表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

恋愛小品集

LAST KISS 〜最後のキスは彼のぬくもり〜

作者: 香月よう子

 その日は、夕方から雲行きの怪しい空だった。


 地下一階のバーの片隅で私は、悠馬(ゆうま)さんと軽く飲んでいた。

 会社の取り引き先で知り合い、つき合って二年になる恋人の悠馬さんは、人事異動でもうすぐ、他県へ引越してしまう。

 けれど、今後どうするのか二人の間では、話題に上らない。


「悠馬さん、この前言ってた誕生日プレゼント。あの時計でいいの?」

「あ、ああ。それはもういいよ。高いから、由華に悪い」


 そうして、もはや会話さえ弾まない。 

 飲んでいるホワイトレディのグラスをぎゅっと握り締める。

 何をどう言っていいかわからない。

 ただ時間だけが過ぎていく。

 もうダメなのかもしれない……そう思いながらも、私は悠馬さんと別れたくはなかった。


「もう出よう。駅まで送るよ」


 そう言うと、まだ30分も経っていないのに、優馬さんはあっさりと勘定書きを手にして会計へと向かう。

 私は重い溜息を吐きながら、彼の後を追った。


「あら? 雨……」


 地下の階段を登り外へ出ると、ポツリポツリと霙まじりの雨が降り出していた。


「由華。おいで」


 傘を持っていなかった私を、悠馬さんは持っていた傘の中に入れてくれた。

 しかし、悠馬さんの気持ちは今、ここにはない。

 並んで歩きながらも私は、彼との心の距離を痛切に感じている。

 そうして、いつのまにか駅の改札口までたどり着いた。


「次、いつ会える?」


 私のその問いに悠馬さんは、じっと私の目を見つめた。

 暫し、言い淀む。

 次の言葉を口にしようか、逡巡している。

 私は、悪い予感に微かに震えた。


「もう、終わりにしよう」


 果たして、悠馬さんの言葉は私の胸を切り裂いた。

 言葉が、出ない。体が動かない。

 時間(とき)が止まった狭間で、私はその凍りつく瞬間を体感した。

 そんな私の右頰に悠馬さんは大きな左の掌を当てた。

 その次の瞬間。

 そっと、口唇(くちびる)に口づけた。

 それは、ふわり雪のように柔らかなキスだった。


由華(ゆか)。今まで有難う」


 そう言うと悠馬さんは、私の両手に持っていた大きな傘を握らせた。


「元気で」


 その言葉だけを残してゆっくりと身を翻し、彼は改札口の中へと消えて行った。


 後には、彼の傘を持って佇む私が残された。


 雨は、いつの間にか、雪へと変わっていた。

 傘の上には、少しずつ白雪が積もってゆく。

 手先は凍るようにかじかんでいるのに、口唇(くちびる)にだけ、悠馬さんの最後のキスの温もりが残る。


 色もない。

 音もない。

 言葉もない。


 そして……彼がいない。  


 私は傘を握りしめ、終わりの冬の雪に降られながら、その場で泣いた。

 口唇(くちびる)に残る彼の最後のキスの温もりをいつまでも感じながら……。



挿絵(By みてみん)



本作は、アンリさま企画「キスで結ぶ冬の恋」、2023年・武頼庵さま主催『幻想の中の雪企画』参加作品でした。


作中イラストは、「AIイラストくん」を用いて作成しました。


アンリさま、武頼庵さま、そしてお読みいただいた方、どうもありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 切なさを最後に残しながらも、美しさを感じる文章に魅入ってしまいました。
[良い点] 以前から約束していたであろう誕生日プレゼントを悠馬さんが断ったり、由華さん自身も「もうダメなのかもしれない…」と実感していたりと、既に二人の仲が破局に向かいつつある事が伺えますね。 そんな…
[良い点] 短い文章ながら、しっとりした雰囲気で素敵です。
2019/02/01 06:50 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ