西の山2
呆れるほどに 遅筆で申し訳ありません
月刊アルカナ、娯楽の少ないアルカナの国民的読み物、ゆる~い時事ネタから生活の知恵やちょっとした政治や経済ネタなどもかすめながらオカルトまであつかう無節操な娯楽誌。それの人気企画『何でもランキング』の美味しいご飯ランキングに西の山の信の道場が載ってしまった。それも、王都の老舗料亭『鈴鳴り亭』や人気の旅館『太鼓判』を押えての第二位である。
内容の一部・・・
そこにあるのは名店の贅沢な食材を使った物とは比べ物に成らない何処にでもある、ありきたりな食材を使った皆が食べなれた料理だ。しかし旬の食材を丁寧にあつかいつくられた慎ましやかな膳には作り手の人柄までにじみ出るような、ぜびもう一度食べたい逸品だった。
とか何とか・・・。
何かと西の山びいき、信びいきで知られるかの本だが、それを差し引いても余りある惚れ込みかたが行間からもにじみ出ている。西の山で振る舞われたのは、さぞや美味しい料理だったのだろう。読み手の心は安価ではないがお金を払えば万人が食べられる料理より、限られた人々の間でのみ食べられる料理の方に大きく惹き付けられることとなったようだ。その結果として安易な欲望に魅入られた者達が軽率に加わり今回の練習会の参加者が大幅に増加したのだった。
決して広いとは言えない山道に多くの人が列を為す。
「おや、珍しい、君が付き添いかい。」
「そう言う貴方こそ。」
「月刊アルカナ、観ましたか?」
「やはり期待値大ですよね。」
そこかしこでこんな会話が繰り返されている、大人達は皆そわそわとあたりを見回し落ち着きがない。
勢いで参加したは良いが自身の大人気ない行動に少々後ろめたさも感じているのだろう。それらしい者を見付けると歩み寄り、さも有りなんと互いに同意を求める。仲間が欲しいのだ。
師がこんな調子なのだ弟子もまた落ち着きなく視線を泳がせ同胞と無駄話をしながら山道を歩いている。そんなふわふわした心地のなかで剣士の卵たちは木々の間に見え隠れするアルカナの守護者を見つけてしまったのだ。平常心を欠いた彼等の中におこった小さなさざ波はまたたく間に大きくなる。
本物かどうか確かめたい。憧れの人の姿をもっとよく見たい。二人の前を行く者はその歩を遅くし、後ろを行く者は歩を早める。山道はすっかり飽和状態になり、起こるべくして事は起こる。
「うわぁ!」
すぐ前を行く者の話に気をとられていた筋肉質の少年が谷側によろめいた。
「危ない!」
斜め後ろにいた、大柄な少年が彼を助けようと大きな動作でそれに手を差し伸べる。
「へっ?」
「ひゃっ!」
仲間としては当然の行為だが、いささか回りの者への配慮にかけた行動は、危く谷への転落をまぬがれた筋肉質の少年の側にいた赤毛の少女を谷に突き飛ばす結果となった。
大柄な少年は自身の愚行で谷へと転落しようとしている少女を助けたいのだが、筋肉質の少年を引き戻すために大きく身体の重心を山側に傾けているのが仇となり、目の前の少女に手が届かない。
周りの大人も混みあう人にはばまれて上手く少女に手を届かす事ができない。
踏ん張る地面の余地が無い足はその役目をはたせず、少女の身体は谷側に大きく傾く、両腕は何かに捕まろうと必死に空をつかむ。
このままでは事故がおきる。
嫌な緊張が山道の人垣の中にはしる。
「爽!」
「承知。」『言霊』『強化』
凱が発する一声とほぼ同時に爽は左手で印を作り言霊を発動させた。
山も谷も木々までがふわりと爽の気をまとう。
凱は爽の言霊で強化された山道の地面を強く蹴って空中に飛び出し、クルリと身体の上下を反転させると、これまた強化された山道に大きくせり出した松の枝を思い切りよく蹴り、そのまま少女目掛けて降下し一瞬先に谷へと落ちた少女の体を、なんなく空中で捕らえ周りの木々で彼女が傷つけられないようにグイと自身の身体に引き寄せ太い腕で囲いこむと、空中でふたたび上下を反転させて、手近な岩場や丈夫そうな木々に着地と跳躍を繰り返し悠然と爽の前に戻ってきた。
「御疲れ様。」
爽の言葉とともに、まわりに安堵が広がり次に歓喜がおこる。
「何、大した事はしていない。
それより、怪我は?痛いところや力の入らぬところはないか?」
あたりに広がる歓声を野太い声で制し、怪我の有無をしらべてから安堵の表情で少女を地面に下ろし、二人の少年の方に眼をやり、お前達は周りに気を配ることが不得手のようだが今後はそのあたりに留意して修行に励んでみてはどうか。などとアドバイスをする。
筋肉質の少年は頭に置かれた大きな手の感触に意識の大半を奪われている、いっぽう、大柄な少年は少女を突き飛ばした腕から眼を離せずにずっとうつむいている、どちらにも凱の言葉は本当の意味では届いていないようだ。二人の少年の付き添いの剣士は凱の方を向き心得ましたと頭を深く下げた。
「爽、腕を上げたか?」
兎に角、広い場所を行儀よく目指そうと動き出した行列の中で凱が小声で話しかける。
「ん?」
同僚の言葉の意味するところがつかみきれずに爽は半端な相づちをうつ。
「お前のこれだ、早さも強度も格段に上がっている。」
そんな爽にかぶせる様に凱が手をひらひらさせながら言葉を続ける、言霊の事を彼はこの手振りであらわす。
「ああ。ここは師匠の気で満ちているかね。今なら発動の早さも強度をも周並みだよ。」
爽はさらりと弟弟子の名を引き合いに出した後、西の山は信の影響で言霊使いにとって、たいへん都合の良い環境なのだと説明してくれた。