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前編

 世界が暗黒に包まれてから三日目を迎えた。

 魔王城最上階ではこの世の命運を左右する戦いが行われている。


 ビキキキキキィィィィィィィィ。

 ゴオォォォォォォォォオオオオ。

 カキン。カキーン。カキィィィィーーーン。


 凍てつく氷が現れれば瞬時に燃え盛る炎が辺り一面を覆う。高度な魔法戦かと思えば同時に激しくぶつかり合う剣の音が響き渡る。

その激しさは通常の場所であったならば建物は崩壊し地形は変わり果ていくつかの大陸は地図から姿を消していたかもしれない。しかし、相対する二人が居る場所は世界一強固な結界が施された魔王城最上階・魔王の間である。

 かつて神であった初代魔王。

 彼の者が後生の戦いによる余波を愁い施した結界は魔王が代替わりしても強度は変わらない。

 勇者と魔王の決戦の場として用意された場所は他者の介入を許さず、二人が揃うと結界が発動し邪魔物は飛ばされる。

 勇者の書に記された歴代の英雄たちが歩んだ道。そこにまた一人の若者の名が加わろうとしていた。


 「な…ぜ……だ…」


 片膝を着き問いつつも魔王は震えていた。


 「?」


 「なぜ……もっ…と…は……やく…来な……かった…」


 魔王と呼ぶにふさわしい厳つい顔を更に厳しくさせた魔王からの言葉が懇願に聞こえたのは気のせいだろうか。

 問いに疑問を持つ間に魔王は塵と化していった。

 瞬間、結界は消え去り先程まで争っていたのが嘘のように床や壁に傷一つ見当たらない。

 崩壊に向かう世界を救うことができた喜びと紙一重で得ることができた勝利がじわじわと胸を熱くさせていく。今までに得たことのない感情に内心戸惑うも得られた気持ちを噛み締めた。


「まさかここまで苦戦するとは――――。見事な勝利とはいえないが………まぁ、勝利したことに変わりはない。おめでとう。ジーク」


 突如響き渡る愛らしくも凛とした声は仲間のものではない。残党かと身構えるも正面の黒光りする悪趣味な玉座には幼女が腰かけていた。

 床まで降ろした濡れ羽色の髪。雪のように透き通った白い肌。バラ色の艶めいた唇。長いまつ毛と黒曜石のような瞳。その全てが将来美女になることは間違いないと語っている。

 ただ、今見る限りでは白と黒のフリルを大量に使たドレスを着た幼女はまるで人形はのようであった。

 無邪気な笑みを向けてくる姿が可愛くないと言えば嘘になるが疲労困憊した背中に流れる汗は彼女が現れた瞬間から冷や汗に変わっていた。幼女の計り知れない危険度に身体は正直に反応する。だが、その顔には見覚えがあった。




 ――――――――――二ヶ月前。


 「国王エウデル・ディル・サンダー・ウケパウスの名において本日、勇者選抜の儀の開催を宣言する。」


 高らかな声が闘技場に響き渡る中、ジーク・フレディウスは控室の片隅でため息をついていた。

 勇者になって世界を救いたいなんて大層な夢など抱いたことはない。

 しかし、父親は違った。勇者に憧れ、諦めた己の夢を息子に勝手に継がせた。魔法及び剣の才能が元々あったのもいけなかったのだろうが一番はその外見だろう。父親と同じ金髪碧眼の整った容姿が年々似てくると教育の熱の入り方も徐々に上がっていった。剣術、魔術は勿論のこと紳士として女性には優しく接し守らなければならないと散々教えられた。

 そんな父親も成人した一年後の十七歳になった年に亡くなった。病気だった。自分と重ねた影に年老いた父親は夢を託し『必ず勇者になれ』という言葉を残しこの世を去った。

 普通は長年暮らした父親の死となればしばらく悲しみに暮れるだろう。だが、悲しみも安堵も自分の中にはなかった。ただ父が死んだ。それでけだった。

 他人に比べ感情が乏しいのは薄々感じていた。唯一の肉親が死んだとは憐れだとまるで他人事のように思ったことで確定した。

それから二年後、魔王の出現が報告された。討伐の為、勇者の選定が行われると国の隅々まで噂は広がり、自信のある者は我こそはと名乗り出た。しかし、最終決定が勇者候補達の対戦と言っても誰でも参加できる訳ではない。各地区の神官が啓示を受け勇者候補を見つけ出す。それから王都にて更に勇者としての資質を聖王女が見極め、問題がなかった者達が闘技場にて戦う。優勝者は勇者の称号を得て魔王討伐へと向かうのが昔からの慣わしとされていた。

 遺言通りにするつもりはなかった。神官に選ばれなければ努力のしようもない。だから何もしなくても大丈夫だと安心して日々を過ごしていた。そんなある日、突然神官がやって来て強引に王都まで連れて行かれた。何だかんだと抵抗したが虚しく聖王女に資格ありの太鼓判まで押されてしまっては残る反抗は一つしかできなくなった。

 だが、それさえも思い通りにいかないのは陰謀を感じる。適当な所で負けようと思っていたが対戦相手が予想外に弱すぎたのだからそう思うのは自然なことだろう。勇者候補に選ばれた存在であるはずなのにそこらへんにいる並の冒険者と同じくらいの強さといってもいいくらいだったのだ。連続してそんなことが続いたためにとんとん拍子で準決勝まで来てしまった。仮に今までの対戦相手が勇者になれば魔王に秒殺されていたのは間違いないだろう。冒険者クラスに殺られる魔王なら勇者選定など不要のはずである。

 正直言って面倒以外の何者でもないのに何故自分以外の候補者たちがやる気に満ちているのか不思議でならなかった。

 準決勝に備えての準備があると控え室にて待つ間、剣を交えた者たちの顔を思い出していた。皆、勝手に全力で戦い負けると『後は任せた』と去って行った。此方はただいなしただけでどう負けようかと思考している間に勝敗は決まっていた。


「何故、皆魔王を倒そうと懸命に闘うんだろうな………」


「君はなおかしなことに疑問を持つんだね」


サーチで声が聞こえる範囲に人がいないことは確認済であったにも関わらず突如扉から現れた担当神官ノーウェンの姿に驚くことはなかった。


「やはり神レベルスキル持ちだったか…」


 「やっぱりバレてたんだ。もう隠すつもりはないからいいけど、その言葉が出たなら君の考えている通りだよ」


 「いいのか?そんな簡単に認めて」


 「いいよ。君が他人に教えるとは思えないからね。それよりも君の問だよ。何故魔王を倒すのか。答えは幼子でも知っている。世界が崩壊しないようにするためさ」


 あっさりと本人に認められ拍子抜けした。短い間とはいえここまで共に行動した結果得た信頼だろうが嬉しくない。

 啓示により出会ってから一度と言わず数十回も逃げようとした全て失敗した。その原因が隠密スキルのお陰だったと言えば納得できるが、神官でありながらも隠密スキルが非常に高いといえばあまり良くは思われないことは容易に想像がつく。その上、伝説級の暗殺者や盗人であるならば尚更である。自分が気づかなかったことがこのレベルに達している証拠であると確証を得ている。

 ニコニコと笑顔を絶やさない青年は一見すれば人の良さそうな男に見える。しかし、勇者候補になることを嫌がった自分をあの手この手を使い無理やり連れてきた人物が印象通りの者でないことは既にわかりきっている。


 「魔王を倒さなければ世界が崩壊するなど何故言える?魔王の存在理由が世界崩壊だと?世界崩壊の為に生まれ、崩壊と共に死ぬ生き物だと?」


 「過去の文献がそれを物語っている。魔王とはそこにいるだけで混沌を生み崩壊をもたらす存在だとね。でも、君はそんな存在がいるのがおかしいといいたげだね。どんなに不思議に思っても現にいるのがこの世だ。だから、世界崩壊から救う者がどうしても必要なんだよ。君がね。一番勇者にふさわしいのは君だよ。ジーク。だからそのやる気のない態度を改めて優勝してほしいんだよね」


 「殺されるのが魔王の運命というなら哀れな存在だな。そんな相手を殺すために本気を出せと?」


 「君が勇者にならなれけば他の人間が死ぬことになる。他の候補者たちと闘った君なら魔王に太刀打ちできずに瞬殺されるぐらいの力量差があるのは分かりきってるだろ。君がいう哀れな存在が無意識であってもこっちを全滅しようとしてくるのだから正当防衛だよ。自業自得だろ?別に本気になって優勝しろとは言ってないよ。わざと負けようとするのをやめてくれと言ってるだけださ。君が本気になったら他の候補者たちが死んでしまうだろ?」


 「だろうな。だが、俺は世界が滅ぼうと救われようとどっちでもいい。自分の死でさえ興味がない人間が他人の為に何かしようと思うとでも?」


 「そんなはずないだろ」


「そんなことあるんだよ。生まれた時から感情が乏しいんだ……」


「君は君自身のことがわかってないんだね。だったら君が世界を救ったら今度は僕が君を救おう」


 「俺を救う?」


 「あぁ。君が生きる目的を探しに行こう。君がそんなことを思っていないことを証明しよう。その為にとりあえず勇者になるというのはどうかな?」


 「………………………」


 「無言という事は期待してもいいのかな?」


 「さぁな。……だが、それも悪くないと思ってしまった」


 「思ってしまった…か………その言い方は心外だけど、君が僕と旅をしてもいいと思ってくれたことは素直に嬉しいよ。さて、そろそろ試合の準備も終わったころかな」


 段々と近づいてくる足音があると思えばドアをノックされた。


 「準備が終わりましたので試合場までお越しください」


 「了解~」


 代わりに返答したノーウェンの口調は語尾に音符がついていそうな程軽いものだったが、こちらを見る瞳はいつもと違い真剣な光を宿していた。


 「約束だよ。勇者になってきてね」


 「あぁ」


 返事などするつもりはなかった。だが、すがるような声で言われれば無意識に返事をし控え室を後にしていた。

 試合場に向かう道を曲がると一人の幼女がいた。こんな所に子どもがいるのが不思議で様子を伺うと顔を真っ赤にさせている。具合が悪いのかと声を掛けようとしたがそれよりも先に幼女の口が開いた。


 「妾はそなたを好きになってしもうたみたいだ。結婚してくれぬか」


 自分でいうのもなんだが金髪碧眼の整った容姿は女性にモテる。まるで絵本の中の王子様みたいだとこれまでも告白されたことが幾度となくあった。

 上から目線の口調や着ている服から察するに何処かの貴族令嬢だろう。先程も数人見かけたが複雑に結い上げられた髪からもその事が伺える。

どうせ子どもの戯言であり貴族の気まぐれだろうと思いそのまま通り過ぎようとしたが、今までと同じく父親の教えがそれを許さなかった。まぁ、後で親が出てきて面倒事になる可能性を考えてもその行動はよろしくないことはわかっている。結果、適当にあしらうことにした。


 「こんな可愛らしい方にそう言っていただけてとても光栄ですが、幼い貴女の願いを今は聞くことはできません。貴女が今より大きくなっても変わらぬ想いを抱いておいでならその時は願いを聞きましょう」


 言葉使いを改め臭い台詞を笑顔で答えれば彼女の顔は更に朱に染まった。これで面倒事にはならないだろうと思いその場から立ち去った。



 人の顔を覚えるのは得意ではないがあの時の幼子は言葉で伝えられないほど美しかった。別に人の美醜に興味はないが珍しくそう人間に対し思ったことで印象に残っていた。

 目の前の幼女の顔をじっくり観察したがやはり間違いない。あの日、あの時、告白してきた幼女はほんのり頬を染め予期せぬ場所で再開した。

お読み頂きありがとうございました(・ω・人)

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