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美貌の女剣士

「おい、男。そこで何をしている?」


 しまった……。

 それは女の声だった。首に当てられた冷たく細い金属の感触。確かめるまでもなく、俺はそれが刃物であることを理解した。俺の体が硬直した一瞬の隙をついて、ヒトミが俺の下から這い出してゆく。おいおい、ここは俺のための異世界じゃなかったのかよ? 人がいるなんて聞いてねえよ! いや、いてもいいけど、せめて全部終わってからにしろよKYかよ!

 とにかくこの場をなんとか逃れなくては。俺は両手を上げて降参の意思を示してから、おそるおそる振り返った。


 そして、思わず息を呑んだ。


 俺の首に剣を向けた女、そのあまりの美しさに。


 こちらを見下ろす凛とした視線。緑がかった大きな両の眼は、今さっきまで組み敷いていた女とはまるで別の生き物のように強い意志を宿し、爛々と輝いている。額から鼻梁にかけての柔らかいライン。固く結ばれた唇。それは厚い化粧で装飾されたヒトミとは正反対の、ナチュラルな美しさだった。

 腰まで伸びた艶のある黒髪が風に靡いて、流体金属のように滑らかに蠢きながら木漏れ日を弾いている。

 胸や腰、脛、腕に革製の防具を装着しているが、全体的には軽装の印象を受ける。革の防具の下にはノースリーブの白い布を纏っており、膝上ぐらいまでしかないスカートから、程よく筋肉のついた脚が覗いていた。

 白く細い腕、その手に握られた幅広の剣が、俺の首にぴったりと当てられている。


 そのまま、どれぐらいの時間が経っただろう。実際にはほんの数秒の間だったかもしれないが、俺にはその一瞬がとても長く感じられた。首に刃物が当てられていることすら忘れて、俺はその女剣士の立ち姿に見入っていた。ヒトミは素早く女剣士の背後に隠れ、こちらを指差しながらか弱い女の声で言う。


「こ、この男に、無理矢理襲われそうになって……」

「ほう、か弱き乙女を手籠めにしようとは、言語道断だな」


 女剣士の視線がさらに険しくなり、首に当てられた剣の力がほんの少し増したような気がした。いやいや見惚れてる場合じゃねえよ、何か言い訳を考えねえと!

 しかし、『俺達はこことは違う世界からタクシーに乗ってやってきて、二人きりになったのをいいことに女を脅して一発やろうとしてました』なんて本当のことは口が裂けても言えねえ。後半は当たり前として、前半部分の異世界ネタもきっとこの場では通じないだろう。三十一年の人生の中でこれまでになかったぐらい必死に頭を巡らせて、ようやくひねり出した答えはこうだった。


「い、いや、そこの女が車ん中でスマホばっかり見て車酔いしたみたいだったから、こう、マッサージでもと思って……」


 我ながら呆れるような言い訳だ。もしここが警察の取調室とかだったら、絶対聞き入れてはもらえないだろう。だが、この女剣士に対しては、これが意外と有効だった。


「クルマヨイ……? スマホ……?」


 単語の意味がわからなかったのか、女剣士はいくつかの言葉を繰り返し、眉をひそめて後ろにいたヒトミの方へ振り返る。


「この男は何を言っているんだ……?」


 そうか、きっとこの世界には車やスマホが存在しないから、俺が言うことの意味がわからないんだ!

 車やスマホが普及しているような近代的な異世界だったら、コスプレでもない限り女が剣を振り回したりはしないだろう。ここは中世か、あるいは更に前の文明レベルのファンタジー世界なのかもしれない。

 女剣士がヒトミの方を振り向いた僅かな隙をついて、俺は素早く立ち上がり、脱兎の如くその場から逃げ出した。わざわざ異世界まで来たっていうのに何とも情けない話だが、命あっての物種って言うだろ?


「……あ、おい、待て!」


 俺の動きに気付いた女剣士が後方で叫んだが、時すでに遅し。俺はもうマイタクシーのドアノブに手をかけていた。

 女剣士は鬼の形相でこちらへ走ってくる。俺は急いで運転席に乗り込み、エンジンをかけた。シートベルトなんか締めなくても、この世界にはそれを咎める警察が存在しない。運転席のメーターパネルのシートベルト警告灯が赤く灯るのを無視して、俺はアクセルを踏み込んだ。ちなみに、マイタクシーはオートマ車である。

 闘犬のような唸り声を上げ、タクシーは急発進した。バックミラーには呆然と立ち尽くす女剣士の姿が映っていたが、それも一瞬のうちに小さく遠ざかっていった。


!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i


 走り去るタクシー、その前方を照らすヘッドライトと、車体の屋根に取り付けられたライトの灯りを眺めながら、美貌の女剣士は呟いた。


「あれは……あれはまさか、ドルイドの預言にあった『光る船』ではないか……? ということは、もしやあの男が……」

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