人の夢と書いて6
日常が戻ってきた。
私は相変わらず古書館の執務室でオドをプレイしていた。
とりあえずケイオスの葬式の後……その現場復帰第一日目だ。
オドをプレイしていると、
「やっほ」
と混沌が声をかけてきた。
銀髪蒼眼のイケメン。
オドに於ける私の夫でもある。
「どうも」
私も応える。
「あまりヘコんではいないみたいですね。良い事良い事」
混沌は腕を組んで頷いた。
私は首を傾げる。
「何か?」
問うたのも必然だろう。
「まぁ色々と凜先生の心情を斟酌していたのですけど……」
リアルを割られている。
そう思うと背筋に悪寒が奔った。
「とりあえず量子ちゃんと合流せなば」
そう意味不明な事を混沌が呟くと、
「どうもどうも」
と大日本量子ちゃんが現われた。
期間限定のアバターだ。
ネームプレートには『シリョー』と示されている。
「ども。凜先生」
こちらも私のリアルを割っているらしい。
「何者?」
「お茶の間アイドル大日本量子ちゃんです」
バキューンと指鉄砲を撃つ。
「本物?」
「はい」
たしかに大日本量子ちゃんなら私のリアルを割るくらいは平然とするだろう。
「で……混沌の方は何で私のリアルを割ってるの?」
「愛する人を知りたいと思ったが故にオドを始めたのですから」
「?」
「こうすれば分かりますか?」
混沌のアバターは一変した。
銀髪蒼眼の男性から金髪赤眼に美少女に。
見知った外見だ。
「ケイオス……?」
「はい。ケイオス=ブルーハートです」
ニコッと季節柄のヒマワリの様にケイオスは笑った。
「混沌が……ケイオス……?」
「ですね」
否定されなかった。
「けどケイオスが意識を保っている間も混沌はオドにログインしてたはずですけど……」
「まぁ偏にケイオスをアーティフィシャルインテリジェンスで再現しただけなんですけど」
「…………」
「言ったでしょう? 僕は死なないと」
「けど……アーティフィシャルインテリジェンスで再現しても哲学的ゾンビでしょう?」
「いえ、アイデンティティはありますよ?」
「……まさか」
そんな話は聞いた事がない。
自意識を持つ人工知能は存在しないはずだ。
そう云うと、
「実は国家機密なんですけどクオリアを持った人工知能の構築は再現出来るんだよ」
量子ちゃんが然も当然と言ってくる。
「パーフェクトコピー。そう云うコードネームが付けられてるけど」
「本当に?」
「ええ。そしてクオリアを得た僕……ケイオスの人工知能が僕自身の自律神経を制御したおかげで寿命を延ばす事に繋がったんです」
「さっきから意味不明なのですけど」
情報量が多すぎる。
「要するに」
と人差し指を伸ばして教鞭の様に振るうケイオス。
「僕……ケイオスの死の保険としてケイオスのパーフェクトコピーを造って記憶を共有。ついでに自律神経の調整を僕自身……ケイオスの人工知能に任せていた。纏めればそれだけの事です」
「混沌が……ケイオス……?」
「安直ではありますけどね」
「欺いてきたの?」
「偏に」
特に思う所も無いらしい。
いいんだけどさ。
「じゃあ此処にいるケイオスは……」
「自意識を持った完全再現ですね」
苦笑。
「私を恨んでないの?」
「限りなく愛おしくはあるんですけど」
笑みの中に自嘲が混ざっていた。
「今までのケイオスの記録は僕も共有してます。ですから凜先生におかれては今まで通り接してくだされば……と」
「いいの?」
「先生さえ宜しければ……ではありますけど」
「っ!」
ホロリと涙が頬を伝う。
ケイオスの完全再現。
なお私を想い、今までの記録を蓄積している。
ならば何の遠慮があろうか。
肉体を持っていないと云うだけで、たしかにケイオスは息づいているのだ。
涙が止まらなかった。
「凜先生?」
「何でしょう?」
「愛してます」
混沌……ケイオスはそう云った。
「私も……私もケイオスを愛してるわ」
ただそれだけ。
私の恋に果ては無いらしい。
気づかない内にケイオスと結婚していたなんて。
「カオスな恋に落ちたモノだ」
それが私の本心からの言葉だった。




