9.魚と肉 そして、温かい手
真鍋家のペットは一見普通の猫に見える。
だけど鑑定が使える者がこの世界に居たならば実際の種族を見て、慌てふためいたであろう。全世界で注目の的になるに違いない。
白虎の『斑』眷属の『愛』ケット・シーの『コテツ』
完全に皆が憧れる、ファンタジーの住人なのだから。
そのとても可愛い猫三匹が朝から、主人たちがワクワクしながら起きてくるのを待っていた。
「にくーにく、にくーだ」
「なんですかそれは」
「今日は主が金持ちになるのだ」
「フン、フン」
「だから、肉が食えるはずなのだ!」
「なるほど。さすがは斑さま」
ですが、まだお肉は買ってないのでは、という言葉は執事であるコテツには言えなかった。だが、この世界の食べ物に興味はある。昨日こちらに来てから食べたシーチキンサラダというものは、大変美味しかった。
確かにケット・シーといえどもお肉も食べる。だが、魚というものに憧れはある。白虎が治める西の土地には湖はあったが、海というものはなかった。シーチキンとやらの説明を受けたとき衝撃を受けた。海というものをパソコンといわれる箱の画面で見せて貰ったが、未知のものだった。これがこちらでは毎日ではないが食べられるという。
斑さまほどではないが、魚というものが食べられるのなら、歌いたくなるのもわかる。
さかなーさかな…さかな。
才能がなかった。
待っていたドアが開いた。
「な、なに!」
「肉だ、肉!」
「あるわけないでしょ」
がーん。
「金は出来たはずだ」
「あ…宝くじ今日だっけ。残念だけど斑、今日抽選だから分かるのは早くて夕方だし、分かっても換金には期間があってその間じゃないとお金に出来ないのよ。しかも金額によっては更に時間かかるからね」
がーん、がーん、がーん。
「なんで、コテツまで落ち込んでるわけ?」
「あ、愛ちゃん。こっちに来たのね。やっぱり美人さん。めっちゃ可愛い!」
「何を朝から騒いでるんだ?」
「ん?愛ちゃんが美人!」
「おお、確かに佇まいがいいな」
「だよねー。まあ斑は肉がないことにショックを受けてるみたいだけど」
「コテツはシーチキンあげような」
「ちょっと、昭博。斑が肉、肉さわぐから止めて」
「…仕方ない。斑と愛ちゃんも肉で良いのかな。特別におつまみのジャーキーをあげよう」
「そうやって、すぐに甘やかす。でも、まあ…愛ちゃんもいることだし、いいかっ」
「我の扱いだけぞんざいな」
まあ、このジャーキーに免じて許してやろう。だが、夜は肉が食いたい。
どこまでも欲望に忠実な斑は、そこに白虎としての威厳など欠片もない。だが、そんな自分もちょっといいなと思っていることも確かだった。
我が儘を言ってもすり寄っていけば、ある程度は許されることをここで斑は学んでいた。主はこのふさふさの毛に弱いのだ。このもふもふを維持するには、やはり肉が必要なのだ。
単純な思考回路だが、それが美加に関しては意外と的を得ている。野生の勘は侮れない。
「仕方ないな-。愛ちゃんとコテツの歓迎会の意味も込めて、今日の夜はちょっぴり豪華にしてあげる」
「おお!なんだそれは!」
「昭博の為じゃないけど、まあ美味しいは正義だしいいか。コテツのためにお寿司、愛ちゃんと斑のために焼き肉setかな」
「久々に天気も良いから、外でバーベキューでもするか」
「いいね。それだったら魚の切り身も買えるし、炭で焼いたら美味しい」
朝から皆夕食のことで頭が一杯になった。その為に準備するもの食べる様子をそれぞれが思い思いに描いていくがそのせいで余計にお腹がすいた。
「なんか、いつも朝ご飯じゃ足りないね」
「「わくわくー」」
冷蔵庫にあったソーセージが卵を絡めて焼かれ、冷凍してあった白ご飯をチーンして混ぜご飯になったものが斑と愛に用意され、シーチキンと卵を絡めた混ぜご飯はコテツに出された。
「なかなかやるな」
「なんでそんなに偉そうなのよ」
いい方はあれだが、笑いながら頭を撫でられていると、何とも幸せな気分になる。それは愛もコテツも同じだろう。我と同じ顔をしている。
ここにいない皆にも、いつか味わわせてやりたい。
この温もりも美味しいご飯も、明日が信じられる未来を。
その為に力を貯めなければならない。
我に出来ることは…!
肉だ、肉を食うのだ!
戦えないのであれば、肉を食ってでかくなるのだ!
どこまでも斑は斑であった。
だがその心の叫びが向こうの世界にどんな影響を及ぼすことになるのか、斑はしらない。
『我も行ってみようではないか』