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大日本量子ちゃん5


 そんなわけで、楽屋で時間を潰しているとライブの一時間前と相成った。


 最終調整は終えたから量子ちゃんが舞台でトチることは万に一つも無いのだけど、楽屋ネタと云うか、


「どうこれ?」


 量子ちゃんは僕に今日のライブの衣装を色々と見せてくれた。


「可愛いよ」


 僕は率直に言う。


 全ては衣装担当とグラフィック担当(僕は後者に少しだけ関わっている)の合作によって成るライブ衣装だ。


 オートクチュールである。


「雉ちゃん雉ちゃん!」


 量子ちゃんは愛らしいワンコの様に僕を呼ぶ。


 パタパタと左右に振られる尻尾が幻視出来る。


 無論そういうプログラムを後付することも出来るけどね。


 なんたって電子アイドル。


 データに依存する存在だから肉々しい益荒男に改ざんすることも可能だ。


 いやまぁその場合、被害額が天井知らずになるだろうからしないけどさ。


「ライブ終わったらデートしよ!」


「アイドルのセリフじゃないなぁ」


「せっかくの不老不病不死なんだから人生楽しまないとね!」


「…………」


 ズキリと胸が痛む。


 データ上でのこととはいえこう云った再現は迷惑だ。


 もっとも自業自得と云う側面も存分にあるのだけど。


「変装は出来る?」


「雉ちゃんがプログラム組んでよ!」


 あいあい。


「えへへ……」


 幸せだね。


 君は。


「土井くん。そろそろ入場時間だよ?」


 スタッフの一人がそう言ってきた。


「はーい」


 そんなわけで素直に楽屋(仮想空間においては楽屋も舞台も無いモノだけど)から出てセカンドアースの紺青家に顔を出す。


 既に秋子はログインしていた。


 秋子にしてみれば、


「雉ちゃんを待たせるのは申し訳ない」


 といったところか。


 その情熱を他にも回して。


 そんな願いを抱きながら、


「待った?」


 なんて聞いてみる。


「今ログインしたところ」


 ベタだ。


 嘘をつかれているのは重々承知だけどつっつくほど野暮でもない。


 それから会場の天空舞台へと僕たちは歩を進める。


 別にチケットに記されたアドレスにアクセスすれば一瞬で飛べるんだけど、量子ちゃんのライブには徒歩と交通機関で向かうのが僕と秋子の通例だ。


 ただし国内に限り。


 一応セカンドアースにも飛行機はあるんだけど、そこまでして物理移動に拘ることもないわけだ。


 一瞬で飛べるアドレスリンクに比べて時間と金のかかる仮想飛行機体験は無駄が多すぎる。


 悪いって言ってるわけじゃないんだけどね。


 会場は多数無数大数の人でごった返していた。


 ダフ屋の類はない。


 このライブにおいてそんなことをすれば量子ちゃんに察知され検挙の対象となる。


 ともあれ僕と秋子はVIP席に腰を落ち着ける。


 さあ……ライブ開始だ。


 舞台に量子ちゃんが現れた。


 漆黒のツインテールに漆黒のドレス。


 その美貌は錬金術でもこうはいかないとばかりに整っている。


「みんなー! 私のライブに来てくれてありがとー! 電子犯罪、ダメ、ゼッタイ! 犯した人は逮捕しちゃうぞ? BANG!」


 指鉄砲で客のハートを射抜く。


「「「「「わあああああああああああああああああっ!」」」」」


 とハートを射抜かれたライブの客たち数十万人の歓声が上がる。


 しばし量子ちゃんのトークがあって、それから会場の照明が落ちた。


 スポットライトが量子ちゃんを捉える。


 量子ちゃんはマイクから朗々と言葉と進行とを紡ぐ。


「じゃあまずはこの曲から始めよっか! 『シュレディンガーに例えるな』!」


『シュレディンガーに例えるな』


 大日本量子のファーストシングルにして代表曲だ。


 わっと客が沸いてそれから全方位からメロディーが聞こえてくる。


 ここは電子世界。


 音の発生は楽器によるものではない。


「シュレディンガーに例えないで。私の愛はここにあるよ。全てに目を閉ざしても、きっとあなたは知るだろう。確率の収束なんかじゃなくて、確固たる決定論の運命を。今を勝手に不定義しないで。私との愛を定義しよう。観測も開封も無いのに全てを決定づける箱の中の愛は無敵だよ。きっと開ければ宝箱。虹色の愛があなたに降り注ぐ――」


 相も変わらず朗々とした美声である。


 まぁそうするように組んだのは僕なんだけど。


 そして『ピピピ! 電子犯罪検挙!』や『あなたの名前を知りたい』などのマンモス級ダウンロード数を誇る歌を唄いつつライブは終息に向かっていった。


 量子ちゃんがマイクを持って喋る。


「みんなー! 聞いてくれてありがとうー!」


 ワッと喝采が沸く。


 数十万人の怒涛と興奮とアドレナリンの波がVIP席や量子ちゃんさえ圧倒させる。


 数の暴力と云う言葉がこれ以上似合う場面も無い。


「今日も百人ちょっとの電子犯罪者を検挙したよ! みんなは真似しないようにね? BANG!」


「「「「「はーい! 量子ちゃーん!」」」」」


 何だかなぁ。


「そろそろ時間がおしてるね! 皆とお別れするのは寂しいけど……でも何にだって終わりは来るよ! だからこそ思い出は尊いモノだと思うんだ! 最後の曲になります! 新曲だよ! 『ラプラスの天使と悪魔』!」


 パァンと巨大クラッカーが舞台に向かって放たれ、砲音と煌びやかな紙が空間全体に行き渡る。


 そして曲が始まり量子ちゃんが歌いだす。


「ラプラスマシンを見直そう。きっと悲劇は雨の様。悪魔の呪いは決定的で、でも天使だって機能に宿る。ラプラスマシンを気にしない。雨のち晴れで悲劇は喜劇。悪魔の背なには天使のラプラス。きっと私たちの運命はハッピーエンド。覚悟だけはしていてね。きっとそれは私とあなたのハーレクインなラブロマンス」


 またマニアックな歌詞だねオイ。


 間奏中、チラリと量子ちゃんが僕の方を見る。


 視線が交錯すると量子ちゃんはとびっきりのウィンクをした。


「雉ちゃん……今の……」


「だろうね」


 少なくとも僕と秋子にだけは量子の意図が読み取れる。


 一種の宿業だ。


 量子ちゃんのラブソングが誰に向けられているのか。


 それを熟知しているのだから。


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