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希少度C「はぐれ牛」

 レーダーに表示された2つの点は、ゾンビ牛で間違いない。ヴエロはそう確信していた。


 2つの点はやや離れていたが、おそらく同じ群れの仲間だろう。ゾンビ牛は10頭前後の群れで行動するが、群れから離れすぎて「はぐれ牛」となることも珍しくない。


 この「はぐれ牛」は、群れのゾンビ牛よりも狙いやすい。ゾンビハンターにとって格好の標的だ。今回の2頭も「はぐれ牛」の可能性が高い。


 ヴエロは真っ直ぐその場所に向かって走る。岩を飛び越え、ときには身長の倍はある高さの岩から飛び降りながら、コケに覆われた岩肌を全力で駆け下りる。僅かなミスも許さない危険な行動だが、急ぐ理由があった。


 山の中腹ではレーダーが遮蔽物に阻まれ役に立たない。今、目を離してしまえば、二度と見つけられないかもしれない。


 焦りが速度に表れ、ヴエロは全身の感覚を研ぎ澄ませる。足の着地点、重心の置き方、地面を蹴る力加減。左手でバッグの紐を握り短く持ち、右手で着地や岩を飛び越えるときの補助をする。すべての神経を集中させなければ、即座に岩に激突してしまうだろう。


――目的地付近――


ヴエロは息を押し殺しながら、ひときわ大きな岩の上でうつ伏せになった。


 バッグから単眼鏡を取り出し、右目に当てる。だが、呼吸が乱れているせいで視界が揺れ、注視点がブレる。ゾンビ牛の存在を確認したい焦りが手元をさらに狂わせる。


 山頂でレーダーを確認してから、時間はさほど経っていない。ゾンビ牛がまだこの辺りにいる可能性は高い。しかし、周囲は死角が多い。焦るばかりで見つけることができない。


 ヴエロは一つ失敗に気づいた。山頂でレーダーを起動したあと、即座に移動してしまった。あの時、もう少しその場に留まって、白い点の移動方向とスピードを確認すべきだった。


「こんな初歩的なミスを……」


 自己嫌悪に陥りながらも、頭を切り替えるしかない。ダンバには絶対に内緒だと、心に決める。


「んーもぉー」


突然、低いうなり声が耳に届いた。


「ッ!!」


 全身が緊張し、血が逆流するような感覚に襲われる。最も近い死角は、この大岩の真下だと瞬時に悟った。


 ゆっくりとほふく前進し、岩の下をのぞき込む。そこには思った通り、1頭のゾンビ牛がいた。黒い体毛と硬そうな皮膚を持つその姿は、間違いなく希少度Cの品種だ。


ゾンビ牛はこちらに気づいていない。ヴエロの胸は高鳴り、手汗で単眼鏡が滑りそうになる。


 しかし、もう1頭の姿が見当たらない。ヴエロは目の前のゾンビ牛を取り逃がすつもりはないが、もう1頭を先に確認したいという衝動に駆られる。


「(どうしよう……)」


 ヴエロは心の中で問いかけた。目の前の1頭に集中するべきか、それとももう1頭を探すべきか。緊張感が頂点に達していた。


「いや、欲張っちゃだめだ…ダンバさんもよく言ってた」



 単眼鏡をポケットにしまい、ヴエロはライフルのような長い銃身の銃を取り出す。『雷銃』、あるいは『電池銃』と呼ばれる特殊な武器だ。


 この銃は、かつての鉛を撃ち出す銃と同じ構造だが、弾薬が異なる。弾頭には特殊な電池が使われており、着弾時に瞬間的に膨大な電流を放電する。放電による感電が主な目的のこの銃は、発射時の閃光と轟音がまるで雷のようだ。


 ヴエロは大きな岩の上から身を乗り出し、真下に銃口を向ける。この距離で使う銃ではないが、そんなことは構わない。至近距離から、それも真上からの狙撃の機会など滅多にない。


 岩のすぐ横にはゾンビ牛が佇んでいた。ゾンビ化によって『食べる』という行為が不要となったはずのゾンビ牛だが、その口は草のない大地で咀嚼を続けている。まるで目の前に草原が広がっているかのようだ。


「ゾンビ牛の目には、青々とした草でも見えているのか……」


 引き金を絞る指に微かな汗が滲む。ヴエロは息を詰め、ゆっくりと引き金を絞る。この距離で外すはずはない。


「ズダーーン!」


 雷鳴のような轟音とともに閃光が走り、地面や岩肌に稲妻が散った。放電の衝撃はゾンビ牛の体を貫き、その場に倒れ込む。


 焦げた肉の匂いが漂い、ゾンビ牛の身体から煙が上がる。その姿を見下ろしながら、ヴエロは冷静に考える。この電流なら人間なら即死だが、ゾンビ牛であればしばらくして目を覚ます。だからこそ、迅速に次の手を打たなければならない。


 ヴエロはバックから黒い金属の筒を取り出した。筒の蓋をひねると、中から円柱状のガラスがするりと現れる。さらにその中には紫色の液体が入っている。これは『ゾンビ溶液』。


 この液体には濃縮されたゾンビたんぱく質が含まれており、特殊なレーダーに強く反応する。金属の筒に収められているため普段は遮蔽されているが、取り出せばバーノが持つレーダーが反応し、ヴエロの位置を知らせることができる。


近くで一番高い岩を探したヴエロは、ガラス筒をそっと置き、深呼吸を一つして周囲を見渡した。


「次はもう1頭だな……」


そうつぶやきながら、彼女の目には、狩りの鋭い決意が宿っていた。



 太陽が傾きだしたころ、1台のトラックが到着する。バーノとその仲間たちは手際よくゾンビ牛の積み込みを進めている。


 「そういや、シリカリから戻ってきたうちの連中から聞いたんだが、サンテロのオヤジを乗っけて来たって話だぜ。」


トラックの運転席に乗り込もうとしていたバーノが、思い出したかのように話す。


「……サンテロさんのお父さんですか。」


ヴエロは記憶を辿るが、思い当たる人物はいない。


 「あー、会ったことないんだったか?シリカリでゾンビウイルス研究やってる変わった奴さ。悪い奴じゃねーんだがな。おめーさん、ホーロウに戻ったらサンテロんとこ行くんだろ?サンテロのオヤジに会ったらよろしく言ってくれや。名前はドラセノだ。」



ドラセノ

 シリカリのゾンビウイルス研究者で、サンテロの父。ダンバやラムレッチーとは旧知の仲。

研究のためなら日常を忘れる変わり者で、幼少期のサンテロをラムレッチーに預けて実験に没頭していたとか。サンテロが大人になった今でも親子としての付き合いはほとんどない。



ゾンビ牛を乗せたトラックは遠ざかっていく。


 それを見送るヴエロは、緊張の糸が切れ、一気に力が抜けてしまった。周りは薄暗くなろうとしている。今日できることはもうない。そう考えたヴエロは洞窟へ向かった。


洞窟で火を起こし、明かりと暖を得る。完全に暗くなる前に戻れて良かったと安堵する。


 鞄に手を突っ込み、わずかな保存食を取り出そうとした。しかし、それらしきものが手に触れない。鞄をまさぐる手が、空虚感に包まれる。胃が締め付けられるような感覚が襲った。


改めて覗き込むが、どこにも見当たらない。


「……あー、忘れた……。」


ヴエロは呆然と座り込み、自分の失敗を受け入れた。保存食を家に置き忘れてきたのだ。


 焚き火のオレンジの光が洞窟の壁に影を揺らし、不規則な模様を作る。その中でヴエロは独り、反省会を始める。


前回ここに来た時も、ダンバと焚き火を囲みながら1日の反省会をしたものだった。


「思い込みは死に直結する」


 ダンバがよく口にしていた言葉が蘇る。以前に比べれば成長したと感じるが、爪の甘さはまだあるとヴエロは自覚している。それでも、経験を積めば自然と冷静さが身につくだろうと考えている節がある。


もしダンバがここにいたら、また何かしらの教訓を教えてくれたのだろう。


洞窟の壁に背を預け、ヴエロは目を閉じた。


「食料がないのは致命的すぎるかな…」


「よし、もう1頭は諦めて、明日は、朝一番でホーロウに帰る。そして、サンテロさんに会いに行く。」


頭の中で予定を描きながら、彼女はふと呟く。


「サンテロさんのお父さんってどんな人だろう。」


 厨房で料理を作るダンバの背中が思い浮かんでしまい、ヴエロはブンブンと首を振る。


「サンテロさん似で、シュッとしてて、白衣の似合うイケメンのお父さんなのかな。」


 ヴエロの周りには、ダンバをはじめ胸板の厚めな男性が多いため、思わずそんな想像をしてしまうのであった。



「………………」

「………キン、キン、キン……」


 ヴエロは、音に気が付いてハッと目を開けた。一瞬、いつの間にスイッチを入れてしまったのだろうと疑問に思ったが、その考えをすぐに振り払う。鳴っているということは、近くにゾンビ牛がいるということだ。


 とっさに銃を手に取り、洞窟の外へ出ようとした。その瞬間、洞窟の入り口付近に立つ異様な影に目を奪われた。


 焚き火を挟んだ直線上、わずかに外側に立つ1頭のゾンビ牛。その姿は、焚き火の揺れる明かりに照らされ、影が顔にチラチラと落ちていた。異様な雰囲気に、ヴエロは息をのむ。


ゾンビ牛はゆっくりと『立ち上がる』。


 その動きは妙にぎこちなく、それでいて異様に人間的だった。2本の足で直立するその姿は、人間に化けた何かのようで、恐ろしいほどの違和感を感じさせる。


 ヴエロは片膝をついた姿勢のまま、流れるようにボルトを引き、瞬時に銃を構えた。引き金に触れる指先に汗がにじむ。鼓動が耳を支配する中、覚悟を決めた彼女は一瞬の躊躇もなく引き金を引いた。


「ズダーーン!」


 雷銃から放たれた閃光が、洞窟全体を真っ白に染め上げた。一瞬後には暗闇が戻り、静寂が支配する。


しかし、ゾンビ牛の姿はどこにもなかった。


閃光が消えた瞬間、その輪郭が揺らぎ、跡形もなく消えていたのだ。


 冷や汗がドッと噴き出る。洞窟内で反響した銃声の影響で、しばらくは耳が使いものにならない。目の前で起こった出来事に理解できず、そして、この状況で聴覚を失った恐怖が押し寄せる。



 彼女は外が明るくなるまで、洞窟の入り口に銃口を向け続けた。焚き火は次第に小さくなり、冷えた空気が肌を刺す。それでも、彼女は洞窟の入り口から視線を外すことができなかった。


「さっきのは………なに?………」


 自問自答を繰り返す中、頭の片隅で警告が鳴り続けている。次に何が起こるのか、それを知る術は今の彼女にはなかった。

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