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過酷な現実に立ち向かう

帰ってきた!やっと麻未に会える……一週間ぶりだもんな。

ちょっと気になるのは、昨日の夜にメールしたのにいまだに返事が返って来て無い事だ。

俺の部屋のドアを前にして、ちょっと深呼吸……

鍵を開けて中に入る。玄関には麻未の靴が脱ぎっぱなしのままで置いてあった。

珍しいな、麻未が靴もそろえないで置いておくなんて……そして次に目に入ったのは玄関の片隅に置かれていたスーパーの袋。

俺は中を覗いてみた。すると中には粉々に砕けた卵と、黄身と白身で汚れてしまった食パンが入っていた。

な、なんなだよ!これは!?

いくらドジで抜けてる麻未でもこれは……おかしい!!

俺は急いで靴を脱いで、部屋に上がると部屋の中に麻未の姿を探す。いない!洗面所!?リビング!?台所!?いない!!

そう言えば、昼間だって言うのにこの薄暗さ、カーテンが締め切ったままだ……もしかして寝室にまだいるのか?

俺はそう思って、静かに寝室に行く。布団がこんもりと盛り上がっていた。俺は静かに布団をはぐると麻未が蹲った状態で目を瞑っていた。どうも起きてはいるみたいだ。

まるで何かを拒絶するような、必死に何かから逃げているようなそんな雰囲気だった。

何かがあった事を俺は直感する。

「……麻未、ただいま」

俺はそう言って、麻未を背中の方から優しく抱きしめる。麻未はそんな俺の手を静かに握っていた。子供が迷子にならないように必死に親の手を握るように……。

「何か……あったのか?」

俺の問いに、麻未は静かに首を横に振る。何も無かったって顔じゃないけどな……

「麻未……嘘をついてもすぐわかるんだぞ」

俺はそう言って、麻未をベッドの上に座らせる。

カーテンの隙間から温かい春の日差しが差し込み、麻未の顔を照らしていた。

俺はベッドの上に麻未と向かい合うように座ると、麻未の体を自分の方に引き寄せて抱きしめた。

「俺が居ない間に何があった?」

俺のその言葉に麻未は俺の手をギュッと掴むと、俺の瞳を真っ直ぐに見つめる。

不安と決意の両方を持ち合わせたような瞳をしていた。

「優介……昨日ね、義父が此処に現れたの…」

麻未は辛そうな表情を浮かべてそう言った。その言葉を聞いて俺もかなりの衝撃を受けた。麻未を長い間苦しめ続けたあの男が……なんとなく血の気が引いていくような気がした。

麻未の手が俺の頬に伸びてきて、優しく触れる。

「そんな悲しい顔をしないで……」

麻未の瞳は、俺の事を心配してなのか切なそうに揺れていた。

俺の事なんかどうでもいい……お前の方が辛かっただろうし、怖かっただろうし……ごめんごめん、俺がこんなにショックを受けてどうするんだ……。

俺は麻未の頭を撫でるように触って、麻未を顔を見つめる。

「何もされなかったか?」

「あの人……もう少しで死ぬんだって……」

麻未のその言葉は、淡々としていて人間の一切の感情を感じさせなかった。そこには底知れぬ麻未の心の傷を感じる……それを思うと胸が苦しかった。

麻未からその後、母親が麻未に謝った事を聞いた。

「昨日の夜から沢山沢山考えた……これからどうすればいいのか?どうしなきゃいけないのか?」

麻未の声が俺の耳元で聞こえる。何かを決意したような意志の強さを感じた。

俺は何も言わずに麻未の言葉を静かに聞いていた。

「逃げていてはいけないって思う。これから先の優介との事も考えた時にね、このまま見たくない現実から逃げていても、結局自分のその弱さに勝たなければ意味が無いって思う」

麻未はそう言って、俺の体にしがみつく様に抱きしめてくる。目の前にあるとてつもない怖い現実に恐怖を感じているんだろうな……

「これから義父に会いに行こうと思うんだけど」

麻未の口から出た言葉。予想はしてた……たぶんそう言うと思っていた。一度は真正面から立ち向かわなくてはならない現実。

たぶんそうしないと、麻未の中で生き続けてる過去は思い出にはならないだろう。

「よく決心にしたな!」

俺はそう言って。麻未の額の口づけをして、俺の額を麻未の額にくっつけた。

「優介、久しぶりに帰ってきたのにごめ……」

麻未の言葉の途中で、俺の唇で麻未の唇を塞ぐ。

もう何も言わなくていい……これからもずっと俺はお前の手を握っていたい。そしてお前と一緒に歩いていきたい。だから今目の前に姿を現した現実を一緒に乗り切ろう…。

俺は麻未から静かに離れ、麻未の顔を見つめると微笑んだ。その俺の顔に反応するように麻未も弱々しく笑った。

「……じゃあ行きますか!」

俺の言葉に麻未は大きく頷いた。気持ちの中の揺るがない強さを感じた。


俺達は義父の入院しいてる病院に向った。


病室の前まで来た時。麻未は俺の顔を見つめる。

「一人で行ってくる」

麻未はそう言った。その瞳は強い光を持っていて俺は圧倒された。

「俺も行く……お前の手を握ってるだけだから、後は何があっても口をはさまない」

俺は麻未の瞳の奥の方まで見つめように、真っ直ぐに麻未の顔を見る。麻未はため息をついて呆れたような笑みを見せた。

「……わかったわ。口を出さないって約束してよ」

俺は大きく頷いた。

麻未が病室のドアを開ける。俺は唖然とした。あの男のあまりの変わりように驚いた。

麻未のアパートで何年か前に見た姿とはかけ離れていた。顔は痩せこけ、布団の外に出ていた腕は骨の上にただ皮を張ったような弱々しく細い腕だった。

麻未の表情は何も変わらず淡々としていた。

義父は薄っすらと目を開け、麻未に気付くと窪んだ目を大きく見開いて、弱々しく手を伸ばす。

麻未は一歩後ずさる。俺は麻未の手を握っていた。すると麻未も俺の手を強く握ってくる。自分の心を勇気付けているのかもしれない。

義父はゆっくりと上半身を起こすと。麻未に頭を下げる。あの男が頭を下げた!

「…わるかった……」

かすれた力の無い声で麻未にそう言った。

麻未は俺の体にもたれかかかるように倒れてくる。俺はその体を支えるようにして抱きしめた。

「大丈夫か?」

俺の言葉に麻未はただ頷くだけだった。そして大きくため息をつくと、俺の腕からすり抜け、麻未はゆっくりと義父に近付いて行く。

義父は顔を上げて窪んだ目から涙を流す。それは懺悔の気持ちなのか?それとももう長くない命を知って不安になりその不安から逃げたいために麻未にすがっているのか……

麻未は義父のその今にも折れてしまいそうな体をベッドに寝かせる。すると義父は麻未に手を合わせ何度も何度も頭を上下に動かした。

話す事も、体を動かす事もままならない状況で、一生懸命にそんな仕草を繰り返す義父を見ていた麻未は、口に震える手をあて大粒の涙を流していた。

俺にはわからない。麻未の中で今どんな感情が渦巻いているのか……

だけど、そんな麻未を見ていると辛くて苦しくて鼻の奥がツーンと痛くなる。

麻未は病室を静かに出て行った。俺もその後を追う。麻未は病棟の一番端にある大きな窓の前で立ち止まり、外を見ながら泣いていた。

俺はそんな震える麻未を後ろから抱きしめてやることしか出来なかった。それだけで精一杯だった。

「……何で涙が出るんだろう…ね……あの人がどうなろうが悲しくなんかない……だけど涙が止まらない……」

麻未は俺の方を向いて、俺の胸に顔を埋めて声を殺して泣いていた。

気の利いた言葉一つ言ってあげられない。麻未の心の中でどれだけの過去に対する色々な感情が渦巻いているのか……俺の想像をはるかに超えるだろう……

「泣いて、泣いて、嫌な気持ちを全部流せばいい……大丈夫俺が傍にいる……お前の未来にはかならず俺が居るから……お前はあの男の体に触れる事ができた。その事が過去に打ち勝ったって証拠じゃないか?」

麻未は俺の胸の所で拳を握っていた。手の赤みが消えるくらい強く硬く握られていた。

俺はその拳に優しく手を添える。硬く握られた手は冷たくなっていた。


そんな俺達を少しだけ傾いた柔らかい日差しが包んでいた……







優介は麻未から事情を聞く。麻未は義父に会うことを決意し、過去の記憶と真正面から向き合うを選んだ。

そので目にしたのは、弱々しいやつれた義父の姿だった。


病院の帰りに優介と麻未はある場所へと向います。その場所とは!?

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