荒廃街「メタム」
ひび割れた大地を1台のバイクが疾走する。道は無く、周りには送電用の鉄塔が距離を空けて立っているだけだ。
バイクは鉄塔に張られた送電線に平行して一直線に走っている。目指しているのは、この送電線の先にある『メタム』という廃墟街。
ヴエロは気分が良かった。スロットルを限界まで絞ると、駆動系はさらに回転を増し、モーターは伸びのいい音を響かせた。整備したばかりのバイクは絶好調。タイヤの空気圧も完璧で、安定感が違う。
荒涼とした風景の中、風が肌を撫でる。だが、路面はひび割れだらけで、スピードを出しすぎれば転倒のリスクもある。それでもヴエロはアクセルを緩める気はなかった。
今回、ゾンビ牛が目撃されたのはホーロウの北40キロにあるメタム。ゾンビ牛の品種は希少度Cとの噂だ。この品種なら1頭捕らえるだけでひと月の給金の半分。ハンターを志す理由としては十分だ。
ただ、ヴエロには捕まえたゾンビ牛を運ぶ手段がない。
そんなハンターのために、ゾンビ牛の輸送を請け負う『運び屋』が街にやってくる。運び屋への手数料は1頭につき40%〜50%。高く感じるが、輸送には人手も燃料も必要だし、なにより危険を伴う。
通常、ゾンビ牛はおとなしいが、危害を加えられると狂暴化する。
以前、ヴエロは希少度Cのゾンビ牛を5頭捕らえたことがある。だが、運び屋を待つ間に全頭が暴走。制御できず、すべて失った。その経験は苦い記憶として刻まれている。
アクセルを緩めると、遠くに街の中心部と運び屋のトラックが見えた。
メタムは、平地にポツリと現れる廃墟街。一本の大通りが街を真っ二つに分断している。この大通りは、街の外からでも中心部が見渡せるほどまっすぐだ。
大通り沿いの木造建物は屋根を失い、竜巻による被害の痕跡が生々しい。この地域は竜巻が頻発し、無人となった今もその影響を受け続けている。
風が建物の隙間を抜ける音が、廃墟街特有の静寂を際立たせる。この街に住む人間は一人もいない。
「おう!ダンバんとこの通い妻じゃねえか!」
「(通い妻!!・・・)お疲れ様です。バーノさん。(ニッコリ)」
「いや違ったか、その連れ子だったか?」
「ちょっと!冗談はやめてくださいよー!すぐ子供扱いするんですからー」
バーノ
「ホーロウ」を拠点に物資の運搬を手がけるベテラン運び屋。ホーロウの食糧や資材の大半はバーノの車団が運んでいる。ダンバのレストランやラムレッチーの店も例外ではない。顔が広く、誰からも愛される気の良いおじさんだ。
「そんで、目星はついてんのか?」
「いえ、レーダーの方にもまだ反応がないので。」
「そうか……いくつかのチームが周辺を探してるが、見つかる気配がねえ。街から離れちまったのかもな。それに、今回目撃されたのは希少度Cって話だろ。レーダー持ちも少ない。」
「お前さんには、北西の山を視てほしいんだが、どうだ?」
ヴエロはバーノの提案に納得した。運び屋を生業にするバーノが偽情報を流すとは考えにくい。それに、現状、ゾンビ牛を見つける可能性が最も高いのは自分のレーダーだ。
「分かりました。北西の山を探します。」
「ハハッ!悪いな!安くしといてやるよ!」
バーノはヴエロの頭を温かい手で鷲づかみにし、乱暴に撫でた。
ヴエロは山の方に向かってバイクをとばす。岩肌がむき出しになったその山には、森もなく、植物らしい植物は見当たらない。ただ、時折降る雨の影響か、岩には緑色のコケが薄く張り付いていた。
以前、ダンバとこの山を訪れたことを思い出す。ゾンビ牛のハンティングを学び始めた頃で、山の入り口付近に洞窟を見つけたことがあった。雨除けに適しており、バイクを隠すにも理想的なその場所を拠点にしようと考える。
洞窟は、3人が手を広げて並べるほどの横幅で、高さは2メートル弱。人が入れる部分は浅く、奥行きはうっすら見える範囲で終わっていた。
ヴエロは洞窟の奥にバイクを隠すと、荷物に手を付けることなく、すぐ外でゾンビレーダーのスイッチを入れた。期待を込めたが、レーダーからは「ヴーン」という振動音のみ。反応はゼロだ。
装備を点検し、徒歩での登山準備を整える。まずは山頂まで登り、レーダーを起動するのが最善だと考えた。希少度C程度のゾンビ牛なら、山全体をカバーできる範囲内に捉えられるはずだ。
コケで覆われた岩肌は思った以上に滑りやすい。乾燥した状態でも足を取られることがあり、雨が降ればさらに危険が増す。ヴエロは慎重に足を運びながらも急ぎ足で進んだ。
この山は標高こそ低いものの、巨大な岩が複雑に積み重なっているため、死角が多い。ゾンビレーダーは密度の高い岩や鉱物で遮られる弱点があり、山の中腹で起動しても近くのゾンビ牛すら見落とす可能性がある。
ようやく山頂にたどり着いたヴエロは、腰を下ろし、景色に目をやる。眼下にはひび割れた大地が広がり、送電線がどこまでも続いている様子がうかがえる。目の前の空間の広さに圧倒され、一瞬だけ疲れが和らぐ気がした。
ふと、ダンバに言われた言葉が脳裏をよぎる。
「ヴエロ。お前は今日からうちの店を手伝え。」
その時は乱暴な言葉に思えたが、当時のヴエロにとっては救いだった。ただただ、ダンバへの感謝が胸にあふれる。
ヴエロは気を取り直し、ゾンビレーダーの出力を最大にしてスイッチを入れる。画面をじっと見つめると、すーっと白い点が2つ現れた。
目を見開き、時間が止まるような感覚に囚われる。装置が「キン、キン、キン」と知らせる音も、彼女の耳には届かない。装置の画面と、示された地点を交互に見比べながら、その位置を記憶に焼き付ける。
ヴエロは目を閉じ、深呼吸をして冷静さを取り戻す。目的地への最短ルートを頭に描きながら、山を駆け下りる自分の姿をイメージする。
ゆっくりと目を開いたヴエロは、てっぺんの大岩から一気に飛び降りた。