人の夢と書いて5
「あんまり落ち込んでないんだね」
日本に帰るとみゃっこが酒に誘ってきた。
いつものバーで二人。
酒を飲む。
喪に服して禁酒するのも一考だけど、
「遠慮はこの際ケイオスの遺志を圧迫する」
ということで平然と飲んでいる。
「凜ちゃんに付け入る隙が出来たかも……なんて思ってたんだけど」
「実感が湧かなくてね」
ウイスキーをチロリと飲む。
「死者を想うの?」
「他に出来る事もないし」
「慰めてあげよっか?」
「酒に付き合ってくれるだけでも十分」
「凜ちゃん冷たい」
「まぁ人殺しだし」
肩をすくめる。
肴のチーズをハムリ。
「別にブルーハートさんが死んだのは凜ちゃんのせいでもないでしょう?」
「まぁね」
人工天才なんか作るからこうなる。
罪悪感を一身に受けるほど自虐的にもなれない。
「結局ケイオス=ブルーハートとは何だったのか?」
そんなことを思う。
「一生徒」
みゃっこの感想は淡泊だ。
「あるいは恋敵」
然もあろうけど。
うんざりとして酒を飲む。
「クースーおかわり」
何時もよりハイペースで飲むみゃっこ。
こちらもこちらで思う所があるのだろう。
私の心中察してか。
正確には察しているつもりでか。
「キラキラ光る凜先生との記憶」
ケイオスは死ぬ間際にそう云った。
大切な記憶だったのだろう。
宝石よりも輝かしい名誉。
短い寿命を何に使うか。
命題として成り立つ。
結果、
「ケイオスは死の恐怖に屈しなかった」
そうとも取れる。
寿命を削ってでも須磨凜との記憶を大切にする。
それだけを思って海を渡ってきたのだ。
光栄というか栄光というか。
殺人の罪には問われない私ではあるけど、罪悪感ばかりはどうしようもない。
それでも、
「気にするな」
とも聞いてはいる。
ウイスキーを飲み干しておかわりを注文。
「結局どうするの?」
みゃっこは不安そうに尋ねた。
「別に」
淡泊に私。
「ケイオスが転校してこなかった頃の私に戻るだけ」
死の絶対性を私は信じていない。
けれども現代医学で死者を蘇らせる方法を確立出来ていないのは承知もしている。
永久にケイオスを失った。
残ったのは積み重なった残影と百億円程度だ。
別に好きな人が死んだからと云って自暴自棄にもなれない。
結果……司書としてこれからも過ごすだろう。
「ただそれだけのこと」
肩をすくめる。
「じゃあこれからもよろしくね」
「早く結婚なさいな」
「凜ちゃんと?」
「男の人と」
「むう」
なにがむうか。
「私を幸せにして?」
「だから応援してる」
「そう云う意味じゃ無くて」
知ってはいる。
けど私にとってみゃっこは友人だ。
お綺麗なご尊顔ではあれど基本的に同僚。
そもそも私はケイオス自身に惚れただけでそっちのケは無い。
それと知らないみゃっこでもなかろうけど。
「本当にさ。何だかさ」
「何よ?」
「両親がうるさいんだよ~」
「自責を覚えるなら良い事だと思うわよ」
「愛してるよ~。凜ちゃ~ん」
「どうも」
クイとウイスキーを飲む。
「六菱さんも狙ってるみたいだし……」
「七糸はなぁ」
杞憂だ。
元よりプリンセスケイオスに嫉妬して粉をかけたに過ぎないのだから。
今は本気らしいけど、
「知ったこっちゃない」
が本音でもある。
「お金は無いけど愛があるよ?」
「悪食もほどほどになさい」
人に諭せるほど大層な存在でも無いのだけども。




