大日本量子ちゃん4
ダイレクトダイブ。
任意領域にアクセススタート。
リンク完了。
「やれやれ」
僕は電子世界に来ていた。
その隔離スペースのアドレス。
扉には施錠が為されており関係者以外立ち入り禁止。
で、僕は関係者。
別にクラッキングでドアを開けることもできるけど元より空いている鍵にピッキングする理由も無い。
アバターはジキルおよびハイドのもの。
即ち白い短髪に赤い瞳の美少年。
ただしオーバードライブオンラインの装備とは違い、一般的な服装だ。
黒いジャケットを袖だけ通し、ノースリーブにジーパンと云う服装。
後は首にネックレス。
首に巻くのにネックレス(首無し)とはこれ如何に。
永遠の謎である。
とまれ、扉を開けて、
「よろしくお願いします」
と挨拶。
そして入室。
「雉ちゃーん!」
セミロングの黒髪ツインテールに、鼻筋の通った、絶世にして不世出にして、クレオパトラもエリザベスも叶わない……そんな超美少女が僕に抱き付いてきた。
あくまでもアバターでのことです。
電子世界でのことです。
データ上でのことです。
もっとも量コンによるモノだから現実世界との齟齬は指摘が難しいんだけど。
そして僕は、
「却下」
と量子との接触を拒絶した。
「あうん」
と呻いて弾かれる量子。
「何するの雉ちゃん」
「何ってセクハラ防止コードを規則にのっとって行使しただけなんだけどな」
「抱き付かせてよ!」
「アイドルの発言じゃないなぁ……」
はい。
わかってます。
紹介します。
こちらにおわすブラックセミロングツインテールの美少女が今ホットな電子アイドルたる……、
「大日本量子ちゃん」
に相違ありません。
胸はだいたい秋子より一回り小さいくらい。
というか秋子のが大きすぎるだけで、僕としては控えめな量子の方が好ましくはあるんだけど……。
美乳と云うんだっけ?
まぁそこらへんの定義はこの際無視して、
「じゃあ調整始めるよ」
僕は赤い瞳に意思を宿してイメージパネルを呼び出す。
「はいリンク」
量子を催促する。
「ふんだ」
量子は可愛らしくそっぽを向いた。
不機嫌らしい。
あのさぁ。
「そっぽ向くのは良いけどそのままステージに出るつもり?」
「うぅ……」
どちらにせよ僕に優位性があるのは大宇宙の真理だ。
「土井くん。最終調整をよろしく頼む」
僕より年上のアバター(実年齢はともあれ)が僕にさっきまでのデータ調整の事を示してきた。
「後は君の方でお願いする」
「ま、VIP席のチケット代くらいは働きますよ」
そう言ってイメージキーボードを叩く。
まるで鍵盤を叩くプロピアニストの様に鮮やかに。
出てきたデータはクオリア情報。
そこから更に細分化した脳機能の全て。
バグを発見しては修正していく。
お役所仕事だと手際が雑になるのはわかるけど……、
「なんだかなぁ」
というのが僕のいつもの感想。
カタカタとキーボードを打つ手は止めない。
この感覚は実に僕に馴染んでいる。
人一人の脳プログラムを完全に網羅構築する術を僕はだいぶ前に獲得した。
そしてそれ故に大日本量子がおり……僕に大日本量子ちゃんの最終調整が回ってくるくらいなのだ。
「そうだ! サインいる?」
量子は僕の仕事の邪魔をしてくる。
「ネトオクで売ってもいいなら受け付けるけど?」
「つまんないつまんないつまんないの~」
「ライブは楽しみにしてるから」
「えへへぇ」
……単純な奴。
僕のご機嫌取りが量子の一番の特効薬だ。
それから一時間。
僕はひたすらキーボードを打って機械言語で量子ちゃんを調整していく。
タン。
最後にエンターキーを押して、
「終了です」
そう宣言した。
今この電子楽屋スペースにいるスタッフたちが謝辞を述べてきた。
まぁこっちとしてはビジネスだからお礼をいわれる筋合いでもないんだけど。
「ライブ、盛り上げてみせるよ! 見ててね雉ちゃん!」
「うん。一番良い所で見ててあげる」
「雉ちゃんの声援が何よりの勇気になるんだから!」
でっか。




