表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ラブラドライト

悪霊退治

作者: 影都 千虎

 とある死霊の住まう廃墟。

 脆くなったコンクリートを砕きながら育った植物が鬱蒼とする、薄暗いビルの跡地に迷い混んでしまったチェルカとセレスは死霊の襲撃を受けていた。更に、死霊の術中に嵌まってしまい、チェルカの魂はセレスの肉体へ、セレスの魂は水晶の中へ捕らえられ、チェルカの肉体には廃墟に住まう死霊たちに乗っ取られてしまっていた。


『アははハハはははハハハハハハァッ! 肉だ! ニンゲんの肉体ダ!』


 死霊たちは左手を頬にあて、うっとりとした表情で言う。複数体の死霊がチェルカの身体に入っているため、そこから響く声は様々な不協和音を奏でる声になっていた。


「俺の身体でそういう顔しないでもらえる? すっげぇ不愉快」


 言いながらチェルカは、今度はセレスの肉体を狙う資料たちを払い除けながらそう言った。その表情はとても不機嫌そうに、嫌悪の感情を惜しげもなく表している。普段のセレスからはかけ離れた表情を浮かべているため、実はチェルカも人のことを言えない。

 ちらりと囚われたセレスの方に目をやる。

 セレスは水晶の中で更に拘束され、気を失っているのか目を瞑っていた。このまま肉体と魂が切り離された状態が続けば、セレスの魂が元に戻ることが出来ない可能性があった。それでなくとも、セレスにかけられた呪いが肉体にあるのか、魂にあるのか分からないというのに。

 肉体を再生し続ける代わりに記憶を失い続けるセレス。肉体は今のところ朽ちていく様子がない。ということは記憶が失われているということになるのだが、それは一体誰の記憶だろうか。セレスの中に入っているチェルカのものだろうか。それとも、肉体から切り離されていてもセレスからは記憶が消されているのだろうか。どちらにせよ、早く片付けなければならなさそうだ。


「いい加減俺の身体を返してもらおうか」

『ハッ、いやダね! セッカく手に入れタ身体を返すワケガない!』

「ハイハイ、テンプレ御苦労様ッ!」


 チェルカには、セレスの記憶を操る能力の使い方が分からない。この状況で使えるかどうかも分からない。ついでに言うと、チェルカの能力である時間操作は出来なかった。だから彼は今、普通に戦うことしか出来ない。

 死霊相手に。

 物理的な力で。


『そンナちっぽけなナイフでボクラを殺そウッて!? アははハはははッ! 出来っこなイ!』

「いーや、出来るさ」


 実体の無い死霊たちに物理的な攻撃が出来るわけない。それは誰から見ても明白だった。

 だがチェルカは断言して、軽く跳躍した後地を蹴りナイフを振るう。その刃は乗っ取られたチェルカの身体に向いていた。


『は……?』


 ナイフは容赦なくチェルカの身体の喉元を切り裂いた。傷口から勢いよく血が吹き出し、死霊たちはそれを見て初めて状況を理解した。


『ぎゃああアアァあぁぁぁァァァッ!?』

「しまった、そこを切ったら返り血がセレスについちゃうな」


 肉体に入っていた死霊が絶叫する。肉体があるということは、痛みを伴うということ。既に死んでいるが故に、彼らは意識を保ったまま喉を切られる激痛を味わうことになる。


『あ、頭おかしいンジャねーのかお前! ソレはお前の身体じャ……ッ!?』


 どくどくと血を流す喉元を押さえながら死霊が叫ぶ。その姿が余りにも滑稽で、チェルカはクツクツと笑った。


「俺の身体だからいいに決まってんだろ。セレスのこの身体は死んでも傷つけないさ。ま、俺死なないんだけどね」


 そう。チェルカは死なない。時間操作の能力が暴走した結果、永遠に肉体の時間が巻き戻るようになってしまった。

 しかし今のところ、裂かれた喉が修復する様子はない。中身がチェルカの魂では無いからだろうな。


「まあ、戻ってみりゃ分かるよな。……それじゃ覚悟してくれるかな、クソ幽霊共。テメーらが俺の身体を返して、セレスも解放して、俺たちに手を出さなくなるまで徹底的に痛め付けてやるよ。それまではその身体、使ってくれて構わないぜ?」


 ニィッと笑い、チェルカは再び地を蹴る。そして今度はナイフを心臓に突き立てた。生きながら──死霊なので生きているわけではないが──心臓を貫かれる痛みを味わい続けるという経験は中々無いだろう。ナイフを引き抜くと、他の部位とは比べ物にならない量の血が溢れだし、同時に死霊たちの絶叫も響き渡った。


「ああ、その身体手離してもいいけど、その瞬間俺がその中に戻ってお前ら全員消し飛ばすから、そこんとこヨロシク」


 それはハッタリでもなんでもない宣告だった。不意討ちでこんな目に遭いさえしなければ、基本的に彼らはチェルカとセレスの敵ではないのだ。

 死霊たちは二人に手を出すべきではなかった。それを彼らはこの後嫌と言うほど思い知ることになる。


『に……逃げロ! この身体ヲ返したらオシマイだ──』


 チェルカに背を向けて、死霊たちはチェルカの身体と共に逃亡を図る。が、身体は突然力を失いその場に崩れるように倒れた。


『な……ナゼ動かなイ! 身体が、身体ガ!』


 死霊たちは必死に叫ぶものの、身体はがくがくと痙攣を繰り返すばかりで指一本思い通りに動かすことはできない。

 その後ろでチェルカは銃を構えながら、そんな自分の身体の情けない姿に苦い笑みを浮かべていた。


「俺の身体でみっともない姿晒さないでくれる? 全く、撃たれたことにも気付かないなんて」


 チェルカは常に銃を携帯している。それをナイフで攻撃した際に身体から抜き取り、死霊たちが絶叫している間に一発撃っていたのだ。

 銃に込められていたのは、様々な毒薬がブレンドされた特性の弾丸。撃ち込まれれば最後、激痛と熱を伴いながら筋肉が動かなくなり、呼吸困難に陥りながら身体のあちこちが破壊されて死に至るという。


「これでもまだ俺の身体から出る気にならないのか。分かった、もっとたっぷり堪能させてあげるよ」

『ま──待て! 待て待てまテマテ! そんなことをしたらお前だってタダでハ済まナイダろう!? だカラ──』

「問答無用!」

『アアァああぁァァァあアあぁぁぁァァァァァァあああアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァアァッ』


 廃墟中に狂ったような叫び声が響き渡る。

 その声がやっと途切れたのは、それから数十分経ってからのことだった。


「やっと元に戻れた……」


 数十分後、おびただしい量の血の海の真ん中に立ったチェルカはやれやれと言いたげな表情でそう呟いた。


「……なんでここまでしちゃったかな」


 その隣では元の身体に戻り意識も戻ったセレスがとても心配そうな表情を浮かべていた。

 確かに、正気の沙汰ではない。


「ま、一件落着ってことで。帰ろっか」


 そんな心配をよそに、チェルカはへらりと笑ってセレスに手を差し出した。その身体にはまだチェルカのつけた傷が大量に残っている。チェルカが身体に戻ってから巻き戻りが始まったため、傷がすべて癒えるのには暫く時間が掛かりそうだ。

 だがチェルカはそんなの気にも留めず、セレスの手を引いて飛行船へと帰っていく。


 と、思っていたのだがやはり違っていたようだ。

 飛行船に着き、飛行船を動かし目的地を設定して自動運転に切り替えると、チェルカはその場に倒れた。それから大量の血を口から吐き出す。


「チェルカッ!?」


 別室にいたセレスは、チェルカの倒れた音を聴いて慌てて駆けつけた。そして、チェルカの状態を見て顔を青くする。

 そんなセレスに対し、チェルカは恥ずかしそうに微笑んだ。


「はは、は……やっぱり我慢、できなかったや……」


 あの毒はやり過ぎたかも、と言いながらチェルカは再び血を吐いた。その身体は今、高熱と激痛に襲われながら、筋肉が動かなくなり呼吸が止まり、心臓が止まり、更に身体の至るところを破壊されて死に、巻き戻って生き返り、また心臓が止まるのを繰り返している。撃ち込んだ毒の作用だ。


「っぐ、我ながら……中々の……」

「いいからもう寝てて! 本当にバカじゃないの!?」


 苦痛に顔を歪ませながら軽口を叩こうとするチェルカにピシャリというと、セレスはその重たい身体を引き摺ってベッドに運ぶ。

 その間にチェルカは意識を失い、毒の作用が切れて意識が回復したのはそれから三日経ってからのことだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ