Time day-ある日の依頼-
刻の事務所をご存知ですか?
それは日本のどこかにあると噂されている、“探し屋”の事務所のことです。
探し屋とは…“存在するもの”なら、どんなものでも探して届けてくれる職業のことをいいます。
おや、あなたも彼らに依頼したいことがあるようですね…。
私も今から行くところですから、良ければ一緒に行きませんか?
場所なら大丈夫。私がご案内しますから。
それでは参りましょう…普通なようでちょっと変わった彼らの事務所へ………
『………っく…うっ……ひっく………。』
…河原で小さな女の子が泣いている。
『………っく…』
『何で泣いてるんだ?』
通りがかった少年が女の子に声をかけた。
『……っく……あの…っね…無くしちゃった……。』
『何を?』
『とっても……ひっく……大切な……っ……鍵……。』
女の子はそう言って川の中を指差した。
『落とし……っく…ちゃったの……。流れて………無くなっちゃった……。』
『………。』
少年は、じっと川を見つめた。
やがて、視線を女の子に戻し言った。
『…まだ見つかる場所にある。着いて来て。』
目をぱちくりさせながらも、女の子は青年に着いて歩く。
そして、少年が立ち止まった場所…川の中腹部の草むらに、女の子の探していた鍵が打ち上げられていた。
『わあ…本当に無くなってなかった…。お兄ちゃん…なんでここにあるってわかったの?』
小さな右手で鍵を拾い上げながら、女の子が尋ねる。
青年は和やかに微笑んで一言だけ答えた。
『見えたんだ…鍵がここに流れ着く瞬間が、な。』
と。
「あー…暑い………。暑い、暑い…暑すぎる…。」
日本のどこかにあると噂されている、探し屋を営む“刻の事務所”。
少女は茶色いソファに横たわり、気だるそうな声で言った。
彼女の名前は雪森 要。この事務所の看板娘である。
瞳は黒で、茶色いパーマ髪をいつもきっちり二つに分け三つ編みにしている。
歳は17だが、学校には通っていない。
「口に出して言うな、要。…余計に暑くなってくる。」
「だって、本当に暑いんですから…。いい加減にクーラー直して下さいよ、オーナー…。」
オーナーと呼ばれたのは、ふかふかの社長椅子に座って新聞を読んでいる男性。
この事務所を設立した八代内順司である。
紫色の瞳とボサボサの黒髪が特徴的な30歳だ。
「直すのもタダじゃない。要が修理費払ってくれるなら、話は別だが。」
「いや…私も経済的に余裕無いから無理です。…って、そもそも…オーナーが宝くじで毎回全部使っちゃうからいけないんですよ!ほら、雑誌読んでないで陸斗も何とか言ってよ。」
陸斗と呼ばれた青年は、何だようるせーなと顔を上げた。
クセ毛だらけの緑色の髪と茶色い瞳を持つ19歳の青年で、名字は溌。
韓国人の父と日本人の母から生まれたハーフである。
「“何とか”…これでいいかよ?」
「………はあ。もう、いいよ…。」
陸斗の投げやりな態度に、要は諦めたように深いため息をついた。
「依頼も来ないし…暑いし…なんかもういろいろ嫌…。」
「暑いのは仕方ないが、依頼が来ないのは宣伝が足りないせいだろう。ひとっ走り行って来い、要。…俺か?俺ぁ、忙しくて手が離せないから行かないぞ。」
順司が言って、
「行ってら、要。俺もファッション雑誌読むのに忙しいから行かねえ。」
ファッション雑誌に視線を戻し、陸斗も答えた。
「あー、もう!どいつもこいつも…。いくら宣伝したって、やる気が無いんじゃ依頼が来るわけないじゃんか…。」
絶望的な声で要が嘆いたその時。
ピンポーンとチャイムが鳴り響いた。
「どうやら、やる気が無くても依頼は来るみたいだな。」
そう言う順司の顔は勝ち誇ったようににやけている。
「くぬぬ…そうみたい、ですね。出て来ますよ…。」
悔しさをこらえながら、要は街路に隣接する表側のドアを開けた。
そこに立っていたのは、南国風のオレンジ色のワンピースを来た二十代前半ぐらいの女性だった。
黒髪に茶色い瞳という日本人特有の容貌である。
「あの…ここは刻の事務所…探し屋さんで間違いないですよね?」
開口一番、女性はか細い声で尋ねた。
「はい、そうですよ。」
「探してもらいたい物があるんですが…今はよろしいでしょうか?」
「もちろん、いいですよ。…立ち話もなんなので、中へどうぞ。」
要に勧められ、失礼しますと一礼し、女性は事務所の奥へと足を進めた。
中はカフェと見紛うほど、凝った煌びやかな装飾がされていた。
輝くシャンデリア…は無いにしても、小さな電球の灯ったかさつき電気であるし、床はほぼ一面赤い絨毯が敷き詰められていた。
「カフェ…みたいですね。想像以上に素敵な事務所で驚きました。」
「まあ…オーナーの趣味の一つです。お金無いのに、こういうことにはお金かけまくりなんだから。」
要のぼやきが終わるか終わらないかの内に、二人は廊下を抜け応接間に着いた。
「中へどうぞ。」
要に誘われ、女性も応接間内へ。
そして言われるままに、長椅子に腰掛けた。
「それで今日はどんなご依頼で…」
「どんな依頼で、はるばるここを訪れたのかな、美しいレィディ?」
要の言葉を遮り、陸斗が尋ねた。
「美しいレィディなんて…そんな…」
女性は頬を紅潮させて、困惑しているように陸斗から目を逸らした。
「いやいや、本当に美しい。仕事が終わったら、美味しいコーヒーを出してくれるカフェにでも…」
「依頼人をナンパするなっての、陸斗!」
バシッと要の平手打ちが陸斗の肩に見事クリーンヒット。
「痛って!何すんだよ、要!」
「依頼人さん、戸惑ってるでしょうが!大体、初対面の女性をナンパするなんて…常識がなってないんだから。オーナーもそう思いますよね?」
「…に、本格的なイタリアレストランがあるんですよ。ご一緒にどうですか?」
「………って、オーナーもナンパしないの!」
要の怒声が響き、いやすまんとオーナーは女性の手から自分の手を離した。
「全くもう…油断もスキもないんだから。」
「あの…」
「あ…すみません、見苦しいところを見せてしまって。本題に入りましょうか。」
ためらいがちに話しかけてきた女性に対し、要は微笑みつつ言葉を返した。
「はい…まずは自己紹介を…。私の名前は春川雫といいます。とある会社で事務をしています。」
そう言って、雫はよろしくお願いしますと一礼した。
「こちらこそ、よろしくお願いします。私も事務係なんですよ…この事務所の、ですが。雪森要といいます。椅子に座ってタバコを吸ってるのが、オーナーの八代内 順司さん。…ソファで肩さすっているのが、ナンパ魔の溌 陸斗。」
そんな説明は無えだろうがと陸斗の文句が聞こえてきたが、要はお構いなしに続ける。
「要さんに順司さんに陸斗さんですね。改めてよろしくお願いします。」
「はい!…それで依頼品は何ですか?」
「…指輪です。翡翠のルビーが付いた、婚約者からの贈り物の指輪なんです。」
言葉と共に、雫はバッグから一枚の写真を取り出しテーブルに載せた。
「翡翠のルビー…か。ルビーっつったら、紅いイメージがあるけど、今はそんな色の物があるのかよ、要?」
陸斗が訊いて、
「あるんじゃないの?…いや、よく知らないけど。」
要は困り顔で答えた。
「翡翠のルビー、か…。」
写真を手に取り、ぽつりと呟く順司。
「オーナーは、知ってるんですか?」
「話に聞いたことあるぐらいだけどな。確か…星陵鉱山の会社に勤める社員の一人が掘り出したとか。」
よくご存知ですねと、雫は目を見張った。
「その社員というのが、私の婚約者です。数ヶ月前…彼は星陵鉱山で翡翠のルビーを掘り出しました。…鑑定の結果、それは大変価値のある貴重な宝石だというのが判明しました。何十人という宝石商から売ってくれと言われましたが、彼は全て断りました。それから、知り合いの指輪職人に依頼して、婚約指輪に加工してもらったのです。しかし…一週間前、何者かに盗まれてしまったのです。」
「そうなんですか…。」
「…犯人の目星は付いています。警察にも届けましたが…相手が相手なもので、不用意に手出しができないのです。…そういう事情で、あなた方に依頼しに来たのです。」
うなだれる雫を、大丈夫ですよと要が宥める。
「…その犯人っていうのは、一体誰なんですか?」
「それは………。」
短い沈黙。
順司のタバコを吐く息の音だけが、耳に入ってくる。
「………紅咲 紗耶香さん。」
「なるほど、な…。それは警察も介入できねえわけだ。」
陸斗が納得したように返した。
「紅咲紗耶香って…あの…有名女優の…?」
「はい…。私と彼女は…高校時代に同じ部活に所属していたのです。」
紅咲紗耶香…要は、頭の中でその人物像を思い描いた。
常に赤や黄色といった派手色の服を身に纏い、茶色の天然パーマの髪と赤い瞳を持つ。
プライドが高く、欲しい物はどんな手を使ってでも手に入れないと気が済まない性格である。
しかし、その演技力はずば抜けており、映画やドラマのオファーが後を絶たないという。
「今も友達としてのお付き合いを?」
「友達…というのかはわかりませんが。高校時代の誼で…などと食事に行くことはたまにあります。私が翡翠のルビーを持っていることを知っているのは…彼女だけなんです。」
「そりゃ、怪しすぎるくらい怪しいぜ。まず間違いねえよな。」
陸斗の意見に、確かに…と要も同意した。
「お願いします…皆さん!お金なら、望むだけお支払いします…。今の仕事から彼が帰って来る前に…あの指輪を見つけてきて下さい!」
雫は深々と頭を下げ、懇願するように言った。
「雫さん…。わかりました、お引き受けしましょう。陸斗もオーナーもそれでいいよね?」
「んー…まあ、俺はいいけど。美人の頼みは断れねえしな。」
陸斗は左手の指先でシャーペンをクルクルと回しながら答えた。
「オーナーは……って、あれ?」
次に要が社長イスに目を移すと、今の今まで座っていたはずの順司の姿は無かった。
「順司さんなら出てったぜ。いつも通り、スクラッチやってくるってよ。」
「い、いつの間に…。はあ…仕方ないか。順司さん抜きでやるしかないなあ。」
呆れ顔をしつ肩で大息をつく要。
「お二人で大丈夫ですか…?」
「…大丈夫です。順司さんが居なくなるのは、日常茶飯事ですから。気が向けば合流するでしょうし。」
それでも心配そうな顔をしている雫に、
「いざとなりゃ、こっちには奥の手があるんで。雫さんは、ここでのんびり構えてくれりゃ、それでいいんすよ。」
陸斗が要の言葉に補足するように言ったのだった。
「住所は…うん、ここで合ってるはず。」
要はメモを見ながら、自問自答するように言った。
「セキュリティ抜群だな…さすが女優の家は違うぜ。」
双眼鏡で紅咲宅を観察しながら、陸斗が呟く。
二人は、紗耶香の家の近くの電柱から住居を観察していた。
「ボディガードらしきゴッツい奴らが、十数人に…警察犬としてよく使われる犬…名前は忘れたけど。とにかく、その犬が犬小屋に二匹。赤外線センサーが無数に張り巡らされてるときたもんだ。」
「どうする、陸斗?」
「時の魔術を使うに決まってんだろ。」
要に言葉を返すと、陸斗はポケットから水色の砂が落ちる砂時計を一つ取り出した。
「もちろん、準備はできてるよな、要?」
「当ったり前でしょ。…いつでもオッケーだからね!」
「それじゃ、行くぜ!時の守護者マテリエルよ…今我にその力を貸さんことを!」
呪文のように呟き、砂時計をひっくり返す陸斗。
すると…まるでビデオの停止ボタンのように、全ての物がピタリと動きを止めた。
「砂が落ち切るまでの時間は三分間…。行くぜ、要!」
誘いかけると同時に陸斗は走り出していた。
目指すは、紅咲紗耶香の衣装・化粧部屋。
「毎回言われなくても、わかってるって!」
要も陸斗に少し遅れ、紅咲邸へと侵入した。
(衣装部屋っつったら、二階にあるんだよな。)
そう踏んだ陸斗は、一階の散策を要に任せ二階を散策していた。
廊下にずらりと並ぶ部屋を一つ丹念に調べていく。
(たくっ…部屋作りすぎなんだよ。あーっと…ここは、ヒアリングルームか。んで、次が…書庫な。それからここが…って、三分どころか日が暮れちまうっつーの!)
七部屋ほど調べた時、
「陸斗ー!衣装部屋あったけど…無かったよ、指輪。」
階段を駆け上ってくる要の声が聞こえた。
「衣装部屋に無かった…?おっかしーな…紅咲紗耶香はどんなに大切なもんでもアクセサリーは衣装部屋に置く癖があるはずなんだけど。」
「紅咲紗耶香がはめてるんじゃないかな?」
「…だとしても、やっこさんの姿が見えねえんじゃどうしようもねえよな。そろそろ三分経つし…撤退すっか。」
陸斗が言って、要もそれがいいかもと同意した時。
「あなた達!誰の許しを得て、私の家に入って来てるの!?不法侵入で訴えるわよ!」
後ろから女性のヒステリックな声が聞こえてきた。
二人が振り返ると、そこには紅咲紗耶香とサングラスをかけた屈強そうなボディガードが三人立っていた。
「…ちぇっ、見つかっちまったか。」
「いくらなんでも無謀すぎたみたいだね…。」
呑気に話をする要と陸斗を見て、紗耶香は馬鹿にされたように感じ、ますます憤った。
「この私をコケにするなんて…許さないわ!行きなさい、あなた達!」
「イェッサー、マドモアゼル紗耶香。」
紗耶香の命令を受け、ボディガード達は一斉に二人に遅いかかる。
哀れ二人は、彼らの手によって袋叩きに…!
………と思われたが。
「グアッ!?」
低い悲鳴を上げたのは、ボディガードの方だった。
いずれも腹部や背中足などを押さえ、座り込んでいる。
顔には苦渋の色と汗が滲んでいた。
「悪ぃけど、俺らも簡単にやられるわけにはいかねえんだよ。」
不敵な笑みを浮かべ身構える陸斗の両手には、短い木の棒が二本握られていた。
「なっ…凄腕のボディガード達を一瞬にして払いのけるなんて…!」
「次はあんただぜ、紅咲紗耶香?」
「くっ…まだよ!あなた達…こんな子供はさっさと追っ払いなさいよ!プロなんでしょ!?」
紗耶香の命令に、痛みをこらえ一人のボディーガードが立ち上がる。
「女の子の方を狙いなさい!武器を持ってないみたいだから。」
「イェ…ッサー!」
今度はターゲットを要に絞り、ボディーガードが突撃する。
「要!」
「大丈夫だよ、陸斗!…降魔ベルセブブ!」
要が左手を高く掲げると…
「ワット!?」
ボディーガードは弾かれたように、後ろ向きに倒れ込んだ。
紗耶香は思わず目を見張ってしまった。
要の後ろに立っていたのは、羊のような角と鋭い爪を持つ全身真っ黒の悪魔だったからである。
「あ、悪魔…!?」
「欲にまみれた人間よ…持ち主に指輪を返すがよい!」
ベルセブブを降魔させた要が言った。
口調は鋭く威圧的で、言葉を発したのは要ではないようだった。
「持ち主に返せですって…?これは私が手に入れたのだから私の物よ!誰に返せと言うの!?」
腰は引けていたが、あくまでも指輪を返そうとしない紗耶香。
陸斗は、めんどくせーなとため息混じりに呟いた。
「け、警察がこっちに向かって来ているはずよ!あ、あなた達こそ、早く出て行きなさいよ!!」
「あがくのもその辺で終わりにしとけ。」
紗耶香の後ろから、タバコを吸いながら歩いてきた人物が言った。
「あ…オーナー!」
「順司さん…来てくれたんですね。」
要は嬉しそうに、陸斗はいつもの低いテンションで返す。
「よう、ちょいと遅くなっちまったが…タイミングはバッチリだったみてえだな。」
「だ、誰よ、あなた!?下手な真似をすると…どうなるかわかって…」
「警察に強制連行させるてっか?…悪いが、電話は使えなくしている。電話線をちょいといじって、な。だから、警察を呼ぶっていう手は通じねえよ。」
順司は、来たら蹴るわよとわめく紗耶香の横をスッと通り過ぎ陸斗の隣に立つ。
「何てことを…!」
「…本当は、あんただってわかってるはずだろ?他人の物を奪って自分の物にしたところで、そこにあるのは空虚感だけだ。誰よりも寂しがり屋で愛情不足で…誰かに愛されたくて着飾るんだろ、紅咲紗耶香…いや、矢園 優羽。」
「何を言ってるの…。私は…寂しがり屋なんかじゃないわ!そんな名前でもない…。私は…」
唇をわななかせ、紗耶香は口ごもっていた。
「矢園優羽…それが、あんたの本名なんだな。」
「ち、違うって言ってるでしょ!」
「紅咲紗耶香って名前より、よっぽどいいのによ。勿体ねえな。」
陸斗はからかうように笑って言った。
「人間…己を受け入れることが本当の強さであり、他人に受け入れてもらうのは、その後だ。順序を間違えるでない。」
「…小娘に私の何がわかるのよ!!」
紗耶香はそう言うと、懐から一丁のハンドガンを取り出した。
「これ以上、あなた達と話したくないわ。出て行きなさい…さもなければ撃つわ。」
「撃てるもんなら撃ってみな。」
「なっ…本当に撃つわよ!?」
ジャキ…。挑発するような発言をした陸斗に、紗耶香は銃口を向ける。
「………。」
仲間が危ないというのに、順司は止めもせずジッと成り行きを見守っているだけだった。
「いいぜ…そん代わり、後悔すんのはあんたの方だからな。」
「減らず口を叩くのね、あなた。そういう子供は大嫌いよ…消えなさい。」
紗耶香の右手が、引き金を引いた…。
「…順司さん!」
「おう、行くぜ。」
弾が当たる直前に、陸斗は素早く右に跳んだ。
すかさず、順司が紗耶香に向かって走る。
「銃ってのは、人を傷つけるだけの道具じゃねえんだぜ?」
「えっ…きゃっ!?」
パンッと乾いた銃声が響く。
しかし、今度は紗耶香が撃ったのではない。
…硝煙を上げる銃を持っていたのは、順司であった。
「あっ…。」
トサッ…と紗耶香は前のめりに倒れた。
「……っ……私の命を…奪うつもり…?この…泥棒が……!」
「…んなことするかよ。安心しな、紅咲紗耶香。順司さんが撃ったのは空砲だかんな。」
「空砲ですって…!?」
紗耶香は、苦渋の表情の中に驚きも入り混ざったような複雑な表情を浮かべていた。
「ああ、空砲だぜ?…ま、痺れて動けねえだろうが。プラズマガンだからな。」
「プラズマ…ガン…。」
「…ゆっくり話してる暇は無さそうだな。指輪…頂いていくぜ?」
そう言うと、まるでマジックのように鮮やかな手つきで、順司はスルリと指輪を奪った。
「要…。陸斗。帰るぞ。」
「はい!」
「了解!」
いつも通りの彼女に戻った要と陸斗を連れ、順司は廊下の先の窓を開け飛び出していった。
「紗耶香様!」
一足違いで、執事やメイド達が駆け上がってくる。
「こそ泥どもめ…今ならまだ遠くには行っておらんはずだ!急ぎ、追いかけ…」
「その…必要は無いわ。放っておきなさい!」
憤然としている執事に、紗耶香が言った。
「しかし…紗耶香様!指輪を取り返さなくてよいのですか!?」
「もう要らないわよ…あんな指輪。この紅咲紗耶香が事件に巻き込まれたなんて…マスコミには知られたくないもの。この件は一切口外しないでちょうだい。」
同日、刻の事務所にて。
「こんなに早く探してきてくださるなんて…本当にありがとうございました。」
雫は指輪を左手の薬指にはめながら、笑顔で言った。
「いえいえ、どういたしまして。」
「それで…報酬の話ですが…。」
要の瞳がキラキラ輝いた。
依頼人の笑顔が何よりの報酬だが、もらえる物はきっちり貰いたいのである。
「…わっかりやすい奴。」
陸斗は、やや冷めた瞳を向けぼそっと呟いた。
「単純とでも言いたげだね、陸斗…。余計なお世話よ。あんただって、タダ働きは嫌いなくせに。」
「あの、これ…今回の依頼料です。」
そう言って、雫は数枚のお札をテーブルに置いた。
要はそれを受け取りながら、
「毎度ありがとうございました。」
ニッコリ微笑み返した。
雫が事務所を去ってから、さて…と要はソファにかけ直す。
「ちゃんと分けなきゃね、三等分に。あ…オーナーは居ないから二等分しちゃってもいいかも。」
「…俺なら居るぜぇ?勝手に分けてるやつぁ、どこのどいつだ、要?」
「オ、オーナー…帰って来たんですね…。」
順司は帰って来たら悪かったかと毒づきながら、椅子にどかっと腰を下ろす。
「順司さん、お帰り。宝くじ…どうだったんすか?」
「ああ?…宝くじな。当たったぜ、五百円。」
「五百円…。」
要はやや呆れ顔で、順司に取り分を手渡した。
「オーナーにしては、当たった方なのかな…。でも、めったに当たらないんだから、そろそろ止めに…」
「うしっ。金も入ったところで、スクラッチやってくる。」
「いや、いい加減懲りてくれませんか?」
要の提案をスルーし、順司は元気に宝くじ屋に向かうのだった………。
-To be continued-