ちょっと前の話
アルカナ国はドワナ大陸北の山間部にあり、深い針葉樹林に囲まれた平面の少ない国土は人の往来を阻み、豊かな山川の恵みは国民のつましい生活を支えるには十分であり、他国との交友を積極的に行う必要がない、そんな事情からアルカナは大陸の中でも特殊な文化を育んできた。その影響かアルカナ国民は大多数が身体が大きく身体能力は高く強いが魔法は不得手かほぼ使えないなど、ドワナ大陸の他の国々と正反対の特徴をもつ。生活にも戦闘にも魔法が不可欠なこの世界でそれは大変不利としか言いようがない。魔法に変わるものがアルカナにも少しはある、それが『言霊』だ。ある種の印を用いて言葉の力を増幅させる術だ。アルカナが言葉を大切に扱うのはそのためだ。
凶事
山間部の気候は変わりやすい。
昼食時には穏やかだった空が夕暮れを待たず、にわかに掻き曇りあっという間にバケツをひっくり返したような大雨になった。数年前に王位を息子に譲り王墓に近いここ中の山で、墓守り兼隠居を決め込んでの離宮生活を満喫していた陽威のもとに懐かしい顔ぶれが集まってきたのは今日の昼過ぎのことだった、なんでもこの冬の攻防戦で息子を亡くした頼を励まそうとの酒宴らしい。酒だの肴だのを持ち寄り近況報告から昔話にと皆思う存分に語り笑い、そして泣いた。「年寄りは涙もろいものだ。」そんな言葉をかけあい、なんだかんだと繰言し気持ちの落とし処を見付ける、そんな時間を六人は共有した。
「あの見事なこぶしを愛でながら、もう一献といきたいところでしたが・・・。」
すっかり出来上がった様子で楽しげに酒を酌み交わしていた大男が、自宅で独り留守番させる訳にもいかず同席させていた息子の忘れ形見がうつらうつらしているの見て席を立とうとした。
「おお、優はもう就寝の時間か・・・。」
「大人ばかりの席で、よく大人しくできたものだ、景は子育ても上手だったのだね。」
「道理で、猪突猛進タイプの頼の孫とは思えんからなぁ。」
幾つになっても年の差というのは埋められないものの様で、七十にも手が届きそうな頼が信や建にかかれば手のかかる若者扱いだ。
「幼子に夜道はきつかろう。今夜は泊っていってはどうかな?」
皆の名残惜しい気持を察した陽威が声をかけ、頼も素直に厚意にあまえて、優を侍女に預けてまた座りなおし、宴は再開された。
遅くに授かった孫というのは格別というが、頼もそうか?などの皆の問いかけに
「そうだな。あの子は器用だそれに言霊が使える。」
普段は身内の話をそう語るタイプではない頼がややピント外れとはいえ、珍しく話に乗ってくるので一同も調子づいて、ならば次期聖火将軍は孫娘殿で決まりだな。などと大げさな言い回しの合いの手をいれたりした。
「いやいや、あれの父親・・景は優には文官への道を、などと言って・・
まあ、結果的には、遺言のような形になってしまったのだが・・。
それに、優は男の子だよ。」
頼がちょっと複雑な笑みをうかべた。
まずい合いの手を入れてしまったと建はばつが悪そうに白髪頭をかいた。
「おや、あのかわいらしい幼子は男子だったのか。二三言葉を交わしただけだが、少し大人しいきらいはあるものの、利発な子だった。五歳の誕生日を迎えたら私の道場に通わせてみてはどうかな。読み書きそろばん世情に至るまで基礎から実践までしっかり指導するよ。」
先ほどの建の失言をフォローするつもりで聡は言った。
それを聞いて頼は随分と困った顔をして更に済まなさそうに言葉をぽつり。
「いや・・・優は今月末で六歳だ。」
どうしようもなく気まずい沈黙をやぶったのは陽威の豪快な笑い声だった。
「ぶっはっはっ。相変わらずだな、頼は言葉が足りない、建は考えが足りない、それから聡、お前は気を回し過ぎだ。頼と建の仲ならあの程度の行き違いわだかまりになどならない。」
往年の剣士達はそれぞれに笑い酒を酌み交わした、楽しい夜はまだ続く。
深夜、頼は邪な気配を感じて眼を覚ます。あたりに濃い瘴気が満ちている、慌てて陽威の方に眼をやれば、一際濃い瘴気がどす黒い霧状の渦を巻き陽威の身体を取り囲んでいる。
まずい、頼は剣をかまえ陽威の側に駆け寄ろうとするが、周りでうごめくぶよぶよしたゼリー状の邪な物に邪魔されて思うように進めない。
そうしている間にも、どす黒い瘴気は陽威の身体ごと魂までをも侵食していく。
「黒衣の魔女だ。皆、大丈夫か?」
頼は叫んだが仲間の返事は返って来ない、魔女の術に落ちて身動きすら出来ないのか、既に息絶えているのか、今は確認する余裕すら無い。深酒していたとはいえこの失態、頼は眠り込んでしまった事を心底後悔した。程なく、身体が馴染むのを待っていたかの様に陽威の口を借りて魔女が言葉を放つ。
「さて、先ほどは邪魔をされましたが、今度は上手くいきましたね。お前達の大切な主君は私の手の中です。」
「・・・!」
魔女の言葉に意味がよく分からないところもあるが事態が最悪なのは分かる
「まったく飽きもせず何度も何度も、忌々しい言霊使い達、でも最後は私の勝ち。
お前はこの体には逆らえないでのしょ。この声で命じられれば、決して否とは言えないでのしょ。
ふふ、今すぐ死ねと言えばやっぱり命を絶つのかしら?面白いわぁ。でもね・・・」
陽威の顔が陽威のものではない下卑た笑みに歪み、さも楽しげに言葉を紡ぐ。
「そう、まずはそこにころがっている間抜け面たちを始末なさい。」
万事休す
頼が天を仰いだその時、背後から聞き覚えの無いが声が聞こえた。
「加勢に参りました。回りのモノは引き受けます、頼様、陽威様の方をお願いします。」
よく通る声だ。
眼の端に鉄紺の装束の人影が入る、あれは聖火の略式装束か?相手に敵意は感じられないものの、頼は違和感を覚えるずにはいられない、困惑しながらもその青年に言葉を返す。
「君は何者だ・・・私に我が君を斬れと言うのか。」
敵味方の判別も付かない青年は頼の苦痛に満ちた言葉に一瞬、戸惑いの色を見せたが、すぐに事を悟る。
「・・・頼様。『浄化の言霊』をお持ちで無いのですね。」
視界の端から声の主が一太刀で周りのぶよぶよをなぎ払いながら一跳びに頼と陽威の間に割って入る凄まじい剣圧に身体が持って行かれそうになり頼は身を屈めて踏ん張り耐える。
「来たな、黒髪の聖火。先ほどは遅れを取ったが今回はそうはいくまい。」
陽威の中に入り込んだ黒衣の魔女は勝ち誇ったように頼と黒髪の剣士を交互に見るがその瞳には動揺の色が見て取れる。対して青年に焦りや動揺は見られない。
『言霊』
黒髪の剣士が剣を仕舞い両手で菱四の印を作る
『浄化』
凛とした声が辺りに響き印がほのかに光ったかと思うと、あたりの空気が密度を増し緩やかに陽威と憑依している黒衣の魔女を取り囲む。
陽威の口で魔女は何かを言おうとしたが、頼はそれを聞き取る事は出来なかった。正確にはあまりにも信じられないモノを目の当たりにして他に気を回す余裕が無くなっていた。
『言霊』は万能ではない、人の作り出した言葉の力を使うのだから、世の理を逸脱した効力は期待できない、死人を蘇らせたり、神やそれに等しい存在を消し去るなど出来るモノでは無いのだ。少なくとも頼はそう師に教わり自身もそう教えてきた。
黒衣の魔女は人にあだなす存在ではあるが、神にも順ずる存在だ、そしてアレほどに一体化が進んだ被憑依者は憑依したものと命運を共にせざるをおえない、つまりは人ごと叩き切って動きを封じてから封印するしか術がない・・・だから、人柱として陽威を死なせる覚悟を決めかねて頼は動けずにいたのだ。
それを、今この青年は事も無げに憑依者と被憑依者の分離をやってのけようとしている、さすがに一瞬とはいかず印を結び言霊を発動させ続けているが、頼の眼にはもう勝負はついている様に見えた。直におとずれる魔女の消滅と共に、辺りの邪なモノ達も消滅するだろう、危機は去ったのだ。
安堵とともに頼のなかにいくつかの疑問が頭をもたげた。
「君はどこでそれを・・・?」
確かめたいことは沢山あるが最初に出たのはこんなものだった。まあいい時間は沢山ある。
その時、予想外のことが起きた。
「・・・!時間切れです。」
悔しげに視線を泳がした青年の姿がゆらゆらと頼りない幻のようにかすみ始め、後一歩のところで青年は印を解かざるおえなくなる、仕方ないと云わんばかりに剣をかまえ陽威に絡みつく霧状の闇と陽威を荒っぽく切り離し、よほど余裕が無いのか、頼の方に陽威を突き飛ばすようにしてよこす。
「・・・?」
一瞬事態が飲み込めない頼に青年は済まなさそうに視線を向けて口を開いたが言葉を伝える事は叶わず、彼の姿は最初から居なかった様に消えてしまった。
あっけにとらわれている場合ではない。兎に角、我が君をお守りしなくてはならない。青年の存在が消えた事で俄かに勢いを取り戻した魔女はあのぶよぶよを増やし始めている。
「剣を取れ!」
頼は叩き起こした仲間達に魔女に精神を食われ弱りきった陽威の身をたくし『言霊』を発動させる。自分には残りかすといえども魔女の『浄化』は手に余る、やはり『封印』しかない、最強の。浅く息を吐き深く息を吸う、腹のあたりに気力を溜めて両手で印をつくる、先ほどの青年と同じ菱四だ。
「待て。早まるな。」
後ろから信の声がする言霊使いには珍しい甘い声だ
「黒衣の魔女を外には出せん。」
「障壁・結界ならワシの方が適任だ。」
「信には異界封じの任がある。二つ同時はきつかろう。」
「しかし・・」
六人の中の最年長の信は、なおも食い下がる。
「優はどうする、父も祖父も黒衣の魔女に命をくれってやったなどと私に伝えさせる気か?」
返事の代わりに、頼はちらりと振り返り大きな瞳を更に大きくして、おどけた様に少し笑う、まるで優なら大丈夫と信に言って聞かせるように。多勢に無勢の中必死の形相で剣を振るいながら何か他の策は無いのかと皆は考えをめぐらせるが名案など浮かぶ筈もなく炎同様に焦りばかりが強くなる中、頼の凛とした強い声が響いた。
『言霊、堅牢』
辺りがかすかに光り空間がぐにゃりと歪む、コクイの魔女もろ共に頼は離宮の地下へとゆっくり沈んでいくように見えた。
黒衣の魔女の封印と共に邪なモノ達もかき消され、ようやく静寂がおとずれつつあった。
遅ればせながら駆けつけた城の剣士たちが顔をこわばらせて、老人達に何があったのかと尋ねるが、四人は曖昧に言葉を濁し陽威の方を見るばかりだった。離宮は消失し王墓からは徐々に薄らぎつつあるとはいえ、まだ敏感な者には判るほどの瘴気が残っている。多くの者が足をすくませてそこに近づけずにいる。
「火のまわりが早くてね、囲炉裏に強風で煽られた屛風が倒れこんできてね。」陽威が静かに答え、負傷者の救護と瓦礫の片付けなどを言いつけた。
件の魔女のことは口外無用、アルカナからソレが出現したなどとなれば魔法後進国と見なされるこの国は封印を口実に入国してきた他国の人々に蹂躙されかねない。
真相はけして口外しない、魔女の出現も封印も魔法剣士頼の死も全部を墓まで持っていく。残された五人は陽威を中心に悲痛な面持ちで互いに頷きあった。
東の空が白み始めた頃、片付け作業にあたっていた剣士が王墓の入り口あたりに小さくうずくまる子供を発見した。不思議な事にこの子供の保護者を名乗る者が見つからない、本人も自分の名前すら覚えていないと言う。
剣士達の不安を誘ったのはこの子供の風貌だった、アルカナでは珍しい黒い髪に黄色く光る瞳の組み合わせは、ドワナ大陸に伝わる黒衣の魔女を思わせる、更に血の気の引いた白い顔には子供特有の溢れるような生気が感じられず薄気味悪く、まるでこの大火から生まれた凶事の化身のようにさえ見えてくる。
災害の後は人心が揺らぎやすい、そして得てしてその負の感情は立場の弱いモノに向かいがちだ、ちょうど今のように。平時ならこんな事で心を乱しはしない王都の剣士達もあからさまに視線を逸らす者が現れたり、冷たい視線をこの子供に向ける者も少なからず現れた。
子供はというと、なまじ気の流れに敏感なために剥き出しの恐れや不安が交じり合った他者の気持ちが自分に向けられている事が分かり、いたたまれない思いでそこに居た。頼れる大人の存在も見つからず、限界を超えた心細さと恐ろしさが表情と言葉を奪い、なお更得体の知れなさが増していく、悪循環だった。
どこを見ても鈍色だ・・・。
人も物も木や草の気でさえ・・・
ここは何かおかしい。誰か助て・・・。
もうこんな真冬の岩山みたいな暗い灰色の場所は嫌だ。
でも、どこに行けば鈍色じゃなくなるのかな。
誰に頼めば助けてくれるのかな。
何もイメージが湧かない、どうして?
自分の中に何も無い事に驚き、子供は更に怖くなる。
もしかしたら、自分は本当に凶事の化身なのではないか、そんなことすら簡単には否定出来なくなり、子供はうつむいて自分の膝ばかりを見ていた。
不意に暖かい風が吹いた様に思えて顔あげると人垣の中に金髪の少年が見えた。何だかあっちこっちにぶつかりながら四方に頭をぺこぺこ下げつつ子供の方に近づいて来る、ちょっとみっともなく動くその少年は子供の目には淡い黄色にあたりの空気を染めていく様に見えた。
ああ、早春のお日様みたいだ・・・。
子供はぼんやりとその少年をみていた。
「何、どうかしたの?」
まわりの剣士に事の次第を聞きながら、その人はしきりに此方に笑顔をくれる。
「うーん、俺この子知ってるよ。え名前?知らないなぁ。あっでも、火事の前からちゃんと居た!凶事の化身とかそんな怖いのじゃないよ。」
いつの間にか辺りはホンワカと淡い黄色に包まれて、色を取り戻しはじめているのに気付き私は身に振るえを感じた。まるで奇跡のようだ。
「ごめんな・・・。ホントの名前を知らなくて、ちゃんと聴いてりゃよかった。その代わりに俺が今から新しい名を付けてやるから、それでかんべんな。大丈夫俺にはその力があるんだ。」
小さく言葉を切りながら、大きな身振りで表情豊かに話すその人は、まわりの大人の制止もきかずに、すぐ近くに膝をついて、私の顔を覗き込で話しかけてくる、聞く者の心が暖かくなるような優しくて明るい春色の声だ。
この声をずっと聞いていたら、私の中の空っぽも春の景色で埋まるんじゃないかな。
子供の心には少年に対する崇拝に似た感情が宿り始めていた。
少年は、少しの間ぶつぶつと独り言を言いながら考え込んでこんでいたかと思うと、子供の額に手をかざして、今度は朗々と皆に聞こえるちょっと大きな声で何事かを宣言するように声を出した。
「アルカナ王家の権限によりこの者に名を授ける、我が名『明周』より一文字を与え『周』とする。」
突然の展開に、それまで夢見心地に少年を見ていた子供は否応無く現実に引き戻された。
「やっと、俺の事を見てくれた。」
その様に少年は満足げに笑みをうかべる。
しばらく子供は眼を見開くばかりだったが、ふと何か言葉を返さなくてはいけないと思い口を開いた。
「身に余る光栄です。精進して必ず強い剣士となって、我が君のお側にお仕え致します。」
「うん、我が君か、爺様と将軍達みたいで・・・ちょっといいな。」
少年はまた笑った。
その笑顔はやはり春のお日様のようだと子供は思い。この少年の治める国で働く自身の未来に夢を馳せる、そして、不意にどこで聞いたのかも分からない古い言い回しが口から飛び出す
「願わくば、我が君の盾となり剣となりて、我が君とその国の守護者たらん。」
「へっ・・・?」
小さな子供らしからぬ大仰な言葉に少年はちょっと面食らったような声をあげ、その声に我に帰った子供も自分の言葉に赤面した。
その様を見て少年は何か言おうとしたが
「殿下!何をしておられるのですか。名付けの儀式のまね事など。」
次の言葉は、血相を変えて追ってきた彼の従者の声に遮られた。
そして、問答無用で建物の方に引っ張っていかれてしまった。
「あまね!お前が強くても強くなくてもそんなことはどうでもいい。
俺が名を与えた事実は変わらない。後ろ盾など無くてもきっと皆が良くしてくれる。
うまく言えないがとにかく、これからは涙も出なくなる程に自分を追い込まないで欲しい。
出来たら次は笑ったお前と会いたい。」
どんどん見えなくなる姿とは違い、励ましの声はいつまでも聞こえている、我が君は大変喉がお強いらしい。
何だか空っぽだった心に、つうっと柱が通ったようで、周はさっきよりは落ち着いてあたりを見渡すことが出来た。すると、つるつるの頭に濃い髭をたくわえた身体の大きなお爺さんがひょいひょいと人垣をかわしながら此方に向かって来るのが見えた。そして、なぜかとても安堵した顔をして周の頭を撫でてくれた。この人は私のお父さんかお爺さんなのかな。などと思い見上げると、お爺さんは一瞬困った顔をして独り言を呟いてから、また優しい笑顔で話しかけてくれた。
「何も覚えていないのか・・・まいったな。
私は西の山で剣術道場を開いている信という者だ。もしお前さえ良いなら何か思い出すまで我が道場に身を寄せてみてはどうかな。」
周に他の選択肢などあるわけもない。だまってうなずくと、お爺さんは周の頭をワシャワシャと撫でながら抱きしめた。
「よしよし、いい子だね。周と呼んでいいのかな。うん、良い名を貰ったね。」
お爺さんのとても甘い声は聞く人をホッとさせる。
「あの、お爺さんは私の身内ですか?」
その安心感から周はこんなことを聞いてみる。
「いいや、お前と私は面識は無いよ。」
言葉とはうらはらにお爺さんは強く周を抱きしめながら言う。言葉と行動がどうにもチグハグに思えるが、この腕の温もりがとても落ち着くから深くは考えなくても良いかなと周は思う。
「しかし、私とお前は仲間と言えなくも無いなのだよ。遠い昔、私も我が君より名を頂いた。大切な友人と対を成す名だ。」
お爺さんは周を抱きしめたまま少し遠い目をして、しばらく黙り込んだ。
そして、腕の中の子供の琥珀色の瞳を真っ直ぐ見据えてこう言葉を結んだ。
「私はこの名を誇りに思う。お前にもそう有って欲しいものだ、周。」
お爺さんの腕の中で甘い声で紡がれる言葉を聞きながら、周は心の中の我が君に話しかけた。
暫くお待ち下さい、我が君。必ず強くなってご覧にいれます。何が有っても笑っていられる様に。