18.昭博という男 2
「おかえり」
「…ただいま」
昭博の顔を見ていると、帰って来たのだと実感する。と同時に、やはりクラりとするのは乗り物酔いみたいなものだ。
毎回これだと正直堪える。向こうに行く必要があるので覚悟を決めるが、色々と準備が必要だと感じた。
まずは乗り物酔いの薬かな。
「ハル、いい加減美加を降ろせ」
「いや家の中まで運ぼう、美加はかなり疲れている」
「お前がその原因だよな?」
「うむ」
「うむじゃねーよ。会社から戻ってみれば、コテツは騒いでるし愛ちゃんオロオロだし、全く状況が分からない。ようやくお前が連れ出したことがわかったわけだ」
二人のにらみ合いの前に、いい加減横になりたい。
「悪いけど、ちょっと横になりたい」
美加の言葉に二人はバツの悪い顔をして、美加はそのままハルが運び昭博が家のドアなどをあけて、中に入った。
美加をベッドに寝かせると、ハルは素直に昭博に謝った。
「色々とすまなかった。美加にはかなり無理をさせてしまった」
「何があったか、聞いていいか?」
「ここではなんだから、コテツらも気になるだろうから一緒に聞いて貰った方がいいだろう」
「そうだな。故郷のことは聞きたいだろう」
足元でウロウロしている二匹にも、声を掛ける。
「コテツ、愛ちゃん、リビングでハルから話を聞こう。だから美加が心配なのはわかるが、少し寝かしてやろうな」
「かしこまりました」
美加が買い物を済ませて戻って来た時に、スフィアのことを考えたことで道が出来た。これはラッキーだとスフィアに連れて行ったのはいいが、こっちと向こうのマナとこちらの存在量が違うことを失念していた。その為に、半日向こうで眠って回復してもらうことになった。
美加が目を覚ました時、体内には溢れんばかりのマナが貯蔵されていた。ハルと斑を従魔にしたことで親和性が高く吸収されたのだろうと推測された。
その貯蓄されたマナが、美加が意識をした途端に溢れだす。
美加から出たマナは光り輝く球となり、段々と周りのマナを吸収しながら大きくなっていった。最後には西の領土を覆いつくすほどの光の球となり、それが弾けることで領土が浄化された。
斑の領土にあった瘴気が殆どなくなり、緑の精かレンが頑張っていることもあり緑溢れる豊かな土地へと変貌してきている。その為斑は土地の状況を確認するために、向こうに残ることになった。
「まるでラノベの女神みたいだな」
「我の世界には神はいるが女神はいない、伝説になるやもしれぬ」
「「すごーい」」
二匹も足元で飛んだり跳ねたりと忙しい。
それを微笑ましく見ていたハルが、スッと真顔になった。
「西の白虎の領土は大丈夫だが、北の方はまだ瘴気の影響が大きく、いつスタンピードが起きるのかと予断を許さない状況だ。美加はそれを憂いてくれ、浄化の旅に出てくれると言ってくれた」
「ほおー」
先ほどまで渋い顔をしていたのに、嬉しそうに笑う昭博にハルは息を吐いた。
「なんだ」
「美加が言っていた通りだった。昭博も絶対に行くと言い出すだろうと」
「わかってるね、美加は」
「お主は楽天家なのか呑気なのか、お人好しなのか、さっぱりわからん」
「ハルがわからんでいい。それよりも何を準備すればいいのだ?」
ハルは思った。こいつは何も考えてないと。
美加はなんで昭博が良かったのか、全くわからなかったが協力してもらえるのなら有難いと、次の場所は山岳地帯が多いことも伝えた。
「では、我は戻る。なにかあれば我を呼べと美加に伝えてくれ」
「了解」
既にパソコンに釘付けの昭博に呆れながら、ハルはスフィアに戻って行った。
昭博は興味津々で、自分と同じようにパソコンを見つめる二匹の頭を撫でた。
「お前たちも戻りたいか?」
「いえ、私は真鍋家に仕えるために来ましたから」
「そうか、愛ちゃんは斑が居なくてもいいのか?向こうでフォローした方がよくないか?」
「気になることは確かです。ですが、主の様子も気になりますから」
「じゃあ、美加が起きてから話し合ってみるといい」
「ありがとうございます」
愛ちゃんにお辞儀され昭博は照れながらも、言葉を続けた。
「山岳地帯が多いって聞いたけど、どんな感じ?」
昭博は二人が話す内容に合わせ、パソコンでイメージに近い画像を見せていった。
「これに近いと思う画像があれば、教えてくれ」
中国のヤンマイヨンの画像で二人が反応した。
「山と森と草原と湖か、自然豊かな場所なんだな」
「はい、森の恵みがとても豊かなところです。瘴気が漏れ出すまでは」
「そうか。早く浄化されるといいな」
「はい、昭博殿も是非玄武様にお会いしてください。きっと気が合うと思います」
「そうだと、いいな」
愛とコテツは変わっていると思いながらも、昭博のことが好きだ。この世界で異物の自分たちを無条件で受け入れてくれる度量もだが、純真無垢で子供みたいな昭博の傍は、美加の持つ浄化の清々しいオーラと違い、日向ぼっこをしている温かさを感じていた。
北の大地だからこそ、昭博のような者が必要なのだと思う。
愛は一緒に旅をすることを楽しみに感じていた。
一方コテツは冷や冷やしていた。カートに次々と物を入れていく昭博に、大丈夫なのかと目を向けるが、本人は鼻歌交じりにポチッと押している。
物が続々と届く度に、美加の深いため息が今にも聞こえてきそうだった。