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眠っていた記憶が目を覚ます

この作品は番外編として書いたものです。

優介と麻未の結婚が見たかったとの要望があったので、新たにその部分を書かせていただきました。

短い作品なので、読みやすいとは思います。

できるだけ毎日更新しますので、よろしくお願いします。

夜空に細い三日月が出ていた。いつもよりほんの少し暗い夜。星達はキラキラと輝きいつもよりも一生懸命輝いているように見えた。

この一週間、優介は仕事で北海道に行っていた。

一人で寝るのにあのベッドはちょっと広すぎる。帰ってくるのは明日か……待ち遠しい。

そんな事を思いながら私はスーパーの買い物袋をぶら下げながら、マンションに戻ってきた。

マンションの前に何人かの人が集まっていた。いったい何事だろう?私はその人たちの間から何があるのか覗き見た。

一瞬、息を呑んだ……足が勝手に後ずさる。

マンションの玄関先の柱にもたれながら座り込んでる男がいた……それはまさしくあの男、義父だった。

手が震えた。力が抜けて持っていたスーパーの袋を思わず落としてしまい、中に入っていた卵の割れる音がした。

義父はゆっくりと顔を上げる。人と人の間から覗いて見える義父の目と私の目が合った。義父は弱々しい感じではあったが、いやらしい笑みを浮かべた。

背筋に寒気を感じ、心の中がざわつき始めていた。

義父は柱に体重を預ける様にして立ち上がると、フラフラとおぼつかない足取りで私の方に一歩また一歩と近付いてきた。

足が震えた。思うように動けない……

集まっていた人達が興味深げに成り行きを見ていた。

義父は私の目の前に立つ。無精ひげをはやし、頬はこけ目は窪んでやつれていた。

「麻未……」

そう弱々しい声で言ったかと思うと、私に向かって体が傾き倒れ込んできた。

私は義父の体から逃げようとしたが、足はすぐに動いてくれなくて倒れてきた義父の体をまともに受け、その反動でアスファルトの上に転んだ。

義父はグッタリと私にもたれかかるようにして倒れていた。私は義父をよける事もできず、体は硬直して動けなかった。

周りいた人達が、大騒ぎしている声は聞こえていたけど。私は自分の震える心が崩れてしまわないように保つに精一杯だった。

義父は救急車で運ばれた。義父が私の名前を呼んだことで知り合いだとゆう事が周りにばれ、半ば無理矢理救急車に同乗させられるはめになった。

救急隊員に色々と質問は受けたと思うけど、どれをどう話したのか、まったく憶えてなかった。

気付いた時には病院の廊下にいた。スーパーの袋を持って集中治療室の前にあるベンチに座っていた。

遠くの方からヒールで走ってくる音が聞こえてくる。その音はだんだん近付いてきて私の横で止まった。

「……麻未」

聞き覚えのある声……ゆっくりと顔を上げるとそこには瞼の上を青く塗り、真っ赤な口紅をした母が立っていた。

母は私の目の前に立つと、いきなりその場に土下座をして床に頭をこすり付けた。

いったい何をしているのか、すぐには把握できなかった。

「……ごめん……ごめんね」

母の声は震えていた。いったい何にたしいて謝っているのか、遠い過去のあのいまわしい記憶に対してなのか、それとも……それとも私の体に起きたあの事に対してなのか…。

今の私の心には母の謝罪は届いてこなかった……謝られた所でもとに戻る事は無い。

母は私の手を握る。母が私の手を握るのは何年ぶりだろう……手は荒れていてほんの少し痛さを感じた……でも温かかった。

「麻未……」

母はそれ以上何も言わない、私の顔をただ見つめるだけだった。

言葉にはならないけれど、瞳は訴えていた。

深い深い後悔と懺悔、そして謝罪……それはとっても悲しくて苦しくて影を帯びた瞳だった。

母は手を伸ばし私の顔を包むように抱きしめてくる。母の痩せた小さな胸が私の顔に当たる。

なんだろう……苦しいよ……私の中の奥底に埋められた記憶とその時々に感じた思いが一気に掘り起こされ顔を出し、渦を巻いて心の中を吹き荒れるようなそんな気がした。

父に無理矢理強姦され妊娠し、中絶をした事。

優介との子供を妊娠して、でもそれは子宮外妊娠で子宮を摘出してしまった事。

その時々の思いが一気に噴出し、体中を駆け巡り失神しそうになる。


泣き声が聞こえた……母が泣いている……

母は私の頭を撫でながら泣いていた……母の手が「辛かったね…ごめんね…私が全部悪い」そう言ってるような気がした。

母の嗚咽を含んだ鳴き声に共鳴するかのように、私の心は叫び声を上げるように軋みだす。

頬を伝って涙が溢れ出すように流れて止まらなかった。今まで心の中に溜め込んでいた悲しく苦しい思いを全部吐き出すかのように涙は流れた。


私はいつの間にか眠ってしまっていた。

横になっていたベンチの上から、ぼんやりと母と医者が話してる姿を見ていた。

「義父の命が後わずか」

そんな言葉私の耳に飛び込んでくる。

嬉しいわけでもなくまして悲しいわけでもなく。何も感じない自分がいた。そしてそんな自分をどこかで残酷だと思っている自分もいた。

母は医者と話し終えると私の目の前にしゃがみこみ私の目を見つめる。

そして私の手を握り、私のお腹の部分を優しく摩る。母は何も言わず苦痛に歪んだ顔で、今にも崩れてしまいそうなくらい儚く見えた。

「私が全部悪いの……ごめんね……麻未に女として一番辛い思いをさせてしまった……どんな事をしたって償えるわけじゃない……お前だけ、お前だけただ一人を愛してあげる事が出来なくてごめんね」

私の手を握っている母の手が震えていた。

たぶん、私は母を一生許す事はできないと思う。だけど……たぶん恨む事も無い。

一人の女性として、心細くて淋しくて男に縋りたくなる気持ちも分からなくは無い。

現に私自身が、優介が傍にいてくれた事で何度助けられたか知れない……。

「あの人にも罰が下った……聞いていた通りもう長くないわ……はっきり言って愛なんてもう無いけれど、自分で招いた種の責任だけは取らないとね。あの人を見取る事も私に与えられた罰だと思う……」

母は、ため息と一緒にそんな言葉を口にした。

母が薄暗い空間の中に溶け込んでしまうんじゃないと思うくらいに、儚く見えた。

こんな風に母と面と向って話をするのは10年ぶりくらいになる。

母のそんな儚げな年老いた姿を見て、悲しくて胸が締め付けらるようだった。

私はベンチをゆっくりと立ち上がると、スーパーの袋をぶら下げながら母に背を向けて、その場を後にした。

何も言わなかった。さよならとも、またねとも、もう来ないとも……

母の視線を背中に感じていた。

自分をあれだけ恐怖に落としいれ、悲しく苦しい思いをさせたあの張本人が……死ぬのね……

そんな事を、淡々と胸の奥底で噛み締めるように考えていた。


私は夜の暗闇を、スーパーの袋をぶら下げながらマンションへと歩いていく。

心の中の奥底に埋め込んだ記憶が蘇り、その張本人が今いなくなろうとしている。

自分の中で整理しなくてはいけない記憶……そして前へと進まなくては行けない。

大きな課題として、また今私の目の前に現れた。






麻未に前に突然あらわれた義父!いったい何のために現れたのか?

麻未の心の中で過去の忌まわしい記憶が蘇り、今!逃げるのではなく、その現実と向かい合おうとしていた。


優介が帰って来て、麻未の様子がおかしい事に気付く。二人はどうやってこの現実を乗り切るのか?


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