後編
「あの時の約束を覚えておるか?」
「約束……」
「『大きくなっても変わらぬ想いを抱いておいでならその時は願いを聞きましょう』と申しておったのぅ」
ニコリと笑う笑みは妖しさを秘め嫌な予感しか与えない。幼女はすっと人指し指を伸ばした。
示された先を見ると先程、魔王が塵と化した所には宙に浮く黒い玉が漂っていた。
「……これは何だ………」
問いに答えるかのように突きだした人指し指をくいくいと動かし未知の物体を招き寄せると玉は意思を持つかのように迷いつつも従った。
目前に浮かぶそれをどうするのかと眺めていれば、幼女は玉を鷲掴み握り潰した。
ジークはただ硬質な物体をいとも簡単に破壊した衝撃的な光景を見入ることしかできなかった。
砕けた欠片は宙に浮いたまま更に細かい黒い粒子となり壊した者を包み込む。それはまるで攻撃に対し反撃しているように幼女を覆い隠す。助けるべきか悩んでいたジークは段々と大きくなっていく霧を目にし決心し手を突っ込んだ。
「ふふふ。心配しておるのか。愛らしいのぅ」
先ほどと違い大人びた妖艶な声が返ってきたことにジークは驚いた。
声音自体が凛としていることに変わりはないが伸ばした手に触れてきた手は少しひんやりとしている。幼女の小さな手というよりも女性らしい形をしていることに困惑しつつも握った手に力を入れた。
「心配は無用じゃ」
言うと同時に黒い霧は一瞬のうちに消え去り、包まれていた人物が姿を現した。繋いだ手の先にいたのはあの女の子ではなかった。
代わりに佇むは濡れ羽色の髪。雪のように透き通った白い肌。バラ色の艶めいた唇。長いまつ毛と黒曜石のような瞳。先ほどまで目前にいた幼女と同じ特徴を持つも身長も顔立ちも異なる大人の女性がそこにはいた。
可愛らしい服を着ていた幼女に対し今、目の前にいる女性は肌の露出が多い。漆黒の服を着こなし豊満な白い双丘の谷間を覗かせ着る者を選ぶ妖艶さを引き出すデザインの服はまるでこの美女の為に存在しているようであった。傾国の美女とは彼女のような外見の者をいうのだろう。
だが、魔性のように人を魅了するだけならまだ可愛らしいものだ。手を繋いだ人物に抱く感情はそんなものではない。闇を纏った姿に恐怖と絶望を感じ体の震えが止まらなかった。
「何を震えて……あぁ。すまぬな。忘れておったわ」
握った手に力を入れられると震えは止まり、抱いた感情は消え去っていた。
「‥‥‥‥何…を……した?」
「力を抑えただけじゃ。人間が脆い生き物であることを忘れておったわ。しかし‥‥ふふふ、勇者と呼ばれるだけはあるの。普通の人間ならばこの姿になった瞬間即死しておる」
「君は一体……」
「あぁ。まだ名乗っていなかったの。妾の名はシュヴァヴィオールレト。そちにはレトと呼ぶことを許そう。何せ妾のダーリンなのだからのぅ」
「ちょっと待て!ダーリンって何だ!?」
「夫のことじゃ」
「いや、そうじゃなくて!」
「まさか反故にするつもりではなかろうな。そちは大人になっても変わらぬ想いを抱いておれば結婚するというたではないか。だから妾は本来の姿に戻ったのじゃぞ」
「本来の姿?」
「そうじゃ。もう遠い昔のことじゃ。ある時、妾はこの住み慣れた城から去ることにした。しかし、そのためには妾の代わりとなる強者が必要になる。だが、話はそう簡単ではなくてのぅ。妾の代わりを勤められるほどの強者などこの世界に存在しようはずがないのじゃ。だから、妾は力を分け与え造ることにした。なに、貸している間少し力が減り幼子の姿になるだけじゃ。別に不便などないと思おて今までもこれからも暮らしていくつもりだったが、そちに出会って変わってしもうた。愛するダーリンから望まれれば元に戻らぬわけにはゆくまい。さて、質問はもう終わりかの。ならば、式はどこで挙げようかのぅ」
「ちょ、ちょ、ちょと待て。城に住んでいた?君の「レトじゃ」
嬉しそうに向けられていた微笑みから一変、威圧的な声音にジークは気圧された。
「レトの正体って‥‥」
「正体。‥‥そう問われても"妾"は"妾"以外の答えを持ってはおらぬ。しかし、人や魔族は妾のことを魔王と呼んでおったのぅ」
「魔王……。なら君は…レトは」
「妾は初代魔王と呼ばれる存在じゃ」
「初代!?魔王は代々受け継いでいくものじゃないのか?」
「そうじゃのぅ。確かに受け継いでおったのぅ。妾の代わりとなる魔王代行をの」
「互角に戦った相手が代行……」
「人間たちは代替わりをすると思おていたみたいだがのぅ。魔族からしてみれば最初から魔王は妾一人しかおらぬ。黒い玉、あれは妾の力の一部で黒夜玉と呼んでおる。魔王代行が倒されれば次に資格がある者を玉が選び力を分け与え新たな代行が誕生するという仕組みじゃ」
「何故そんなことを?」
「いうたではないか。この城から離れるためじゃ」
「それがよくわからない。魔王代行が必要なのは魔族領のためか?」
「魔族領に関しては全て宰相が管理しておるから他者が出る幕はないのぅ。そもそも妾は生まれてからしたいことをしておるだけじゃ。統治など面倒なことは一切しておらぬ。配下などいつの間にか勝手におったにすぎぬ。ただ妾に逆らう輩は目障り故に片っ端から消し去ってやってはおったがのぅ。ゴミが何時までもあっては目障りで仕方ないと思うのは人も同じであろう。さて、代行が必要である理由を説明するには魔王の役目について教えなければならぬな」
「魔王の役目?」
「そうじゃ。人間は魔王とは世界にいるだけで破壊をもたらす存在だと思おておろう。確かに妾は存在するだけで世界に影響を与えるがそれは悪いものではない。代行を必要とするのは妾のためであり世界のためじゃ。世には負の感情が充満しておる。故に妾はそれが集まる場所に建物を造った。それがこの魔王城じゃ。そしてそれを浄化しておるのが魔王と呼ばれる妾じゃ。妾がここにいいる限り世界は負のエネルギーに覆いつくされ壊されぬ。故に代わりとなる者が必要だったのじゃ」
「…………それが真実だという証拠がどこにある?そうでなければ歴代の勇者達は無駄死にだと……」
「証拠のぅ。妾が役目を果たさねば真実だということはわかるが代償は世界の崩壊じゃ。それを試せという愚か者などおらぬはずじゃ。だが、妾からすれば人間の行動には迷惑ばかりしておるのぅ。そもそも負のエネルギーを大量に生み出しているのは人間じゃ。怨み、嫉妬、憎悪等それらの感情から負のエネルギーは出来ておるのだからのぅ。それを妾は本来の姿で行動できぬのに無償で浄化しておったのじゃ。それなのに人間から命を狙われるなど理不尽ではないかのぅ」
「それは……」
「それにここに来る人間たちは弱すぎるのじゃ。かつて城にいた時、多くの者が訪れ妾に剣を向けたが触れようとしただけで死んで何をしに来ていたのかわからなかった。まさか、妾の気に当てられて死ぬほど弱い生き物がいるとは思おておらなんだ。されど、死ねども死ねども次から次に勇者と呼ばれる者たちはやってきた。ある時、触れても死なぬ勇者が現れた為、何故魔王討伐にくるのか聞いてみたのじゃ」
「返答は?」
「『魔王は悪だから』と言うておったのぅ。愉快であろう?自分たちが知らぬのにその魔王に助けられて生きているなんて思いもしないなど――――。生まれてからそれがずっと常識で教えられていたのならそれが正しい答えなのだろう。それが例え間違ったことだとしてものぅ。妾は何と言われても世界の均衡を保っておった。だが、世界崩壊しても妾は何とも思わぬのじゃ。それが己の死を意味していても何とも思わぬのじゃ」
「すまない」
「何故、そちが謝る?妾が言ったことが全て真実であるという証拠はないのだぞ」
「俺も人間だからな。それに嘘を言ってる者が分からないほど俺の目は濁ってはいない」
「そうか」
先程までの会話と違い嬉しさを含んだ声を聞き安心した自身にジークは驚いた。勇者になる前は世界崩壊でさえ、ましてや他者等どうでもいいと思っていたのに魔王に心を動かされた。その変化は他人からすれば小さなモノでもジークからすれば明日を生きたいと思わせるには十分なものだった。
だから自然と言葉が出ていた。
「ありがとう、ずっと救ってくれていて。ありがとう、生きてくれていて。ありがとう。ありがとう。ありがとう……」
今までの無感情が嘘だったかのように感情が濁流のように溢れ涙が零れた。そんなジークをあやすように頭を撫でるレトは言い放った。
「ふふふふふ。礼を言われたのは初めてじゃ。嬉しいものだのぅ。世界崩壊してもいいと思っておったのに気が変わってしもうた。――――では、慈悲深い妾から選択肢を与えねばならぬな。妾のダーリンになるか世界を滅亡させるかどちらがよいかのぅ?」
お読み頂きありがとうございました(*-ω人)
タイトル名がオチという話にしたかっのですが楽しんで頂けたならば嬉しいです!
これで完結ですが、その後の話は気分次第で書くかもしれません(;A´▽`A




