ハピカですね。素晴らしい美しさです!」



花の収集家は、感激したように言葉の語尾の調子を上げた。




「ああ…ペリルラビリンスから取ってきた。約束だ…クロストメティアを譲ってほしい。」



「…いいでしょう。これがあなた方の欲する花…クロストメティアです。」



漣の手に、クロストメティアがそっと載せられた。



よほど大事にされていたようで、花びらは宝石のようにつやつや輝いていた。




「これがクロストメティアなんだ…。きれい…!」



「…感謝する。それでは、急ぐので失礼する。」



「有難うございました!」



去って行こうとする漣と要を、お待ち下さいと収集家が引き止めた。




「はい?何ですか?」



「…何だよ?」



振り返る二人に、収集家は優しい笑顔を向けた。




「私は、収集家と共に占いも少々やっています。ハピカのお礼に、占い的観点から一つアドバイスをしましょう。まず…雪森 要さん。」



「はい。」



「あなたは…心に迷いが無く今の仕事をとても楽しんでいるようですね。しかし、慣れてきたためか、横柄で自己中心的な態度をとりがちです。謙虚な姿勢も忘れないように注意して下さいね。」



「うっ…当たってる…。気を付けます…。」



要は、自己中心的と言われたのがショックだったらしく、少し傾いでいた。




「次に…鬼怒川 漣さん。」



「………おう。」



「あなたは…武術的観点から見れば強いですね。ですが、本当の強さというものが何なのかをわかっておらず、大きな悩みを抱えている…。自分自身をありのまま受け入れ、その壁を乗り越えることが大切ですよ。」



「そんなことは…自分自身がよくわかっている。」



漣は、怒ったようにふいと顔を逸らして歩き始めた。




「はあ…。あ…ありがとうございました。」



要は収集家に軽く一礼して、漣の後を追った。




二人の姿が見えなくなってから、




「青春っていいものですね…。私もあと数歳若ければ…」



収集家は、羨むような調子で一人呟いた。











翌日、九時四十一分、刻-とき-の事務所。



ピンポーンとチャイムが響き渡った。




「はーい。」



居間でくつろいでいた要が、玄関へ走って行きドアを開けると、漣が立っていた。




「この間は…世話になった。依頼料を払いに来た。」



「あ…うん!とにかく、中に入って。陸斗もオーナーもリビングでテレビ見てるから。」



要に誘われ、漣はリビングに移動した。




「おっ…来たな。」



「ん…一日ぶり。」



順司と陸斗は待っていたかのように、それぞれ言葉を返した。



立ち話も何なので、要と漣は近くのイスに腰掛けた。




「それで、依頼料の話だが…いくらだと提示されなかったので、勝手に用意した。これだけあれば…足りるか?」



透き通ったガラスのテーブルに、一万円札の札束がドンッと置かれる。



…ざっと見ても、三十万円分はある。



「こ、こんなに…!?も、もらっちゃっていいの…?」



要は目を見開いて、札束を見ていた。




「少ないくらいかと思ったんだが。母さんの命の恩人だからな。」



「あ…そっか。お母さんの具合はどう?」



「薬が効いたようで、今朝は調子が良いみたいだ。久々にあんな笑顔を見れた。」



そう返す漣の顔は、前日よりも穏やかだった。




「漣…悪ぃが、そんなに依頼料は受け取れねえよ。その一割分でいい。」



「な…なんでだ?自分の家は貧乏ではない。そのくらいの金額…」



「あとの九割は、これから嵩むだろう母親の治療費にでも残しておけ。」



順司は、ふうと煙を吐きながら言った。




「だが…」



「ん…順司さんの気が変わらない内に、しまったほうがいいぜ。」



「う、うん…私もそう思う。ちょっともったいない気もするけど…。」



陸斗と要に助言され、それなら…と漣は三万円だけテーブルに残し、他は財布にしまった。




「じゃあ…依頼料三万円、受け取りました!また、ご贔屓に…」



「待て。俺の話はまだ終わってないぞ?」



話を締めくくろうとした要の言葉を遮り、順司が言った。




「漣…おまえもここで働くか?」



「なっ…?」



漣は面食らったような顔をした。



自分が言おうとしていたことを先に言われてしまったからである。




「オーナー…」



「順司さん…」



「要と陸斗は黙っとけ。…どうするか、漣?」



漣は順司から目を逸らして、何でわかったんだよと小さな声で訊いた。




「簡単なことじゃねえか。依頼料の支払いを今日まで引き伸ばしたかと思えば、その旅行並に多い荷物。家出か、ここに住む準備としか思えねえからな。」



順司は、苦笑しながら答える。




「そうなの…漣君?」



「……ああ。別にあんた達が良ければ、だが。あの収集家に言われたことを、昨日ずっと考えていた。そして、出した結論がここで働くことだ。」



「…言葉、省きすぎじゃねえ?」



陸斗が突っ込んだが、漣はそれには答えなかった。




「と、とにかく…俺はあんた達と探し屋をやっていれば、本当の強さってのがわかりそうな気がする。それに…ここには要が居るから。」



「えっ?」



「な、何でもねえよ!その…あんた達がいいなら俺は…」



「…漣。今日の食事当番はおまえだ。」



順司が断言するように言って、陸斗もよろしくと気の無い頼み方をした。




「それはつまり…」



「これから同じ仕事仲間としてよろしくね、漣君!あ、料理当番は順番制だから、気楽に考えてくれていいよ。」



要も微笑みながら、改めて挨拶したのだった。



こうして、漣という新しい仲間を加え、探し屋のほのぼのライフは続くのである…。









-続く-

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