大日本量子ちゃん3
ジュー。
鉄板が呻く。
一種の拷問である。
で、何をしているかと言えばもんじゃ焼きだ。
明太餅もんじゃ。
ホットプレートにもんじゃ焼きを広げて、それを昼御飯としているのである。
重々今更だけどもんじゃ焼きを焼いているのは秋子であり、
「ふむ……」
僕は何もしていない。
いや、何もしてないも何も秋子の焼いてくれたもんじゃ焼きをつついて食べてはいるのだけど要するに消費的動作であり生産的動作ではないということだ。
「うまうま」
ツイともんじゃ焼きの端っこを削って食べる。
うまうま。
「あのぅ……」
「食べてばかりいないで働けって?」
「違うよ!?」
そんな大仰に否定せんでも……。
「雉ちゃんはどっしり構えていてくれればいいの。私が補佐してあげるから」
それを別の人間にも言えれば秋子の未来は明るいんだけどね……。
「だいたい雉ちゃんが紺青家に入れてくれる謝礼金はお父さんの給料の数倍だよ。正直頭が上がらないのはこっちの方」
「いえいえ。ほんのお礼」
秋子に四六時中世話してもらっているこっちの方が頭は上がらないのだけど多分この話題に関する限り僕と秋子は平行線だ。
否定に否定を重ねるだけの論争になりかねない。
論争と云うほど大儀でもないけど……さ。
「それで……今日の夕方は……」
「ああ、わかってる」
何だ。
そっちの話題か。
「大丈夫」
もんじゃを一口。
「ちゃんと覚えてるから」
「量子ちゃん大丈夫?」
「それはこれからのこと」
「……だよね」
少し秋子から覇気が減る。
思うところがあるのだろう。
僕はソレを過不足なく理解してるんだけどフォローはしない。
面倒事は僕の嫌いなものの一つだ。
さてさて。
何のことかと言えば、秋子と夕方に電子デートをする約束をしているのだ。
電子デート。
即ち電子世界でのデートである。
VR仮想空間内に置いて仲良き人たち(主に男女)が遊んだり親交を深めたりすることを理由として行われる風習を指す。
ちなみに今日の秋子との電子デートは、
「大日本量子ちゃん」
と呼ばれる電子アイドルのコンサートを一緒することだ。
今一番ホットな電子アイドルである。
楽曲のデータダウンロード数はマンモス級。
ある理由で国家プロジェクトと相成っており、
「量子ちゃん知らずんば日本人ではない」
と言われるほど。
まぁだいたいのことは、
「電子アイドル」
の響きでわかるだろう。
要するに架空の美少女アバターを作って可愛い衣服着せて躍らせたり歌わせたり電子番組や電子雑誌に登場させる電子偶像を指して電子アイドルと呼ぶ。
当然電子世界に片足ツッコんでいる人間にとっては娯楽の一つとして確立されている。
量子ちゃんの場合はちょいと電子アイドルとは毛並みが違うのだけど、世はまさに電子アイドル戦国時代。
一攫千金目当てに電子アイドルは企業や個人が数多に創りだして世に送り、覇を競い合っているのだ。
そんななかグローバルとしてはともあれ、日本国内に限って言えば量子ちゃんは頂点の一角だ。
そもそもにしてメディア媒体での出現率が都合上ハンパない。
売れないアイドルがテレビに出られず売れるアイドルがテレビにたくさん出られることは昔の風習だったらしいけど、電子アイドルの宿命はテレビが電子世界に移っただけのこと。
そしてその量子ちゃんは少しばかり僕や秋子と縁があるのだった。
既に秋子には量子ちゃんのライブの電子チケットを渡してある。
VIP席だ。
これくらいは融通してもらわないと割に合わない。
もんじゃ焼きを一口。
「ま、調整は時間内に終わるよ」
「雉ちゃんならそうだろうけど……」
「わかってる」
…………とは口にしない。
言いたいことはわかってるつもり。
そして、
「あえて無視」
する。
もんじゃを一口。
「ところで布団干したんだよね?」
「うん」
「どこに寝れば?」
「新しいの出しておいたから大丈夫」
「…………」
新妻に奉仕されてる気分。
いやまぁ秋子自身はそのつもりなんだろうけど。
それから僕と秋子は徐々に出来上がったもんじゃ焼きをつついて食べるのだった。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
けぷ。
満腹。




