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二丁雷銃

 周囲は曇った空に覆われ薄暗く、太陽はまだしばらく昇りそうにない。


 ヴエロはついさっきまで、膝をついて銃を構えた姿勢で一晩を過ごした。恐怖で銃口を下げることができず、目も最小限の瞬きをするだけで、洞窟の入り口を凝視し続けていた。おかげで身体は石のように凝り固まり、張り詰めた緊張によって目眩がしていた。それでも、その場から一刻も早く離れたかったヴエロは、重い身体でバイクに飛び乗り、洞窟から全速力で飛び出した。


 アクセルスロットルを限界まで絞る。「ビィーーン」と音を立てるモーターの微振動と、タイヤから伝わってくるバイク全体の揺れる振動が合わさり、弱ったヴエロにさらにダメージを与えるが、身体の感覚はとっくに麻痺していた。そして、昨晩の出来事は幻覚だったかもしれないとさえ考えていた。今のヴエロの頭では何が現実だったのかも判断できなかったが、とにかく、人のいるところに行きたいと強く思った。

 昨晩までは、洞窟から真っすぐ『ホーロウ』に帰るつもりでいたヴエロであったが、今は『メタム』の街に寄りたい気持ちが強い。なぜなら街にはバーノの車団が滞在している可能性が高いと見当をつけていた。


 メタムの街が見えてきた辺りから、突発的に強く吹く風を感じるようになってきた。「ブウォーッ」と音を立てて吹く風に煽られ、バイクが横に流される。ヴエロはとっさにスピードを落とした。そして、ちらりと後ろを振り向いたヴエロは安堵した。

 バイクに飛び乗ってからというのも後ろを一度も見ていなかった。追いかけてくるものがあるのではないかと不安だったのだ。やっとの思いで後ろを振り返ることができたのは、街の姿が見えて心のどこかで『もう大丈夫だ』と錯覚したからだった。


 メタムの街を真っ二つに分断するように作られた大通りに、1台のバイクが入っていく。

 祈るような気持ちで道の先を見るヴエロ。街の中心部にいくつものトラックが止まっていた。あそこには間違いなく人がいる。ヴエロはほっとする思いでアクセルを握る。もうここで倒れてもなんとかなると思うほど安心感に満たされていた。


 近づくにつれ人の姿も確認できるようになる。トラックの周りには荷物が乱雑に並べられていた。荷下ろしの最中だったようだ。減速しながらトラックのそばまで近寄り、左手でブレーキレバーを握る。完全に止まると、バイクに跨ったまま両足を地面に降ろし、右手でカギを回す。

「カチャッ」という機械的な音がしただけでバイクの電源は切れた。

 だが、カギをつまんだ右手の指は、カギを放すことはなかった。親指と人差し指に力が入る。そして、左手はさらに強くブレーキレバーを握りしめる。

 ヴエロは、荷下ろしをしているバーノの仲間たちの様子に釘付けになっていた。


 今まさに荷物を持ち上げようとした人物は、荷物を持ち上げることができないでいた。「よっこらしょ」という声が聞こえてきそうな動きで何度も荷物を持ち上げようとしている。だが、持ち上がることはない。

 なぜならそれは荷物ではないからだ。この街に散乱する瓦礫の一つだろう。どこから飛んできたのか転がってきたのかわからないが、コンクリートの壁の一部に見える。1人で持ち上げられるようなものにはとても見えない。にもかかわらず、その人物は何度も何度も持ち上げようとしている。

その様子を見ていたヴエロは、さらに顔を引きつらせる。

 その人物の腕はダラリ垂れ下がり、紐のようにぶらぶらとしていた。腕の骨が無いかのように見えたが、違うとヴエロは思った。腕の骨が粉々に折れているに違いない。何十回、何百回と、本気であの瓦礫を持ち上げようとしたのだろう。

 ヴエロは、その人だけでなく他の人たちも様子がおかしいことに気が付いた。

 ある人物がトラックに荷物に積み込む。別の人物がその荷物を降ろし、そしてまた別の人物が降ろしたばかりのその荷物を積み込むということを繰り返す。

 ヴエロは、バイクに跨ったまま立ち尽くしてしまう。

 何が起きているのか理解できない。静かに繰り返される光景に恐怖を感じた。この狂気から立ち去らなくてはと思った。幸運なことに『彼ら』は誰一人としてヴエロの存在に気が付いていない。『彼ら』から目に見えるところにいるにもかかわらず、視界には入っていないようだった。



 カギをつまんでいた右手の指をゆっくりと広げる。指に目を向けると、カギの痕がくっきりとついていた。指の筋肉は痙攣し、手は小刻みに震えている。 

 ヴエロはここから離れることを決心する。


「ブローローローロー・・・」

 エンジン音に驚き、ヴエロはとっさに後ろを振り返った。同時に「ヒッ」と喉が鳴る。

 目の前には壁があった。間近で見るトラックのフロント部分は壁そのものだった。

 ゆっくり進んできたトラックが、ヴエロの真後ろに迫っていたのだ。ヴエロは『彼ら』に気を取られすぎていて、トラックの存在に気づくことができなかった。バイクに跨った姿勢では、逃げることはもちろん身を屈めることすら許されず、とっさに目を瞑る。それが唯一できることだった。


「バキッ!バキバキバキッ!!」


 ヴエロのバイクはトラックの下に巻き込まれ、無残な音を立てる。しばらくするとバイクを巻き込んだトラックは進まなくなり、その場で舟をこぎだした。下敷きになったバイクに乗り上げたことで僅かにタイヤが浮いてしまい、ひっくり返された亀のように身動きが取れなくなったのである。いくらアクセルを踏んでも、タイヤは地面を一瞬蹴るだけだった。

 ヴエロはトラックとそのトラックの下敷きになった自分のバイクをぼんやり見ていた。


「ヴエロ!」

 自分の名前を呼ぶ声に聞き覚えがあった。

「ヴエロ!!」視界に見覚えのある顔が割り込む。

「ダ!・・・??・・・ダンバさん?!」

「何ボーっとしてんだ!」ダンバは起き上がりながら、ヴエロに手を差し出す。

 ヴエロは自分が地面に倒れていることに気が付いた。そしてトラックに引かれる瞬間ダンバに突き飛ばされたのだと理解したが混乱は収まらない。

「なんで??ここに??」ヴエロは手を伸ばしながら最初に思った疑問を言った。

 ダンバはヴエロの手をつかむと、力強く引き起こし、そのまま立ち上がらせた。

「あ・・・ありがとうござい・・・」ダンバのかざす手によってヴエロの言葉は制される。

 ダンバは周囲を確認しながら口を開く。「ちょっとまて。今はここを離れ・・・」

「バンッ!」突然の音に反応し、2人はとっさにトラックに目を向ける。

 トラックの運転席の扉が乱暴に開き、同時に誰かゆっくりと降りてきた。ダンバは眉をしかめる。

「・・・・・・チッ」もう一度ヴエロの手をつかみ走り出す。



 ヴエロは、何が起きているのか知りたかったが、今の状況がそれを許さない。メタムの街はほとんどの建物が屋根や壁がないほどに破壊されており、そこら中に瓦礫が散乱している。

 しばらく無言で移動が続いた。開けた場所に出ると正面に石造りの建物が目に入る。ダンバは無言であの建物に入る合図をヴエロに送る。慎重に瓦礫を踏まないように中に入り、壁に背を任せる。中といっても壁は一部しか残っておらず、天井はない。机や椅子もない。

 いつしかダンバに握られていた手は離れていた。

 誰も追いかけてくる様子がないとわかると、わずかに安堵するダンバ。フゥーと長く息を吐きだしたあと、ダンバはヴエロの顔を覗き込み、軽くほほを緩ませる。そんなダンバの様子にヴエロは目をそむけてしまったが、力が抜けるほど安心に包まれた。


 ヴエロが落ち着いたとみたのか、ダンバは話し出す。「さっきお前が見たアレだが、もう人間じゃない。今、ホーロウもここもゾンビ化した人間だらけになってる。」

 ヴエロは何も言えず沈黙する。最後トラックから降りてきた人物を知っていた。運び屋バーノだった。当然ダンバも気が付いていたはずだった。

「・・・人間は感染しないはずじゃ・・・」ヴエロは状況が呑み込めず、自分の知っている常識で言ってしまった。

「あぁ・・その話は忘れてくれ。詳しくはサンテロのおやじに聞いてもらうとして・・・」ダンバは斜め上を見ながら少し考える。

「俺とサンテロは、ホーロウ周辺の廃墟街を回ることになっ・・・」

 途中で言葉を切ったダンバは、ヴエロの服を乱暴に掴み、力いっぱい横に引き倒した。

「なっ!・・・」倒されたヴエロは地面に両手を付き、すぐにダンバに振り向く。

 ヴエロの目の前を何かが通りすぎ、ダンバを突き飛ばす。

「くっ!」不意を突かれたダンバは歯ぎしりした。

 ダンバは突然現れたバーノに押し倒され、馬乗りにされている。右手でバーノの首を鷲掴みにし、突き放し、とっさに雷銃を抜きバーノの胸を打ち抜く。


         ― ダンバ視点 ―


 トラックから降りてきたバーノの顔は、見たことがないほど無表情だった。あんな顔は見たことがない。その瞬間、バーノが感染していると確信した。

 ヴエロは目を丸くして状況の理解に努めようとしていた。あまりにも混乱していたように見えたので、ワザとらしかったかもしれないが笑って見せた。ガラでもないことをしたと思っている。案の定、顔を伏せられてしまった。

 ヴエロの顔を見ていたらつい気が抜けてしまった。ヴエロの向こう側にバーノが見えた瞬間、肝を冷やした。なんとかヴエロは逃がせたが、バーノに噛まれてしまうとは。噛むことは全く予想できなかった。そんな話聞いてないぞドラセノ…。

そして、噛まれた瞬間、ラッチの顔が浮かんでしまった。俺の最愛の人間はラッチじゃないんだが。・・・悪いな。バーノ。



 閃光であたりが真っ白になる。あまりにも近い距離で放電した電池弾は、少し離れた位置にいたヴエロの全身をも電気で突き刺す。

 奇跡的に意識は飛ばずに済んだが、身体が言うことを聞かない。うつ伏せのまま、やっとの思いで顔を起こし、あたりを見回す。黒焦げのバーノの横にダンバも倒れていた。

 ヴエロは、一歩一歩這ってダンバのもとに近寄る。

 ダンバの身体は、触れると熱を持っていた。腕や首、顔には火傷の痕がある。ダンバの胸に手を当てたヴエロはハッとする。

 ダンバは心臓が動いていなかった。

 ヴエロは震える身体を起こし、両手を重ねてダンバの胸に当てる。上半身の体重を乗せ一定のリズムで圧迫する。何度も、何度も、繰り返した。



 優しい手がヴエロの肩に置かれる。

 ふと、人の気配に気づいたヴエロは振り返る。そこにいたのはサンテロだった。

「サンテロさん・・・」ヴエロは顔をクシャクシャにしてサンテロに助けを求める。サンテロにはボロボロと涙をこぼすヴエロを後ろから抱きしめるくらいしかできなかった。



 ビクリとダンバの身体が跳ね、パッと目が開く。ヴエロは身を乗り出してダンバの顔を覗き込む。

ダンバはヴエロを押しのけると、ふらつきながら立ち上がった。蒼白い顔でよろよろと後ずさりし、ヴエロから距離を取る。

「ダンバさん?」離れようとするダンバを不思議に思い、ヴエロは立ち上がろうとした。

サンテロはバッと右手で銃を構え、ダンバとヴエロの間に入る。銃口はダンバに向けられていた。


「・・・」ダンバはサンテロを見つめながら、引きつった顔で無理やり口角をあげる。ゆっくりと頷きながら声を出さずに口で言葉を作る。


 ダンバは自分の持つ雷銃の1丁からマガジンを抜く。「ジャキッ」とスライドを引くと装填済みだった銃弾が横から1発飛び出した。排莢されたその銃弾は寂しく地面を転がる。

 ダンバはマガジンを戻し、その銃をヴエロの目の前に放り投げる。銃は放物線を描き、そのまま「ドシリ」と音を立てた。その銃は、黒いグリップと艶消しされた銀色のスライドが特徴的だった。『Ruger P90』という刻印が「ギラリ」と光を反射する。


 サンテロは、ダンバに向けていた銃を下した。

「サンテロ。・・・お前のおやじに期待している。」

 ダンバはそう言って、もう1丁の雷銃を胸に当て自ら引き金を引いた。




 ヴエロは糸切れた人形のように膝をついた。煙を上げて倒れている焼け焦げたダンバを見つめながら。


 瓦礫を踏む複数人の足音が遠くで鳴っていたが、ヴエロの耳にはもちろん、サンテロの耳にもまだ届かない。




「・・・」

「・・ロ!」

「ヴエロッ!!」


 ヴエロは、気が付くとサンテロに胸倉を掴まれていた。

「・・・」サンテロは眉を寄せてヴエロを睨みつけている。

 サンテロが怒っている理由はヴエロにはわからない。頭の中が真っ白で何も考えていなかった。

 ドンっと硬いものを押し付けられ、胸に痛みを感じる。「ダンバの銃を持て!!」サンテロは変わらぬ剣幕でそう言った。

『ダンバの』と言われて身体が固まる。恐る恐る顔を向ける。焼け焦げた姿が目に入り、心臓を「ギューッ」と踏みつけられたような痛みに襲われる。さっきの光景が現実だと知ってしまった。

 サンテロはヴエロの胸倉を掴んだ手を引き寄せる。「今すぐここを離れる!しっかりしろ!」息が吹きかかるほど近い距離で言った。


 ヴエロは、サンテロに肩を借り、腰を低くしながら移動する。

 十数メートル移動したところにサンテロのバイクが停まっていた。サンテロはバイクにまたがるとエンジンのスターターに指をかける。

「キュルッキュッキュッ、ドォルドッドッドッドッ・・・」

サンテロが乗るバイクはかなり大きい。アメリカンと呼ばれるガソリンが燃料のバイクだと聞いたことがある。

 サンテロは『後ろに乗れ』とヴエロに合図する。


 瓦礫だらけの細い道でもスピードを殺さず器用に蛇行しながら抜けていく。そして大通りに出たサンテロは思い切りアクセルを絞る。

「バダダダダダッ パーン!ババババババーッ!」と重量感のあるエンジン音と破裂音を響かせながら、街を真っ二つに切り裂き走り抜ける。


 サンテロの長い髪がヴエロの顔をなでる。

 サラサラとした髪がヴエロの目の周りにだけ張り付く。ヴエロは右手でサンテロの身体に強くしがみつき、もう片方の手は、ダンバの銃を握りしめていた。

 街の端を抜け、まっすぐ東に向かってバイクは走っていく。


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